強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第63話 シニア級6月後半・宝塚記念【GⅠ】(阪神・芝2200m)顛末

 スタート直後にハナを獲ろうと先手を切ったのは、メジロパーマーとダイタクヘリオスの2人。そしてその2人を追いかけるように後に続いたのがアイネスフウジンとメイショウドトウであった。

 

 それだけ確認したら私は徐々に内へと入って先行集団後方のバ群に埋もれる。内はあまりバ場状態はよろしくないけれども、許容範囲内ではある。もっとも悪ければ悪い程、基本は私に有利な条件にはなるんだけどさ。イレギュラーで未知の状態になればなるほど、オールフラットで適応できる私が優位にはなれるがそこまで甘くは無い。

 

 

「5番手にマヤノトップガン、その外にアグネスタキオン。

 そのすぐ後ろにテイエムオペラオーとアグネスデジタルが7、8番手集団を形成しております。そのアグネスデジタルのすぐ後ろに控えているのがサンデーライフ――」

 

 とりあえず、この最初の直線においてはスリップストリームはアグネスデジタルの後方で恩恵を受けることにする。

 ……デジたん二度見してきてガッツリ目が合った。これで掛かれば楽だけど、そんなに簡単には行かないよなあ。

 

 前に8人居るから私は9番手。18人フルゲートだから、真ん中と言って差し支えない順位。とりあえず狙ったポジションに収まることが出来た。まあ、阪神2200mの最初の直線は長いから、位置取りについては結構狙い通りにやるのは簡単な方だけどね。

 それで、このレベルだと序盤にある坂などというものはもうものともしない。速度が落ちないどころか、それまでの下り坂の勢いのままに速度を保ちつつ……あるいは下手すれば加速局面を継続しているわけで。

 

 

「スタンド前を通過して第1コーナーのカーブに入ります。大歓声を背に、先頭を突き進むのはメジロパーマーで、リードが1バ身半から2バ身です! 単独でダイタクヘリオスが2番手を進みます」

 

「ここで600mを通過してのタイムが37秒1ですか。……思ったよりペースは速くないですよ。このままのペースで推移すると先頭の2人も含めてかなり余力を残したまま展開していきそうです」

 

 カーブを利用して最先頭を突き進むメジロパーマーの様子をチェックすると思ったよりもリードが無いし、2番手ダイタクヘリオスは、メイショウドトウやアイネスフウジンとほとんど差が無かった。爆逃げコンビであるはずの2人のペースが、多分そこまで速くなくて、通常の逃げの範疇に収まっているように思える。

 

 とすると、先行集団より後続ではスローペースの展開になっていると言ってもいいかもしれない。

 とはいえスローペースであれば前が有利。ど真ん中に付けている今のポジションはそこまで悪くない。仮にここからパーマーがペースを上げても対応が可能だから、ここは無理にポジションを変えずに維持で良いだろう。

 

 

「各ウマ娘、向こう正面に入って依然先頭はメジロパーマー。2番手にダイタクヘリオス、そこから少し離れてメイショウドトウとアイネスフウジン、ここまでは変わりません。

 5番手アグネスタキオンとマヤノトップガン、その隣に1番人気テイエムオペラオーも徐々に進出してきております。その3人の後方にアグネスデジタル、すぐ後ろにサンデーライフ。ここまでが先行集団です」

 

 アグネスデジタルと並走していたテイエムオペラオーが僅かに位置を調節したために、私の目の前はアグネスデジタルだけになった。これでデジたんに動きが生じるかもしれない。その動き次第によっては私もスリップストリームの恩恵を受け続けるためには移動する必要が生まれるわけだが、そこはアグネスデジタルの動き次第なのでまだ保留。

 そして後方をちらりと見る。

 

「――中団の先頭はメジロライアンとオグリキャップの2名で牽引しております。その後方にマチカネフクキタル、バンブーメモリー、マーベラスサンデーが団子状態の大混戦、その外を行くのが昨年優勝ウマ娘、グラスワンダーです。

