強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第65話 小さな球体

 宝塚記念のゴタゴタで完全に話題に出し損なっていたけれども、ダートのJpnⅠである帝王賞の結果が出ていた。

 1着がフリオーソで2着がメジロマックイーン。スマートファルコンも出走していたが先手を取り損なった上に末脚も伸び悩んで着外だったとのこと。

 というか、宝塚回避したマックイーンは2着かい。いやフリオーソも強敵だけどさ、春天→帝王賞の流れは謎過ぎる。まあかきつばた記念→宝塚の私が言える立場ではないんですが。

 デジたんも似たようなローテをしているわけだが、彼女は間に安田記念を挟んだのでセーフ……ってデジたんのローテの方が私よりもヤバいじゃん! まあアグネスデジタルのかきつばた記念→安田→宝塚に関しては史実ローテである。

 ただその安田記念に関してはアグネスデジタルは落としていて、そこを優勝したのはバンブーメモリーで、彼女は宝塚記念前に実は初GⅠ制覇を成し遂げていたり。というか安田→宝塚ローテ勢結構多かったね、そう考えると。

 

 そう考えるとマックイーンの春天→帝王賞が段々と普通に思えてくるから不思議だ。しっかり休養も取っているし、うん。それにGⅠ1着→JpnⅠ2着なら戦績として充分すぎる。ひとまず来年の春天までに芝に帰ってくるならトウカイテイオーとの対決、それもマックイーンにとっては春天連覇をかけた対決が見られるようにはなったので不満は無い。

 あ、そのトウカイテイオーに関してなんだけどオークス出走後に怪我したとかいう話は一切聞かないので、完全に史実ともアプリとも違う『怪我をしないトウカイテイオー』という夢のようなルートに入ったようである。テイオートレーナーは一体どんな魔術を使ったんだ。

 

 

 まあ、それはともかくとして。

 7月に入った。だからこそ、夏合宿だ!!! ……とは残念ながらならない。

 

「まあ……サンデーライフ、あなたは夏合宿に行きませんよねえ……」

 

「当たり前じゃないですか、葵ちゃん!! ……去年はPre-OP戦で苦戦していたので見逃しましたが、皆が合宿に行っているこの時期のレースが一番狙い目なのですから。

 それにサマーシリーズだってありますし! まあ総合優勝は無理だと思いますが……」

 

 夏季のレース日程に出走するウマ娘はやっぱり合宿の都合上少ない。アプリプレイヤー視点でも合宿中にレース目標が入っていると『マジかー……』という気分になるように、やっぱり合宿するなら合宿に集中したいから、どうしても有力ウマ娘が夏のレースに出て来なくなる。あと単純に暑いから、体調管理の面でもどうしてもね。例外はGⅡの札幌記念くらいだろうか、あそこはGⅠレベルのウマ娘が集結するけども。

 

 ただそうなるとURA的には札幌記念以外の重賞レースがどうにも盛り上がりに欠けてしまう。ということで、設置されているのが『サマーシリーズ』という夏の間の指定されたレースに出走するとポイントが貯まっていき、シーズン終了時にポイントが一番高かったウマ娘にボーナスで報奨金が出るという制度だ。

 ポイントは着順によって決定し、GⅢレースなら1着10点、2着5点で以下3着4点、4着3点、5着2点と続き、着外は一律1点。GⅡなら1着が12点で2~5着はGⅢよりも1点多い。ただ着外はやっぱり1点になる。

 

 で、そのサマーシリーズは競馬では4種類。

 スプリンター路線を対象としたサマースプリントシリーズ、2000m重賞を集めたサマー2000シリーズ、1600mのリステッド・重賞レース対象のサマーマイルシリーズ、そしてそれらの3シリーズでの成績を騎手別で比較するサマージョッキーシリーズといったラインナップだ。

 もっともこの世界には『騎手』が存在しないのでサマージョッキーシリーズが消え失せて3シリーズしか存在しない。

 

 ウマ娘世界においては、アプリにてカレンチャンの育成シナリオでサマースプリントだけは言及がなされている。史実カレンチャン号が出走したサマースプリント対象レースのうち3レース全てで1着を獲るというアプリ的にはモブロックさえなければ達成しやすいものだが、真面目に考えればすごくキツい条件を要求される。

 というか史実はその3レースは同年に出ていないし、セントウルステークスに至っては勝利してないからさり気なく史実以上を要求されている。しかもカレンチャン号自体はサマースプリント制覇を逃しているしね。

 

 で、実際のところはサマーシリーズ制覇には3連勝などは必要なく、合計ポイント13点、サマーマイルは対象レースが少ないので12点以上でかついずれかのレースで1勝している中で最もポイントが高ければ制覇できる。

