強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第81話 シニア級10月前半・信越ステークス【OP】(新潟・芝1400m内回り)顛末

 まだ加速局面であるがあまりにあっさりとハナを取れたことで、その加速が鈍くなるのを承知で後方を一度チェック。

 すぐ後ろに1人。アイネスフウジンは3番手で2番手の子から1バ身くらい引いている。つまり、この段階で私を追うことは考えていないようだ。

 

 知るべき情報は手に入ったので、そのまま顔を戻す……前に、一度ここから見えるギリギリの後方寄りの全然関係ない子に視線を強く合わせる――よし、ちょっと萎縮した。その結果に満足して今度こそ前を向く。

 1人に対して嫌がらせをしたのではない。しっかりと私をマークしている子であれば、今の行為が『終盤に伸びてくる』子に対して釘を打ったかのように見える。人気も大きく伸びている子ではなかったものの、他ならぬ『カルストンライトオの幻影』をもしこのレースに見出している子が居れば、マーク対象の私がチェックしている子……というのは充分に警戒すべき相手として映るだろう。

 で、そうやってマーク対象を1人ずつ増やしていけば、段々と注意は分散され相対的に『私を警戒していたにも関わらず、疎かになっていた』という状況が生まれる。

 走りながら考えることは難しいのに、何人も同時に行動を逐一チェックしていたら、それだけで破綻するからだ。私が今まで2、3人程度しか注意対象にピックアップしなかったのも、それ以上のマークはかえって逆効果になるからだし、今回もアイネスフウジンだけに集中しているのも、対戦相手同士の中で実力差のある状態で下手にマークを分散させるとアイネスフウジンを見落とすリスクが高まるためだ。

 

 とはいえアイネスフウジンへ圧力をかけるのは容易ではないので、まずは私自身の負担軽減策を優先する。

 

「最先頭はサンデーライフが突き進み、2番手にウインガニオン。そこから1、2バ身離れてアイネスフウジン、その後方に2人並んでおりまして、6番手グループが集団で団子状態となっております」

 

「400m地点を通過しての今のタイムは23秒2ですか。サンデーライフが『大逃げ』で先行しているように見えますが、例年よりもゆったりとしたレース展開ですね。これは上手くサンデーライフがレースを掌握した、と言っても良いかもしれません」

 

 1ハロン10秒半ばは私の最高速に近いペース。その展開に後先考えないペースからはやや落として制御可能な逃げを打つ。幸い適度に私を追走してくれる2番手の存在はありがたい。まあその2番手に位置付けている子の史実戦績は重賞勝利があるので油断して良い相手ではないけれども。

 とはいえ全力以上の力は無意識下で出すことになるから、究極的には私からは認識出来ない。でも、そんなに爆速ペースで走っている訳では無いと思うんだけどな。こういうときに体内時計で正確にラップが刻めないというのはもどかしい。

 

 だけど、新潟内回り1400mのバックストレッチはまだ1ハロン残している。セオリーではここで大きくペースを下げて脚を溜めて最終直線に備える。最悪2番手を追走してきている子に抜かれても良いか、くらいの考え方で構わないだろう。現行ペースのまま突っ込むと垂れるのは間違いないので。

 

 『大逃げ』で行くつもりではあったが、想定外に私の『大逃げ』警戒であっさりと先頭を頂いたので作戦変更。多分普通の『逃げ』くらいにはなっているはず。これでどこまで私のことを『大逃げ』だと誤認してくれるかのチェックも兼ねる。

 

「さてレースは澱みなく進行しております。先頭集団に大きな順位の変化は無さそうです。むしろ6番手集団での争いが最も激しさを見せております。これはどういうことでしょうか?」

 

「中団の位置取りで迷っている子が多いということでしょう。全体のペースが遅いと看破して序盤・中盤のうちに前に進出してしまおうと考えている子も居れば、逆に先行策の子も脚を溜めだして低めに位置取っているとも考えられます。あるいは両者の考えに引っ張られてどっちつかずになってしまっている子も居るかもしれません」

 

「なるほど。そして中団がやや混雑した隊列のまま各ウマ娘が第3コーナー、内回りのカーブに差し掛かろうとしております」

 

 

