強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
シンボリルドルフとのお散歩は、結果的には本当にただのお散歩になった。だから、あれを経て今のところは何も変化はない。
けれども表面的な変化が無いことは、停滞を意味するわけでは必ずしもない。とはいえ、表層から激変を繰り返している私が言ったところであまり説得力はないかもしれないけどさ。
改めて言うことでもないとは思うが……何だかんだ私は最初の頃から変わったとは思っている。それがどういう変化かを端的に言うのはちょっと難しいが……『視野が広がった』とでも言えば良いのかな。あるいは、余裕が出来たとも言えるかも。
前走・信越ステークスの勝利は、最初期の私では考えられない勝利であった。……いや、勝利以前にそもそも出走判断の時点から当時の私では考慮すらしなかっただろう。
たくさんの人の『想い』を今の私は背負っている。その『想い』の力が私を強くする……とまでは言わない。それだけで勝てるなら一番人気の子がずっと勝ち続けてしまうのだから。『想い』の量や質に比例して強くなるものではない。
でも。私が今でもこうしてトゥインクル・シリーズで走り続けている『事実』の方には、少なからず『想い』があったからこそなのだろう。
アイネスフウジンの『想い』が無ければ私は信越ステークスに出走していなかったように。
共に走るウマ娘たちとの『想い』が無ければ、きっと私は宝塚記念の後に引退していただろう。
ファンの『想い』が無ければ、その宝塚記念に出走することも叶わなかった。
そして、葵ちゃんの『想い』が無ければ、私はきっとGⅠに届く前に早々とトゥインクル・シリーズに見切りを付けていたと思う。
まあ。何が言いたいかと言えば、レースってやっぱり楽しいってことかな!
……文脈が繋がってない? 楽しい時の人間の思考回路なんてそんなものでしょ。ロジックを巡らせて楽しいこともあるけれど、理由なんて無くても楽しいってことはあるし、それを下手に理屈で理解しようとするとかえってつまんなくなることすらある。
そりゃ前にも言ったけれども、理屈でガチガチに固めるタイプな私だけどさ、感情的に動くことだってあるもん。
ということで、そろそろ前走・信越ステークスから1ヶ月程度経つので葵ちゃんとともに次走の選定作業に入る。この作業をするとき、いつもハッピーミークは自主トレをしているけれども、これって葵ちゃんとハッピーミークが示し合わせてくれているのかな。そうだったら申し訳ない。
「どうでしょうか、葵ちゃん。直近ですと11月末のGⅢ・京阪杯がスプリント路線ですし、あるいは12月に入れば待望の長距離路線である3600mのステイヤーズステークスもありますが……」
というか11月後半のレースはまた重賞供給不足の時期に突入しておりGⅠ以外のトゥインクル・シリーズ重賞レースの内、シニア級が出走可能なのは京阪杯のみである。
え、GⅠ? マイルチャンピオンシップやジャパンカップに出ろ、と? ……ナイスジョーク。
というか何ならステイヤーズステークスも、史実メジロブライト号の勝鞍だし、今までの対戦相手の中でもゴーイングスズカやエルノヴァなどと再戦となる可能性がある。まあ京阪杯も距離変更前の中距離時代には、イクノディクタス号が勝ったりしているからもう逃げ場がほぼ無きに等しいんだけどさ。
しかし、葵ちゃんはにこにこしたまま私が次走に悩む姿を眺めている。
「……どうしました、楽しそうですね葵ちゃん? って、前にもこのレース選定の時間が好きって言っていましたっけ」
確か担当ウマ娘とまるでトレーナー同士でするような話が出来るとは夢にも思わなかった、みたいなことを前に言っていた気がする。障害競走の連闘前のときだったっけ。
「あ、えっと、それもあるのですが……。
12月の話をするのであれば、サンデーライフにぴったりのレースがあるじゃないですか! それをど忘れしてしまっているのが可愛いなあって……」
