強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第68話 シニア級7月後半・アイビスサマーダッシュ【GⅢ】(新潟・芝1000m)

 その後は、特に何事もなく日々は過ぎ去っていった。タキオンは私に関する資料を燃やされてはいたが、ほぼ同様のコレクション品を同室のデジたんが所持していたので、それらを片っ端からコピーすることでほぼ復元には成功した。

 オタクの蒐集品は時として研究者の資料に比肩するのである。やべえ。

 

 まあそれはともかくとして、サマースプリントシリーズ3戦目のアイビスサマーダッシュに出走登録することが出来た。

 

 ちなみにサマースプリントシリーズのそれぞれの優勝ウマ娘は、1戦目・函館スプリントステークスはカレンチャン、2戦目・CBC賞はアグネスワールドであった。

 

 カレンチャンは既に史実ローテ分は終了しているらしく、年間数戦の参戦組になっているらしい。それで函館スプリントを狙ってきているということはこのサマースプリント制覇を狙いに来ていると見て間違いない。だから勝利を目指しに行くなら避けるべきシリーズではあるんだけどさ。

 避けたとてマイルや中距離で他の有力ウマ娘を相手にすることにはなるからぶっちゃけそこまで変わらない気もする。長距離レースが乏しい以上は何でも走れる私のスプリント路線は間違っていないと思う、きっとそう。

 

 そしてアグネスワールドのCBC賞。シニア級2年目で1年先輩なので、史実ローテだったら本来はイギリスのニューマーケットに居たはずなんだけどな。マンハッタンカフェが凱旋門賞スルーになったように、アグネスワールドもローテにぶれが生じているらしい。史実アグネスワールド号もCBC賞勝鞍はあるものの、CBC賞の興行日程が違う時期の時代だったからウマ娘日程になった結果、ローテにも変化が生じたということなのだろう。年代ぐちゃぐちゃなのは今更だがアグネスワールドに関しては史実古馬1年目のローテが2年分に引き伸ばされて古馬2年目ローテがシニア級3年目に来る、みたいな変化なのかもしれない。

 

 

 ……というわけで。アイビスサマーダッシュの出走メンバーをどん。

 

 うん、全員ネームドじゃない。いやー、この有力ウマ娘数人体制になると安心感が違うね。つくづくGⅠというのは怖い場所だった。

 いや、でもだからといってこのアイビスサマーダッシュでぶつかる相手が楽なわけではない。

 

 注目すべきは3人。

 バンブーメモリー。

 タイキシャトル。

 そして、カルストンライトオ。

 

 

 いやー、絶対キツいはずなのに宝塚で感性がバグってしまったよ本当に。

 史実バンブーメモリー号はこの時期、高松宮記念の名称変更前のレースであるGⅡだった高松宮杯に出走していたが、ご存じの通り、このレースはウマ娘においては3月の短距離GⅠになってしまっているためにバンブーメモリーの史実ローテ先が消失してしまった。先ほど話したアグネスワールドと同じ現象である。

 だから暇になったのでアイビスサマーダッシュに出走してきたということである。でも高松宮杯時代の距離は2000mなのだから、代替レースにするならサマー2000シリーズの方のレースにすれば良いのにと思わなくもない上に、もうちょっと我慢すれば同じGⅡ・2000mの札幌記念もあるのにせっかちだなあって気もする。

 ……それはともかくとして彼女も宝塚からのアイビスサマーダッシュローテなので、私と一緒なんだけどさ。いや、その宝塚記念の前に安田記念1着があるからむしろ私よりも過密ローテで来ているが。

 

 そんなバンブーメモリーとは1勝クラス時代に阪神ダートの短距離にて対戦経験がある。まあ差しが届かなかったんだけど。バンブーメモリーも私にSNSを薦めたりと結構かかわりが深いしこれで対戦が3回目ということになる。彼女が居なければ『かにみそ』が無かったということを踏まえれば、割と私のキーパーソンのうちの1人なのかもしれない。いや、『かにみそ』でキーパーソン判断はちょっとアレだけど。

