強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

71 / 90
第71話 #サンデーライフ選手 #おバズりなさい #音ハメチャレンジ

 先のアイビスサマーダッシュについて私自身の身に起きたことについては振り返ったが、まだもう1つ考えなければいけないことがある。

 それは、少女・カルストンライトオが記録した53秒5という史実よりも0.2秒早いレコードタイムである。これは葵ちゃんにも相談することが出来ないので自分なりに考える。

 

 非史実的結果がレースで現れることについては今までも数回あった。だからこれもその延長と言えばそれはそうなのかもしれない。カルストンライトオはどこで0.2秒を縮めたのかと言えば、スタート時の最初の1ハロンで0.1秒、ゴール前の最後の前残りを敢行している際の速度減少で0.1秒抑えている。

 史実カルストンライトオ号のアイビスサマーダッシュレコード時とは色々状況が異なるのも事実。まず事前ローテーションが違って福島日経オープンからの連闘となっている。そして出走メンバーも全然違う。競走馬として名前に心当たりの無いウマ娘たちが他の出走メンバーを仮に補完しているとしても、タイキシャトル、バンブーメモリーの存在は確実にレース展開に影響を与えていると思う。

 

 そして3着に入線した私だが。史実のこのアイビスサマーダッシュに照らし合わせると、本来5着とか6着辺りのタイムだったり。いや、まあこの年さえ避ければ1着狙えるタイムではあるけれども、でも史実ではカルストンライトオ号の高速化レースに届かずとも付いていった競走馬はそこそこ居た。でもタイキシャトルを除けば完全に千切れてしまっていた。

 

 複合的な要因が積み重なっていると思うが、多分。スタート1ハロンでの0.1秒については私の影響も大きいんだろうなあ、これ。

 史実との最大の相違点は、私という競争者の1人が『今日日本レコードが出るかもしれない』ことを知っていて、それを阻止しようと考えていた事実。カルストンライトオにデバフを入れる方法を模索するために、そこに追走しようとした私の存在が、カルストンライトオの闘争心を刺激した可能性は考えられないだろうか。あの時の私は『レコード破壊』を念頭に置いた上で無意識で全力以上の実力を引き出してもいたとなると、それがカルストンライトオに波及するのはあり得るかも。

 

 ……ウマ娘が幾多の『想い』を背負い、走る生き物であるとはアグネスタキオンの言葉だ。

 

 他ならぬ私だって、ファンの想いや、葵ちゃんの想いを背負って走っている自負はある。『想い』を力に反映していないだけで、色々なものを背負っている感覚は確かにある。

 ただ本義的には、この想いを背負って走るという行為はウマ娘にとって誰かに背中を押されているような感覚すらもあるものなので、私が感じているものとはまた異なるかもしれないけど。

 

 

 しかし。『想い』とは別にターフの外からの声援だったり……あるいは『競走馬』としての魂、もしくはその異なる世界における輝かしい栄光の幻想を共有した第三者だけに留まらないのだとしたら。

 ターフの中――レースを走っている瞬間に、ターフを走っている他のライバルウマ娘たちの『想い』をも背負えるのだとしたら。

 

 私の『レコードを破壊』するという『想い』を乗せたカルストンライトオが、史実よりも更にとんでもないタイムを引き出した――ということはあり得ないだろうか?

 これまであまり考えて来なかったが、他ならぬ私自身によって他のウマ娘すらも更なる高みに引き出す可能性はあるのではないか。

 

 

 答えの出ない問いではあるが、そうなのだとしたら、それは――。

 

 内心湧き上がる高揚感を隠し切れないほどに口角が上がる。

 日本レコードを0.2秒塗り替えるのに僅かなりとも私の影響が紛れていたのだとしたら。それは、カルストンライトオの中に私の『想い』が無視できないレベルで介在しているということ。

 

 それは他ならぬカルストンライトオ自身が私のことを『策略家』として警戒していたことを示す何よりの証明であり。応用次第では、その影響を増幅させることでデバフに転化させることも出来たかもしれなかった突破口なのだから。