……この葵ちゃん、段々私の口先話術がうつってない? まあ付き合い長いから口調が少しずつ寄っていくことはあるかもしれないけれども、よりにもよって相手によっては人を誑かせているように見える私のそれが似るのは、ちょっと思うところがある。というか私は意識してやっているものを、無意識に出してくるから葵ちゃんもハッピーミークも底知れなさがあるのよね。
でも、これはこれで面白いから私は指摘しない。私だけにそういう口調をして……みたいな独占欲まみれの言動もする気は無い。
私の次の担当の子の恋愛観が実に心配になるけれど、実際しばらく私は引退するつもりが無いから、この調子でどんどんと感性がバグっていくだろう、きっと。
……まあ、そんな葵ちゃんに私が本気で恋に落ちる日が来たら。その時は……きっと再びの『関係性の再構築』を迫ることになるだろう。
案外、担当ではなくなって私が卒業したとしても、普通に友達やっている感じもあるけど。
あるいはそのまま疎遠になって思い出となってしまうこともあるかもしれない。それもまた人との関わり方の1つの形としてはあり得ることで……未来は不確定なのだから。
どんな結末が訪れるとしても、あの時は楽しかったと言えるような……そして願わくば今日これまでに関わってきた人たちのことを死ぬまで忘れずに覚えていられるような鮮明で輝かしい日々を毎日刻んでいくことこそが、私に今できることである。
……と、まあ。ここまで良さそうなことを考えて思考放棄していたけれども、肝心の葵ちゃんの問いかけであるところの『私にぴったりのレース』というのがどうにも心当たりが無い。
「まさか、宝塚記念以来のグランプリレース――ファン投票を利用して再びのGⅠの舞台、有馬記念を狙えなんて言わないですよね?」
今年の有馬記念は既にディープインパクトとトウカイテイオーの出走がほぼ確定している状態で、そこに私達の世代や更に上の世代がシニア級の本流路線として更に加味される状況……端的に言えば私が出走したときの宝塚記念の面々に先のクラシック級の2人が追加されるような盤面である。
そして、宝塚のときのようなメンタルトレーニング、みたいな理由はもう無い。実力が伸びてきているとはいえ、あまりにも時期尚早だ。
このカマかけに葵ちゃんは次のように答えた。
「いや、部分的には合っていますね。
そう――『グランプリ』。サンデーライフ、もう一度よく自分のこれまでの行動を見つめ直してください。
……年末のグランプリ。有馬記念以外に心当たりが1つ……ありますよね?」
「……ああ、そういうことですね葵ちゃん。ふふっ、まさかここでこのレースの名が出るとは夢にも思いませんでした。
――『名古屋グランプリ』、ですか」
そう言えば葵ちゃんは大きく頷いた。
ローカル・シリーズの地方交流重賞で格付けはJpnⅡ、そして名古屋レース場のダート2500mのレース――それが名古屋グランプリ。
かきつばた記念での落鉄という雪辱を果たすための再びの『名古屋』の舞台。
……何より。
クラシック級2月のとき――実に2年近く前から一般向けには私の『目標レース』としてずっと周知されていたレースである。
あの時、私は中央から出走可能なダート重賞の中で最長のレースという、私の適性を鑑みたときのそれっぽさだけで選んだレースでしか無かったが、ここに来て葵ちゃんはそのリップサービスの域を出ないはずだったレース名を、シニア級1年目の最後の総決算に位置付けてきた。
……でも。言われてみれば確かに。
ジュニア級から始まった3年間の旅路を締めくくるレースとしてはこれ以上に私にとって相応しいものも無かった。
勿論、これから先もレースに出続けるつもりではあるけれど。さりとて3年間というのはやっぱり1つの節目ではある。学生という意味合いでも『3年』を一区切りと捉えるのが一般的だろうし、あるいは何だかんだ言ってもアプリの育成期間が3年間という部分にも準拠する話でもあろう。
だからこそ葵ちゃんからも。
「……『名古屋グランプリ』が終わったら、一度簡単に今後についてお話しましょう! 去年は阪神での障害レースの後に控え室でやってちょっと慌ただしくなっちゃったので、きちんと落ち着ける場所を取りましょうか」
