強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第7話 クラシック級2月後半・未勝利戦(京都・ダ1200m)顛末

 最終直線の1.5ハロン。

 

 大逃げを選択した今回の私が、無策で戦わなければいけない魔の区間だ。

 

 事ここに至っては、最早事前の仕掛けがどれだけ成就するかに祈りながら自身の気力と体力の限り走り続けるしかない。

 

 私は福島でアイネスフウジンと対戦したときと同じように大逃げを選択した。

 しかし福島とは違って、今回はダートである。

 

 福島のときと同じように、後方から足音が聞こえる。

 福島のときとは違って、その足音が幻聴ではなく実際に後方に2番手のウマ娘が居ることを私はしっかりと認識している。

 

 福島のときと同じように、後ろを向く余裕はもう無い。

 福島のときとは違って、もうこの先1ハロンに――坂は無い。

 

 福島のホームストレッチ高低差1.2mのなだらかな坂は、あのときのスタートの際には私に追走するウマ娘のスタミナを削る役割を果たしてくれて、ゴール直前の私のスタミナを削る結果を招いた。

 

 京都には、その序盤のバフも終盤のデバフも存在しない。

 

 

 ――福島のときと同じように。

 そう。福島のときと同じように――アイネスフウジンに負けたときと同じように、勝利が再び私の手の届くところにやってきたのである。

 

 

 ……そして、最終直線は砂埃にまみれていく。

 

 

 

 *

 

「マヤノトップガン、驚異的な末脚で更に2人抜く! あと、2人! サンデーライフ苦しいが粘っている! マヤノトップガン、更にもう1人射程に入れたが、これはどうか……いや、間に合わない! マヤノトップガン間に合わない! サンデーライフ1着! サンデーライフがそのまま逃げ切った――」

 

 

 確定。

 サンデーライフ――1着。

 

 マヤノトップガン、1200mダートにて最後方から6人抜きを成し遂げ――3着。

 2着とはクビ差、1着の私とは1/2バ身の差があった。

 

 

 

 *

 

 勝った。

 

 勝てた。

 

 マヤノトップガンのダート適性がEで短距離はDだとか、史実マヤノトップガン号がデビュー前は骨瘤持ちで、しばらくはソエに悩まされ続けていたこととか、勝ってしまってから色々と考えてしまうが、それでも――1勝は1勝である。

 

 その辺りはマックイーンをダート魔改造仕様にしたトレーナーよろしく、マヤのトレーナーさんが何とかしてほしい。いや、割と切実に。

 

 そういった諸要素を勘案しても。これが元々勝てたレースとは、私は断じて言えない。史実・マヤノトップガン号の2戦目の未勝利戦も確かに3着だ……だが、1着とは2バ身の差があったはず。それが1/2バ身ということは、後少しでも『何か』が起これば少女・マヤノトップガンが勝利していたことだって普通にあり得た。

 

 

 ――この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果は、まだ誰にもわからない。

 

 そう。私にとっての史実は、既に仮想のものとなったのだから。

 

 

 ……格好つけてみたものの、有をハルウララが獲ったのだから、今更な話である。

 

「……サンデーライフちゃん!」

 

「は、はい!」

 

 勝利の実感なく詮無きことを考えていたら、マヤノトップガンが私に話しかけてきた。なおこれがマヤノトップガンとの初会話である。前にリトルココン相手にレース直後初対面会話を仕掛けたことはあったけど、勝った側でこれを受けると一体何を言われるのか全く分からなくて滅茶苦茶怖い。マヤが悪口を言う子じゃないって分かっていてもね。

 

「……く」

 

「く?」

 

「くーやーしーいー!! マヤ、サンデーライフちゃんに負けてすっごく悔しいっ! 絶対、リベンジするからね!」

 

「え。次は絶対負けるから戦いたくないかも……」

 

 

 ……やべ。本音が口から滑った。

 

「むむむー! どうしてそんなこと言うのー!? マヤとはもう一緒に走りたくないってことなの……?」

 

 まあレースでまた争いたいかと言われたら、嫌なのは間違いない。でも、いくらさっき口を滑らせたとはいえ、そのまま伝えることなんて出来ないしな。

 だって史実・マヤノトップガン号はGⅠ4勝してるし、すっごい人懐っこい良い子なのは分かっているけど、史実戦績はラスボスとか主人公クラスの領域入っちゃってるからねえ。

 

 だからこそ、話を逸らしてみる。

 

「私なんかより、アイネスさん辺りをライバルにした方が良いと思うけども」

 

「え? アイネスちゃん?」

 

 多分、面識は無かったはず……だと思う。でも、マヤの交友関係ってすっごく広そうだしなあ。知り合いであっても不思議じゃない。

 でも、実際マヤノトップガンにとっては1勝クラスになりたての私よりも、朝日杯フューチュリティステークスに勝って、クラシック路線かティアラ路線のいずれかに進むことが確実視されているアイネスフウジンのが余程ライバルとして相応しいとは思う。

 

 そして、この言葉の真意は――

 

「……あっ! マヤ、分かっちゃったかも! サンデーライフちゃん、ちょっと付いてきてっ!」

 

 そう言われながら手を引かれて連れて行かれたのはマヤの控え室である。まあ、本人に連れて来られているから入っちゃっていっか……と思いながら入ると、中にはマヤノトップガンのトレーナーさんが既に居た。若めの男性のトレーナーである。

 

「トレーナーちゃん、トレーナーちゃん! マヤ、次のレースね、『芝』のレースに出たい! 距離は長めのやつっ!」

 

 アイネスフウジンをライバルにした方が良いという私の言葉。

 その言外に含まれていた『芝転向した方が良いんじゃないか?』という私の考えをマヤノトップガンは見抜いていた。

 

