強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第8話 1勝の重さ

「感謝ッ! トレーニングの時間を割いてくれて申し訳ない!」

 

「あ、いえ……理事長にそう言われると私も恐縮です……」

 

「ふふっ、サンデーライフさん。そんなに畏まらないでも大丈夫ですよ」

 

 

 今、私は理事長室にて応接用のソファーに座って理事長とたづなさんに面会していた。ソファーはすごくふかふかで心地よく沈むけれども、私の心中はガチガチに緊張していた。

 はたから見てもそれは明らかであったのか、たづなさんからリラックスするように言われるものの、だって目の前に居るのって理事長じゃん。緊張しない方が無理だって。

 

 秋川やよい理事長。アプリでは先代から職位を譲られたばかりの新米理事長とされている。……されているはずだが、彼女は『URAファイナルズ』というレースを新設する発起人としてアプリ内では登場する。超序盤のイベントだし、慣れてきた頃にはスキップするから忘れがちだけれども、彼女にはレースを新設する権限があるのだ。

 

 では、レースの制定権限、あるいはレース名の決定権限を有するのはと問われれば、実際にその権限があるのはURA競走部の番組企画室であって、教育事業とはまるで畑違いの場所にある。

 そもそも学園の理事長というのは、学校法人の理事会を束ねる者だ。ただし『トレセン学園』はURAの管轄下にある学園であり『学校法人』格を有しているのかは不透明なところはあるけれども、理事長というのは生徒に対しての教育者の代表ではなく、学校運営・経営の長であり学園長や校長といった役職とは明確に異なる地位である。

 URA教育事業を統括する人間が、全く別の事業部の管轄事項であるレース開催の可否まで介入できる……と考えれば、この秋川やよいという理事長が『政治力』という側面で評価するとしても断じて並ではない才覚を有していることとなるのだ。……ついでに言えば、レース場張替工事用の芝を育成できるだけの大農園を所有したという面でも。

 

 生徒に対しても気安く接しやすい態度で居るからこそ勘違いしそうになるが、トレセン学園という組織のトップ、そしておそらくはURA全体であっても上層である可能性すらある彼女は、まかり間違っても高々1勝クラスのウマ娘が会えて良い人物ではないのだ。

 

 ただ。URAファイナルズの開催可否についての話は、この世界では聞き及びが無いことから、やっぱりアプリ時空と完全に同一というわけでは無さそうである。

 

「沈着ッ! そうとも。たづなが言うように、萎縮させるために呼んだのではない!

 ――サンデーライフ! 未勝利戦での勝利、実に素晴らしいものであった! おめでとう!!」

 

「おめでとうございます、サンデーライフさん」

 

 

「……え。もしかして、その為にわざわざ理事長は私のために時間を空けて下さったので?」

 

「同意ッ! だが卑下する必要は無いぞ! そして、君だけを特別視しているわけではないからな!」

 

「……メイクデビュー戦か未勝利戦を勝利した皆さんには、幾つかの事務的な伝達事項があります。理事長は、それを名目にして皆さんに会いたがっているだけですよ。サンデーライフさんどうかお気になさらずに」

 

 

 いや……。気にしなくて良いと言われても……それは無理な相談だ。

 だってさ。

 

 

 ――メイクデビュー戦と未勝利戦って全部足し上げると、年間1500戦程度ある。

 

 理事長はその勝者全員にこうして時間を作っているということになる。他に仕事を抱えていながらも、それだけの時間を捻出出来る彼女に私は敬愛の念を抱かざるを得なかった。

 

 私は深々と2人に頭を下げる。

 

「含羞ッ! それよりも、君の目標レースを聞きたい!」

 

「……あ、えっと。これは私から少し補足いたしますね。

 実はサンデーライフさん相手に何社か取材の依頼が舞い込んでいるのですが、正式なトレーナーが居ないことを理由に断っているのです。

 ですが『せめて目標レースくらいは知りたい』という声が挙がっていまして、差し支えなければお教え頂ければ、と……」

 

