強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
1着……。
掲示板の一番上に、差し示された番号は10番。
そして私は自分の胸元に視線を下ろす。すると、ゼッケンに書かれている番号も同じく10番。
そして2着に書かれた番号は11番で、その数字はアイネスフウジンの胸元に掲げられていた。
「……あれ? アイネスさん。お互いのゼッケンか体操服を交換しましたっけ?」
「――こんなお客さんがいっぱい見ているターフの上で脱ぐわけないのーっ! それにちゃんと名前が書いてあるの! あわわ、サンデーライフちゃんがオーバーフローして良く分からないこと口走ってるの!」
その後も『目を覚ますの! ここは現実なのっ!』ってアイネスフウジンに身体をがくがく振られる。
私はどこか他人事で周囲を見てみると、ターフのど真ん中で2人並んでぶっ倒れて漫才をしている私達を『こいつら、なにしてんだ……』という視線で見ている他の競走ウマ娘の姿があった。
「むむむ……サンデーライフちゃんの目の焦点が一向に合わない……。ごめんねっ、サンデーライフちゃん、目を覚まさせるためだから!」
アイネスフウジンはどこか覚悟を決めたような声量で平手を私の頬にめがけてスイングする。……その風切り音をウマ娘聴力は聞き漏らさないので、私はほぼ反射でそのアイネスフウジンの振りかぶった右腕を掴んだ。
「……え?」
掴まれたアイネスフウジンはきょとんとした顔をする。私は腕を掴んでいるが手持ち無沙汰だなーって感じたので、そのまま腕ごと、ぐいっとアイネスフウジンの身体を引き寄せた。
「……わわっ、ちょっとサンデーライフちゃん何をしているのっ!?」
ぎゅっと密着する感触があり、昨日の夜のことを思い出して――私は我に返った。
「……あれ? アイネスさん、どうして抱き着いているのですか?」
「サンデーライフちゃんが急に引っ張ってきたからでしょ! 人のせいにしないで欲しいのーっ!」
アイネスフウジンのぷくっと膨れた頬が面白かったので、それを指でつつくと口から空気がぷしゅーって出てきた。それとともに、徐々に自分自身が取り乱していたことを思い出す。
……あー、この感覚何か身に覚えがあると思ったら、あれだ。『かきつばた記念』での落鉄後のときに似ている。
って、ことは私はアイネスフウジンに勝利したことを『予想外』と捉えてメンタルダメージが今、入っているのか……。うーん、自分のことながら勝って動揺するのは意味不明過ぎる。
「……って。サンデーライフちゃん、もしかして正気に戻った?」
「まあ、自分が正気であることを保証するのは恐らく心理学か精神鑑定の領域でしょうが……」
「あっ、これは多分元に戻ったの」
チェック方法が独特すぎない? 良いけどさ。そして覆いかぶさっていた……というか私が無理やり
すると観客席から歓声が上がった。そりゃずっと寝っぱなしだったし、私達。歓声を上げるタイミングが無かったもんね。
「……なんか、もうすっごいグダグダになっちゃったけど……サンデーライフちゃん! 1着、おめでとうなのっ!」
「――はい、ありがとうございます、アイネスさんっ!」
「でもやっぱり悔しい! ……今度はマイルか中距離でリベンジするのっ!」
……こう言われることは薄々分かっていた。さり気なく自分の有利な条件に持ち込もうとしているけれども、それは認められないのでこう返す。
「ダートなら、良いですよ?」
「それはサンデーライフちゃんに有利過ぎじゃないかな……って! あれ!? てっきり断ると思ったのに、断らないのっ!」
アイネスフウジン本人に対して私の心境の変化は伝えていなかったから、そりゃそうなるよね。
ただ、自分が勝った後にそれを伝えるというのも何というか上から目線っぽくなってしまう。なのでこういう言い方にした。
「……私から見れば福島未勝利と宝塚で2敗ですからまだ負け越しなので、もう1勝分くらいは有利な条件で戦わせて下さいって……」
さらりと論点を私が勝負を受けるか否かではなく条件闘争の部分にすり替えて、話を戻す。
そんなことを話しながら私達はターフを後にしたのであった。
*
葵ちゃんは控え室で待っていた。アイネスフウジンと共に移動しているのを見て、関係者用通路で待つのは止めたようである。配慮の鬼か。
「サンデーライフっ! ……また、微妙な顔で帰ってきましたね。どうしました?」
