強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
結局のところ、宝塚記念にて私としては満足のいく結果を得られたが、アイネスフウジンにとってはそうでなかったみたい。
初詣のときに言っていた『メジロライアンと戦う』という部分においては、ライアンの優勝という形で清々しいほどに負けたのだから、そちらは逆にすっきりしているだろう。
しかしアイネスフウジンの順位は8位。確かに、私の14着よりも遥かに前で先着している訳だけども、アイネスフウジン的にはこの順位でもって『勝利!』って私に対して堂々宣言して喜べるものではなかったみたい。気持ちは分からないでもないが。
ということで、宝塚記念は私との『勝負欲』という観点では恐らくアイネスフウジンにとって満足の行くものではなかったということだ。
なので今後もアイネスフウジンに勝負をねだられることになると思う。でも仮にどちらかが1着取っても「リベンジしてなの!」か「リベンジするの!」ってなると思うから大した影響は無い気がする。
だから、それはそれとして。
いつものようにトレーナー室へと向かう。既にトレーナー室からは日本地図とか人口統計資料とかは片付けた。事前収集した紙媒体の資料系は地図も含めて大体は溶解処理での廃棄を依頼して、お友達アルバイトを使って出来た新資料については全部データで管理することにした。
あ、でも日本地図の隅っこに書かれていたハッピーミーク作のデフォルメタコさんは切り取って今でもホワイトボード上に磁石でくっついている。かわいい。
既に葵ちゃんと制服姿のハッピーミークが居て、私が来るや早々、葵ちゃんは高々に宣言した。
「ちょっと、最近ごたごたしていましたが、サンデーライフの宝塚記念も終わったことですし、慰労会をしようと思っています!」
「わー……ぱちぱちー……」
まあ、タイミング的には今がベストなのかもしれない。それに私にとっての初のGⅠ出走ということもさることながら、ハッピーミークが香港チャンピオンズ&チャターカップで見事入着したことのお祝いも私のゴタゴタで1ヶ月出来ていなかった。
むしろハッピーミークの初の海外遠征での入着を祝う機会をここまで先延ばしにしてしまったことの方が申し訳ない。
「分かりました、ミークちゃんの香港での入着もお祝いしないといけませんしね。
それでいつその慰労会はやるのです?」
「……ふっふっふ、それはずばりですね! 今日で――」
「――駄目です。葵ちゃんはもう少しアポイントというものを考えて下さい」
見ればハッピーミークが神妙な顔をして頷いていた。……思えば、このアポ無し当日ムーブは私が担当になってからは初だけれども、ハッピーミークとしてはずっと洗礼を浴びてきたものだったのだろう。いくら葵ちゃんのことを、個々人としてもトレーナーとしても全く不満を持っていなかったとしても、急に予定をぶち込まれるのはキツいのよ。暇だったとしてもね。
「えっ……そんな――」
「……せめて、今週末。それならどうです? ミークちゃんも葵ちゃんも空いていますか?」
「……大丈夫」
「今週末ですねっ! 私も問題ありません!」
ぶっちゃけお店を予約するとなると3人であったとしても、いきなり週末だと予約出来るところはちょっと限られたりもするけど……ま、それはいっか。余程珍しい高級料理を食べようと思わない限りは大丈夫でしょ。
「……一応私とミークちゃんのお祝いということですが、ミークちゃんの香港での入着の方が偉業ですし、普通に着順で考えても上ですからね。
ミークちゃんは何が食べたいですか?」
ハッピーミークは、頭を悩ませてから次のように呟いた。
「……? ……!
……カニ、食べたい……」
カニかあー……。別に嫌じゃないんだけど。
でもさ、ハッピーミーク。……私の顔を見て今、思いついたよね?