 それで報奨金も結構ガッツリ出る。サマースプリントとサマー2000が5000万円で、サマーマイルなら3000万円。

 重賞で勝てるのか? という点にさえ目をつむればこれ以上ない程にお得な金策なのである。もちろん、レース入着時のいつもの賞金を貰った上でのボーナスだからね。

 

「サンデーライフなら、サマーシリーズの間隙を縫って非対象レースを狙うかと思いましたが……」

 

「……非対象は、そもそもサマーシリーズと関わりの無いダートレースか、マイルから中距離の非根幹レースが中心じゃないですか。

 サマーシリーズを避けたところで競合相手が居る路線ですし……」

 

 一応、サマーシリーズ期間中の長距離レースは、重賞路線は存在せず、オープン戦に8月の札幌日経オープンと、9月頭の丹頂ステークスがある。……丹頂ステークスに関しては、障害転向しなかった場合の候補レースにも挙がったやつだし。

 いずれも阿寒湖特別と同じ距離。だから、そこを狙う選択肢もあるけれども。

 

「マイルと中距離を避ける……と言いますと。狙うのは――」

 

「はい。『サマースプリント』シリーズですね。

 ……宝塚記念に出走していなければ、サマーシリーズ唯一のオープン戦・米子ステークスのあるサマーマイルを狙ったと思いますが」

 

 サマースプリント。対象レースは6レース。

 6月中旬。既に終了しているGⅢ・函館スプリントステークス。

 7月第1週。これももう出走登録が間に合わないが、GⅢ・CBC賞。

 7月後半レースであるGⅢ・アイビスサマーダッシュ。

 8月下旬の興行であるGⅢ・北九州記念。

 8月最終週に開催されるGⅢ・キーンランドカップ。

 そして9月レースでかつサマースプリント唯一のGⅡ・セントウルステークス。

 

 この6つ。6レースというのはサマーシリーズの中でも最多である。

 サマースプリントを制覇したチャンピオンウマ娘は、大体20ポイント前後取っていることが多いが、状況次第では15ポイント前後でも制覇できることもある。

 

 私に残されたのは4レースだが、まあ出れて2レースかな。それ以上は私の心情的にローテが怖くなってくる出走間隔だ。月1ペースでレースに出るのだって普通よりも多いのだから。

 

 だからこそ、決める。

 

「今月後半の――アイビスサマーダッシュ。まずはそこに注力しようかと」

 

 新潟レース場。芝・1000m直線。

 未勝利戦でゴールドシチーに負けた舞台へ、私は再び挑戦する。

 

 

 

 *

 

 出走登録は葵ちゃんにお任せして、寮へ帰ろうかなと、とことこと学園の中庭を歩いていたとき急に視界が暗転して目の前が真っ暗になった。

 

 場所が場所だけに、また例の『黒い靄』のせいか!? と思ったが、物理的に平衡感覚を失う感じがあった。え、じゃあその場で意識を失ったのか、と問われればそれも違う。

 

「……えっほ、えっほ」

 

 なんか担がれてない、私!?

 

 ……。

 

 ……って、これはアプリのメインストーリー5章の『scenery』で見たやつだ。

 

 

「――というか、多分肩に背負って運んでいるんだと思いますが、これ体重がお腹に集中してめっちゃ痛いですって!」

 

「……おっと、すまないねえ。では君の専売特許のお姫様抱っこで運んであげよう――」

 

 そう言われて持ち方が変えられる。

 まあ……いっか。どうせ今の私、麻袋かなにかで頭をかぶせられているからこの姿を目撃されても情緒もへったくれも無いと思うし。

 姿勢が変わって明らかに楽になった。これなら別にいいや。

 

 

 ……普通に着いてくるように言われれば多分従ったと思うけれども、無理やり誘拐してきたこともあったので、それは黙っておこう。

 

 そして、目的地に着いたようで……。

 

「……ぁ、カフェ? ちょっと扉を開けてくれるかい? すまないね、彼女の要望に応えていたら両手が塞がってしまってね……」

 

「……全く。何をやっているんですか、アナタは」

 

 

 いや、段取り悪いな!? 私が持ち方を指摘したせいなのだろうけれども、もう色々と台無しじゃん!

