強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第72話 問題解決をさせないために

「感謝ッ! 再び時間を割いてくれて助かる!」

 

 2度目の理事長室応接ソファーに腰掛けて、理事長とたづなさんと面会していた。1勝したときに事務連絡等で会った際――『URA等関連資料室生徒管理者』という役職? を拝命して個室持ちになる契機となった面談。あの時は、ガチガチに緊張していたものの、あれからおおよそ1年半が経過して周囲の様子を窺うくらいの余裕は生まれていた。

 恐らく学園設立当初の写真であろう白黒の校舎が写った写真が額に入れられて飾られていたり、様々な賞状やトロフィーがあったり、はたまた理事長の重厚な机の上にはパソコンのモニターが置かれていて、アンティーク調の机にパソコンって置いて良いんだ……って思ったり。

 

「……はい、事情が事情ですし。確認作業までして頂いたようで――」

 

「無論ッ! 君の『宝塚記念ファン投票』のデータ売却を差し止めたのはわたし達だ! 非はこちらにあるのだから、中身を精査するくらいは当然だろう!」

 

「……データの中身を見たのは私ですけどね、理事長?」

 

「う、うむッ! たづなには感謝しているッ!」

 

 どっか適当な企業に権利ごと委託して宝塚記念準備の際に赤字になった分を補填しようとしていた、私の友達をアルバイトさせて集めたデータ。

 

「……たづなさん。中身を見たなら分かったかもしれませんが……。

 データ自体にそれほど価値は無いですよ、それ。あるのは『付加価値』です」

 

 データの根幹は主に2つ。

 URA公式のグランプリ投票データと、大手メディア等の予想とアンケートデータをまとめたものが1つ。そして、出走意志表明者のSNS反応を集めてファン層の印象を集めたものがもう1つ。

 

 後者の方が真新しさはあるけれども、問題はこれ全部マンパワーで集めたということ。だからどうしても個々人の主観の要素が入っている。私がこれらのデータを扱う際に精度や厳密性というのはそこまで求めていなかったし、それよりも友達のその主観によるバイアスが入り込むことをむしろ歓迎していた。

 求めていたのはそのバイアスが入って尚、狙い目な中間層を発見することだったのだから。

 

 しかし私にとっては好ましいデータであっても、一般的にはマイナスの評価ポイントになるとは思う。所詮はプロの職業集団ではなく学生が指揮して学生が集めたデータである。それに今の時代ならSNS相手なら解析ツール等を利用ないしは開発するというのがスタンダードだろう。それを情報系の学生ではない私達トレセン学園生に求めるのは酷というものだ。

 しかし同時にそれはデータとしての価値は貶めていても、『付加価値』の増大には繋がる。

 

「……『付加価値』とは、学生であるサンデーライフさんが同じ学生のご学友を指揮して集めたデータということですよね?」

 

「ええ……というか、理事長が差し止めた理由もそこにあると邪推しております」

 

 データそのものの価値にあらず。真に価値があるのはトレセン学園生徒の身分でこれを実行したこと。

 逆に言えば、『商品』とするならば宝塚記念出走という私の実績とともに売り出す必要がある。全面的に『学生』同士の素人集団が集めたデータという触れ込みで売る以上は、ぶっちゃければプロからすればあんまり要らないものだ。

 データそのものではなく『過程』に価値を見出すタイプの商品なので、これ。だから販売委託をしようと思っていたのも、負担軽減ももちろんあるが、そもそも上手く売れる自信が無いから契約料だけせしめて利確したいだけだったり。

 

「思案ッ! 概ね正しいが君は、自身の為したことに対して些か過小評価が過ぎるようだ! もっと誇って良い!」

 

「……ありがとうございます」

 

 理事長の言葉は素直に受け取る。が、しかし同時にURAの思惑についても考える。二束三文でどっかの企業に売り払うよりかは広報用途として使いたいということなのだろう。

 まあ、それも良いかもしれない。変な情報商材になるくらいなら、URAという特殊法人の広告看板にしてしまった方が私としても気が楽ではある。

 

 ただ、問題が1つあるとすれば。

 

「……URA相手なら、それは無償で譲渡しますよ。

 というか競技者個人とURAでの金銭の授受は結構グレーゾーンですよね?」

 

 グッズ販売収益のように『商品』として売るならば多少抜け道もあるだろうが、URAは広告として使うはず。まあお金を貰う方法はあるとは思うけれども、競技協会から直接お金を貰うのはちょっと過敏に反応されかねないから私がイヤ。