*
葵ちゃんがヒトデで、私がカニということが決定して、ハッピーミークの脳内では水族館御一行になりつつある私達であったが、予約したカニ料理屋さんは高級店で個室ではあったけれども、ビルの1フロアにあるお店だった。
だから前にゴールドシチーと行ったような料亭でも無ければ、葵ちゃんと会って間もない頃に行ったカニの料理屋さんみたいなグレードではない。……まあ、私が予約したんですが。
ただ、一応事前にサンデーライフとハッピーミークという名前は伝えてある。とはいえ私達がお店に来ていることがバレても囲んでくる客層ではないと思うし、そもそもこの世界は多少知名度があってもチェーン店の回転寿司で普通に食事が出来るくらいにはファンが私達に配慮してくれる優しい世界なので、多分身バレしても問題になることはないと思うけど、突然来て困るのはお店だしね。
普通に電話口で『あ、大丈夫ですよ』と流したところは、流石にプロというか単純にそこまで気にする知名度では無かったかのどっちか判断はつかなかったが、でも目立たないならそれに越したことはない。
ということで、慰労会当日。
個室に案内されて、用意されていた1つの鍋をみんなでつつく。ウマ娘が2人なので鍋のサイズはかなり大きい。
なおメインのカニは、かにしゃぶで食べるコースにしたので、かなりの量のもう殻が剥いてあるカニ足が置いてある。これなら剥く作業は要らないしそこまで無言にならないでしょ。
いただきます、と声を交わして以降、ハッピーミークは黙々とカニの身をしゃぶしゃぶし続けている。
「あの……ミーク。カニ以外も食べて下さいね?」
「……あとで」
ずっとしゃぶしゃぶしている姿は可愛いし、カニ食べに来たのだからカニを食べるという姿勢は理解できるけれども、トレーナーの立場の葵ちゃんとしては偏食は苦言を呈さざるを得ないよねえ。
……そう思いつつ、私は水菜をカニ酢のタレに付けて一口。シャキシャキしてて美味しい。白米も注文しておいてよかった。次はしいたけが気になるねすっごい味が染みてて美味しそう。
「……サンデーライフは、もう少しカニに関心を……」
「……あ、ちょっと待ってくださいね。いや、カニが嫌いな訳では無いですが、他の具材も美味しいので――」
いや、マジでカニが嫌いなわけじゃないよ? でも、このお野菜たちが私を魅了してやまないので……。
しかもたれもカニ酢のほかに、柑橘系の味噌だれとか豆乳ごまだれとか色々あって味が無限に変えられるし。
*
ひと通りハッピーミークのお祝いとか香港での話とかを私は聞いて、大体1時間くらい経過してきてお腹も膨れてきた頃合いになると、流石に箸を鍋へと伸ばすペースも落ちてくる。
ハッピーミークは会話で口を開くとき以外は依然、無心でかにしゃぶを続けているけれども、葵ちゃんが野菜をハッピーミーク用に取り分けてそれはもしゃもしゃと食べている。その大食っぷりを見るに、やっぱり私ってウマ娘としては小食な方かもしれない。
そんなことを考えていたら、葵ちゃんが改まって私に話しかけてきた。
「……あの、サンデーライフ。ちょっとよろしいですか?」
「ええと、何ですか突然かしこまって」
「ひとまず春季日程が終わりましたので、一応簡単に今後についてお話をしようかと思いまして……」
思えばそれに類する話をしたのって昨年末の障害未勝利戦の勝利後に平地再転向をしたときくらいだろうか。確かに認識合わせはしておく必要があるかもしれない。
ハッピーミークも、その葵ちゃんの言葉を受けて、
「……三者面談」
と、かにしゃぶをやっている手を止めてまで言ってきたから乗り気みたい。ふんすって顔していかにも『一緒に相談乗ってやるぜ!』って自信に満ち溢れた表情をしている。でも、多分葵ちゃん私相手だから一般学生に対しての面談以上のことを言ってくると思うけど大丈夫かな。
「……まず、最初に聞きたいのですが……。宝塚記念でかかった費用……あれ、赤字ですよね?」
うぐっ。痛いところを突かれた。ファン投票対策に友達をアルバイトとして雇用したが、実はそれに付随して経理代行とか色々裏方サービスを利用していたりする。もっとも一番痛手だったのは、記者会見でのサクラの仕込みなどだったのだけども。
最低限の監督業務だけで済むように細かい交渉はほぼ外注だったり相手先にお任せだったりしたので、TVやCMの出演費用とかもほぼ相手側の鵜呑み。それらを清算するとトータルでは確かにマイナスではある。けどまあ、持ち出しの費用についてはグッズのライセンス料とかから出していて賞金には手を付けていない。だから最悪赤字でも良いかって割り切りはあったけれども。