「あぁー……。確かに私の出走レースは滅茶苦茶ですもんねー……」

 

 芝・短距離が2回、マイルが1回、中距離が1回。

 そしてダートの短距離が1回に、マイルが2回である。

 

 これでは確かに出走予想もへったくれも無いだろう。1勝クラスという実態に比して過大評価されている節は色々とあるので、多分私の想像よりはファンも居て、そのファン達も「こいつは一体どこを目指しているんだ」と疑問に思っているに違いない。

 

「嘉賞ッ! 自在なサンデーライフの動向には誰しもが注視しておる。

 無論、わたしもな!」

 

「とはいえ、無理に教えていただきたいわけではありません。目標レースを教えることで不利になる、とサンデーライフさんがお考えなのであれば、先方にも私どもからお断りは入れておきます」

 

 

 私に対して配慮してもらっていて申し訳なさが半端ない。というか、そんなに注目度高いのか。てっきり『適性自在って銘打ってる割には、こいつ大逃げしか有効打無いじゃねえか』とか『展開が荒れやすいレースにしか出てこないフロック狙いウマ娘』くらいに思われていると思ってた。

 とはいえ、目標レースと言ってもなあ……。正直、どのレースに出るかよりも如何に強敵を避けて賞金を稼ぐかに注力している以上、自らの意志で狙うレースってそんなに無い。

 

 かといって、ありきたりな感じで適当に『日本ダービー』とか答えたら、アイネスフウジンから「やっとサンデーライフちゃんが決心したの!」とか思われてしまう。

 

 少し真面目に考えよう。今の私は1勝。クラシック級2月後半でここまで来れた。

 普通に考えたら春の重賞路線は無理だ。余程のことが無ければ格上挑戦をするつもりはないので夏以降は拡大されるPre-OP戦の出走を狙う。となれば最短の仕上がりは秋……というかシニア級以降と考えるのが無難だろう。

 クラシック級の夏以降は、トゥインクル・シリーズは一部夏季重賞並びに、菊花賞・秋華賞とそのトライアル競走でなければシニア級との混戦となる。

 

 シニア級との混戦の重賞に私が挑むのは正直、秋の段階でも時期尚早だとは思うが、しかし裏を返せば私がシニア級になったときの目標レースとして処理することも出来る。1回限りのクラシック級重賞よりかは手が届きやすいだろう。

 

 そして。史実準拠のウマ娘達相手であったり、あるいは実装ウマ娘のネームドクラス相手にしたときに、明らかに狙い目である場所がある。

 

 更に諸々の条件を勘案すると、今この場で公言出来るレース名は1つだった。

 

 

「――名古屋グランプリ、になりますかね」

 

 名古屋(・・・)レース場のダート2500mのJpnⅡ、国内ではGⅡレベルと比肩するローカル・シリーズのレースである。そう、地方レースだ。

 ただ地方レースであってもトゥインクル・シリーズとの交流重賞指定がなされているので中央トレセンからでも出走は可能だ。

 

 何より。ダート重賞では最長のレースである。

 

 勿論、長距離路線のダート有力ウマ娘は居る。オグリキャップもそうだし、魔改造マックイーンも居る。けれどこの『名古屋グランプリ』の開催時期は12月である。

 芝なら11月末のジャパンカップに年末の有記念と中長距離はより取り見取り、ダートだって同月にチャンピオンズカップと東京大賞典という2つのGⅠレースが控えているからこそ、このタイミングのJpnⅡクラスのレースをそれらGⅠに勝てるレベルのウマ娘が回避してまで狙ってくるというのは少ないだろう。

 

「驚愕ッ! よもや、ローカル・シリーズの交流重賞の名を挙げるとは思わなかった!」

 

「……すみません。URA管轄のトレセン学園のウマ娘でありながらURA関連のレース名を挙げることができなくて……」

 