 ……ふむ。予想に反してここでは抜かされなかった。足音は右側のやや後方から聞こえてきているので追走しているのは間違いないが、私を抜かそうとまではしてきていない。『大逃げ』ではないことがバレたかはちょっと判断に悩むところだね。

 

 新潟レース場はスパイラルカーブを採用しているために、あまり速度を損なわずに曲がれる構造にはなっているものの、そもそも結構カーブがキツい。比較的短い距離でホームストレッチ側に回されることからどうしてもここで速度は落ちてしまう。

 それとスパイラルカーブで速度を落とさずに回ろうとすると、その特性上、内枠を開けてしまうことになりかねない。

 

 多少速度を損なったとしても内で小回りを利かせてなるべく外に広がらないようにして第3コーナーは回る。

 

「先頭、10番サンデーライフ、おおよそ0.5バ身ほどのリードを維持して逃げます。2番手は3番ウインガニオンがちょっと外に開いて追走、3番手は更に外から11番のアイネスフウジン――」

 

「ウインガニオンが外々に開いてしまって……いや、違いますね。サンデーライフがかなり内ラチギリギリを走っているから、錯覚でそう見えるだけでしょう。

 逆にアイネスフウジンとしては、サンデーライフとウインガニオンの間が空いているように見えますが、そこを突かず敢えて外から回るというのは好判断でしょう。無理に間を突こうとすれば難しい小回りの技術が要求されるところでした」

 

 ……アイネスフウジンは外から来るか。うーん、そう簡単に策には嵌ってくれない。ここで私とウインガニオンの間を選択してくれれば、慣れない短距離戦でのカーブのレースペースで繊細な技術の要求される小回りしながら細いルートを突くという罠を用意してあげていたのに、彼女はきちんとウインガニオンの外から回る判断を下した。スパイラルカーブだからね、外から仕掛ける方がやりやすいのは確かなのだ。

 

 ただし、一方でそれは単純に走行距離という観点で見れば迂回に他ならない。そして内を走っている私との最終的な走行距離の差は広がる。……まあ、一応どちらに転んでも私にとっては有利になる策として組んではいたけど、より私が優位になる方は避けられた、というわけだ。

 

 

 うーん、最終直線までに何かもう1つくらい仕掛けておきたいな、と思って改めてアイネスフウジンを視認するために外側後方を見やる……が、そこにアイネスフウジンの姿は無かった。

 

 ……あ。斜め後ろにいるウインガニオンに重なる場所につけて私の視界から映らない位置に移動したな、これ!? それはアイネスフウジンからも私の姿を確認できなくなることと同義であったが、見えないことによるビハインドは私の方がより多く降りかかる。だって、アイネスフウジンから私に何かを仕掛けることはあまりないが、私からアイネスフウジンに何かする際には、見えている位置に居た方が出来ることは増えるからだ。

 位置取り1つで私の選択肢を奪ってきた。やっぱり一筋縄ではいかないね。

 

「各ウマ娘、600m標識を通過して第3コーナーから第4コーナーカーブに入りまして、ここでのタイムは11秒6です」

 

「平均ペースといったところでしょう。いや、ハナは譲らずに……しかしレースペースは早めないサンデーライフのペース配分には目を見張るものがありますね」

 

 レースペースはそこまで速くない……というか今までの夏の短距離路線で経験してきたどのレースよりも中盤のペースとしては遅いと言って良いだろう。

 しかし短距離戦である以上、マイルと中距離路線中心の経験しか有していないアイネスフウジンにとっては、これでも彼女が経験してきたレースの中でもかなりの高速展開に見えるだろう。当然、短距離に照準を合わせてトレーニングは積んできているとは思う。しかし実戦経験という意味合いでは、今一緒に走る14人のウマ娘の中の誰よりもアイネスフウジンは経験が無い。

 だから最終的には彼女が取り得る戦略は実力差による力押しになることは間違いない。

 

 体力配分というのは存外難しい。『疲れ』を認識することは出来るかもしれないが、普段よりも『体力が余っている』ことを原因まで含めて瞬時に理解するというのは中々に難しいことである。