 その後方にゴールドシチーがおりまして、更に後方にキンイロリョテイ。そして最後方にタマモクロスが虎視眈々と構えて、以上18名のレースでございます――」

 

 後ろはパッと見た感じ結構固まっている。5、6人の集団になっているように見えて、ちょっとここに埋もれてしまうと私の実力ではまずいかもしれない。

 

 

「さあ、バックストレッチでのハロンタイムは11秒8! 12秒を切ってきました! 着々とペースが上がっておりますが、どう見ますか?」

 

「そうですね、ここまで全体がやや緩いペースで推移していたので、もう大きく落ちることは無いでしょう。11秒台から12秒前半での激しい攻防になるかと思われます。……おっと、中団後方に動きがありますね」

 

 このバックストレッチ直線のタイミングで、後方に居たメジロライアンが私を抜き去った。それと、同時にバンブーメモリーとグラスワンダーも動き出す。……スパートでは無いが、早めに先頭との差を詰めておこうという魂胆なのだろう。そして、それと同時に逆の脚を溜める判断に切り替えたのがアグネスデジタル。そしてその前に行っていたテイエムオペラオーも下がってきた。

 

 かなり流動的な動きが発生して、先行集団と差し集団が完全に一体化してしまったが、私の判断はアグネスデジタルのスリップストリームから抜けて、この集団の中央辺りを維持することにした。

 大きく順位変動がある以上は、もう背後に付けることは難しい。もしかすると私がスリップストリームを多用することくらいは見極められているかもだから、後ろに付いたらペースを変えてくる可能性もある。

 

 すぐ真後ろに付くと確かに風の影響を最小限に抑えられるものの、逆に少し外れてしまうとかえって前を走るウマ娘によって不規則な風向に捻じ曲げられて自身に襲い掛かるので、スリップストリームへの妨害をされると後方に付けているのが逆効果となるのだ。だから、ここからはもうそうした体力温存の恩恵は受けられない。

 

 

「第3コーナー中ほどで1400mは1分25秒9、それほど早いタイムではありませんが、ここで先頭が入れ替わりメジロパーマーからダイタクヘリオスへ! しかし、そのすぐ後ろにはメイショウドトウもアイネスフウジンも付いてきて……おっと、そこに後方から上がってきたマヤノトップガンとメジロライアン、そして2番人気のオグリキャップも先頭を狙って来ております! 既にこの位置から先頭は混戦状態となっております――」

 

 あと800mを切った。そして前の方もぐちゃぐちゃになっているところを見るに、もう脚質はほぼ関係なく一塊に近い状態になってきていると見て良い。

 ここからは最終直線の最後の上り坂まではずっと下り続ける。だからペースが落ちることはもう無いと見て良い。

 

 となると、どこで仕掛けるか。もう既に逃げ集団が捕捉されている。となると現状で前に出ても、先行・差し集団のうち早めにロングスパートをかけた組とほぼ同条件にしかならない。だから今から前でリードを作ることは不可能。

 逆に足を溜めて今のままのペースを維持、ないしは落とす場合には確実に後方まで一気に下がる。だってここからもうレース全体のペースは上がっていく一方なのだから。そうすると、追込のように最後方からの捲りを、ここまで先行に付けていたスタミナでやることになってしまう。それはそれで不利。

 

 だから現状維持が最も安全な選択となるが、集団が一塊になってきている都合上、私の居る位置近辺がバ群として埋もれやすい場所に変貌した。今は大丈夫であっても将来的に、ここに留まり続けると前に進出できるスペースすら失う恐れがある。

 

 もう最良の選択肢が存在しない。手札に揃うあらゆる『悪手』の中から、その中で最も致命的ではない悪い手を選び取ることで、次に繋ぐことが最適解となる閉塞的な局面だ。

 で、あればここは現状維持。全体のペースアップに合わせて加速しつつも、順位を自分からは大きく変えることなくチャンスを待つ。

 だからもう、後ろから暴風雨のように駆け抜けていくウマ娘が居ても、それを気にしないし、逆に垂れてきた子が居れば容赦なく抜き去る。

 

