強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
『ティアラの帝王』がGⅠ3勝――朝日杯フューチュリティステークスも含めればGⅠ4勝だが――それを引っ提げて無敗三冠の英雄に立ち向かうという構図は、爆発的な浸透力をもってSNSとマスメディア双方から大々的にバックアップされる形で話題を形成し続けることとなる。
菊花賞からずっとこんな調子であり、私の世代とそれより上も含めたシニア級で第一線で活躍しているウマ娘の中にはクラシック世代だけが話題をかっさらっていく現状に不満を持っている子はいるかもしれない。
ただ、それでも無敗三冠と、ティアラ二冠にエリザベス女王杯という充分すぎる実績はそれらの反論意見を封殺するに値するもの。だから内心はどうであれGⅠウマ娘クラスともなれば、そういった想いを表に出すことは無い。
これは良い子だとかスポーツマン精神に則っているという側面だけではなく、そのくらい高いレベルでパフォーマンスを発揮しているウマ娘であれば、不満やストレスを悪目立ちしない形で発散する方法に長けているということでもある。
私がメンタルダメージを受けた際の対処方法が基本お泊り会にあるように、各自でそれぞれ自身の気質にあった手法を既に確立しているのだろう。
とはいえ、今年の宝塚記念には出走したものの有馬に出る気は皆無な私には直接的には関係ない話である。こうした上位のウマ娘の余波で重賞戦線からオープン戦における出走状況が変化するかもしれないという二次災害みたいなことには注意しなければならないが……それでも、私に影響するのはそれくらいのはずだった。
――それなのに。
「やあ、サンデーライフ。ちょっと良いかい?」
「……えっ、あっはい。夕食までなら大丈夫ですが――シンボリルドルフ会長」
今日は放課後にプールトレーニングをやって、当初の予定通り早めに切り上げている。だから夕ご飯まで時間がちょっと空いていて手持ち無沙汰で、かといって寮の自室か資料室に戻ってもベッドかソファーの上でだらだらするだけだしな……と、ふらふらーっとなんとなく学園内を歩き回って休憩がてら自販機で飲み物を買って屋外ベンチに座ってしばらくのんびりしていた。そうしたら、背にしていた自販機のあった方向からシンボリルドルフに話しかけられたのである。
誰か来ていることは足音で分かったものの、てっきり普通に自販機を使う生徒だと思って振り返らずにいたから、声を聞いて初めて会長と分かって驚いた。多分、返事に違和感は無かっただろうと信じたい。
「ああ。それだけあれば充分だ……だったら、少し外に散歩に出るというのはどうかな?」
「は、はい……それは構いませんが……」
「よし。巧遅拙速とも言うからね、早速行こうではないか――」
あっ、今からか。私はそれならと僅かな飲み物の残りを飲み干してごみ箱に捨ててシンボリルドルフに同行する。
そのまま学校の敷地外に出て、歩道を歩く。公道上にはウマ娘専用レーンも存在するが、そちらを走ることなくあくまで歩道を歩くのみだ。
そして、どこに行くわけでもなく私はシンボリルドルフについていく。どうにもその歩みに規則性がまるでなく、思い付きでルートを選んでいる感じからも、『散歩』と称してどこかへ連行するための方便などではなさそうで、本当にただの『散歩』こそが目的なのだろう。
「……あの、シンボリルドルフ会長はこのような『散歩』は結構なさっているのですか?」
「ああ、いや……恥ずかしい話だが、学園外に出歩くことは用事があるとき以外はあまり無くてね。つい先ほどにもブライアンに『少しはアンタも気分転換でもしてもらわないと、こっちの気が滅入る』と言われて生徒会室から追い出されたところさ。
……それで、ふと君に用があったことを思い出してね。休憩しながら探していたらちょうど見つけることができてまさしく天佑神助であったよ」
「……それって休憩でも気分転換でもなく、ただの人探しという仕事になっているような気がしますが……」
うーん、実際どうなんだろう。シンボリルドルフは生徒会業務でストレスを溜めそうにない感じがあるけれども、それは本当にストレスが溜まらないのか、私の知らないストレス発散方法を持っているのか、はたまたダジャレ1つで実は物凄い発散されているのだろうか。イメージ的には走るか生徒会関連かの2択って印象が実際あるから、こうやって散歩をすること自体も妙な違和感があるくらいだ。
「……そうか。でも、実際にこうしてサンデーライフは見つかって、今は悠々自適に散歩に勤しむことが出来ている。これを気分転換と言わずして何と言おう?」