 アイネスフウジンには短距離戦における疲労度の基準が無い。トレーニングと本番レースで大してパフォーマンスが変わらない私ですら、トレーニング時の指標をそのままレース用に採用することをほとんどせずに実戦経験の積み重ねで対応しているのだから。アイネスフウジン――というか他のウマ娘はトレーニングベースの感覚をレースにそのまま転用することがどれだけ危険なのかは、その本人が一番良く分かっていることだろう。

 

 なので、アイネスフウジンの指標として存在するのは『あとどれくらいの距離が残っているから、これくらいで走れば良い』というマイル・中距離でのラストスパート経験だ。ゴールから逆算した残りの距離と体力との間の計算であれば、レース距離が変わってもそこまで大きくぶれることはない。

 

 ……だからこそ、今のアイネスフウジンには絶対打てない一手。それが私には出来る。

 

 

「――おっと第4コーナーの中ほどになりまして先頭が変わりましてウインガニオン! サンデーライフは1つ2つと順位を落としていきます! しかしウインガニオンのすぐ後方にはアイネスフウジンが控えております、ウインガニオンはこのままリードをキープ出来るでしょうか? ――いえ、アイネスフウジン、ここはすぐに抜き去って先頭に踊り出ますっ! アイネスフウジン先頭での最終直線の攻防となりそうです!」

 

「残り2ハロンでアイネスフウジンは仕掛けてきましたか。やや早いスパートですが、彼女の実力を鑑みれば、それでも充分に最後まで持つという判断なのでしょうね。生粋のスプリンターと比較すれば、スタミナもまた彼女に分があることでしょう」

 

 ……ちらりと横目でウインガニオンの様子をチェックする。結構、苦しそうだ。彼女はここからスパートはかけられないだろう。後は今まで走ってきた先行分の貯金で順位をどれだけ維持するかどうか。そしてこれは概ね想定通り。

 反して、アイネスフウジンは3番手・逃げのポジションから伸びた。『逃げて差す』――まるで本当にそれを体現したかのような、再加速をこの第4コーナーの後半から行った。

 

 そして私は先頭の景色を譲った。誰の目にも明らかな形で私は『失速』したのである。ロングスパートであれば、ここからでも仕掛けもあり得るような位置での失速。

 しかし、速度を落としつつも確実に2番手ないしは3番手をキープする。ウインガニオンとほぼ並走するかそれよりもちょっと後ろになるくらいの位置で、後方ウマ娘の蓋になるような形で、敢えてそのポジションを維持している。

 

 

 ……しかし、蓋としての役割はあくまで二次的な産物に過ぎない。本命はアイネスフウジン対策である。

 

 少なくとも今日のアイネスフウジンには、私と同じ走りは出来ない。……何故か? アイネスフウジンが現状、疲れていない(・・・)からである。今のアイネスフウジンの身体は、普段のマイル・中距離戦よりも遥かにハイペースで走っているのに、まだいつもより走っていないから疲れていない――そうした矛盾した状況を抱えながら走っている。

 

 何故、分かるか? ……いや、私が分からないわけ無いでしょう。クソローテという誹りを受けても『それはそう』としか言えないようなぐちゃぐちゃの距離変更ローテをずっとやってきたのだから。私はそうした毎レースごとの身体的な矛盾を、レース中の思考と理性によって解きほぐしながら走っていた――そういう側面もあるのだ。だから超長距離を走った次走でマイル戦、みたいなことをやっても大きく崩れなかった。

 

 なるほど、アプリ時空では確かに距離変更によるペナルティは存在しない――それは事実。実際にこの世界でもハルウララがステイヤーズミリオンの3000m超レース群からJBCスプリント直行という謎のローテをやってもいる。

 

 だけど。それは本当にこの世界で距離変更が何も影響しないことを示しているのだろうか。

 明らかに実力で優っていたはずの障害の未勝利戦において私がこの障害レースのペースに慣れて勝利を掴むまでに3戦かかった。

 そして障害競走から平地競走からの再転向時に、私はそれまでの走行フォームの修正が必要になっていた。

 

 レースごとに求められる走り方が異なる、というのも事実として存在する。それをもし、私が『経験』でカバーしていて、それだけではカバーしきれない障害と平地の差のときだけ、この問題が析出していたとしたら……どうだろう。