「いえ、どうにも勝ったと分かった瞬間、メンタルダメージが入ったみたいで……。ああ、そんなに心配しないで下さい。ただ『予想外』に動揺するやつです」
「……宝塚記念まわりでメンタルトレーニングをしたとは言っても。『勝利』に対してのトレーニングは出来ていませんでしたからね……。
今回はその……大丈夫なのですか?」
「まあ、今日は幸いアイネスさんと同室ですし、葵ちゃんセラピーに頼ることは無いと思います。
……あっ。それとも頼って欲しかったですか、葵ちゃん?」
この軽口は、心配している葵ちゃんを揶揄しているかのように捉えられるかもしれないが、自己判断としてはあんまり深刻に捉えるものではないってことを意思表示するものでもある。本気でヤバいときなら、こういう言い回しは出来ないからね。
そこまで伝わると思って会話のボールを投げているから、葵ちゃんからもこういう返答が返ってくる。
「……大丈夫なら、素直にそう伝えてもらっても構わないのですよ?」
「あはは、ありがとうございます葵ちゃん。……まあ、ケアも大事なのですが。私が気になっていたのは前に葵ちゃんが『私は勝利で崩れる』って言っていたなーって思いまして」
「ある種あれも完全な『判断ミス』ではなかったということですか。どちらかと言えば副次的なものなのでしょうが……」
『勝利』を『想定外』と捉えている間は、多分私は入線後に勝利が判明した際に似たようなことを繰り返すのだろうか? ……うーん、ちょっと違う気もするんだよね、これは。
正直に言えば、今日のレースは『勝てるなら勝つ』という精神の下で本当に勝てると思ったレース展開ではあった。だから『信越ステークスに勝利した』こと自体はそんなに想定外ではない。
ただ……『アイネスフウジンに勝利』できた、というのがそれとどうにも等号で繋がらない。いや理屈で考えればそれが同じことなのは分かるんだけど、これは感情的な面だ。
史実・アイネスフウジン号と、そしてダービーウマ娘であるアイネスフウジンを短距離とは言えトゥインクル・シリーズレースで打ち破ったというのがどうにも現実感が無いのである。
ただ、これについても1着ではないにしろウマ娘実装キャラを破ってきた経験はこれまでにもあったし、更に言えば競走馬の魂を宿したネームドから勝利をもぎ取った経験は、かつての勝利全てが同条件である。だからそこにある差異が分からず、地味にもやっとする。
全てを伝えることはできないが断片的にこのことを葵ちゃんに話せば、少し考えた後に葵ちゃんはこう語った。
「……おそらくなのですが。サンデーライフの意識の中に『普通ではアイネスフウジンさんに勝てないのでは』というマインドがあるせいで、今日のレースでアイビスサマーダッシュのときのような『実力以上』の危険な走行を無意識下でしていたのではないか……って考えが燻っているのではないでしょうか?」
「あっ……」
――それは盲点だった。アイネスフウジンに勝利したことすらも間接的な結果に過ぎず、私が動揺している根幹は『自分の実力を信じ切れていない』ことなのかもしれないという話。そこを信じていないからこそ、アイネスフウジンに勝ったのが自分の実力ではない力が介在したのではないか、という判断が生じる。それは本来私が使うつもりが一切無い無意識下での選手生命に影響を与えかねない走行が生じた可能性に至った、と。
で、これが私が動揺した原因……あり得そうな話である。言語化すると、そっちの方が自然に思える。
そしてそんな私の無意識下の行動に対してジャッジメントが出来るのは……葵ちゃんだけ。
「……今日の私の走りは、どうでした?」
なんか、言葉尻だけを捉えると褒めてもらうために聞いているみたいで内心くすぐったい気持ちになる質問だな、これ。
ただ、葵ちゃんも私のことを分かっているので、ちゃんと意図を汲んで返して――
「――とってもカッコよかったですよ、サンデーライフ?」
「……葵ちゃん。分かってて今、やりましたね?」
「ふふっ、はいっ! いつもサンデーライフに言われっぱなしだったので、ちょっとやり返しちゃいました!」
……なんというか、多分私がそういう不意打ちの言葉も結構好きってことに気付いているんだろうなあ、葵ちゃん。最初期の頃から『甘い言葉』を要求していたこともあったし、傾向を取れば多分データとして褒められたがりな私という側面は見えてくると思う。
もっともデータで褒めるのが最適解と出てきても、多分私は心無い言葉は一発で看破できると思うので、それが口先だけではない本心からのものだということくらいは分かる。だからこれまで与えられた言葉は本物であることには何も変わらない。
