強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第80話 シニア級10月前半・信越ステークス【OP】(新潟・芝1400m内回り)

 それから私達としてはあっという間に、アイネスフウジンとしては一向に私が次走を明かさないので恐らく焦れた日々を過ごしていたかもしれないが、それでも時間は誰にでも等しく不平等に過ぎ去っていき、信越ステークスの第1回特別出走登録が終了した。

 

 新潟レース場、芝の内回り1400mのフルゲートは18名。しかし、まず最初に分かったことは定員割れを引き起こしていた。第1回特別出走登録の時点で登録者は14名。例年と比較してもかなり少ないことは明らかであった。……まあ、アイネスフウジンが出走意志を事前表明しているのだから回避するのは正しい戦略だと思うよ、うん。

 なお興行自体が開催されないラインとしてはこの第1回の登録時点で5人以上登録を行えば一応レースとしては成り立つ。

 清津峡ステークスですら発走時に8人は居たのだから、余程のことが無い限りは開催中止にはならないことが分かるだろう。もっともこれは第1回特別出走登録時点での話なので、その後第2回で登録を出さなかったり、あるいは直前で出走取消・競走除外となって4人以下になった場合には普通に開催されるので、実際にレースで走っている人数の話としてはまた少し異なる。

 

 とはいえアイネスフウジンが出ると分かっても全体で14人は集まった。それぞれの陣営で様々な思惑があることだろう。

 

 

 ただし。出走メンバーを確認しても、警戒するべきウマ娘はアイネスフウジン……ただ1人である。

 アプリ実装のウマ娘は彼女だけ。史実ネームドも居るけれど……GⅠウマ娘クラスはやっぱりアイネスフウジンだけで、警戒レベルの度合いがさすがに異なる。ある程度名の知れたウマ娘でアイネスフウジンと一緒に走りたい、と思うのはアイネスフウジンの関係者である場合が多いだろうし、そうなると私との関わりを承知しているから、下手するとあのアイネスフウジンの記者会見だけで私と戦いたいことを見抜いている可能性はあるわけで。

 その上、オープン戦なんて下手に出たらGⅠウマ娘は弱い者いじめだって言われちゃうし。競馬の方の信越ステークスはハンディキャップ競走なので、負担重量で強い競走馬に重たいハンデを強いることが出来るし、そんな重い状態でレースに出ること自体が馬にとって負担も大きいから格下のレースにあまり出ることは無いのだけれども、この世界ではそういう『ハンデ』の概念が無い。だから状況次第では本当に弱い者いじめになる可能性だってあり得るから、アイネスフウジンと同等クラスの実績のあるウマ娘は逆に出づらいというわけだ。

 

 まだアイネスフウジンは、短距離路線初挑戦というお題目があるから許される。もしこれがマイルや中距離のオープン戦であったら、何か別の理由が必要になったことだろう。

 

 で、そんなアイネスフウジンは十中八九『逃げ』で来るだろうと思う。先行も出来なくはないとは思うが、自身の得意でない距離に合わせて走るというだけでも負担なのに、作戦をいじるというのは考えにくい。アイネスフウジンには結果的に1ヶ月程度の時間を確かに与えた形にはなったものの、その時間を短距離への慣らしと新作戦開発の2つに費やしてしまったら、どうしてもトレーニング方針のピントがずれて効果が薄まりかねない。

 だから『逃げ』決め打ちで良い場面だと思う。というか、逃げを選択されることが私にとって一番不利になるので。

 

 その不利というのは、集団全体を操作するようなバ群操作では、逃げウマ娘を拘束できない点にある。ダイヤモンドステークス以降は主導権掌握による大掛かりなトリックはやっていないものの、ここ最近はハナを行くレース展開があまり無かったしねえ。

 

 ということでアイネスフウジンと前で競り合うのか、あるいは後ろから最後に差すのか。即ち私の作戦をどうするかだが、これが結構悩ましい。

 

 まず新潟の内回りコースの最終直線は、『内回り』という触れ込みの割にはかなり長く358.7mという長さを誇る。これは阪神や京都の内回りコースの最終直線よりも距離があり、トゥインクル・シリーズの開催レース場中の内回りコースでは最長である。外回りはもっとヤバいんだけど。