 

 

 次にタイキシャトル。サイレンススズカと同期なので今年シニア級3年目。史実馬ローテとしては終了しているのでIF出走である。ぶっちゃけフランスGⅠ勝利があるんだから、サイレンススズカのように海外ローテを組んでくれ……と思わなくもないし、せめてマイル路線で行ってくれとも思っているが、ぶつかってしまったものは仕方が無い。

 1000m経験も新潟経験も無い……が、その肝心のフランスGⅠであるジャック・ル・マロワ賞にてドーヴィルレース場の1600m直線を経験しているので、直線コースのレース経験があるところは要注意である。新潟以外で直線を走ったことあるウマ娘ってほぼ居ないでしょ。凄いレアケースにぶつかった感がある。

 

 

 最後にカルストンライトオ。シニア級1年目で同期である。

 現状、メイクデビュー、1勝クラス、そしてオープン戦の北九州短距離ステークスの3勝のみで、障害レースを含めてしまえば4勝の私とほぼ似たような戦績をしている彼女は、戦績だけ見ると一見警戒しなくても良いように思える。

 史実ではこれに足して、この世界では先取りGⅢになっている葵ステークスも勝利していたはずだが、そこはダイタクヘリオスに競り負けたみたい。

 じゃあ何で警戒しているのかと言えば……うん。

 史実カルストンライトオ号はこの1000mの日本レコード保持者なんだよね。しかも多分日程的に見ると、私達の次走がそのレコードを出すレースだ。

 

 知っているならそこは回避しなさい、おばか! と怒られそうな話だが、言い訳を聞いて欲しい。だってカルストンライトオ、今週にIFローテで福島テレビオープンに出走しているんだもん!

 しかも史実7月ローテは現在存在しないNSTオープンで、その次がウマ娘ローテでは8月末に開催されるが小倉日経オープンに出走。これは史実カルストンライトオ号現役時代は8月初旬に開催されている。そしてその次にようやく8月中旬になってアイビスサマーダッシュ、というローテーションになっていたからだ。

 全然関係ない福島テレビオープンを挟んだからIFローテ組って思うじゃん? そこに、連闘でアイビスサマーダッシュをぶち込んでくるなんて想定できないよ。

 

 

 とはいえ来ちゃったものはしょうがない。一応第2回特別出走登録を出さない形で出走回避することは出来るが、1着が取れないレースなんていつも通りだしねえ。……そんな話を私はかきつばた記念の頃からずっとしている気がするけど。

 

 それにちゃんとこのアイビスサマーダッシュを選んだ理由というのはある。1000m直線は未勝利戦時代にゴールドシチーとの対戦で使ったこともあるから地味に経験者だし、三条特別も清津峡ステークスもどっちも新潟レース場での勝ち星だ。

 ……どう考えても、私は新潟レース場〇なのである。それに直近の新潟重賞はサマーマイル対象の関屋記念しか無いんだから、そりゃその2択なら短距離のアイビスサマーダッシュを狙うのよ。

 

 で。一般的に直線レースは外枠有利と言われている。自分たちのレースだけ見ればそんなに変わらないんだけど、前にレースをやっていると内側ってボコボコになりやすいからね。普通なら楕円形のコースを回る都合上、内の方が距離が短いのでお釣りが来るのだけれども、直線に限ってならば外に居ても内に居ても距離が全く変わらない。だったらずっと芝が綺麗な外に居れる外枠のが有利じゃない? ということになる。

 競走馬の場合、これに加えてまっすぐ走らせるために埒に沿って走らせる調教を施している場合が多く、何もない中央を突っ切らせるように走るとどうしても曲がってしまうから、どっちかのラチに寄せなきゃいけなくなってだったら芝の綺麗な外に寄せようと騎手判断することもある。この場合だと最初から外ラチに近い大外枠が有利になるわけで。