 

「……よいしょ、と。サンデーライフ君はどこに置けばいいかい?」

 

「もう、私のソファーで構いませんから。とりあえずこの被せているのなんとかしましょう……」

 

「ふぅン……。おや、これはちょっと絡まって――」

 

「――ひゃっ!? ちょっと、くすぐったいです……って、痛いっ!」

 

「タキオンさん。……私がやりますからアナタはどいてください。

 ……すみません、サンデーライフさん。タキオンさんの悪い癖に巻き込まれてしまったようで」

 

 そう言われながら、麻袋をどけられると、目の前にはマンハッタンカフェと、ちょっとしょんぼりしたアグネスタキオンが居た。

 けれども、すぐに気を取り直してアグネスタキオンが話し出す。

 

 

「……宝塚記念での一瞥以来だね、サンデーライフ君。

 私は君と是非とも話がしたくて、ご同行願ったのだよ」

 

「は、はい……」

 

 うーん、色々と雰囲気がドタバタしていたけれども、アグネスタキオンは軌道修正を図るみたいだ。

 

「……ふぅン、つれない返事だねえ。私は君とこうして話せる日をずっと心待ちにしていた、というのに。

 ――私が調べた限り……君は『特異点』だ。……ほう、目つきが変わったね。つまり心当たりがある、ということかい?

 実に嬉しい反応を見せてくれるねえ……! ……それに。君の瞳はとても『澄んで(・・・)』いる――」

 

 私のことを『特異点』と称したアグネスタキオン。それがどこまでのレベルで私のことを見通しての発言か分からない以上は不用意に私から踏み入れることが出来ない。

 

 しかし――『澄んだ』瞳か。これは実際の私の目の色を褒めているわけではない。アグネスタキオンは育成シナリオにおいてモルモット君ことトレーナーの異常なまでに入れ込む熱意の籠った眼差しを『狂った』色と形容していた。そこから逆算すれば、私の瞳には……熱意が籠っていないということ。

 これも、どこまでの深さの理解度の発言かによって解釈の仕方がまるで変わる。だからこそ一旦しらばっくれる。

 

「……『特異点』とは、どういうことでしょうか?」

 

「感覚的なもので、説明しようとするとどうしても複合的なものになるが……そうだねえ。

 君も――『レースで勝利すること』を目的としていないはずだ。レースとはあくまで何かを希求するための代替手段……そうだろう?」

 

「……『君()』ということは、アグネスタキオンさんも?」

 

「ふぅン……もっと驚くかと思ったが話が早い。そうだとも!

 私は『ウマ娘がどこまで速くなれるのか』――その可能性の先を知りたいのさ!!」

 

 ここまでは私がアグネスタキオンについて知る情報と合致するものでしかない。言わば確認事項である。だからこそ続いた彼女の言葉にこそが重要だった。

 

「……しかし、君はどうにも私の一歩先を行っているように思えてならない。『速さ』という観点では、私の方が明らかに速いのにねえ……。

 君が為した映像は見せてもらったよ。

 我々ウマ娘がどこまで到達できるのか――ではなく『どこまで速度を貶められる』のか……なるほど、それは私も盲点だったよ!

 私もこの身体で君が行った『ハードル実験』の再現実験を行ったが、あれほどまでに走りにくい経験をしたのは久しぶりだった! 実に有意義なものだったよ――」

 

 何というかアグネスタキオンがせっせと不規則にハードルを設置して走りにくそうにハードル飛越を行っている絵面はちょっとシュールで見たい気もしたが、そこに着目したのか。

 

「……まあ、あれはウマ娘という『種族』がハードルに向いていないのではなく、教育上ウマ娘がハードル走を履修できていないからこそ初めて実現する対決であって、身体能力やスポーツ工学的な部分に応用できる話ではないとは思いますが……」

 

「君と私の『学際領域』が異なることは、充分に理解しているよ。

 ……だからこそ、なのだが。私はサンデーライフ君とカフェが『同じイマジナリーフレンド』を共有している現象が実に理解し難くてとても興味深いと思っているのさ――なあ、カフェ?」

 

 マンハッタンカフェは自分の分と私用のコーヒーを2杯だけ用意しつつアグネスタキオンの言葉に同調した。

 

 

「……タキオンさんの悪企みに乗るのはイヤですが……。でも、確かにサンデーライフさんが私の『お友だち』の気配を誰よりも濃く持っているのは気になります。

 前に『三女神像』へのお祈りが原因とおっしゃっていましたが……。ですが、今年はファン感謝祭以降『お友だち』とは違う……でもどこか『お友だち』とも似ているような別の雰囲気を感じます……。

 それについては確かにタキオンさんと同様、私も気になることです……」

 

 そっかー……、アグネスタキオンだけではなく、マンハッタンカフェも私に用があったのか。

 そしてヘイルトゥリーズンの雰囲気の残滓も認識できるんだ……。


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