強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第69話 シニア級7月後半・アイビスサマーダッシュ【GⅢ】(新潟・芝1000m)顛末

 横いっぱいに広がったまま200m地点を通過してここからなだらかな下り坂へと入っていく。

 

 外ラチに寄せるのがセオリーだが、私はこのままド中央を突っ切っていく。そのための姿勢矯正だったわけだし。で、左右から足音が鳴り響くが、自分の順位については下位ではないことくらいしか分からない。

 でもそれは致し方無いことである。この1000m勝負において横を向いて周囲の状況を確認するということは、その顔を動かした分だけ体幹もぶれるということ。本来であれば、その程度のブレによるロスよりも状況確認の方が優先されるが、ここ1000m直線においては、その僅かなブレによるヨレすらも気になるレースである。だから敢えて状況確認をせずにそのまま突き進む。まあ変にぶれると斜行を取られる可能性すらあるからね。

 だからこそ最初に『横いっぱいに広がった』とは言ったが目で確認したわけでは無く、あくまでも足音による聴覚判断だ。確実ではないが、この200m地点で既にどちらかに寄るというのも中々考えにくいので多分合っているはず。

 

 ここから下り坂なので更に加速を強めていく。

 

「さあ、横一列の隊形が徐々に崩れてきました! バ場の中央からやや外寄りに寄っていきましてカルストンライトオが出た! それを追うのは欧州直線王者のタイキシャトルと、そしてサンデーライフ!

 ここで、600の標識を通過しての1ハロンタイムは9秒8……え、9秒?

 ――10秒を切っています! 最先頭のカルストンライトオなんと200mを10秒かからずに走り抜けている!?」

 

「……これは驚異的なペースですね。1000mの短距離勝負で下り坂だったとはいえ……異常な速さです。このままのペースで推移すればレコードを上回るペースであることは疑いようがありません。文字通り『最速』のウマ娘が誕生する瞬間が見られるかもしれません」

 

「1ハロン10秒以下! ウマ娘がいかに快足と言えども、先頭カルストンライトオのペースはまさしく異常の一言か! 観客席もどよめいております! 今、我々の眼前にはウマ娘の種族の限界を超えようとする少女の姿があります――」

 

 

 10秒台半ば。それが私の最高速度。

 もちろんレースの最中で、そんなペースで走る訳にはいかない。いかに1000mしか無いとはいえまだ半分も越えていない段階で最高速度を出したら潰れると思う。僅かな息苦しさとレース特有の高揚感、それを思考の隅におきつつ考える。

 だからこそ、もっと長い距離でやっていたような『大逃げ』のときのペース配分で進めようと考えていたものの……右目の視界の隅に捉えてしまった。

 

 ――カルストンライトオを。

 

 目視できたということは、それだけ先行しているということ。私自身のペースは既にかなりのハイペースだ。走りながらの高揚感を感じつつも同時にかすかに思考の間に視界が眩む……一種の酸素欠乏に近い症状が私の中にはじめて見えてきているのにも関わらずそれすら先んじているということは……うん。

 日本レコードペースであることは疑いようが無い。

 

 ……これは、追ってはいけない。直感と論理の双方が同じ結論を導き出した。カルストンライトオへデバフをかけるとかそういう次元の話を飛び越えてしまっていた。

 

 あのペースに追いつきデバフをかけようとすれば、今のカルストンライトオよりも速いペースで走らなければ到達できない。

 そして、それは既に私の最高速度を大きく上回る無理難題である。

 

 史実カルストンライトオ号の1000m日本レコードタイムは53秒7。1ハロン10秒で走ったら50秒なので、今が10秒フラットに近いペースだとすれば……必ずどこかで落ちる。

 そのペースの落ちたカルストンライトオを差す……というのは日本レコードを出されたら不可能。

 

 ――だが。このペースに追走しようとしたウマ娘を切り伏せるには充分な火力を持つはず。

 

 ……予定変更。『大逃げ』ペースの逃げ位置取りを取り止めて、ここで一息つこう。そしてラスト1ハロンに全てを繋ぐ。だからこそ、ここから400mは最短距離で走りつつ沈むが自身の最高速でどうにもできない差が生まれないようには調節して走る。

 

 

「――カルストンライトオが依然先頭だが、サンデーライフややペースが落ちてきていっぱいになったか!? サンデーライフは頑張った!