 

 ただウマ娘は自分の判断で走れるので無理にラチに寄せて走る必要は無い。もちろん、目印がある方が真っすぐ走りやすいのは確かだけれども、競走馬ほど極端にヨレることは無い以上、コースのど真ん中を突っ切っても良いとは思う。

 

 アップダウンもわずかだ。最初の200m強で数十cm程度の坂を登って、次の200mで降りる。更にその次の200mではもっと緩やかな上り下りをして、ラスト1.5ハロン強は本当に平坦となる。なのでほぼスピード勝負と言って差し支えない。

 また芝もトゥインクルレース場唯一の完全100%野芝で固めなのでこの面でも速度は出やすい。

 

 1000mでスピード勝負という都合上、ガンガン飛ばしていくウマ娘が多いけれども、だからこそ一方で飛ばし過ぎというケースも発生して、終盤で垂れることもあり、そうなると後方からの差しが効いたりもする。距離が短いから飛ばしてりゃ勝てるって単純な話なら、長距離ステイヤーなら全距離制覇出来るってことになっちゃうしね、やっぱりペース配分の概念は1000mであっても然りとして存在する。

 

 とはいえ作戦は単純だ。いつもの『大逃げ』ペースの感じでようやく前目に付けるかってところなので、ただ前を狙う。細かい調整はレース中にするけれども、基本はそれだけだ。

 

 

 

 *

 

 第1回特別出走登録からアイビスサマーダッシュまでの1週間のトレーニングは、ヒップフレクションなどの姿勢矯正に関わるメニューと、同時にフォームの微調整を行った。

 こいついつもフォーム直しているな、と思われそうだけれども、なにかいじったら基本フォームに意識を向けた方が良いと思う。で、直前に姿勢矯正を行ったのは少しでも真っすぐ走れるようにするため。走るときに進行方向に足先を向けているときに最もスムーズに走ることが出来る。とはいえ、直前に大きな肉体改造を伴ってはかえって逆効果になりかねないので本当に微調整レベルの話だ。

 競走馬的には姿勢矯正はシャドーロールとかハミ受けとかでやるけれども、ウマ娘って身体構造はほぼ人間だしね、そりゃトレーニングメニューも変わる。

 

 

 

 *

 

 そして、新潟のホテルに前日入り。そして今回は新幹線で新潟駅まで行ってのレンタカー現地入りにした。よくよく考えて気付いたのだ。高速道路移動のがエリアによっては時間もかかる上に疲れるってことに。

 今まで『知名度が上がった』からという理由で葵ちゃんの運転する車移動で現地に入っていたが、知名度が上がったくらいで易々レース前日のウマ娘に話しかけてくるようなファンはこの世界にはあんまり居ないので、どちらかと言えば『私が不用意にファンの前に晒されて気疲れしないように』という葵ちゃんの配慮によるものだったのである。

 

 しかし宝塚記念とそれに付随する出走のアレコレを経て、これまで以上に私はファンの衆目の下に晒されることとなった。だから別にもうファンが周りに居ても気にならなくなった。これもある意味メンタルトレーニングの成果なのかなあ、とも思うが、再び新幹線での現地入りに戻った。

 もっとも、葵ちゃんとも相談して経理部直談判を経て、超過分を実費負担する形でグリーン車利用にグレードアップはしているけどね。

 

 新潟に最後に行ったのって葵ちゃんとの契約前だから車で行ったことは無かったし、調べたら4時間以上はかかるらしい。それが新幹線利用なら2時間前後だもん。

 でも長距離車移動の道中はずっと葵ちゃんと一緒で数時間ずっとおしゃべりして、途中のサービスエリアとかで息抜きしたりも出来るから、その旅行然とした雰囲気も好きではあるんだけど、ね?

