強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第75話 シニア級8月後半・キーンランドカップ【GⅢ】(札幌・芝1200m)顛末

 前方集団がカーブに入ったことでようやく前が視認できる。

 うーん、パッと見た限りは逃げと先行が全部固まっているように見えるね。全体16人で差しが5人で追込2人だったから……9名の団子状態の塊。

 

 直線で後ろから見ていた時点で横に広がっているなあとは思っていたけれど、まさか前はそんな大混戦になっていたとは。

 

 札幌レース場は直線は短いが、それに反してカーブの曲がり方は緩やかでしかも長い。だから大外を回るということは距離的なロスが大きくなるということ。だからなるべく内を突いていきたいというのが本音ではあるが、スパイラルカーブというわけでもないので、内側が空くということはあまり考えにくい。やっぱりかなり外を回るしかないのだろうか。

 

「――中団では2番人気・キングヘイローが虎視眈々と前を狙っている様子。そのすぐ横にウォーキートーキーとカラフルパステル。更に後方にはフリルドメロン、内にパワーチャージャーと来て、そこから1バ身空いてサンデーライフ、最後方にはセプテントリオンとなっております」

 

「後ろのウマ娘たちは難しいレース展開になりましたね。ペースから見れば彼女たちの方が有利には見えますが、しかしどこから抜かしていくのか。あるいはどこでスパートをかけるのか、見極めが難しいところです」

 

 あまりペースを上げたつもりは無いのに差し集団後方との差がやや詰まってきた。カーブに入って全体ペースが若干落ちているということだろうか。普通なら前の集団が一息ついているように判断するところだが、やっぱり前方は固まっているから、そういう駆け引きを集団全体で示し合わせてやっているとは思えない。

 直線で飛ばし過ぎたペースを曲がった際に維持出来ていないだけと見るのが自然かな。

 

 カーブで維持できない程の高速だったということは、前はスタミナ切れを終盤に起こす可能性がやっぱり高そう。全員が全員崩れるとは思えないけれども、それでも流動的な順位変動はする可能性が高い。

 

「……こうした隊形でほぼ固まりまして、各ウマ娘、第4コーナーの手前を通過していっております」

 

 

 ――仕掛けよう。ここからだとあと400mと少しくらい。それならロングスパート距離としては充分。

 そして内でずっと好走を続ける逃げ組と、それを抜かそうと外に回った先行組。……この一塊に見えた両者の間、わずかなド中央のスペースを私は見出した。

 

 一気に加速で、まずはまだ未スパートの差し後方の2人を躱す。

 そして。次はキングヘイローの居る差しの前集団3人を外から抜こうとした、その瞬間――。

 

「後ろからサンデーライフが早めのスパートをかけてきておりますが……、おっとここでキングヘイローも動きます! それに合わせて後方集団も一気に前方へ迫る動きを魅せていきますが、やはり先に動いたサンデーライフとキングヘイローの加速が一足早い! 前方の固まった集団に後方集団も乱入する模様です――」

 

「やや性急な仕掛けかもしれませんが……いえ、でも悪くないですよ。前残りにならないように早め早めの仕掛けの意識は大切です」

 

 キングヘイローが同じタイミングで動いた。するとどうしても差し集団全体がそれに引っ張られてしまう。やはり黄金世代の一角、ペースメーカーにするにはこれ以上ない逸材であることには違いないから彼女の仕掛けのタイミングに合わせるという他のウマ娘の考え方は正しい。

 

 とはいえ。同じタイミングで動くのであれば、一番後方で脚を溜めていた私が最も有利になる局面である。

 であれば、このまま差し集団を置き去りにするべく更にペースを上げて見つけた中央の僅かな『活路』を使って……。

 

 

 ……いや、ちょっと待った。

 そこで私は重大なことに気が付いた。

 

 今、私と一緒に加速したキングヘイローだけど。

 ――進路を、外にとって無くない? 彼女は、どこを通るつもりだろう?

 

 改めて前方集団を最内から大外まで見やる。やっぱり内から攻めるのは無理。僅かな隙間は元・逃げ組と、元・先行組の間だけ。

 ここをキングヘイローが見逃すか――いや、絶対見逃さないはず。

 

 ということは、私が使おうとしていた『活路』をキングヘイローも通ろうとしているということ。

 

 

 そうだとするならば。

 私は加速を緩めてキングヘイローに進路を譲る。一瞬彼女は私の方を見た気がしたけれども、そのまま先行してやっぱり私が狙っていた『活路』をそのまま突き進もうとしていた。

 

 それをキングヘイローの後ろにぴったりつく形で私は追走する。

 

「さあ残り400mの標識を通過して、さあ一番人気のカレンチャンが早くも先頭に躍り出るのかどうか。外からはヒシアケボノも来ているが、中を突いてキングヘイロー、そのすぐ後ろからはサンデーライフです!」

 