 

「さあ、先頭は4人の鍔競り合いで第3コーナーから第4コーナーの中間点、僅かにアイネスフウジンが今度は先頭に躍り出たが、残り3人もその差は僅か! そのすぐ後方にはここまで出てきました、メジロライアン! そしてオグリキャップ、バンブーメモリーも上がってきているぞ!

 更に最後方からタマモクロスとキンイロリョテイ、どちらも一気に上がってきた! 既に集団の中団からやや前方も見えてきているでしょうか!? 先頭から後方まで順位がめまぐるしく変わっております!」

 

「ここ1ハロンのタイムが11秒7、もうずっと11秒台ですがどの子もよく追走しておりますね。しかし、これだけ密集状態ですと紛れがありそうです。まだスパートをかけていない子にも期待がかかりますよ!」

 

 残り500といったところ。今までにない順位が流動的に変わるレース。仕掛けどころが極めて難しい……どころか、もう既に正解があるかどうかすらも疑わしい。

 スパートをかけていないのにも関わらず、集団追走の時点でほぼスパートといった様相を示している。

 

 ……仕掛けるか。第4コーナーの終わりギリギリの400m地点。

 最終直線が356.5mと短いから、そのタイミングで仕掛けよう。これ以上スパートせずに追走しているだけでも体力消耗で身動きがとれなくなる恐れがある。

 『伸び脚』については割り切ろう。あれはスタミナ残量が残っていて繰り出せるもの。今日のレース展開では、多少私の行動を変えても『伸び脚』分までスタミナを残すのはかなり厳しかった。

 

 

「さあ第4コーナーを進んで直線へと向かう! 先頭はまた変わって今度はメジロライアン! しかしメイショウドトウ、メジロパーマーも並走! アイネスフウジンも懸命に粘っています!」

 

「勝負どころ、最後の直線へと駆けていきます!」

 

「後方のウマ娘たちも一気に上がってきております、特にマーベラスサンデーとテイエムオペラオーが素晴らしい! サンデーライフも後方から上がろうかというところ! 前は依然メジロライアン! しかしメイショウドトウ追いすがる! タマモクロスとオグリキャップ、キンイロリョテイにマヤノトップガンも来ています!」

 

 抜き去ってはいる。けれども、それ以上に抜き去られてもいる。

 前に進出している感はあるが、しかしその更に前方に横並びになっているような感覚だ。あと一歩、二歩、三歩……実際にはもっと大きな差があるけれど、やはりその目に見えている背中がどこまでも果てしなく遠い。

 

 そして――

 

「さあ、これから坂! 仁川の舞台にはこれから坂がある!」

 

 ダービー卿チャレンジトロフィーのときに、中山の急坂を私は障害に比べれば所詮はただの平地の坂だと考えた。

 中山の坂は110mで2.2mを登る。一方で、ここ阪神は100mほどで1.8m。

 

 だからこそ、やっぱり所詮はただの平地の坂なのは間違いない。

 スタミナを予定外に消耗している今であっても、私は失速をすることはない。

 

 

 けれど。

 今、前を走っているネームドウマ娘も、坂で大きく失速する子はもうほとんど残っていないのであった。

 

 

 

 *

 

「前はメイショウドトウとメジロライアン! 凄い勢いでタマモクロスが抜き去っていく! マヤノトップガンも来ているぞ! そしてようやくテイエムオペラオーが差を詰めてきた! そしてキンイロリョテイとマーベラスサンデーも来ているが、これはどうか!?

 おっとライアンが抜けた! やはりこのウマ娘はこの距離が強い! オペラオーが凄い勢いで差を詰めてくるぞ! ライアンかオペラオーか! それともメイショウドトウかマヤノトップガンか、タマモクロスもあり得るぞ!? ……いや、やはりライアンとオペラオーの一騎打ち!

