強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第73話 夏の目的地

 サマースプリントシリーズは残り3戦。

 小倉レース場のGⅢ・北九州記念、札幌レース場のGⅢ・キーンランドカップ、そして阪神レース場のGⅡ・セントウルステークス。

 

 最も日程が近い北九州記念でもアイビスサマーダッシュから中3週は取れるので、私のローテーション的にはどのレースも問題ない。

 

 けれども、一番無いなー……って選択肢は案の定だとは思うけれども、唯一GⅡを掲げているセントウルステークスである。ダービー卿チャレンジトロフィーの時に写真判定になってまで2着争いをしたビコーペガサスが出てくる可能性がある。そして。ここまでのサマースプリントシリーズの中で制覇の有力候補ウマ娘となっているカルストンライトオ、カレンチャンも出走してくると思われる。

 いやー……かつての強敵と日本レコード保持者と、カレンチャン。三者揃い踏みの舞台は流石にご遠慮願いたい。

 

 じゃあGⅢの2択になるわけだけれども……。正直、私にとってどちらも微妙と言えば微妙である。

 

 北九州記念の開催される小倉レース場……というか、私の知識にある『小倉競馬場』の方だけれども、あそこは極めて高速化しやすい。ただ他と比べて極端にバ場が柔らかかったり固かったりするわけではないから割と謎ではある。

 それでも強いて理由を挙げるとするのであれば『小倉競馬』の方の興行日程は冬と夏のみで春の期間が丸々芝の育成期間に充てられるから、極めて良い状態の芝でレースを行えている……というのはあるかもしれない。

 

 今までフロック狙いをやってきた私にとってはハイペース展開は割と望むところではあるが、小倉での1200mは再び日本レコードとぶつかりかねない訳で。しかし、小倉競馬場とは異なり、この世界のレース場の開催日程は微妙に異なることもあるから何とも言えない部分でもある。

 ほら、前に未勝利戦で本来あり得ない冬の函館レースとかいう苦行もやったし。だから改めて興行日程を見直してみると、この世界においては春の小倉においても未勝利・Pre-OP戦が開催されていたりする。

 芝の養生期間とかどうなっているんだ……って気持ちもあるが、トレーナーとかいう規格外の人間と、開始直前にならないとウイニングライブの歌唱パートが決まらないというデスマーチの中で毎週ライブを設営しているスタッフとかいう化け物が居るのだから、園芸方面においても異能力者が居るのだろう、きっと。

 

 なお、プリモダルクやファストフォースといったウマ娘の姿は現状私としては把握していないため芝1200mのレコードタイム保持者はアグネスワールドで昨年中に更新していた。よりにもよって今年のサマースプリントシリーズの中に日本レコード保持者が2人も潜んでいたとは。

 なお、そのアグネスワールドの1200m日本記録が打ち立てられたレースは『北九州短距離ステークス』……名前から薄々察せられるとは思うけれど小倉レース場のレースであった。というかこれ今年はカルストンライトオの勝利レースでもあったね。

 

 去年は1200m日本レコード更新でアグネスワールドが勝利して、今年は1000m日本レコードを打ち立てたカルストンライトオが勝ったレース……いや、どんな魔境だ小倉レース場。

 ……ついでに言えば。初の重賞挑戦であったダイヤモンドステークスのレース選定の際に私は『北九州短距離ステークス』の名前も有力な候補の1つとして挙げていた。マジで危なかったじゃん。

 

 

 では、もう1つの選択肢キーンランドカップはどうかと問われれば……うん。

 こっちはこっちでカレンチャンの出走が予想される。

 

 超ハイペース展開になりやすい小倉か、カレンチャンとの競合覚悟か。あるいはだったらサマースプリントシリーズ外のレースでも良いのでは、という感も出てくるが、そもそもアイビスサマーダッシュを選んだのはこのサマーシリーズの感覚を知るというのがある。

 どれだけの有力ウマ娘が出てくるのか。夏の暑い時期であっても重賞を月1ペースで私はこなせるのか。そういった諸々の要素を勘案して次のサマーシリーズに活かすのが目的であった。

 

 ……だったら、行こうか。

 ――『キーンランドカップ』。阿寒湖特別から1年ぶりに夏の札幌の舞台へ、今度は短距離レースを狙って。

 

 

 

 *

 

 次走をどうするかについて葵ちゃんに伝える。

 そしてつつがなく第1回特別出走登録が終了し、出走メンバーの推定が出来るようになる。今回も私の除外は無さそうで一安心。

 

 今回も見るべき相手は3人。

 カレンチャン。

 ヒシアケボノ。

 最後に、キングヘイロー。

 

 

 ……今回も中々にヤバい面子が揃ったね、うん。

 まあカレンチャンはもうしょうがない。最初から来るとは思っていたから割り切ろう。カレンチャン自身は既に年間数戦ローテでサマースプリントシリーズ狙い撃ちで来ている以上は史実ローテは既に終了済みで、別年度ではあるが春秋の二大スプリントの2つのGⅠを獲っている。

 

 そしてヒシアケボノは私の同期で実は去年のスプリンターズステークスでGⅠ1勝。今年キングヘイローが高松宮記念を獲ったことを踏まえて考えると、この3人。全員短距離GⅠの優勝ウマ娘である。

 GⅢで相まみえて良い面子じゃないのは、いつも通りだよね……。

 

 この中で誰が一番洋芝が得意かと言われたらやっぱりカレンチャンだろう。香港スプリントの出走経験もあるし、北海道の洋芝レース場ではこれまで4戦無敗、正直一頭地を抜いている。

 

