強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第83話 ティアラの帝王

 ハッピーミークは早口言葉の後に、思い出したかのように私の勝利を祝ってくれた。

 もちろん、ハッピーミークだけではない。信越ステークス終了直後からメッセージアプリには私がウマッターを碌に見ないことを分かっている友達から大量のお祝いの言葉が届いていて、ウマッターにはファンから応援の言葉がメンションで呼びかけられていたりもした。

 

 ただし『信越ステークス』の名がトレンドに入ったりはしていない。……まあ同日の京都レース場でGⅠの最後のティアラである『秋華賞』が執り行われていたからね。

 

 連対率100%、唯一の敗北は無敗のディープインパクト相手に皐月賞での2着のみ。

 そんなトウカイテイオーが優勝ウマ娘となり、オークスに引き続きティアラ2冠を達成した『戴冠式(・・・)』が古都にて行われていたとなれば、流石に知名度が上がってきた『王子様』とはいえ、この話題性をぶち破ることは出来ない。

 

 しかも、トウカイテイオーはメディアでは『ティアラの帝王』とかいう異名を授かっていた。史実の骨折時期にあたるにも関わらず、IFローテでもしっかり危なげなくGⅠを獲る辺りはやっぱり主人公だよなあ、トウカイテイオー。

 

 

 来週に菊花賞もあるからクラシック戦線の動向はその後に一旦まとめよう。今はとりあえず私の信越ステークスについての話に戻す。

 で、学校に戻ってきた後も、翌日登校しても、周囲は私の10ヶ月ぶりの勝利をまるで自分のことかのように喜んでくれた。……クラスメイトの子たちはPre-OP戦や障害レースで戦う子たちが主流なので、それだけ喜んでくれるのも分からなくは無かった。が、彼女たちだけに留まらず、普通にGⅠ勝利をしているネームドの面々も、同じような喜び方をしてくれる子もいたのはちょっと驚いた。

 

 そりゃ私にとってはすごく大事なレースだけれども、他者から見たらその日の新潟のメインレースとはいえ、全体で150戦程度存在するオープン戦レースを全部が全部逐一把握しているとは思えない。だから敢えて信越ステークスをピックアップしただけの理由があるはずなのだが……やっぱりアイネスフウジンを意識しているか、もしくは私のことを意識しているか、なんだろうねこれは。

 格上のレースにて勝利を収めている子から応援を貰った分だけ、それは多かれ少なかれライバル視されているということ。……まあ格上相手の対戦経験だけ見ればGⅠウマ娘と遜色ないからなあ、私。つまり、皆から『また戦え』って思われていると思うと、うへえって気持ちになる。

 そうした想いを否定せずに受け止めるように私は部分的には変わったとはいえ、内心でどう思うかについては別問題なのよ。『戦いたくない』ってのも紛れもない本心ではあるので。

 

 ……後は。何だかんだもう私はシニア級1年目の終盤に差し掛かっている。年が明けたら2年目になるわけだ。

 あまり考えたくないことではあるけれども、早熟な子はそろそろ成長限界すらも越える段階に入ってきているわけで。サクラチヨノオーの育成シナリオで彼女がシニア級の途中で一度ピークを越えてしまって思い悩むこともあった。史実サクラチヨノオー号が実際に早熟だったかどうかはもう答えの出ない問いではあるが、アプリではそのピークの壁を乗り越えることである種の『鍋底』的な成長を遂げることになってはいるが……実際にはそのピークを越えるウマ娘というのは、そうは多くないだろう。

 

 アイネスフウジンが、短距離という不利な舞台であったとしても、まるで『掛かった』かのように勝負を挑んできた事実。……彼女は決して語ることは無かったが、本来アイネスフウジン号は日本ダービー後の引退である。

 実際彼女の成長バランスがどのようになっているかまで窺い知ることはおそらく不可能だ。あるいは葵ちゃんなら何かを把握しているかもしれないが、それを私はアイネスフウジン本人以外の口から聞くつもりはない。