 

 

 で、そんなこんなで当日。重賞なので最早当然のように第11レース。そしてフルゲート18人での発走。

 

 天気は晴れで良バ場。1000m直線コースはここまで一度も使用していないので大外のバ場は綺麗そのものである一方で、通常の内回りコースの最終直線内ラチ付近は結構ボコボコである。

 

 パドックでのお披露目を終えて、葵ちゃんの下へ向かう。今日の私は3番人気で、4枠7番。宝塚記念の敗戦があっても人気には大きく影響はしていない。……もしかしてファンからはスプリント路線が本命って思われてる? 障害以外の勝ち星短距離だけだもんなあ、あり得そう。本当は長距離も好んで選んでいるのに。

 

「葵ちゃん……」

 

「なんでしょう、サンデーライフ?」

 

 更に気が付いたことが1つあったので、葵ちゃんに話す。

 

「……今日、なんだか記者が多くないですか? 宝塚記念ほどではありませんが、新潟までよく遥々と――」

 

「……それは、あなたとバンブーメモリーさんが宝塚出走組の中では最も早い再対決ですからね。タイミング的に特集が組みやすいのでしょう」

 

 あー……なるほど。私が勝ってもバンブーメモリーが勝っても美味しい。それにタイキシャトルが勝ったらやっぱり『海外制覇ウマ娘は違う!』となるのでこれも特集になる。うん、ネタの宝庫だね。

 

 それにトゥインクルレース唯一の直線は映像映えするし。外ラチ並走カメラもあれば、空には空撮用の報道ヘリすら飛んでいる。あー、アプリでもあったね、アイビスサマーダッシュの空撮視点。

 ヘリなんか飛んでいたらウマ娘の聴覚にはうるさすぎるのでは? と思われるかもしれないが、大丈夫。観客席だけでも充分うるさいので。多少音が増えても大して変わらないのよ。

 

 そんなわけで葵ちゃんとはレース開始直前にはあるまじき日常会話みたいな言葉を交わしてそのままゲートへと向かう。

 

「……来ましたね、サンデーライフ! 宝塚での雪辱を果たすっスよ!」

 

「あの……バンブーメモリーさんの方が順位は上だったじゃないですか……」

 

「関係ないっス! あの日、宝塚に出た相手は全員倒すっスから!」

 

 ……うーん、バンブーメモリーにデバフを入れるつもりは無いけれど、ちょっと毒は仕込んでおくか。彼女だけにではなく全員に聞こえるようにして。ただし毒を仕込む相手はただ1人狙い撃ち。

 

 

「……今日は、私やタイキシャトルさんよりも気を付けるべき相手が居るはずですよ?」

 

「……? え。誰のことっスか、トレーナーさんは他の相手なんて……。

 ……ふふふ、分かったっスよ、これがサンデーライフの『策略』とやらですね! その手には乗らないっス!」

 

 まあ、策は策である。

 本日5番人気でしかも大外8枠17番・カルストンライトオを警戒しろというサイン。いやー、本当に誰か私の意志を汲み取ってくれ。

 

 この言葉でカルストンライトオにぴしゃりと警戒を向けなくても良いからマジで頼むぞ。

 

 ……じゃないと、今日ここで日本レコードが出る羽目になりかねないのだから。

 

 

 そしてゲートイン。トゥインクル・レースの重賞で最も短いレースが始まる。

 

 

「快足自慢の18人の先鋭たちの戦いの舞台、直線1000m・アイビスサマーダッシュ――直線一気!

 ……スタートしました! 18名、大きな出遅れはありません、カルストンライトオ好ダッシュをみせました。夢の53秒台を目指してカルストンライトオ大外からハナを窺います。

 内ラチからはミニペロニー、内外大きく離れました。そのほかに中央からはサンデーライフなども上がってきております――」

 

 

 ――この時点で既に200m地点を通過して。残り800m。

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