 そしてトレーナーも即答する。

 

「そうだな。クールダウン期間も踏まえて直近だと来月末の中山・2200mが一番長いが、それで良いかマヤ?」

 

「うん、ありがとっ! トレーナーちゃん!」

 

 

 ……いや。このトレーナー、未勝利戦の日程を諳んじられるほど把握しているのか。

 今のマヤノトップガンはダートの短距離路線だったから、芝の未勝利戦なんて本来の構想には無かったはず。構想外の未勝利レースを一発で選べるのは、やはり専属トレーナーという生き物は只者ではない……。

 

「でも、良いんですか? こんなに簡単に路線変更決めてしまって……」

 

「良いの、良いの☆ だって、今までのレースはマヤが京都に行きたいっ! って言ったらトレーナーちゃんが組んでくれたレースだし?」

 

 つまり、今までもマヤノトップガンの主導でレースが決まっていたというわけね。まあ、それなら良いのか。トレーナーさんも優秀そうだし、何だかんだで手綱を握るべきところは握っているのだろう。

 というか今の質問はマヤのトレーナーさんに聞いたはずだったんだけど。

 

 

「ねえ、ねえ? それよりも、サンデーライフちゃんも今日はお泊りだよね?」

 

「あ、うん。そうだけど……」

 

「ホテルは皆と一緒のとこ?」

 

 私は頷く。これは少し説明が必要かもしれない。

 

 そもそもウマ娘のレースは原則的には1日に12レースを行うのが基本だ。まあ日程組みの都合で多少変わったりすることもあるみたいだけど、普通はそれくらいある。

 第1レースが大体朝の11時頃から始まって、夕方の5時くらいまでには全部終わる。で、その後にウイニングライブが行われるわけだけど、最終の第12レースを走っていたウマ娘にすぐライブをやらせるわけにもいかないのと、ファンの移動やら設営された会場の最終チェックやらでウイニングライブ自体のスタートは夜の7時くらい。レース結果が出るまでダンスや歌唱パートのポジションが決まらないのだから、一応全パートの練習をしている私達ウマ娘よりも、会場設営スタッフ側の心労がえげつないことになるのはお察しである。これがこの世界では普通なのだからトレーナーだけではなくライブスタッフ関係者も大概化け物揃いである。

 

 それでアンコールとかは基本無いのでレース数と同じ12曲で大体ライブも終わり、これくらいの曲数だと2時間はかからない。スムーズにいけば1時間半くらいで終わる。

 だから午後8時半くらいには上手くすれば終わる。このあたりのスケジュールは確か法律で未成年労働者は夜の10時以降は働けないというのも影響していると思う。私達競走ウマ娘が『労働者』なのかはちょっと微妙なところだけども、うん。

 

 それくらいの時間に終わるならば、京都レース場から頑張ればトレセン学園に戻ることも可能だ。もっともレースにライブをやった満身創痍の身体でそんな強行軍をやりたいか、と問われれば絶対嫌だけど。

 

 だから遠征は泊りがけが基本である。ついでに言えば、私達のレースは11時前のスタートだったので前日入りだ。

 新幹線の乗り疲れで1着逃したとかなったら目も当てられないので、近場のレース場でない限りは午後のレースであっても前日入りは絶対するけどね私は。

 

 だからホテルに連泊することになるわけだが、学生を1人で泊まらせるというのは、体裁的にはあまりよろしくない。だから基本的にはその日のレースに出走するウマ娘の宿をトレセン学園の方でまとめて手配してくれる。ただ、強制ではない。集団行動でパフォーマンスを大きく落とす子とかも居れば、近くに実家があったりしてホテルを借りる必要のない子とかも居るからね。

 私も悲しいことに遠征については慣れるくらいには未勝利戦に出走しているので、1回自分で宿を取ろうかなと興味本位で申請を出そうとしたが、あれは駄目だ。事務手続きが煩雑すぎる。宿代の上限があるのは勿論のこと、申請事由書の提出とトレーナーによる推薦状が必要で、当日の行動計画から利用交通機関の届け出をしたうえで、当該の宿がURAと提携しているか否か、食事メニューがレース規定に違反する物質を含んでいないか、など事細かに調べられたうえで可否が決まるというものだ。こんなの事務処理でバッドステータスが付くよ。

 

 まあそんなこともあって、結局は長い物には巻かれる形でトレセン学園が用意してくれているホテルに皆と一緒に宿泊している。

 

「良かった~、じゃあマヤと一緒だねっ! ねえねえ、後で部屋番号教えて? サンデーライフちゃんの部屋に行くから!」

 

 

 結局、マヤノトップガンの控え室に私はずっと入り浸ってしまい、荷物を持ってきてウイニングライブへの準備もマヤと一緒にやることになり。ホテルに戻ってもマヤが私の部屋に突撃してきて、挙句の果てにはマヤノトップガンのトレーナーさんも一緒に、翌日は京都観光をすることになるのであった。

 

 

 ――現在の獲得賞金、1458万円。

 

 

 

 *

 

 初の勝利から数日経った、2月下旬のある日の朝。

 私は登校している最中、校門でいつも挨拶をしている駿川たづなさんから話しかけられた。

 

「おはようございます――あっ! サンデーライフさん! 少しよろしいですか?」

 

「おはようございます……って、え、私?」

 

「はい! 放課後なのですけれども、特に予定はございませんか?」

 

「えっと……トレーニングしか無いですけれども。あの、何かありましたか?」

 

「実はですね、お時間が空いていればで構わないのですが、理事長がサンデーライフさんとお話したいと――」

 

 

 えっ!? まさかの理事長呼び出し!?

 心当たりが全然無いのだけれど、一体なんだろう……。


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