 加えてアイビスサマーダッシュのときが良い例だとは思うが、新潟の芝は極めて高速化しやすい。だから新潟内回りの全体傾向としては実は後方のウマ娘の差しが決まる展開がそれなりに多い。

 

 しかし、反面その内回りの中でも1400mに着目すると少し話が変わる。短距離戦にも関わらずスタート地点のポケットから最初のコーナーまでのバックストレッチ側での直線距離は600mを優に超える。1400mのうち1000m弱は全部直線なのだ。

 流石にここまで長いと序盤の競り合いをやって順位が概ね定まって一息ついた頃でもまだ直線が残っていたりする。キーンランドカップのように慌ただしいままカーブに入ってごちゃごちゃしたままスタミナをむやみやたらに消耗して失速、という形ではなく、先行しているウマ娘がきちんとレースペースを考えて速度を落とすことが1400mではやりやすい。だから、そちらの文脈で言えば最終直線でしっかりと脚を残したまま突入することもあり得る。そうなるとほぼ平坦な新潟の最終直線では、長いとはいえそのまま前残りの決着というケースも起こる。

 

 つまり基本的には後方有利だが、荒れやすく前が残る可能性もある。またコーナーもスパイラルカーブが採用されているためにコーナー加速も難しくは無いし、形状の都合で、内が空くこともしばしばあるから更に展開の荒れに拍車をかけている。

 

 まあ統合すれば、どの戦術を取ってもそれなりに勝機を掴む機会は出てくるかもしれないし、逆にその日の展開では全く合致しないということもあり得る。

 

 あと、ついでに言えば序盤の直線が長すぎるから枠番での有利・不利といった要素も存在しないし、新潟はトゥインクル・シリーズレース場の中でも1、2を争うほどに水はけが良いので、天候によってもあまり左右されない。

 

 ……うーん。こうして考えれば考える程に、何が起こるか分からない。そして何が起こるか分からないからこそ、咄嗟の戦術選択幅が広く適応しやすい私が得意とするコースであるとも言える。新潟レース場〇なのにはそれなりの理由がある、ということだ。

 

 だからこそ、清津峡ステークスのときは先行を選択して勝利したし、こっちは新潟ダートになるが1勝クラスの三条特別のときもまた先行と差しの両取りみたいなポジショニングで勝ちを掴んだ。……どちらもレース展開次第で戦術幅の取りやすい位置付けからの1着である。

 その文脈に沿えば、信越ステークスにおいても基本は先行ないしは差し、というのが鉄板にはなる。

 

「……ですが、それをやると下手すればアイネスさんに主導権を渡しかねないのですよね……」

 

 この私にとって最も安定の選択肢は、同時にアイネスフウジンを野放しにすることと同義になるわけで。彼女は策を巡らせて他のウマ娘を混乱に陥れるタイプではないものの、アイネスフウジンはジュニア級未勝利での福島での際に、私の大逃げに対してほぼ等間隔のラップを刻むという技巧を魅せ付けてきた。

 恐らくその辺りの技量は2年前と比べるまでも無く成長しているだろうし、少なくとも走行中のタイム把握能力に関してはアイネスフウジンの方が上。感覚的な理解でしかない私のそれを遥かに上回っている。だから野放しにしてのびのび走らせてしまえば、きっと中盤で一息つくことで最終局面で再加速する逃げウマ娘の最強戦術と名高い『逃げて差す』を実行してくる危険性が高い。

 

 だから私はアイネスフウジンに万全の走りをさせてはならない。となると、答えはやっぱり1つか。

 

「葵ちゃん。私がアイネスさんよりも早いペースでレース展開を推移させるのは、実力以上の力が必要でしょうか?」

 

 確認の意味も込めて、葵ちゃんに質問をする。

 これに対する葵ちゃんの回答は即答だった。

 

「いえ。実力通りのパフォーマンスでもやり繰りすれば充分に可能だと思いますよ。……なにより、サンデーライフはそれを前の未勝利戦では自身でやっていたではないですか」

 

「そうですね……ええ。やっぱり、そうなるかあ……。

 でも、まさか――アイネスさんのメタを取るには『大逃げ』で行くしかないというのは、なんと言いますか。皮肉なものですよね、同じ相手にまさか同じ戦術をぶつけることになるとはね……」