 2人がハナを譲らずそのままもつれるようにしてゴールイン! そのすぐ後ろにマヤノトップガン、タマモクロスの2人がほぼ同時に入線――」

 

「前の4人はほとんど差がありませんでしたが、ですがメジロライアンが僅かに体勢有利だったようにこちらからは確認できますね、メジロライアン1着と見て差し支えないでしょう!」

 

「やはり2200m、この距離では負けられないメジロライアン! メジロライアン、快勝――」

 

 

 ――確定。

 1着、メジロライアン。

 2着、アタマ差でテイエムオペラオー。

 3着はタマモクロスが1/4バ身差。

 4着、クビ差のマヤノトップガン。

 5着に1/2バ身差でメイショウドトウまでが掲示板入り。

 

 

 ……私の順位は、14着。

 

 

 

 *

 

「お疲れ様です! サンデーライフ……どうしました?

 そんなに奇妙な顔をして……?」

 

「……葵ちゃん。一応順位的には大敗ですから神妙な顔を維持していたつもりだったのですけれど……。

 個人的には、全然『アリ』な順位で、むしろ喜びたいくらいなんですけど、良いですかね……? 流石に『14着』では周囲に目がある状態で嬉しがるのはマズいと思って控え室まで頑張って表情を消していたのですが……」

 

 18人中の14位。そう聞くとダメダメだったように思えるけどさ。

 初めてのGⅠレースで相手が全員ネームドという状態であることを踏まえれば大きな成長だと思うよ私は。

 

 だって、14位という数字を出すと負けの印象が強いけれども、逆に考えればネームドを4人破っているわけで。今までのありとあらゆるレースの中で最大の戦果なのだから。

 しかも、その破った相手もアグネスデジタル、マチカネフクキタル、ダイタクヘリオス、ゴールドシチーの4名。

 確かに相手の調子が悪かったかもしれないけれど。この4人を破ったレースという観点で考えれば、内容としても正直申し分無いと思う。

 

「……予想外のことが起きなければ、本当にメンタル面の問題が無いですよねサンデーライフは」

 

「ちょっと、その言い方傷付きましたー。少しは労わってくれても良いんじゃないですかねー?」

 

「……しょうがないですね、サンデーライフ。

 じゃあ、走った後ですし、ちょっと髪の方を整えちゃいましょうか」

 

 

 うーん……まあ確かに走った後だから、髪の毛のスタイリングをやってくれるのは助かる。

 

「あ、でも。一旦シャワー浴びた後で良いですよね、葵ちゃん?

 流石に、この汗はちょっと流さないと気持ち悪いです……」

 

 確か、実際の競馬場にもレース後の熱中症対策のために検量室の脇には競走馬用の冷水シャワー設備が併設されていることが多い。だから、私達ウマ娘にもレース後に汗を流せるシャワー施設は当然完備されているわけで、ついでにこっちは温水だ。まあ、それはそう。

 

 本音を言えば勝負服もウイニングライブ用で別途欲しいけれども、それは高望みか。これ作るのに、多分数百万円では済まない金額が動いているだろうし、匂いとか汗を吸わないようにする機能とかも盛り込まれているとは思うけどねえ……。

 ただ今日はバックダンサーだから勝負服ではなく共通衣装だ、上位陣はこういうところでも大変さがあるんだろうなあ。

 

 GⅡ以下のレースは体操着で走って、ウイニングライブは共通衣装だったから、思わぬGⅠ出走ウマ娘の苦労がひっそりと垣間見えた瞬間だった。

 

 

 そうして世間的には私の初のGⅠ挑戦はあえなく敗退、私としては十二分な収穫と当初のメンタルトレーニングという目的も同時に果たす最高の結果で、初のGⅠレース――宝塚記念への挑戦は終わったのであった。

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