 ……まあ、私の方があの『破滅的な走り』を使えない以上は、やり方は変える必要があるが、最早ネームドの警戒と私への意識がついに『数字』に見える形で析出したのである。

 

 

 

 *

 

 トレーニング完全オフ期間は過ぎ去ったものの、まだまだクールダウンのために本格的な練習には戻っていないので、暇つぶしも兼ねて今日は『資料室』でそこそこだらけていた。なお昨日は気分転換も兼ねて家庭科室を借りてお菓子作りをしていた、まあバレンタインの時みたいな大量生産ではなく少量作っただけだけどね。

 

 それで友達の何人か、スマートフォンやタブレット端末を充電しつつぐでーってなっている。パイプ椅子に座って机に突っ伏している子も居れば、ソファーに座っている私を膝枕にしている子も居る。

 

「サンデーライフ、珍しいじゃんヘッドホンなんかして。なに聞いてるの?」

 

「えっ……なに?」

 

 私は膝枕しながらスマホをいじっていた子に何か言われながら揺すられた気がしたのでヘッドホンのイヤーパッド部分をひねって右耳から外して聞き直す。その子は多分、同じことをもう一度言ってくれた。

 ああ、そうだ。ヘッドホンと言ってもこれはウマ娘用のものなので、見た目的にはカチューシャみたいな感じ。それでウマミミ部分にイヤーパッドを当てるのだけれども、何だろう『ぱかライブTV』の扉絵でスペシャルウィークとトウカイテイオーが付けていたやつ……とでも言えば良いのだろうか。まあ、あれは業務用って感じの無骨な見た目なので、もう少しデザイン性に特化したやつではあるのだけど。

 

 私は別にオーディオ機器ガチ勢ではないし、別に高音質を必要とするものを常に聞くわけでも無ければ、そもそもあんまり使わないので適当に見た目で選んでいる。

 

 で、私が今聞いているやつだったっけ。

 

「あー……これね。ネットの動画サイトに転がっている私の音MADと人力ボカロの作品をちょっと見てて……」

 

「えぇ……。SNSとかのエゴサは全然興味ない癖に、そっちは見るってどういうことよ……」

 

 

 宝塚記念への出走とその前のアレコレの結果、ティーン女子ライト層以外にも私の知名度は広がって、なんか知らないけどそういう方向性の動画がアップロードされるようになったみたい。

 もちろん原則SNSシャットアウトをしている私がそれらの流行を捕捉できるはずもなく、最初に見つけて私に教えてくれたのはマヤノトップガン。彼女がウマトックに投稿されている私の二次創作動画を見てメッセージアプリでそれを送ってくれたのが知るきっかけである。

 

 で、調べてみればそれはウマトック発の流行というわけではなくて、どうにも動画サイトの方にもそれなりの数の動画がアップロードされていた。

 作品傾向としては基本的にはそこそこ真面目なもの……というかぶっちゃけてしまえばGⅠのウイニングライブ曲を合成音声で歌わせたものが一番古い投稿日を刻んでいた。正直、私の音源って数だけなら結構あるからなあ。3着以内で入線する機会も多かったので私のウイニングライブ曲だけをかき集めれば素材量としてはそれなりくらいになりそう。

 だけどそんな私は、最も一般知名度のあるウイニングライブ楽曲であるところのGⅠ曲を全く歌っていない。だから熱心なファンが『どうしてもGⅠ曲を歌っているサンデーライフが見たい!』と思ったのか、はたまた逆に適当に流行になっている玩具を見つけた手に技術のある人間が『取り敢えず適当に有名曲を歌わせておけば再生数稼げるだろ』という魂胆で始めたのかは知らないが、ともかくそういう人力ボカロ作品が出たという流れっぽい。

 

 で、次点がなんか10年以上昔の凄い古い曲を歌わせるみたいなやつ。私が微塵も知らない曲を、確かに私の声が勝手に歌声を紡いでいるのはあまりにもシュールで最初見たときは爆笑した。ただ後々考えてみればクオリティが高いからこそのそういう楽しみ方だよなあ、と思って当事者じゃなければ真剣に見られるものなのかな、と思い直したけどさ。

 