 

 

 最初にアイネスフウジンと戦ったとき、意表を突くために私は初めて大逃げを使った。

 今回は、意表を突くためではないが……それでも、同じ『大逃げ』をアイネスフウジン相手に繰り出す選択をすることになるとは思いもしなかったなあ……。

 

 

 

 *

 

 少しでも盤外戦術をしてやろうと、前日入りの新幹線をアイネスフウジンと一緒にしようと提案したら彼女は喜んでいた。彼女のトレーナーさんも許可を出して……それどころか、私とアイネスフウジンのホテルの宿泊部屋をダブルベッドで1部屋にまとめることまで同意してくれたので何だかなあって感じである。

 その方がアイネスフウジンのパフォーマンスに良い、って言われてしまえばそれまでなんだけど、葵ちゃんも特に止めなかったので私とアイネスフウジンは一緒のベッドで新潟の2泊を過ごすことが確定した。去年の夏合宿以来の抱き枕状態だろうなあ、これ。

 

 なお新幹線座席は私達2人で隣り合った席をグリーン車指定席で取ったが、お互いに途中から爆睡していたり、ホテルのチェックイン後も、いつもはシャワーか葵ちゃんを誘っての大浴場か半々な感じだったけれどもアイネスフウジンと一緒にお風呂に入ったり、一緒に髪と尻尾を乾かし合ったりして、明日の準備をしつつ話していたらあっという間に寝る時間になった。

 

「アイネスさん、灯りは全部消しちゃっても寝れましたっけ?」

 

「大丈夫なのっ! 目覚ましはあたしがセットしておくの」

 

 間接照明を切って、ベッドの中に潜り込めば、すぐさまアイネスフウジンに抱きしめられる。

 

「……じゃあ私もアイネスさんのことを抱き枕にしますからね」

 

「きゃー! サンデーライフちゃん手も繋ぐのっ!」

 

「良いですよ。というかライアンさんとも普段寮でこんな感じで寝ているんですか?」

 

「うーん、内緒なのっ!」

 

 ……仮に、やっているとしたら寮のベッドとベッドとの距離が離れているので、自動的に一緒のベッドで寝ていることになるが、それは流石に狭くない? 

 『うまよん』では、ゼンノロブロイとライスシャワーが一緒に寝ていたけどさ。

 

 そんな詮無きことを考えていると、アイネスフウジンの呼吸数が若干多いような気がしたので、手の握り方を変えて手首の方を触って脈拍をひっそり確認してみるとアイネスフウジンの脈拍数は確かに通常よりも早くなっていた。

 

 ……おや? ふーん、へえ……。

 うーん、もしかしたら想像以上にお泊りにしたのって効果があったのだろうか。でも、これがアイネスフウジンにとってバフになるのかデバフになるのか分からないなあ、なんかバフっぽい気もするけど……まあ、別に良いや。そこに敢えて言及はしないでおく。

 深掘りすればアイネスフウジンの調子が上がりそうな気がするし、これ。

 

 

 そんな詮無きことを考えていたら、アイネスフウジンは私の耳元に向かってこう囁いてきた。

 

「サンデーライフちゃん……明日は絶対あたしが勝つの」

 

 ここで改めて宣戦布告が飛んでくるかあ……。私はそれには答えない。

 そしてしばしの沈黙の後に、こう口を開いた。

 

 

「……アイネスさん。明日は一緒に楽しみましょう、ね?」

 

「……なのっ!」

 

 そしてその会話を最後にして私達はそのまま眠りについた。

 

 

 

 *

 

「――秋の柔らかな日差しを受けて心地よい陽気となっております新潟レース場、本日のメインレース――オープン戦・信越ステークス、芝1400mの内回り。

 それでは1番人気の子から紹介していきましょう。1番人気は6枠10番、サンデーライフ」

 

「やはり夏の間にかなり好走を見せていたことが1番人気に繋がりましたね。ここ新潟の地で新たな日本レコード記録が2つ飛び出ました今年のアイビスサマーダッシュでは3着、そして前走・キーンランドカップでは2着と芝のスプリント路線で素晴らしい戦績をマークしております。サマースプリントシリーズの全体順位も6位タイで、充分な実力を魅せつつあります。

 ……後は、彼女に必要なのはただ1つ――『勝利』です」

 