 内の方からはバンブーメモリーが徐々にペースを上げてきている! その前にはタイキシャトルで、タイキシャトルは現在2番手グループといったところで400の標識を通過。

 ……ここでのカルストンライトオのペースは1ハロン10秒2! 現在タイムは31秒9を記録しております!」

 

「……600mを走って32秒を切りましたか。ここから垂れなければ、とんでもないことですよ」

 

 全体が掛かったかのようなペースだが、私は内にも外にも寄らずに中央から俯瞰する。とはいえ、首を視界確保のために振ることはしないため真っすぐ前を見ながら視界に映るものだけを判断するにとどまるが。

 

 分かるのはカルストンライトオのペースが落ちていないこと。そして先にカルストンライトオに並走しようとしたウマ娘の中には既に垂れてきている子も居る。私もきっとそう映っているだろう。今、何番手かは分からないが、明らかに斜め後方から聞こえる足音もある。

 

 もう1ハロン。この200mだけは座視して状況を見守る。まさかたった1000mでこんな繊細なペース管理が必要になるとは思わなかったが、ここは雌伏の構え。

 

 

「外ラチいっぱいのファンに最も近いところをカルストンライトオが抜け出した! 内からタイキシャトルがそのまま追い続けるが、カルストンライトオが更に突き放していく!

 そして、ここで残り200の標識……400から200mのタイムは9秒6!? 更に速くなっていきます、他者の追随を許さない9秒台タイムを繰り出して突き進んでいきます!」

 

「……1ハロンタイムとしては、恐らくトゥインクル・シリーズ開催以来の数字が出たことでしょう。既にカルストンライトオは日本レコードを1つ塗り替えましたよ。

 後は、最後200mをどう走るかに全てがかかっていますね」

 

「既に1ハロンレコードは出したカルストンライトオ! 後は勝利と、1000m日本レコードを残すのみ!」

 

 ……さて。ネームドはともかく、他の子のペースは露骨に滅茶苦茶になってきた。まあ、日本レコードペースのレースなんて体験は早々あってたまるかという話ではある。

 

 

 ここからは、他のウマ娘との戦いではなく。自分との戦いだ。

 ラスト1ハロン。それは『後先考えずに』走って構わない区間。

 

 

 つまり。

 ――自己ベストタイムに対する挑戦への時間である。

 

 

 

 *

 

「――さて、先頭はカルストンライトオ! カルストンライトオが突っ切っていく! それを追うのはタイキシャトルと更に後方バンブーメモリー! 外ラチいっぱいのカルストンライトオ! タイキシャトルは追い付かない!

 後方からサンデーライフも来ているぞ! ここに来てサンデーライフも素晴らしい末脚だが、カルストンライトオは最早セーフティーリード! 2番手タイキシャトルを突き放したままそのままゴールイン!

 カルストンライトオが1着! そしてタイキシャトルが2番手に入線! そしてタイムにご注目ください――」

 

 

 ――確定。

 1着、カルストンライトオ。

 

 2着、タイキシャトルと3バ身突き放しての圧勝。

 その1000mタイムは53秒5――日本レコードタイムであった。

 

 

 ……ちょっと待って!? 史実よりも0.2秒早いじゃん!!

 

「――1000mの世界レコードはアルゼンチンのロコモティヴの53秒07ですが、ついにトゥインクル・シリーズにおいても、その世界の頂に堂々と殴り込める53秒台のタイムが出ました! 日本レコード更新! 記録を大きく塗り替えました――」

 

 

 その大盛り上がりの中。掲示板の一点を私は見つめる。

 ――3着、サンデーライフ。

 タイキシャトルとは6バ身差で、その後3/4バ身差4着にバンブーメモリー。

 

 カルストンライトオから9バ身と考えると、1000m全体の私のタイムはおおよそ55秒1くらいといったところか。

 いやそのタイムならメンバー次第では全然1着が狙えるタイムではあるんだよね。3着の私で9バ身差ってのがおかしいよ、1000mレースでついて良い差ではない。

 