 ……まあ、ここまで負の可能性を言ったけれども、彼女の得意なマイル・中距離のターフの戦場には私がいつまで経っても上がってこないからしびれを切らしただけなのかもしれないけどさ。

 

 ただ、ここからは徐々に同期のウマ娘たちの中でも出走レース数を年間数レースの第一線から退いた形で、1年の多くを調整に使って特別なレースに向けてパフォーマンスを徐々に高めていく出走傾向に変わっていくウマ娘も増えていくことだろう。1年上の黄金世代はまだ全然走っているけれども、2年上のハッピーミークとハルウララの2人はかなりレース数をもう絞っているしね。

 だから即座に競走ウマ娘として引退、という話にはならないだろうけれども、年間で狙うレース数が少なくなれば私と走りたいって向こうが思っていても、そもそもマッチングしないということも増えてくると思う。

 

 一方で私は大器晩成タイプであるという葵ちゃんのお墨付きで、ゆっくりではあるけれどもまだ伸び続けることが出来る。いつかはGⅠレースでも戦える実力が身に付くのだろうか。でもきっと、その時に一緒に走る子たちは、そのGⅠレースを『特別』だと考えて出走登録してきた子を除けば、殆どがもう後輩なんだろうなあ。

 戦いたくはないが、さりとて引退して欲しいわけじゃない。ジレンマと言えばジレンマである。でも、この世界では年間数戦でも長く競走ウマ娘としての息を持たせることの出来る子がトップクラスにはたくさん居て、怪我や故障のリスクがアプリ育成のように小さくなっている現状、それよりも多くのものを求めてはいけないのかもしれない。

 

 そうした将来、未来のことを少し考えてしまった私のクールダウン期間が、ほぼ友達と遊びに行く日程で埋まってしまったのは仕方のないことなのかもしれない。オープンウマ娘として初勝利を収めた私の心情としては、ある意味ようやく一種のスタートラインに立てた心持ちだけれども、周りを見渡せば、そろそろ進退を考える節目になりつつある子も居るということで。

 

 

 ……私も当面は今のスタイルで差し支えはないとは思う。1つ先のレースを決めてそれに向けてのトレーニングという今までずっと上手くやってきた形。だから私の競走生活は1ヶ月から2ヶ月といった短期スパンでの区切りを作る、ある意味レースそのものが自身のトレーニングスパンのリズム調節も兼ねている代物であった。

 1年、2年はそのままやっても問題ないとは思うが、同時にゆくゆくはもっと長い目で見たレースと練習計画を見据えていく必要がある。

 

 ずっと私の最大の強みはレース出走経験とそれに起因する実戦での対応能力だということは言ってきたと思う。が、いつかは今のようにずっとレースに出続けることも出来なくなるだろう。その時までに私は代替案を模索し見つけておかないと、その時点で競走生活終了なんてことになりかねない。

 

 けれども先のことだ。不確定な未来のことを憂うより、今は目先の勝利を祝うことの方が必要だろう。さーて、今日からしばらくは遊び呆けるよ!

 

 

 

 *

 

 ……ウマ娘同士でカラオケに行って真面目に採点で高得点を取ろうとするとインフレバトルになる。採点フォーマットに合わせた歌い方をみんなするからね、ヤバい。

 全員が全員ウイニングライブのおかげで歌は上手いので、その前提で更に上澄みの特技持ちがいっぱいいる。

 あえて機械音声っぽく歌える子もいれば、音域がちょっとおかしいくらいに広くてキーの上げ下げを逆に難易度を上げる方向でやる子、あとは有名なオペラ楽曲とかもカラオケの端末には『クラシック音楽』みたいな物凄いざっくりしたジャンルの中にあるためノーマイクでオペラを歌う子とか、それとは逆の方向性でデュエット曲の間奏で何故か即興ラップバトルを始めるペアなんかもいた。

 