 

 

 今の『疲れていない』アイネスフウジンが、同じく『疲れていない』はずの私がペースを敢えて(・・・)落としたのを見て、どう思う? 一息ついて最終直線に備えているようにしか思えないだろうし、実際にその考えは見事に当たっている。

 しかし彼女自身の感覚としては『疲れていない』から、何故更に一息つくのが必要なのかが理解できない。だってこのまま走っても垂れることはないのに、わざわざここで速度を落とす理由が無いように見えるから。

 

 だから私と一緒になって速度を落とすという選択肢は、それにメリットがあるか分からない以上は取れない。そして自身の前に走るのは、一見するともういっぱいいっぱいになりそうなウマ娘。だったら変にヨレて進路を塞がれる前に、先に先頭に出てしまおうと加速するのも自然な話である。

 

 

 ――そう。アイネスフウジンは加速したのだ。

 最後358.7mという1ハロン半を残して。それは、一見スパートであるようにしか見えないが、確かに焦りの要素もはらんだ『掛かり』でもある。

 

「――600m地点から400mまでの1ハロンタイムは10秒6。一気に高速化してきました」

 

「それだけアイネスフウジンのスパートが強力ということですね」

 

 ……さて、今のペースは短距離戦ではあり得るレベルのハイペース。ただしアイネスフウジンにとっては未曽有の未知の速度。……それを3ハロンもの間、彼女が維持出来たら私の負けだ。

 

 しかし、いくら『疲れていない』とはいえ3ハロンもハイペースで走るのは至難の業である。

 だって、アイビスサマーダッシュのカルストンライトオも、キーンランドカップのカレンチャンも、最後1ハロンは確かに失速した。ハイペースのツケは必ずラスト1ハロンで返さなければならない。ましてやその『疲れていない』かのように見える身体上の矛盾は、きっと後半になればなるほど問題として析出する。

 

 

 それに……ねえ、アイネスさん?

 1400m……それはマイル戦から1ハロンだけ短い距離だったけれども。

 

 先ほど、あなたがスパートをかけたこの瞬間。このレースは。

 ――私とアイネスさんの2人だけの間でなら、疑似的に600mの超短距離レースになったんだよ?

 

 

 

 *

 

「アイネスフウジンがトップスピードのまま最終直線を駆け抜ける! 2番手は内ラチギリギリにサンデーライフ、そしてややペースについていけないかウインガニオン! 後方のウマ娘たちも更に大外を回ってやってきているが、アイネスフウジンがその差をじりじりと広げているようにも見えます!」

 

 最終直線に入っても尚、私はスパートをかけていない。ただ致命的になるだけの距離は空けないようにしてペース自体はあげつつあるがこの期に及んで尚、私は脚を溜めていた。

 ……全てを解放するのはラスト1ハロン。200mの勝負に賭ける。

 

 アイネスフウジンは流石にまだ落ちない。

 そしてアイネスフウジンは私と違って、走りながらタイムを把握できる。だから自身のペースがどれだけまずいか理解している。なので、もうペースを落とせない。

 再加速にはかなりのスタミナ消費を強いる以上は今、速度を落とした時点でアイネスフウジンの敗北が確定するのだから。せめてゴールの瞬間……そうでなくてもセーフティーリードを保った状態でないと。

 

 だから、ここでは絶対にアイネスフウジンは落ちてこないのだ。むしろトップスピードを維持して、あるいは更に加速して少しでも距離を空けることを選んだ。

 

 

 ――これも、私の策。

 今のアイネスフウジンの勝ち筋は、垂れても問題ないセーフティーリードを作ること。それをこの直線のスパートで新たに形成するのは一見無謀だが、しかしそれを出来るだけの実力があるウマ娘だ。

 

 そして私は、致命的な距離を空けさせはしないが、さりとてリード自体は作らせるためにまだスパートをかけていない。

 

 私の策略と、アイネスフウジンの勝ち筋はラスト1ハロンまでは一致している。

 セイウンスカイから学び、キングヘイロー相手にも使った戦術。それを今度はアイネスフウジンにも転用した。

 