「いいえ、サンデーライフさんがそこまでお考えにならなくても大丈夫ですよ。確かに日本最長のダート重賞ですから、意図は明確ですしね」

 

 地方レースなので、当然その地方のレース組合がレースの日程も管理している。名古屋グランプリの場合は愛知県のレース組合所属のレースだ。だから厳密なことを言えば、中央所属のウマ娘的にはあまり好ましくない回答である。

 ただ、そんなことは気にするな、といった面持ちで理事長とたづなさんは快く私の目標レースのことを認めてくれた。

 

 

 ……そして、多分。この2人は、そんな私の目標レースがファンへのリップサービスの域を出ない、いつでも反故にするつもりの紙切れレベルの目標であることには気が付いているだろうな、流石に。

 

 

 

 *

 

 それから、たづなさんからいくつか連絡事項を聞いた。

 これからスタートするPre-OP戦の出走登録の方法とか、後は例の無利子奨学金の返還免除措置の話も混ざっていた。

 奨学金については何も言わなければ自動で返還免除になるらしい。どうしても自分でお金を払いたいという場合にだけ書類手続きが必要になる。……ってそんな変態居るのかな。

 

 多分居ないと思うが、もし仮にURAという組織そのものを推すオタクが居たとしても700万円貢ぐのはちょっと愛が重すぎる。

 

「慰労ッ! では最後に、わたし達に何か要望があれば遠慮なく言ってくれないか。一生徒と腰を据えて話す機会は中々限られているから、不満や気になることは言ってくれると助かる!」

 

「実際にその要望を聞き届けられるかは別になってしまいますけどね。……度々、専属のトレーナーさんが欲しいと言われますが、流石に急にトレーナーさんを増やすことは出来ませんので……」

 

「あはは……」

 

 この面談がメイクデビュー戦・未勝利戦の勝者1500名前後に対して全員行っていることを考えれば、その全員に専属トレーナーを付けるなどということは不可能に近い。……オープン戦の数で大体150戦くらいだから、せめてオープン勝利が見込まれるレベルまで行かないと専属トレーナーというのは現実味を帯びて来ない。トレーナーの人数的な意味で。

 

 じゃあ今の私がオープン戦を勝利できるようなウマ娘だとトレーナーらから見られていない……ことと等価にはならない。

 

 本来のスカウト期間はメイクデビュー以前、ジュニア級がスタートする前段階の頃で、その時点で突出した才能を有するウマ娘には既に専属トレーナーが付いている。途中から育成するとなるとウマ娘側のハードルも上がるし、トレーナー側の力量も実際最初から育成するよりも必要になるだろうから、どうしても巡り合わせというのは減っていくのだ。

 ……専属トレーナーが要らないってわけじゃないけど、1勝の今の段階では高望みというのも確か。如何に私が注目されていると言っても限度はあるのだ。

 

 

 じゃあ、望むものなんてあるかな……。

 そう考えを巡らせたときに思い至った内容が1つだけあった。

 

 

「……あ! でしたら1つお願いしたいことが!

 このトレセン学園で保管されている『レースの興行規則』に関する資料って……閲覧できますかね?」

 

「快諾ッ! うむ、それなら資料室にあるはずだ! 管理は生徒会が行っていたはずだから、わたしから一声かけておこう」

 

 

 

 *

 

 結論から言えば、理事長の口添えの効果は大きく私の資料室利用許可はあっさりと出た。

 

 ただし。

 

 

 ――生徒会辞令。

 

 以下の者を『URA等関連資料室生徒管理者』に任ずる。

 

 ・サンデーライフ

 

 以上

 

 

 

 えぇ……。そんなことが書かれた1枚の張り紙が校舎内の掲示板に掲載されていた。

 思ったよりも大ごとになった上に、資料室の管理権限ごと貰えたけど、どうしようこれ……。


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