 天気は晴れ、そして良バ場。

 そのコンディションの中で私は1番人気に選ばれていた。アイネスフウジンが居るけれども、ファンは『ダービー』ウマ娘ではなく、直近の短距離戦績を見て私を選んだ。そして実況からも勝利を熱望されて内心苦笑する。

 ……これで、本人が一番勝利を二の次にしているんだからなあ。なりふり構わず勝利を掴むためなら、私はルミエールオータムダッシュの方に出ていたし。

 

 そして私が1番人気だと言うのであればもう。2番人気はこの子以外にあり得なかった。

 

「――そして2番人気。7枠11番のアイネスフウジン。短距離は初挑戦、と情報が上がってきておりますが……?」

 

「はい。おそらく今日のアイネスフウジンの狙いは短距離でも通用するかの試金石といった調整かと思われます。昨年のダービーウマ娘として名高いですが、ただ1ハロン長いマイル戦の舞台ではGⅠ・朝日杯フューチュリティステークスを取っていることもあります。何より出走を志したということで実力の程については改めて説明するまでもないでしょう。

 しかし、そんな彼女にサンデーライフが立ちはだかったというのは、不幸か、それとも調整レースで強敵とぶつかれる幸福か。いずれにせよ、今日のレースは彼女の短距離での仕上がり具合に大きく左右されることでしょう」

 

 ……まさかアイネスフウジンが私と戦うためだけに、短距離に出てきたとは思わないよなあ。

 やっぱり普通は、私の方からアイネスフウジンにぶつけてきたようにしか見えないわけで。……昨日一緒に泊まったことも踏まえると、なんか私がアイネスフウジン大好きなようにしか見えないね、これ。まあ好きなのは間違いないけど。

 

 

 今日は葵ちゃんの下には行かず、そのままゲートへ向かう。今更作戦会議する内容も無いし、葵ちゃんの方をちらりと見ても手をぶんぶん振っているだけ。何かあるなら来て欲しそうな素振りをもう少しするはずだ。私も軽く手を振り返したら、笑顔で頷いていたので大丈夫そう。

 ……それに、前回キーンランドカップでは派手にやらかしてくれたから、ちょっと葵ちゃんはこのタイミングで何をするのか分からない怖さも最近はあるわけで。

 いや、嬉しかったけどさ。あの調子で『左手の薬指』に祈りを捧げられたら、もう世間体的にはゴールインなのよ。

 

 

 この期に及んでは、アイネスフウジンとももう言葉を交わさない。むしろ他の出走ウマ娘に対して一言ずつ声を掛けていく。『策士』の名前も随分売れたから、話しかけると滅茶苦茶警戒されて、物凄いぎこちない返事しか返ってこない。とはいえ、実際警戒させるのも目的ではある。『アイネスフウジン以外の全員』という情報を与えられて彼女たちは果たしてそれをどう判断するのだろうか。

 ……アイビスサマーダッシュで私がこのゲート入り前の段階でGⅠウマ娘であるタイキシャトルやバンブーメモリーではなく、危険視すべき相手としてカルストンライトオの存在をほのめかしていたことが彼女たちの耳に入っていれば、私やアイネスフウジン以外のウマ娘に対して『一発』を警戒するかもしれない。

 

 ……そうすれば。私の『大逃げ』への警戒は少しでも薄まるかも。そんなブラフ程度の仕込みである。そのまま私は粛々とゲートへと入っていった。

 

 

「……さあ、ゲートイン完了です。 各ウマ娘一斉にスタート! スタートは全員綺麗に揃いましたね。まず先行争いは、中の10番サンデーライフが先頭に立ちました!」

 

「かなりスタートでギアを挙げてきましたね。……GⅠ2勝の『逃げ』が十八番のウマ娘であるアイネスフウジンとハナを競い合わずにそのまま前に出てきた……ということはサンデーライフが最初からかなり早いペースを企図しております。

 ――これは久しぶりに『大逃げ』が見られるかもしれませんね」

 

「サンデーライフ、アイネスフウジンとの3度目の対決に何とっ!

 最初の対峙と同じ『大逃げ』を選択! これは大胆な作戦だ!」

 

 

 ……さて。これにアイネスフウジンはどう出るだろうか。


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