 だからウマ娘のカラオケってメンバー次第で全然違う集まりになる。トレセン学園生は良家の集まりなので楽器の演奏も出来る子が結構普通に多くて、下手すると声楽経験者などもちらほら居たりするからね。肺活量が必要という意味では競走ウマ娘と微妙にリンクする話とも言えなくもない。

 

 

 後は信越ステークスの正確なデータが出たのでこれも確認したりした。当日に葵ちゃんが言っていたように、やっぱり実力以上の力を出した形跡はタイムには見られなかったし、葵ちゃんも改めて問題が無かったことを念押ししてくれた。アイネスフウジンのラスト1ハロンは確かに失速していたからこそ勝てたものだったことが改めて再確認できた。

 

 そんな感じで翌週。既にトレーニングは負荷の少ないものから逐次再開しているが、まずは菊花賞の結果が出た。

 

 ――順当にディープインパクトが無敗三冠を達成した。

 

 世間的にはシンボリルドルフ以来の無敗の三冠ウマ娘誕生で、大きなムーブメントを形成していたが、私としては予想通りの話である。むしろ実際に人気は隔絶的であったことから見て世間の一定数も無敗三冠を達成する実力はあると分かってはいたと思うけどね。分かっていても本当に成し遂げたから盛り上がっているって感じかも。

 

 で、注目のディープインパクトの次走については菊花賞勝利後の記者会見にて、あっさりと『次は有記念』と言い放ち、2ヶ月も前のタイミングから秋のグランプリ、暮れの中山への出走意志表明を誰よりも早く行ったので、再びこれもまたひと騒動となった。

 

 まあ、無敗の三冠ウマ娘がファン投票で11位以下になるなんてことはまず無いだろうし、万が一そうなったとしても普通に残り6枠の収得賞金条件で出てこれるだけのGⅠ勝利はある。というかIFローテでホープフルステークスも勝っているから既にGⅠ4勝なんだよね、このディープインパクト。

 

 となると、今年の有の面子はどうなるのかと大騒ぎである。サイレンススズカはアメリカ遠征から帰国するのか、黄金世代の面々からは誰が出るのか、あるいは既に第一線を退いた更に上からの電撃参戦があり得るのか、去年の有の覇者オグリキャップと、一昨年の覇者・ハルウララの動向はどうなっているか、今年のテイエムオペラオーならディープインパクトの無敗記録を打ち消せるのではないか、メジロマックイーンは有に来るのか東京大賞典リベンジを目指すのか、などとまだ10月なのにも関わらず年末の話題で持ち切りである。

 そんな中にはアイネスフウジンの名前も見え隠れするも、ダービーウマ娘の彼女ですら実力ウマ娘であれど『上位』勢とはみなされないような魔境だ。

 

 ……宝塚記念で出走しておいて良かった、マジで。あれも面子的にはぶっ壊れだったけれども、有はもっととんでもないことになるのは必定である。

 

 ただ。そんな『無敗の英雄』ディープインパクトの対抗ウマ娘として、盛んに名前が挙がっていたのはやはりというか『ティアラの帝王』――トウカイテイオーである。

 もう有記念の見出しも『無敗の英雄VSティアラの帝王』というものになるのだろうな、という感じがひしひしと伝わってくるくらいには世論が皐月賞以来の2人の激突を期待していた。

 

 

 そしてその注目のトウカイテイオーは、派手にリアルタイム記者会見で次走を宣言することをメディアに明かした。テレビの報道カメラから、動画サイトなどでも生配信がされるという注目度の高さのその会見映像を私は、栗東寮の共用スペースにあるテレビで見ることに。

 

 で、その11月初頭に行われた会見当日。

 既に寮の共用スペースにはそれなりの人数の生徒が集まっており、私は先にこの場に来ていたマヤノトップガンに目敏く発見されたため、そのマヤの隣に収まることとなる。そう言えば、テイオーの同室だったはずだけど、この場に居るってことはきっとマヤノトップガンにも言っていないんだろうなあ。ちょっとぷんすか怒り気味だったので私に寄りかかってくるマヤノトップガンの頭を撫でつつ、彼女の気を落ち着かせる。