 

 

 *

 

 いやー、目の前で日本レコードが出てしまっては笑うしかない。しかも私が知っている記録よりも更に0.2秒早い。

 タイキシャトルもバンブーメモリーも、共に走った他のウマ娘たちも皆、笑っていた。その渦中のカルストンライトオですら、唖然とした表情を見せつつも笑っていた。

 

 1000mの日本レコード更新と、1ハロンタイムの日本最速タイムの同時更新。

 

 特に後者の記録更新によって。

 私達は今。――新たな日本最速のウマ娘の誕生を見届けたこととなる。

 

 1ハロン9秒6。この記録は速度にすれば時速75km。これが最速のウマ娘の『速度』の新たな指標となる。

 

 その興奮冷めやらぬ観客席から見えるターフを後にして控え室に戻る。先に戻ってきていた葵ちゃんに迎え入れられた。

 

「……葵ちゃん、後でこのレースの結果が出たらで構わないのですが……」

 

「……サンデーライフ?」

 

「――私の最後の1ハロンのタイムについての正確な記録をまとめて貰えますか? 自己ベストを出すつもりで走ったので、もしかすると面白いタイムが出ているかもしれません」

 

 ただし、すぐのすぐでデータが出るわけでもないので、これについてはトレセン学園へ戻ってから、ということになる。

 

 

 3着入着だったのでウイニングライブはバックダンサーではなく歌唱パートを頂き、日本レコード誕生という大きな節目のウイニングライブに、私はタイキシャトルとともに相乗りさせてもらうことが出来た。

 メインレースだから今日一番のファンの歓声なのは当たり前だけれども、それにしても熱気はやっぱり段違いであり、その称賛を一心に浴びたカルストンライトオは、ラスサビで堪え切れずに号泣してしまって歌えなくなるシーンがあった。

 

 私とタイキシャトルは2人で目を見合わせて僅かにはにかんだ後に、そんなカルストンライトオの肩を組むようにして励まして。

 私とタイキシャトルの2人は共に自分のマイクを切って彼女のライブを邪魔しないように一緒に歌い、ファンにはそんなカルストンライトオの泣きながらも最後まで歌い上げた声が歌として届いたのであった。

 

 

 ――現在の獲得賞金、8971万円。

 

 

 *

 

 ホテルに戻った後、客室のドアが叩かれる。ドアスコープから外を見てみればバンブーメモリーがやってきていた。

 

「……今日は、シャワー浴びていなかったみたいっスね! また学園ドラマを見に来たっス!」

 

「えっ? このホテルもバンブーメモリーさんの部屋、電波悪いのですか?」

 

「そんなつれないこと言わなくたって良いじゃないっスかー、今日は普通に見れますけど前にサンデーライフと一緒に見たことを思い出して、部屋凸したっスよ!」

 

 あれは去年の3月だったっけ。阪神レース場での1勝クラスのPre-OP戦。そこが初対面だったけれども、この1年と4ヶ月はあっという間だったと言うか、長かったというかちょっと悩む。

 

「バンブーメモリーさん?」

 

「どうしたんスか、改まって」

 

「……今日、悔しかったですか?」

 

 1勝クラスのときは私が2着で、バンブーメモリーが1着。それで負けて悔しいという気持ちを発露したときに、その声が偶然彼女に届いてしまったところから私達の関係は始まった。

 

「――悔しいに決まっているじゃないっスか! ですが、この悔しさが、ウマ娘の更なる成長を産み出すっスよ!」

 

 彼女は、その時とほぼ同じ言葉を今度は自分自身に向けて放った。

 日本レコード敗北はどうしようもないけれど。それが私達にとって何も意味の無いレースだったかと言われればそうじゃない。こういうレースを積み重ねていくことで私はまだまだ成長していける。

 

 

「……あっ、シチーからウマッターでリプが来ているっス。

 ……うわあ。日本レコード出た試合で不甲斐ない負け方しているからお土産買ってくるように、って。

 わざわざアタシとサンデーライフを名指ししているっスよ」

 