……とはいえそれは私がカウンターに出ないこととは無関係で。
「……葵ちゃんって、なんだか以前と比べてもより魅力的になってきたように思います」
「もしそうなら……サンデーライフのおかげでしょうね!」
「……私色に染め上がった……ということですか?」
「サンデーライフはその言い回しだけは、ずっと変わりませんよねー……」
取り敢えず満足するまでやり取りはしたので本題に戻す。
「葵ちゃん向けの性分みたいなものなので、これ。
……それで、実際どうでした? 私の走りは『実力』の範疇に収まっていたものでしたか?」
「……そうですね……。正確なことはデータがきちんと出てから精査する必要はあるかと思いますが、あくまで見ていた限りではそうした危ういところは無かったように見えましたよ」
もっとどっち付かずで判断がつかないレース運びをしていたならば、葵ちゃんはちゃんとデータが出るまで結論を急がないはず。だから曖昧なニュアンスを含有させてはいるものの、傾きとしては安全寄りであることには違いない。プロフェッショナルとして断定の言葉を避けるのは当然の振る舞いだし、私もその葵ちゃんの言葉を疑うことは一切無いが、意識としてはまだ保留状態であるという考えで置いておく。
しかし、一定の結論が出た以上は安堵するのは事実で。その瞬間、確かに心が安らぐのは感じた。
後はアイネスフウジン抱き枕の効果に期待である。
……というか、アイネスさんももしかすると私の見えないところで泣いている可能性っていうのはあるから、それはちゃんと肝に銘じておこう。
――本来、そういった負かした相手の想いを背負うことこそ、1着を取ったものの責務なのだから。
「……ああっ! サンデーライフがからかいながら真剣な話をするのですっかり忘れていましたっ! 何という失態でしょうか!」
「……どうしました、葵ちゃん?」
「サンデーライフっ! 初のオープン戦勝利おめでとうございます!
とっても……素晴らしかったです――」
――オープン戦初勝利。葵ちゃんが付いてからの2勝利目、平地転向後で見ても初勝利。
……これが、私の10ヶ月ぶりの『勝利』の形であった。
*
センターのウイニングライブも10ヶ月ぶりだったけれども、多少記者やテレビカメラが多い程度で特筆すべきことは何もなかった……というか、久々の勝利とはいえ特別なことをしたら勝って浮かれているようにしか見えないので変に凝ったパフォーマンスとかは慎んだからである。
まあ報道関係者が多いのは、ある意味普段通り。それにアイネスフウジンも居るしねえ。ウイニングライブに来た時もその後一緒に寝泊まりしたときもアイネスフウジンの様子は特段負けたことで何かを溜め込んでいるようには見えなかった……もしくはライブまでの待機中に実は泣きはらしていた、みたいな事実もあるかもしれないが、少なくとも私から見たときには何も分からなかった。
で、新潟でアイネスフウジンと共にもう1泊して、翌日は特に遊びには行かずにそのまま新幹線でトレセン学園へ戻る。なお帰りの新幹線もアイネスフウジンとお互い爆睡していた。
ハッピーミークへのお土産には、前に好評だったぱかうけの『イカ七味マヨネーズ味』を買っても良かったけれども、あれって生産工場限定品なので駅構内では売っていなかった。
だからなんとなく見た目で選んだ、おはじきみたいな形と色合いの飴細工を買っていって、それをハッピーミークに渡す。
「……きらきら」
「おはじきのようですがちゃんと飴みたいですよミークちゃん。飴ストック置き場のところに置いておきますね?」
「……飴。飴……」
まだ食べていないから味は良く分からないが、でもハッピーミークは飴に対する謎の執着を見せてきたので、多分お土産の方向性としては間違ってなかった気がする。
「……おおっ! これはミークの技が久しぶりに見れますか!?」
何が始まるかは分からないが、ハッピーミークの顔はふんすっ! ってやる気に満ちた顔をしていた。
そして、ハッピーミークの口から紡がれる。
「江戸の殿どのの喉にも浅田飴、水戸の殿どのの喉にも浅田飴、どの殿の喉にも浅田飴……っ! ……言えた」
「ミークの早口言葉です! すごい、よくつっかえずに言えますねっ!」
「……えへへ」
そう言えばそんな特技もあったね、ハッピーミーク。あまりメジャーどころではない早口言葉を攻めたのでびっくり。
でもこれ、浅田飴じゃないんですよ……。