 何もやましいことが無いのが余計にね。裏を探られてもマジで真っ白だし報道機関とは蜜月の関係を築いているから悪い書かれ方はされないだろうけれども、潔白過ぎるというのはそれでそれで逆に怪しむ世論を生みかねない。

 

 そう言えばたづなさんが懸念の声を挙げる。

 

「……しかし、それでは。サンデーライフさんが一方的に損をするだけなのではないでしょうか……。私達が差し止めなければ現金化できるものを、結果的に阻害してしまったことになってしまいますが――」

 

「賛同ッ! たづなの言う通りだ! これは学生から金品を巻き上げる所業に等しい! それはわたしとして断じて許容できるものではない!」

 

 ……まあ、理事長とたづなさんの立場なら難色を示すよなあ。一回は売ろうとしたものをURAが介入してきたから無償でURAに献上するとなれば、それはそれで邪推を生みかねないし、外聞が最悪である。客観視すれば金になるものを学生から取り上げたようにしか見えない。

 

 ただでURAに譲渡すれば問題。しかしそこに金銭授受を発生させるのも過敏な反応を生みかねない。

 だったら理事長もたづなさんもスルーすれば良いのに敢えて触れた、というのは私が為したことを二束三文で売り払うことを止めたかった、ということなのだろう。私のためではある。

 

「うーん……問題がある以上はセカンドプランは用意してあったりします?」

 

「ええ、まあ対案は私達でも用意はしておりますが……。

 今までのサンデーライフさんの手腕を考えれば、まずは貴方の主張を聞いてから判断すべき、という結論に至りました――」

 

「その通りッ! わたし達やURAのことなど矮小な問題だ! まずは、君がどうしたいか、それを聞いてから対応策を考えたいと思っている!」

 

 ……うーん、まあ色々やらかしていることはこの人たちの耳には入るよねえ。だからまずは私の意見と来たか。

 その流れはちょっと想定外ではあったけれども、うん。まあ確かに自分なりにどうしたいのか、という回答を用意してこの場に座っているのは事実であった。

 

 

 さて。

 Aという選択肢と、Bという選択肢。どちらを選んでも不都合なことが起こると分かっているときにどうすれば良いか?

 

 AとBを比較してどちらの方が不利益が小さく済むのかを考量しても良い。Cという新しい選択肢を産み出しても良い。

 

 でも、私の回答は。

 ――盤面ごと、ぶち壊す。

 

 

「理事長。では私は今回の問題とは無関係に1つ要求をいたします」

 

「……承知ッ! わたしが叶えられることであれば可能な限り尽力することを約束しよう!」

 

「――では。

 100円を、貸してもらえますか?」

 

「……へっ?」

 

 さあ。主導権を掌握しよう。

 

 

 

 *

 

 私の今日の切り札をポケットから取り出す。

 

「……実はですね。昨日家庭科室を借りて、フィナンシェを作っていました。

 これを理事長に100円で売りましょう、どうですか?」

 

 いきなり始まった即興劇に理事長もたづなさんも困惑しながらも、理事長はお財布から100円玉を取り出して私に渡して代わりに、私の作ったフィナンシェを受け取る。

 

「どうぞ。召し上がってください」

 

「う、うむ……? ……何だか良く分からないが君がそう言うなら頂くぞ……。

 ……! 美味ッ! たづなも食べてみると良い!」

 

「あら、理事長よろしいのですか? ……本当です、美味しいですねサンデーライフさん!」

 

「あはは……ありがとうございます」

 

 2人で食べたこともあったからか一瞬で完食してしまった。別にここまでは何も仕組んでいないし、フィナンシェの中に変なものを混ぜたわけでもない。

 

 

 そして。

 もう一度ポケットから2つ目のフィナンシェと、1枚の紙を取り出す。

 

「ここにあるフィナンシェは先ほど理事長が『ご購入』していただいたものと全く同じものです。そしてこちらの紙にはレシピも記載してあります。……一応、ネットのサイトやお料理本とかに載っているものではなく自作レシピですよ?