「……一応、今年の宝塚出走までのファン投票対策の『ノウハウ』か『生データ』を売却しようと考えていてそれで多分、トントンになるかなあ……って考えていたのですが。ノウハウならライターを一時雇用して解説本を書かせる形での書籍化、データならコンサル系の企業向けに売り出そうと考えていました。
まあ、いずれも私が直轄でやったら時間があまりにも無いので、丸ごと外部へ委託して契約金を貰うような感じにはなると思いますけどね」
「あの……その件も恐らく含めた形になりますが。……どうでしょう、個人事務所を立ち上げるなり、どこかの事務所に所属して、学園の庇護下の外で事業を行った方が収益を確保できるかと思いますけれども」
つまりそれは、ゴールドシチーのような体制を整えるということ。芸能人としての側面をより強化しつつ、競走ウマ娘としては学園所属という形の両属状態になるということ。レースの元締めが文部科学省だから競走者として『実業団』所属みたいなことは出来ない。
そうすれば今のように臨時で雇った人員や、他の企業に全権の委任することなく事務所直轄で動けることとなる。それで私や葵ちゃんの負担が軽減されるのかと言われるとちょっと微妙なところではあるが――でも、葵ちゃんにとってこの話はあくまで前置きなのだろうと察したのでこう紡ぐ。
「葵ちゃん、ちょっと回りくどいです。本題をお願いします」
そう言えば葵ちゃんは一瞬ひるむように黙ったが、それでも意を決したように言葉を紡いだ。
「……あんまりサンデーライフが、私からこういうことを言われたくないのはもう分かってはいますが、それでも私は『トレーナー』という職業である以上は、教え導く立場として言わなければなりません。まずはそれを理解してください」
「……ええ」
思ったよりも仰々しい前置きが来て私もビビる。
「――サンデーライフの目標は『とにかく楽をして生きる』ために現役引退後に遊んで暮らせるだけのお金を賞金で集めようというお話でしたね?
……今のあなたのメディア注目度を鑑みれば、先の宝塚記念を引退レースに位置付けるか、もうあと1、2レース出走した後にそのまま芸能界入りしてしまえば……おそらく。お金に困る生活を送ることは無いかと思われます。
――つまり。ここで『競走ウマ娘』としてピリオドを打つこともできるのですよ? サンデーライフ」
「……本当に、聞きたくない言葉を言いましたね」
現在の賞金金額は7991万円で、適当に設定していた3億円には全く届いていない。……が。
このまま競走者から芸能人などにキャリアチェンジするのであれば、話は別ということだ。
『お金を稼ぐ』という目標に沿うのであれば、今の知名度を現金化して切り売りする形で芸能人になるという方向性も客観的に見ればアリ……なのかもしれない。
一応は私もGⅠ出走ウマ娘となったことで、『元アスリート』の肩書きを名乗るくらいのネームバリューとしては既に充分な実績を有している。楽観的に見ればレース解説者なども狙えるし、そうでなくてもニュースなどのコメンテーターとか、もっと普通にバラエティー番組に出演したって良い。
しかし、その将来には――。
「……で、その私が芸能活動やら、グッズや書籍の販売などに注力したら。
その隣にはもう葵ちゃんは居ないのでしょう?」
「……はい。……競走ウマ娘ではないサンデーライフの助けに、私はなることは出来ませんから」
これを感情のままに一蹴することは私には出来なかった。
あの――かきつばた記念の日の夜。あるいは翌日の朝。私は葵ちゃんが『私と契約解除』をしたくないという気持ちがあることを知っていて、その気持ちがお互いに共通するものであることを再確認した。
だから葵ちゃんも私とまだ担当を続けたいことは間違いなく、そして私がそういうことを言いだして欲しくないことも理解していて……その上での、この物言いだ。
しかもあれからまだ2ヶ月程度しか経過していない。ということは、言い出す覚悟は相当のもので、そして私が競走ウマ娘以外の道で大成することについては最早葵ちゃんは疑っていないということになる。
葵ちゃんは私のキャリアプランが『自分自身のヒモになる』というどうしようもないものであることを既に知っている。つまり、今提示された競走ウマ娘引退の道は、葵ちゃんからすればその私のキャリアプランに向けての最適化された道であることと同義なのだ。