……まあ、他ならぬ本人が気分転換と認識しているのだったら別に良いか。他人から『正しい休憩の仕方』みたいなことを押し付けられることこそ最悪ではあるので、これは価値観の相違として受け止めておく。
そう言いながらも、私達は時間をかけて歩く。駅前から商店街、初詣でも行った神社や、河川敷を歩く。走れば数分の距離を私達は何十分もかけて歩いていた。
そんな中、印象に残ったシンボリルドルフの言葉がある。
「……あまり出歩くことはない、とは言ったが……ずっと思っていたことがある。
この街は……美しいな」
「美しい……ですか?」
「――ああ。こうしてゆっくりと歩いたことは本当に久しぶりだ。走っていると見落としてしまうものが実に多い。何より、人とウマ娘が調和して暮らしている」
大きな街路には必ずウマ娘専用レーンが存在する。河川敷もウマ娘が走って問題無いようにきれいに整備されており、道に大きな石が落ちている、なんてことも少ない。
尻尾を通すための穴が腰のあたりに空いたウマ娘専用のセレクトショップもあれば、人間用の洋服にそうした穴を開けてくれるサービスを行っているお店もある。
学園最寄りの商店街はウマ娘と接する機会も多いから、そうしたトレセン学園生徒向けのサービスをしているお店も多いし、神社も快くウマ娘を出迎えてくれる。
もちろん他の地域がウマ娘を差別しているとか迫害しているとか、そういう話ではない。街の都市計画というハードの側面と、周辺住民の厚意というソフトの側面の双方からトレセン学園――ひいてはウマ娘が支えられているのがこの街だ。
近場に東京レース場が存在するというのも大きいだろうけどね。
「街づくりからして学園の周辺であったり……後は、レース場の近くとかでしょうか。そういうところは景観からして違いますよね、やっぱり経済効果などを鑑みてなのでしょうか?」
地方レース場は、地方の一部事務組合に属することからその上部には地方自治体が鎮座する関係上、地方財政に寄与する一方で、トゥインクル・シリーズのレース場は全部URAの管轄なので、レース場の中で出たグッズ販売とか飲食店等のテナント売上などはURAの下に集まる。その利益の多くはウイニングライブの開催費用やグッズの開発費等でファンに還元される形となるが、国営の事業であることから売上の1割程度は国庫にそのまま納付される、と資料室の書類には書かれていた。
そうしたファン還元と国庫納付以外のお金でURAという団体は運営がなされていることから、否応なしにそのレースという興行全体での事業規模というものが大きいことが分かるだろう。
しかしそれだけでは、例えば福島とか新潟にレース場があるのに、その収入は国庫に納められるだけで県や市に何も還元が無いか、と言えばそういうわけでもない。補助金があるかとかそれ以前に、地元のファン以外も当然ウマ娘の活躍を見にレース開催日には訪れるので、彼等の宿泊費用とかで地元経済の活性化には間違いなく繋がっている。また他ならぬ私がそうなのだけれども、競走ウマ娘自身もその地元で遊ぶという機会も提供できる。
で、著名なウマ娘というのはインフルエンサーであることも多いから、そうやって訪れた場所をSNS上にあげれば、レース場以外の観光スポットの集客増にも繋がるという循環が生まれるのだ。
……だからこそ、レース場周辺というのは基本ウマ娘に配慮した街づくりがなされていることが多い。
しかし、そうした社会行動的な『必要性』の観点とは違う視点をシンボリルドルフは有していた。
「……そうだね。サンデーライフの言うお金の面も、もちろんあるとは思うけれど……。例えばこの府中の市長は、ウマ娘なのは知っているかい?」
「そうなのですね、知りませんでした」
「私も話したことは数えるくらいしかないから、あまり詳しくは存じ上げないけれども、我が学園のことをよく考えてくれるとても良い御方だよ――」
……この話は完全に盲点であった。そもそも市長とかのレベルの地位にウマ娘が居るのね。そりゃ施政からウマ娘に寄り添った形になることもあり得るねえ。
そして深く聞けば、地方自治体レベルであれば行政府の長にウマ娘が就任することも珍しいが全く無いことではないみたい。ウマ娘であることを隠したりするパターンも多いので実態は掴みにくいとのことだが。
で。ここまでは前置きなのだろう。彼女は用があるから私を探したのに、まだそれに類する話が一切出てきていない。
シンボリルドルフは一旦話を区切ってから、ゆっくりと話し出した。
「……4月のファン感謝祭で行った『ウマ娘ボール』のとき、サンデーライフは『この景色が見れただけで充分』と、そう言っただろう?」