「大混戦のまま最終直線に入っていきそうです。どの子にもまだチャンスはありますよ!」

 

 

 キングヘイローの差し脚についていく。

 ……私にとっては2度目の札幌レース場。1度目の阿寒湖特別では、思えば同じコーナーにてマンハッタンカフェに私は前を譲られた。あの時は前を譲られた結果、スリップストリームが消えた。

 

 今回はその逆。

 キングヘイローに私は前を譲った。そして譲った結果、ロングスパートにも関わらずスリップストリームの恩恵を受けながら前を狙うことが出来ている。

 

 後ろについて分かったがキングヘイローは確かに一流のウマ娘だった。後ろに流れてくる風に乱れが無い。横にぶれることもほとんど無い。走行フォームが完成の域にあることがありありと分かった。

 それはこのパワーの必要な札幌の芝を、無駄な動きを極限まで絞って走ることが出来ているということ。

 

 ……しかし。無駄な動きの無い相手の後ろに付く方が、そうでない子に付くよりも難易度は下がる。この加速局面においてキングヘイローの加速に合わせるという技巧を同時並行で処理する私にとって、キングヘイローの『一流』であることの証明は間違いなく私の利益にもなっていた。

 

 恐らく前を行くキングヘイローにとってもそれは百も承知だっただろうが、しかし活路は一本道で横には逸れることが出来ず、加速を緩めたりして緩急を付けて妨害すればスパートの意味が無い。

 キングヘイローが勝つためにはこのまま自分の走りを貫いて前に出続けるしかない。

 

 

 ――キングヘイローの勝ち筋と、私の策略が完全に一致した瞬間。

 

 それはセイウンスカイのトリック。かつてダイヤモンドステークスにてセイウンスカイが魅せた、相手の作戦を潰すのではなく、全力で乗っかって策を共存させるという凶悪なテクニック。

 

 この土壇場で、セイウンスカイが魅せた技術を私は踏襲していた。

 

 

 

 *

 

「直線コースに抜けてまいりまして、先頭カレンチャン、カレンチャンが前を行く! 外からはヒシアケボノ! 間、間からはキングヘイロー、そしてサンデーライフも来ているぞ! 残り200m!」

 

 

 さあ。前には出れた。ここまではキングヘイローと共闘体制を取っていた……というか彼女のお零れを勝手に私が掠め取っていただけだが、ここからはキングヘイローを躱して前に出なければいけない。

 そのキングヘイローの外にはヒシアケボノが同じくらいの位置で、一番前にはカレンチャン。ということは私は今、4番手。

 

 抜くべきルートはキングヘイローとカレンチャンの間……中央を抜けてきたキングヘイローの内側から躱していくしかない。ヒシアケボノの外を回る余裕はもう無い。

 だから私は。ここでスリップストリームから抜け出して、内側に方向を変える。

 

 

 ……思えば、このスリップストリームの利用もアイネスフウジンの夏合宿にお邪魔して身に付けたものであった。

 

 札幌の涼やかな風は、走っている最中はまるで暴風かのように私に向かって吹きつける。しかしその()はカルストンライトオの、日本最速のウマ娘の速さには遠く及ばない。

 

 だからこそ。

 

「カレンチャン、粘る! それを3人が追う展開! サンデーライフ、内から伸びてきてキングヘイローとヒシアケボノに並ぶ! 優勝はこの4人のいずれかの手に渡ることでしょう! 残り100m、最後の攻防!」

 

 

 ここでキングヘイローとヒシアケボノには並んだ。前を行く背中はカレンチャンのみ。

 

 そして、私にはまだ策が残されていた。

 

 追込による後方からの展開。

 コーナーでのキングヘイローに譲るための加速の鈍化。

 スリップストリーム。

 

 その全てが私のスタミナ消耗の抑制に寄与する、ということは。

 

 ……『伸び脚』が使える。

 

 

 久しぶりだ……いや、重賞レースに挑んでからは始めてかもしれない。

 あの『感覚』。ついに、私はレース中に長らく眠り続けていた感覚を想起するに至った。

 

 

 そう。

 それは――勝利が手に届く眼前に迫った確かな実感、である。

 

 

 

 *

 

「外からはヒシアケボノ! おっと、ここで内からサンデーライフが更にペースが上がる! 末脚で抜け出して先頭のカレンチャンを狙う! 先頭は依然カレンチャン、カレンチャン! しかしキングヘイローもサンデーライフも迫る……いやサンデーライフのが速いぞ!? 残り50m!

 サンデーライフとカレンチャンの一騎打ち! まだカレンチャン先行! カレンチャンが先行しているが、その差をサンデーライフが確実に詰めている! 1着争いは2人だ! カレンチャン押し切れるか、サンデーライフ差せるか――そのままゴールイン!