ある意味では宝塚記念で私はやり過ぎた。少なくとも葵ちゃんをもってして私に向けて競走ウマ娘以外の道を薦めさせるくらいには、派手に動き過ぎてしまったのである。
……となると多分、決定的な話があるんだろうな。
「私が答えを出す前にもう1つお伺いします。
……そういうオファーが来ていますね? 既に私に向けて」
「ええ、その通りです。大手芸能事務所から数社。中堅のメディアや出版社からも何社か。他にもいくつかありますが……外資系のスポーツ関係のシンクタンク企業からのヘッドハンティングのオファーすら来ております」
企業リストを葵ちゃんから受け取ってざっと流し見すると、芸能事務所や小規模なベンチャー企業が中心であったものの、確かに中堅どころや大手下請け、あるいは海外系列企業の名前もあった。
葵ちゃんはこのうちのどれかを受けてしまった方が、私の将来のためになるという判断なんだよねえ。しかも、その将来とは『安定した収入』とか『社会人としてのステータス』みたいなものではなく、私の将来のヒモ構想に合致するものという意味合いで。
「いや、何と言うか……ごめんなさい。まさか就職エージェントの代わりまで葵ちゃんにさせてしまっていたとは……」
もちろん、今の私の『知名度』目当ての企業も多いだろう。芸能事務所であれば、この宝塚記念後のタイミングでの引き抜きは確かに節目としては全く正しいし、そうでない一般企業であっても十二分に広告塔やマスコットとして利用するなら、多少高いお給料を支払ったところで、広告費の節約にすらなるという考え方なはず。
そしてそういう『人気』を切り売りするならば、確かに今のタイミングで引退は間違っていない。
つまり。
葵ちゃんの提案は2つだ。
まず、この企業オファーを受けて競走ウマ娘を引退、以後は芸能界なり一般企業なりで頑張るという流れ。すぐに引退、という形でなくても1、2戦レースに出てから辞めても良い。
2つ目は、芸能事務所のオファーを受けるなり個人事務所を立てるなりして、競走ウマ娘と芸能人としての側面を両立させるという考え方。レース賞金よりもお金稼ぎが出来そうなものが転がっているのだから、私の目標的にそっちにも比重を傾けてはどうか、という話。
こう並べてしまうと後者の選択肢ってデメリットがそんなに無いように思えてしまうが、もしこれを選択してしまうと以後宝塚記念向けにやっていたようなTV番組やCMへの出演といった『お仕事』を定期的に受けていくことになると思う。それは従来とは異なるメディア対応路線を敷き、宝塚に向けて行っていた『一時的措置』を恒常化させるということ。
それならそれで良いじゃんと思うかもだが、葵ちゃんはむしろ引退させる道の方を薦めている理由は単純。……これ、オーバーワークだから。
実際、私がTVの対応をしていたのってファン投票開始から中間発表が出ていた頃までの2週間くらいだし。出走前3週間くらいはメディア対応はほぼ皆無。
で、投票結果が出た後はファン投票対策チームも解散させている。そっちの指揮についてはメインでやっていたのは、記者会見を除けばメディア対応前。そして記者会見準備についてはかきつばた記念のクールダウン期間を利用している。
そう、オーバーワークしていた期間というのは周囲の想定よりも恐らくかなり短い。
だから何とかなっていたが、もし走り続けつつも同じことをするのであれば、芸能人と競走ウマ娘のダブル路線は明らかに負荷になる。まあ当然ではあるんだけどさ。ゴールドシチーが両立出来ているとはいえ、あれって彼女自身の強い意志とトレーナーの脅威的なトレーニング管理能力があるからだし。少ない時間のトレーニングで短期集中型で密度厚く鍛えているからこそ出来る所業だ。
トレーナー能力的にはきっと葵ちゃんにも出来ることだとは思うが、ここで私の『才能』が壁になる。ほら、私ってパフォーマンスが安定している代償として、練習メニューによって練習効率が大きく変わるってことがあまり起きないので。そもそもの『密度』を上げるのが難しいのだ。怪我忌避の考え方も強いので極端な負荷をかけるトレーニングもしていない。
だから両立させるにはアスリートとしての何かを諦めないといけない。怪我のリスクを許容するか、今までのトレーニング効率の維持を捨ててレース成績を犠牲にするか。あるいは、密のあるトレーニングが出来るように『勝利への渇望』を見出す……とか。
で、その条件を私が飲むとは葵ちゃんは考えていないからこその引退示唆である。
葵ちゃんは私の将来を私個人の考えとかも含めた上で、考えてくれていた。