 で、ついでに言えばキーンランドカップ自体は8月の最終週のレース。なので、サマースプリントシリーズにこれまで名前を見せて来なかったヒシアケボノやキングヘイローらは、どちらかと言えば夏合宿の最終テストみたいな感覚で来ることだろう。その点では安定感だけはトップレベルの私は有利となる要素のはず。まあ合宿で急成長を遂げていたりしたらその限りでは無いんだけどさ。

 

 

 後は、戦術。

 カレンチャンとヒシアケボノはおそらく逃げ・先行の前を行くスタイルが予想される。そしてキングヘイローは先行から差しの辺りの王道戦術。

 

 ただ阿寒湖特別のときにも言ったように、札幌レース場は形状と芝から前残りが多くなりやすい。それは短距離であっても変わらない……どころか、短距離だからこそ先行していてもスタミナが枯渇しきることなくそのままゴールしやすいのでより有利になる。

 だからこそ私が『大逃げ』するのに最適なんだけどさ。それくらい他陣営にも、もう想定されていると思うのよね。特にキングヘイローには、よりにもよってダイヤモンドステークスでの3400mの大逃げを直接見られているわけだし。

 仮に競走ウマ娘本人がそれを認識していなくても、トレーナーさんレベルまで行けば絶対気付く代物だ。

 

 そうでなくても前走・アイビスサマーダッシュにおいてはカルストンライトオの日本レコードペースには及ばなかったものの、それでも例年なら充分1着を狙えるタイムを出しているように外からは見える。

 私としてはあの走りを再度行うつもりは毛頭無いけれども、そんなことを知らない外部からすれば、きっと今後はあれを活用してくる、と思うだろう。

 

 後は発走前に『タイキシャトルよりも気を付けるべき相手が居る』と言い放ち、実際にレコードが出たことによる部分……これがどれだけ周囲に広まっているか、というのもあるけど……ネームドの交友関係的にはあんまり寄与しなさそう。こちらについては事前の情報収集段階でバレて心理的動揺を誘えれば一興というレベルの、策というよりかは嫌がらせに近い代物ではあるけど。

 

 改めて考えてみる。

 私が『逃げ』を選択するときの大きな理由はレースペースを握って主導権を確保するのが最大の目的。そして得た主導権でバ群全体を操作する……これが理想形。

 あるいはネームドウマ娘に主導権を握らせないための阻止行動として『大逃げ』というのもある。不発だったけれどもセイウンスカイ戦の当初の狙いがそのパターンだ。

 

 翻って前に付くであろうカレンチャンが最前で主導権を握る展開というのはあまり記憶に無いし、ヒシアケボノもPre-OP戦時代の映像ではそういうレースが散見されるが最近は逃げでは無く、先行集団に付くことが多い。

 キングヘイローの逃げ展開も黄金世代の日本ダービー以降は姿を見せていないし、私が特に警戒しているネームドらが主導権を握るレース展開になる可能性は低い。

 

 ……だからこそ、やっぱり私が最前を狙ってくるというのは易々と読まれるんだよねえ。レース場の傾向的にも、予想出走メンバー的にも、逃げないしは大逃げが読まれているとなれば、必然それに対する対策は万全に行ってくるはず。

 

 と、そこまで考えたところで、私が熟考しているために黙っていた葵ちゃんが口を開いた。

 

「……あの、すみませんサンデーライフ。ちょっとこれを――」

 

 葵ちゃんが作戦考えているときの私に声をかけるのは、珍しいなと思いながら葵ちゃんの机に椅子を持って来て真隣に座ると、彼女のノートパソコン上には動画が再生されていた。

 

 そして私が来たことで字幕で見ていたであろうその動画の音声をスピーカーに切り替えて音量を上げる。

 

 

「――では! キングヘイローさんがキーンランドカップにて注目しているウマ娘はいらっしゃるでしょうか!?」

 

「……誰が相手であろうと関係ない。キングは一流の走りをするだけよ! ……とは言っても、それじゃあ記者さんがお仕事にならないわよね。

 注目、と言われると違うかもしれないけれど、気になっている子はいるわ」

 

「おおっ! それは一体!?」

 

「……サンデーライフさん。スカイさんとの対決は直接見させてもらったわ。

 ええ、戦績だけで語るなら他の方も充分に脅威であることは、私も理解しているけれど……。スカイさんにはクラシック時代に何度も辛酸を舐めさせられてきたから、彼女が目をかけている後輩となると、どうしても意識はしてしまうわね。

 ――良い勝負が出来ることを期待しているわ」

 

 

 ……。

 もう。黄金世代はどうしてこんなに私に対しての評価が高いのか。セイウンスカイにしろキングヘイローにしろ。

 

 今更注目されないとはもう思っていないけれども、こんなことを言われちゃったら必要以上に注目が集まるし。

 

 それに、ほら。『キング』が『王子様』を目にかけた構図になっているわけで。謳い文句を作りやすすぎる。

 

「……葵ちゃん」

 

「何でしょう、サンデーライフ?」

 

「……キーンランドカップの戦術は――『追込』にしようかと」

 

 逃げや大逃げを大警戒されているからそれらは効果が薄いであろう、というのが1つ。

 注目されるならそれを利用して意表をつくことで心理的動揺を誘うこと、そして『私がレースペースを握る』前提で作戦を立ててきた他のウマ娘の考え自体をぶち壊すことを狙うのがもう1つと。

 

 ……追込は追込でも最終直線一気のタイプではなく、『捲り』型のようなロングスパート追込であれば充分に札幌レース場の形状を活かすことが出来る。

 

 他者が作ったレースペースにおいて、一瞬の駆け引きが左右するであろう戦術の選択。

 それはカレンチャン、ヒシアケボノ、そしてキングヘイローを相手にして理性的な勝ち筋をどこまで拾えるのかという――この夏最後の終着点でもあった。


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