「ええ、そうですね」
河川敷を照らす夕陽の光が、逆光となってシンボリルドルフを照らす。
「……あの言葉。ずっとどういうことか考えていたのだが……。
テイオーがティアラ二冠にエリザベス女王杯、ディープインパクトが無敗三冠を獲ったことで、ようやく朧気ながら分かってきたよ。
――サンデーライフ。君は今の結果を読んでいた、ということだろう?」
言い逃れはいくらでも出来た。あの4月の場面でも既に『無敗ウマ娘』同士の衝突という形で大盛り上がりしていた。そしてテイオーがティアラ路線に転換したことは完全に私の想定外である。
テイオーが実力者であることはシンボリルドルフであれば百も承知のことだろうし、少なくともそのテイオーがかなり意識していたという一点だけでもディープインパクトの異常性は事前知識ゼロだとしても分かることなはず。
否定自体は出来た。が、それをシンボリルドルフが信じるかどうかは別の話なために私は曖昧に濁す。
「……さあ。どうでしょうね?」
「……そこでこちらに投げかけるということは、私が言う言葉も大体君は分かっていそうだね。でも、改めて聞こうか、サンデーライフ。
以前――昨年の夏の終わりに君が障害転向とURAへの非公式の抗議を頼みにきたとき、私は君の生徒会への勧誘を『クラシック級ウマ娘』だから判断を保留とした」
「……ええ、覚えております。そして、今の私は『シニア級ウマ娘』……」
「そうとも! であれば、話は早い。
サンデーライフ、是非とも我々の――」
私はシンボリルドルフが全てを告げ終わらない内に、無理やり言葉を差し込んだ。
「――シンボリルドルフ会長。
……どうして、私……なのでしょうか?」
私が規定した分水嶺はここである。
即ち、この質問に対してのシンボリルドルフの答えこそ、私にとっては今後を左右する重大な代物であった。
そしてシンボリルドルフは、これからの一連の会話全てが次の一言に集約されているということに――気付かなかった。
「――それは無論、サンデーライフ。君が優秀で、他のウマ娘には無い知見を有しているからだ。君の才覚を我が生徒会で是非とも生かして欲しいと私は願っている。
……百駿多幸、全てのウマ娘の幸せのために――我々に力を貸して貰えないだろうか?」
……。
うん、シンボリルドルフに評価されていることは分かったし、それは本来とても光栄なことである。
だけど――
「……シンボリルドルフ会長なら、私にいくつかの企業オファーが来ていることはご存じですよね?」
「それは、知っている。芸能事務所やメディア関係から……だったかな?
だが生徒会役員はそれらと異なって、競走ウマ娘を続けながらでも問題ないはずだが……」
「いえ、そういう問題では無くて、ですね……。
あれらの企業はですね……私の人気や知名度ではなく、単純に私のスキルを買ってくれたところもあったのですが――そういうところってほぼ例外なく小規模のベンチャー系だったのです。国内外問わずで、ですね。
そしてそれらの企業群とシンボリルドルフ会長の申し出は、共通点がございます」
宝塚記念の後で葵ちゃんから知らされた私に対する企業オファーの存在。多くは広告塔としての役割や、芸能界入りを企図したものばかりであったが、その中で能力を見て青田買いしようとしていたところもあるにはあった。
そして私としては、前者の私の知名度目当ての企業よりも、能力を見てくれている相手の方が……受け入れがたい理由がある。
自分のことを正当に評価してくれる可能性が高いのにも関わらず、それらを忌避する理由。会社の規模が小さいからではない……間接的にはそれも影響しているかもしれないが、その訳は――。
「私のことを『優秀』だと判断していて――その上で、私という人材を欲している、その構造自体に私は懸念点を抱いております」
「……どういうことだい、サンデーライフ?」
おそらくシンボリルドルフは意識したものではないだろうけれども、威圧感が剥き出しとなる。私はそれを全く意に介さないという仮面を被ってこう答える。
「会長は『他のウマ娘には無い知見を有している』……とおっしゃいましたよね? それはつまり生徒会役員として『私にしか出来ない役割がある』――とお考えであることに相違ないでしょうか?」
「……そうだ。だからこそ――」
「いえ、そこが肝要なのです。……本当に全てのウマ娘のことを考えるのであれば未来の生徒会のためにも――『誰にでも出来る』業務だけで生徒会の仕事は回せる方が望ましいのではないか、と愚考いたします。
会長……いえ『シンボリルドルフ』というウマ娘は、この先未来永劫に渡って永遠に『生徒会長』であり続けるおつもりですか?」