 

 ちなみに、離れた席にはキングヘイローとハルウララのペアが居て、更にそこにはハルウララに引っ付いているような感じで自らの存在感を消そうとしているディープインパクトも居た。

 いや、無敗三冠ウマ娘が目立たないようにするのは、もう無理じゃないかな……。相変わらず性格はやや内向的っぽい子である。

 

 そうこうしているうちに、トウカイテイオーが会場に現れて、記者らのどよめく声が中継映像にも入る。

 そして中央に設置されていたマイクの束を取るや否や、開口一番にこう言い放った。

 

「……みんなが何のためにボクの会見に来てくれたかは分かってる。『有記念』にボクが出るつもりか、だよね? きっとこのカメラの向こうで見てくれているファンの子たちも、それが気になっていると思うんだ」

 

 おおう、最初からしっとりテイオーモードだ。やっぱり皐月賞での敗戦からの路線変更がトウカイテイオーの精神の成熟に確実に寄与している。

 

「――でもね。あの子は無敗の三冠で、ボクはティアラ二冠。もう無敗じゃないボクだと対等にはなれないかもしれないけれど、それでもせめて再び彼女にぶつかるときには、ボクは……対等でありたいんだ。

 

 だから、ボクは有記念の前に――『エリザベス女王杯』に出るよ」

 

 

 皐月賞への出走により桜花賞には出走していないトウカイテイオーはティアラ三冠は達成することが出来ない。しかし『エリザベス女王杯』は、史実においては秋華賞が設置される以前はクラシック限定の牝馬戦であり、牝馬三冠の対象レースであった。だから『牝馬三冠』にエリザベス女王杯を足して『牝馬四冠』なんて呼ばれたりもする。

 そのオークス、秋華賞、エリザベス女王杯という形でのGⅠ3勝は、史実カワカミプリンセス号が最後のエリザベス女王杯にて入線自体では1着だったものの斜行による降着にて成し遂げられなかったもの。トウカイテイオーは『エリザベス女王杯』を疑似的なティアラとして、厳密に言えば『変則三冠』ともいえない変則的なGⅠ3勝を引っ提げて有記念に挑戦するつもりだ。

 

 ――これがトウカイテイオーがティアラ路線に転換した本当の理由か。

 皐月賞で負けた瞬間に、ディープインパクトが三冠を獲ることを確信して、『シンボリルドルフ以来』――という最もトウカイテイオーが他者に獲られたくなかったであろう名誉を手に入れた相手に対して、それでも対等に向き合えるだけの客観的な成果をどう挙げるか、と考えたときのテイオーの答えが、ティアラ二冠にエリザベス女王杯を足す、という徹底したティアラ路線だったのだろう。

 

 ……良く考えたものである。それが出来れば世間は細かいことは気にせず、無敗の英雄とティアラの帝王との『三冠(・・)』ウマ娘同士の対決と大々的に喧伝するだろう。クラシック・シニア級対象GⅠレースをクラシック期に制覇したとしても『三冠』には組み込まれない、なんて用語定義の厳密性をライト層は気にしない。

 メディアがたとえ『今年のクラシック級にてGⅠ3勝したウマ娘』同士の対決って正しく書いても、この文字列を見た人の多くは『三冠』と脳が捉えてしまう。

 

 ――この辺の戦略性は多分トウカイテイオー本人のものではなさそう。テイオーのトレーナーさん辺りが考えたことだろうか。それにテイオーが乗った形というのが最も自然かなあ。

 

 

 ともかく、記者会見は後は『エリザベス女王杯』に向けた抱負とかそう言った言葉が綴られて終わる。

 

 

 ――その、2週間後。

 トウカイテイオーは確かに『エリザベス女王杯』も勝利して、改めて有記念に歩みを進めることを表明したのであった。

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