 

 ――さて。ここには新たに『トレセン学園』にて販売実績があって、学園のトップである『理事長』も愛好しているフィナンシェが生まれたわけですが。

 この『サンデーライフ自作フィナンシェレシピの権利売却』――これをトレセン学園かURAにて代行して相手先企業を見つけて頂けると、私はとても助かります。

 

 ……そうですねえ。対価として渡せるのは『宝塚記念出走のデータ』と、先ほど何故か臨時収入で手に入った100円――でしょうか?」

 

 

「……ッ!」

 

 

 よく言われる話であるが、問題や課題を解決する際に1つの大きな塊で考えるのではなく、細分化して細かく切り分けて1つずつの小さな問題としてコツコツと解決すると物事を上手く進めやすいという話がある。

 例えば夏休みの課題で、参考書1冊! みたいに言われると、こんなの絶対終わるわけないじゃん……って気持ちになるが、朝夕2回2ページずつを週3回やれば終わる――って形になれば多少手の付けやすさが変わる。総量は全く減っていないが、ただ1冊の参考書をじっと眺めているときよりかはその心理的障壁は変わると思う。イヤなのは変わりなくとも、終わりが見えている課題の方が人は取り組みやすい。

 

 それはすなわち、問題解決には大きな問題は1つ1つ解きほぐしていく方が良いということ。

 ――私が目指しているのはそれとは真逆のこと。

 

 つまり『他者』に問題解決をさせない――言い換えれば問題を顕在化させないためにはそれとは反対に、単一の事柄だけにせず『諸問題バリューセット』にしてあたかも本来連動していないものを無理やり紐づけて複雑化させることで、周囲からすれば『何か良く分からないことやってんなー』と思わせるのが目的である。

 

 私が『データ』を売ろうとしたのをURAがストップをかけて無償で譲らせた、というのは過程も結論も分かりやすい。だから問題になりやすい。

 であれば、私に付随する包括的なライセンスの売買契約の中に、グッズ販売に関するものもあれば、フィナンシェレシピ権利売却もあって、それらの尽力の中でURAに譲渡するものが浮上したとして、まず流し読みするだけなら目にすら入らないし、リストをしっかり見たとしても単体で見る時よりかは印象が全く異なる。

 とはいえ、今の100円を交えたやり取りを正直に書いてしまっては本末転倒なので多少の『装飾』は必要だが。

 

 更に、報道的にもフィナンシェレシピの方が大々的に取り上げる価値がある。

 だって、『王子様』として今年のバレンタインに配った私のフィナンシェは言わば、トレセン学園内部にしか無かったプレミア品だ。それが理事長も愛好しているとなれば、ファンの中には気になる人も居るだろう。

 そしてまだまだ私の『商品的価値』で稼ぎたい企業は数多と居るわけで、万が一これが隠れ蓑だと気付いても、大手報道機関からむやみやたらに暴くところが出てくるとはあまり考えにくい。メディアが味方であることはやっぱり追い風なのだ。

 

 そしてそもそも報道ベースに上がってこない情報をちゃんと見る層というのは中々出てこない。まあコーポレートサイトのニュースリリースにひっそりと乗っているくらいの情報を逐一確認していたら、時間なんて足りなくてキリが無いから当然ではある。その上、読み手の少なさはそれを見つけて情報発信する側の知識の偏りの確率に寄与しており、仮にバズったところで明らかな資料の読み違いを指摘されて鎮静化するのが常である。

 で、一度センセーショナルな読み違えを起こした資料に対して、他の人が仮に正しい解釈を解説したとしても、それは先のバズを見てしまった層からすれば新鮮味の無い二番煎じだし、どうしても『この話を蒸し返す奴は胡散臭い』という先入観が入り混じる。

 こうなれば大きな話題性を持つのは難しいから、そのままフィナンシェレシピ報道に押し流せるだろうという目論見である。

 

「……唖然ッ! だが、狙いは分かった! あとはわたし達に任せてくれッ!」

 

 そう言うと理事長は100円玉を自分のお財布にしまいつつ、もう1つのフィナンシェに手を伸ばそうとしたが、たづなさんにガッツリ手を掴まれてしまい、少々のにらみ合いの後、すごすごと手を引き下げた。

 

 

 ……なお、余談ではあるがこのフィナンシェレシピ権利については大手製菓メーカーが多少のアレンジを容認することを条件として手を挙げて、即金で60万円を積み上げるちょっと特殊な契約で妥結した。普通この手のライセンス生産はキャラクター使用料として数%を持って行く契約だから先にお金を積み上げるというのは珍しい。

 

 なお競走ウマ娘のグッズ化に際する使用料は大体6%前後が基準となる。だからフィナンシェを1個100円で売るなら60万円の契約料は最低個数でも10万単位で売るという心意気の現れでもあるわけで。

 そんなにどこで売るのかと言えば、どうにも年末のクリスマス商戦の新商品の1つとして使うらしい。しかも、それよりも売り上げが伸びたらライセンス料は別途支払うという超強気の交渉が締結されていた。

 

 ……ともかく、これで宝塚記念の赤字分に関しての問題は完全に解消が見込まれることとなったのであった。


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