……だからこそ。
答えはあっさりと言い放とう。
「――続けますよ、私は。『競走ウマ娘』として」
その言葉を聞いたハッピーミークの表情こそ全く変わらなかったが尻尾がぶんぶん暴れまわっていた。というか、この席にハッピーミークが居て良いのだろうか。いや、多分ちゃんとこういう話をするってことは事前にハッピーミークに伝えているでしょ。お店の予約を取ったのも日程決めたのも私だけどさ。
しかし、葵ちゃんは厳しい表情のままだった。
「……サンデーライフにとって、レースに依拠する理由は無いはずです。
別の手段でもっと目的に近付けるのであれば、そちらを優先すべきかと思いますが……」
……それは意志でも感情的な意見でもなく、ロジカルな意見を求められているってことかな。
だから最近になって『レースが楽しくなってきた』とか、『多少遠回りしても構わない』とかそういう言葉でもって葵ちゃんを納得させることは難しいかもしれない。
でも、論理的な理由もちゃんとある。
「――ええ、確かに葵ちゃんの考えは間違っていませんよ。ですが。
『競走ウマ娘』を辞める……という行為は不可逆なのですよ。今来ているオファーを優先して引退した後に、その道がしっくりこなかったとして『やっぱり会社を辞めます』とか『事務所を退所します』みたいなことは口に出せますが――『もう一度走ります』とだけは言えないじゃないですか」
トレーニングを辞めた瞬間に私は『競走ウマ娘』としては死ぬ。
一度脚を止めてしまえばもう二度と周囲のウマ娘と戦うことすら出来なくなる。トレーニング効率も碌に上げられない、元々の才覚ではネームドウマ娘に全く届かない私は、努力でも才能でも彼女たちに追いつくことは出来ない。
それでも、今。何とか戦えているのはこれまでの蓄積という継続によるものと、レース出走経験の多さによる実戦での対応能力による部分にかなり依存している。
走りながら駆け引きをしたり、ペース配分や相手の動きを考えるというのは、本来容易ではない。私だってそれが最初から出来ていたわけではなかった。
他ならぬアイネスフウジン戦で『大逃げ』を試して、その感覚をずっと磨き続けてきたから今があるし、そしてそれが出来るまでに私はメイクデビューと未勝利戦を5戦積み上げが必要だった。
一度、走るのを辞めるということは。それらの私の武器の大部分が失われることと同義だ。
だからこそ。私は一旦辞めた瞬間にもう二度と私はターフで、ダートで、障害で、まともに走ることは不可能である。
……ともすれば今のハッピーミークのように年間に1、2戦だけ出走するみたいなスケジュール調整すらも私の戦略的に取れないかもしれない。
私はそんな考えを口にした後にこう締めくくる。
「……そんなに難しい話でもないですよ。
競走ウマ娘を続けている限りは、私は今のように『現役続行』と『引退』を天秤にかけられますが、やめた瞬間に前者の選択はできなくなります。
リスクマネジメントとしても、だったら続ける方が無難、となりませんか?」
レースを続ける理由が無いことは、レースを辞める理由にはならない。
しかし、逆に。
レースを辞める理由が無いことは、レースを続ける理由にはなる。
「……トレーナーは、気にしすぎ」
「ミークちゃんの言う通りですよ。葵ちゃんも本当に私がここで立ち止まるとは思っていないのに、そういうことを聞くのはずるいです。
それにミークちゃんを仲間外れにしなかったことは良いことですけど、流石にこれを聞かされるミークちゃんの身にもなってください」
「……最初聞いた時……びっくりした」
良かった。ハッピーミークには事前にこういう話をすることを伝えていたのか。……もしかしてかにしゃぶばっかり食べていたのって、そういう緊張が出ていたから? いや、素でもそういうことやりそうだな、この子。
そんな風にハッピーミークと掛け合いしていたら、葵ちゃんは肩を震わせながら、こう語った。
「……良かった、です……っ! 私も、サンデーライフと一緒に、続けたかった、のでっ……」
「あー……、泣かないでください、葵ちゃん。
ちょっと、ミークちゃん、ティッシュ取ってくれませんか……もう」
この関係は永遠ではないけれど。
――終わらせるのは今じゃない。
ハッピーミーク @happymik_hitode・48分前 ︙
カニ。
(かにしゃぶの身を持つハッピーミークと春菊を食べるサンデーライフの2ショット)
1.2万 リウマート 855 引用リウマート 3.3万 ウマいね