「……え? 私も?」

 

「……アタシたちが落ち込んでいるって思って負けたことを考えないように、色々気を回した結果っスね、きっと。

 シチーは、なんというかこういうところの気遣いが下手くそっスから」

 

 あー……お土産を選べと有無を言わさず言うことで自分を悪者に仕立て上げつつ、今日のレースのことを考えて落ち込まないように、ってことなのね。

 少なくともゴールドシチーに何をお土産として買っていくかで頭を悩ませている間は、レースのことは考えなくなるという。

 ……すっごい不器用だけど、でもゴールドシチーっぽさはスゴい。しかも私達お互いにそこまで落ち込んではいないから、基本空回りという点も悲しすぎる。逆に申し訳なさが出てくるやつじゃん。

 

 するとバンブーメモリーが笑みを浮かべてこう私に囁いた。

 

「……でも、これだけ分かりやすい『ネタ振り』をされるとアタシとしても全力でふざけたくなるっスね!」

 

「……それはそうですね」

 

 とりあえず葵ちゃんとバンブーメモリーのトレーナーさんにも伝えて明日の予定は開けて貰って、お土産探しに行くことに。バンブーメモリーがドラマを見ている間に、適当に新潟の観光地とかを見繕っていたら『せんべいメーカーの工場見学』が予約とか無しで行けるみたいなので、それをドラマ終了後に伝えたら即決定した。

 

 

 翌日トレーナー陣も含めて4人で工場見学をした後に、ゴールドシチーへのお土産ネタを探していると、見つけてしまった。

 

「『ぱかうけ ウマ娘向けラージサイズ』……。90袋入りですって、これ」

 

「サイコーっスよ! サンデーライフ!」

 

 ふらっと私が取ったパッケージを味も確認せずにそのまま持って行ってしまった。そのままバンブーメモリーのトレーナーさんに写真撮ってもらっているけど何味だったんだろう、あれ。

 ……まあ、ゴールドシチーが食べるものだし気にしないで良いか。

 

 私も一応ハッピーミークとかに普通のサイズのやつを買っておこうか。そんなことを思いながら売り場の中をぶらぶらと散策していたら、そこには目を止めざるを得ないものがあった。

 

「……マジですか」

 

 

 そこにあったのは。

 ――『ぱかうけ ゴールドシップのからしマヨやきそば風味』とかいうやつ。

 

 

 なんか商品化されているんですけどー……。

 

 

 


 

 ゴールドシチー㋹ @goldcity0416・昨日 ︙

  アイビスサマーダッシュ見てた。日本レコード更新、普通に凄かった。

  ……バンブー先輩とサンデーライフは新潟でお土産買ってくるように。

 3.1万 リウマート 1,224 引用リウマート 11.8万 ウマいね

 

 

 バンブーメモリー㋹ @Bamboo_Memory_ssu・昨日 ︙

 返信先:@goldcity0416 さん

  ラジャったっス! サンデーライフと面白いもの買いに行くっス!!

 2,164 リウマート 105 引用リウマート 4.1万 ウマいね

 

 

 バンブーメモリー㋹ @Bamboo_Memory_ssu・6時間前 ︙

 返信先:@goldcity0416 さん

  シチー、このすっごいデカい『ぱかうけ』で良いっスか?

  (バンブーメモリーの肩幅くらいあって顔よりも遥かに大きい包装を満面の笑みで抱えるバンブーメモリー)

 2.2万 リウマート 1,554 引用リウマート 7.4万 ウマいね

 

 

 ゴールドシチー㋹ @goldcity0416・48分前 ︙

 返信先:@Bamboo_Memory_ssu さん

  バンブー先輩! え、マジ? ……マジなやつです、それ?

 1,016 リウマート 214 引用リウマート 2.3万 ウマいね

 

 

 バンブーメモリー㋹ @Bamboo_Memory_ssu・7分前 ︙

 返信先:@goldcity0416 さん

  もうとっくの前に買って、そろそろ学園に着くっスよ?

  あ、味はサンデーライフが選んでくれた『カニ味』っス!

 28 リウマート 3 引用リウマート 186 ウマいね


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