 ただ一番動画数が多いのは、なんか良く分からない音MAD。私の出ているニュース映像とかのどうでも良い環境音とかも何でもかんでも拾い集めて音声作品にしているやつ。ハードル走のときの映像のハードル設置音だとか、テレビの編集で追加されたSEだとかそういう音だけを使ったやつが爆発的に流行していた。

 最近はアイビスサマーダッシュの実況の人の声が『サンデーライフ』って言っている部分だけを使うソロパートを入れるのがレギュレーションらしい。

 

 

 まあ、勿論著作権・肖像権的には余裕でアウトである。動画サイトとのモデルリリース契約は一切結んでいないし、なんならテレビで放送された私の映像の二次利用も違法行為だ。

 だから私が間接的にでも文句を言えば、恐らくここのある全作品が一瞬で消えるそんな泡沫のような存在。別に私自身やトレセン学園名義で異議申し立てしなくても良い。映像悪用に関しての風説の流布への即時対処は充分モデルリリース契約の範疇なので消そうと思えば、本当にすぐに消えるだろう。

 

 私が権利者であり、私の声や仕草、言動の1つ1つを玩具にして遊んでいることを除けば、特段目くじらを立てるものでもないとは思う。別にこの界隈でこの手の創作者にとって私とは『マイナーで知ってて通ぶれるウマ娘』っていう付加価値もあるだろう。実際には宝塚ファン投票最終12位のウマ娘相手に『マイナー』なんて言ったら私のファンとか以前に、他のウマ娘から刺されかねないとは思うけれども、GⅠレースしか見ない層でかつテレビを見ない層にとっては……本当にそういう意識はあると考えている。

 

 これは別に良い悪いって問題じゃない。ただ界隈が違うというだけ。そして少なからず宝塚の影響で、本来の支持層とは異なる部分にこうして私のことが認知されるようになっただけである。

 だから音MADで私に注目した人の中には、ウマトックでの流行が二番煎じの転載同然のものだと考えていて実際に『サンデーライフ音MAD群』というコンテンツに関して言えば、その意見は一面としては正しいことも無くも無いということにはなるけれども。

 そもそも私の本来の支持層って逆にウマトックをやっている人も多い『ティーン女子のライト層』なので、『サンデーライフ』というコンテンツに関しての古参ファンは明らかにウマトック側に多いのだ。

 

 そうした潜在的な対立構造を認識する私としては、やっぱりこのネットの深淵なようで浅くもある流行は、多かれ少なかれ変な炎上の仕方をするリスクが極めて高いのでノータッチという方針にはなる。

 

「いや、でもこれ音MADはともかくとして人力ボカロの方は結構便利だけどね。私本人よりも歌が上手い作品とかもあって、それはそれで面白いけども……気に入った作品をこの前ボイストレーナーの先生に聴かせたらさ、歌の上達ペースがめっちゃ早くなったしねえ――」

 

 ウイニングライブでこういう表現方法をしたいって私の中にある正解に近いものが部分部分提示されている作品もあって、それをボイストレーナーさんに聴かせれば、私が『こういう表現をしたいです!』って百の言葉を紡ぐよりも意思伝達としては一発で伝わる。

 もちろんプロの先生だから、そこから私の意志を汲み取って機械音声的な部分の要素の排除を行ったうえで目指す方向性へのブラッシュアップはスムーズだし、一度その道筋を確保してしまえば他の曲にも転用できるわけで。

 

 

 そんな話をしたら、だったらその変わった歌声聞かせて、って感じでいつの間にかカラオケ行こうぜ! って話になった。

 

「あー……明日でも良い? 今日はちょっと先客あるんだよね」

 

「別に良いけどサンデーライフ、誰よ私達よりも優先する先客って……。あ、いや。やっぱ言わなくていいわ。心当たりが多すぎるし」

 

「……理事長だけど?」

 

「――言わなくて良いって言ったのに!? しかも、予想の斜め上すぎる人物が出てきたし!!」

 

 

 というわけで、今日は入学以来二度目の理事長室訪問である。

 いやー、まさかねー。呼び出しを喰らうとは思わなかった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。