 1、2着争いはサンデーライフとカレンチャン! そこから僅かに3着はキングヘイローで4着ヒシアケボノ――」

 

「……どうでしょう。カレンチャンが先行しておりましたが、入線時にはサンデーライフとの差が殆どなかったように思えますが……」

 

 

 確定。

 

 1着は――。

 

 

 ――カレンチャン。

 2着、アタマ差でサンデーライフ。

 3着クビ差でキングヘイロー、4着に3/4バ身差でヒシアケボノが入着。

 

 

 ――現在の獲得賞金、1億571万円。

 

 

 

 *

 

「……ついに、私は……。GⅢでも、手が届くところまで――」

 

 

 重賞レースの2着自体は、以前にダービー卿チャレンジトロフィーでも経験していた。しかし、あの時は1着のダイワメジャーにセーフティーリードを作られたままでの入線。ビコーペガサスとの写真判定で何とか2着争いを制したものの、1着には届くことのない2着であった。

 

 

 ――だが。今日の2着は、それとはまた違う。

 

 私は先行していたカレンチャンにアタマ差まで迫った。アタマ差のタイム差は……0。0.1秒以下までにカレンチャンに迫っての敗北だ。

 

 そして後ろから抜かす形であった私からすれば、あと100m……いや10mでも距離が長ければカレンチャンを差せていた。

 

 ……もう、ここで届かなかったのは既に実力の差では無かった。

 

 『札幌レース場は前残り(・・・)しやすい』というこの言説こそ。この札幌レース場の最終直線の短さ、平坦なコース、そうした要素がこの最後の最後でカレンチャンを勝利へ導いたように私には思えた。

 

 私としては、ほぼ理想的なレース展開。恐らく逃げなどを選んだら、ハイペースの中での選択を迫られていたであろう。高速展開で脚を残して、体力も温存しての『伸び脚』を可能としたのは、まさしく後ろに居たからこそ。

 前に居たらきっとカレンチャンにも届かなかっただろうしキングヘイロー、ヒシアケボノにも差されていただろう。

 

 そう。キングヘイローとヒシアケボノよりも先着出来ている。前走・アイビスサマーダッシュでもバンブーメモリーに先着できたが彼女は安田記念の覇者であり短距離戦でGⅠを獲ったわけじゃない。

 でもキングヘイローとヒシアケボノは、両名共に今の主戦は短距離のスプリンターである。その2人のGⅠスプリント覇者を相手取って根幹距離の1200mで前に出れた事実というのも大きいものがある。

 

 私は深々と観客席と……まだ肩で息をしているカレンチャン、そして他の競走者相手に一礼してゆっくりと歩きながら関係者用通路へと戻っていった。

 

 

 

 *

 

「……サンデーライフ!」

 

 その通路には既に葵ちゃんが居た。

 

「……葵ちゃん、私は勝敗にはこだわりませんが『勝てるなら勝つ』と常々言っていました。

 ……ついに、今日。見えましたよ……その『勝利』に対する確かな手ごたえが――」

 

 

 葵ちゃんは私の言葉に何も返さずに――ただ私のことを強く抱きしめてきた。その行動で私は葵ちゃんが全て理解していることを察してしまった。

 

「葵ちゃん? ……そっか。分かっちゃいますよね、もう短い付き合いじゃないですもんね……」

 

 

 この2着が、とっても大事な2着であることは分かり切っている。

 別にアイビスサマーダッシュのときのように、全力以上でやったわけではないと思う。それであわや追い越すかと言ったところでのアタマ差。同じアタマ差でも抜かされて2着のアタマ差とはデータの上では同じでも、全然違う。

 

 レースが終わったとき。カレンチャンは肩で息をしていたが、私のスタミナは配分通りぴったり使い切った感じ。スプリンターとオールラウンダーの違いと言えばそれまでかもしれない。

 でも。だからこそ、このキーンランドカップが1200mではなく同じ札幌でもう1段階長い1500mだったら……ということを考えてしまう。

 だからこそ今のレースが勝てるレースだったとは言わない。しかし、明確に『勝利への見通し』が見えたレースだ。

 

 うん、分かっているんだ。私はずっとそういう形でレースを次に活かしてきたし、今更『勝利への渇望』なんて無いんだけどさ。

 

 

 でも、ね。ギリギリだったからこそ。

 『絶対に勝つ』って思いが私の中に無いからと言って、このレースに何も感じない……悔しくなんて無い、ってことにはならない。

 

 

 『勝てるなら勝つ』というのは『勝ちたくない』ということでは無いのだから。

 勝利を希求していない、勝利に執着しないということは、『負けて悔しくない』ことと同義ではないのだから。

 

 いつも冷静に次回の糧に出来ていたからと言って、ここまで『勝利』に迫ったときに全く同じ対応が取れるか……と言われるとそうではない。

 

 

「サンデーライフ。大丈夫ですよ……あなたは確実に強くなっていますから――」

 

 『レースに絶対は無い』――だから。

 ……今、葵ちゃんの肩に顔を埋めて、泣いている私が居るレースがあるのだって――。

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