 このままトップスピードをあくまで貫こうとするなら私の策略通り。速度を落とせばアイネスフウジンの敗北は決定。少しずつ少しずつ、私は袋小路に追い込んでいく。

 

 

「アイネスフウジン先頭! 2番手サンデーライフとは2、3バ身のリードか!? 後ろの子たちはもう届きそうにない! サンデーライフもアイネスフウジンを追いかけるので精一杯か!? 残り200m!」

 

 

 ……来た。最後のハロン棒。

 ずっとペースを上げ続けて何とか目測3バ身ほどの差で保った。この着差のタイム差はおよそ0.5秒。僅か200mで私はアイネスフウジンを0.5秒の差を翻さなくてはならない。

 

 そう、0.5秒なのだ。いくつかの策を講じて、そしてまだ策は残っている。けれども、ここに来て『0.5秒』という数字に内心笑ってしまう。

 

 

 だって、この数字は。

 ――人間とウマ娘すらも同じフィールドに立たせた数値。

 

 設定条件は全然違うけれども。

 だったらウマ娘同士である私が覆せない道理は……無い。

 

 

 福島レース場と違い、坂は無い。

 私は加速してアイネスフウジンを追う。

 

 思えば未勝利戦・福島でのアイネスフウジンとの初対戦では全くの逆構図だった。先頭を突き進む私を2番手のアイネスフウジンが差した。

 今日は最後の直線の先頭を進むのはアイネスフウジンである。

 

 私は加速する。アイネスフウジンはもうこれ以上速度は出ない。

 十秒足らず――わずか数秒の先にはゴールが見えている。にも関わらず、今の私には随分と長く感じた。

 

 残り50メートル。

 もうすぐのところまで私は来ている。が、まだアイネスフウジンが先頭であった。

 

 勝利が眼前から零れ落ち、すんでのところで手が届かない私の姿が何度もフラッシュバックする。そして、今回もまた――それは再現される。

 

 

 ……はずだった。

 

 

 ――ここに来て。私はまだ2つだけ策を残していた。

 1つは既に発動済の遅効性の毒。仕掛けたのは最終コーナーのとき。アイネスフウジンは最終コーナーで加速し始めた。そこは速度に乗りやすいスパイラルカーブ。だけど速度を維持できる代償として外に膨らみやすい。一方で私はずっと内ラチギリギリを攻めていた。だから私とアイネスフウジンの間には走行距離差がある。

 ……キーンランドカップでどうしてもカレンチャン相手に埋められなかった『あと10m』。それを無理やり私は創造した。

 

 そして2つ目の策。

 序盤から終盤まで私のペースは徹底したスローペースだった。だからスタミナの消費量は少ない。

 うん、『伸び脚』がまだ残っている。

 

 この私の『伸び脚』は、ちょっとだけ伸びるだけの技術。ただ、それだけのもの。

 なのにも関わらず幾度となくこの『伸び脚』に救われて順位を上げてきた。競り合っている場面でなら、これの影響は計り知れないからだ。

 そのきっかけがあったのは『阿寒湖特別』のとき。……他ならぬアイネスフウジンからスタミナ消費軽減のスリップストリームを教えてもらったからこそ、初めて生まれた私の武器である。

 

 

 そして。

 ――この『伸び脚』はあの福島未勝利戦での最初のアイネスフウジンの激突のときには、存在しなかった切り札。

 

 

 風神の暴風も、この新潟で体験した日本最速のウマ娘には……及ばない。

 だったら、その風を掴ませて貰おうか――アイネスフウジン!

 

 

 

 *

 

「――後ろからサンデーライフがすごい勢いで詰めてきます! アイネスフウジン逃げ切れるか!? サンデーライフはまだ伸びる! 並ぶか、並んだっ! そしてそのまま縺れるようにして2人同時にゴール板を駆け抜けます!」

 

「……後ろから追いすがるサンデーライフが僅かに体勢有利のように見えましたが――」

 

 

 ゴールした私とアイネスフウジンは少し流した後にターフへと倒れて、2人で電光掲示板の一点をただ見つめる。

 

 

 確定。

 

 1着は――。

 

 

 ――サンデーライフ。

 2着、クビ差でアイネスフウジン。

 

 

 ――現在の獲得賞金、1億3071万円。

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