「おおー、葵ちゃんも事前にアポイントを取ってくれるようになるとは成長しましたねえ。となると、『名古屋グランプリ』の具体的な日程はどうなるでしょうか……って、わお」
タブレットに事前にダウンロードしてあるURAおよび全レース組合の日程情報のpdfファイルから、愛知県のレース組合のものを開いて今年の4月に公示された本年度の年間興行を見直す。
ローカル・シリーズレースの交流重賞はトゥインクル・シリーズとの差別化のために平日もしくは土日以外の祝日に開催されることが多い。なので、日程の選択幅がそれなりにある。
だからこそ、この『名古屋グランプリ』の日程は偶然か、あるいは必然か。
そこに書かれていた日付は――12月24日。クリスマス・イヴであった。
今年最後のレースが対外的には私の目標レースでクリスマス・イヴに実施される……いやー、流石に出来過ぎた話なんだけどさ。アプリの2020年ルールからは外れているけれど、あれって厳密な基準という訳でも無いからなあ。
別の側面から見れば、実際のところ史実の名古屋グランプリも24日開催は何回かあったから、全くあり得ない話でもないわけで。
「……ということは、葵ちゃん? 面談は翌日のクリスマスの夜とかになりますかね? どうせ年末ですし冬休みに入っていますから、1泊は実費で泊まって名古屋で3泊しましょうか?」
本来では23日現地入りで24日レースで、25日が移動日……なのだけれども。25日に慌ただしく新幹線で移動するくらいなら名古屋でもう1泊するのもありかもしれない。そこで腰を落ち着かせてゆっくり葵ちゃんとクリスマスのディナーを楽しみながらの今年の振り返りをする……どうだろうか。
「……良いですよ。なら26日は私も有休を取って完全に休みにしちゃいますね。それとサンデーライフの分の1泊分のホテル代は私がお支払いしま――」
「……ダメ、です葵ちゃん。でも……その代わり。
素敵な聖夜を期待していますよ、ね?」
今年のクリスマスは葵ちゃんを独占しちゃいます。どんなディナーを用意してくれるのだろうか。
……まあ、ハッピーミークに事前説明はするけどね。
*
12月24日の名古屋グランプリに向けて情報収集を行う。このレースの格付けはJpnⅡ――厳密には異なるが、大雑把に言ってしまえばGⅡ相当である。
しかし、私はGⅡの出走経験は皆無。重賞レースの出走は唯一宝塚記念を除けば全てがGⅢ、ないしはJpnⅢのレースであった。
だからレベルの高い相手が来るかもしれない。勿論、年末にはGⅠがひしめいているからかなり分散されると思うが、今回は出走登録を行う前に、既に動向を明らかにしているウマ娘も多いので、このダートの舞台に来そうな有力ウマ娘をチェックしていく。
まず日本最長のダート重賞ということで、兎にも角にもこの世界で競合したら一番ヤバそうな雰囲気があるのは、メジロマックイーン。春の天皇賞だけかっさらってさっさとダートに舞い戻ってきたこの『ダートの名優』は、テイエムオペラオーが獲得した秋の盾には目もくれずに金沢の白山大賞典からJBCクラシックという地方ダートの中距離路線ローテを邁進していたので最も怖い相手である。まあJBCクラシックは落としていたが。
そんなメジロマックイーンの次走予定は既に公表されていて――東京大賞典。
……セーフだけど、トウカイテイオー出走がほぼ確定している有馬に行かないんかい!
更にダートの長めの距離でヤバい相手と言えば、スマートファルコン。メジロマックイーンとのJBCクラシックの激闘で1着を取った相手がこのウマ娘である。地味に私とぶつかったかきつばた記念の2レース後の帝王賞でもマックイーンと対戦経験があるんだよね。そこではフリオーソが勝利していたが。
そのJBCの後にJpnⅡの浦和記念を直近で挟んだ後に12月に出るレースの予定は――東京大賞典。こっちもセーフ。
で、名前が出てきたので連続して見ていくがマックイーン・スマートファルコンのダート界の2強……かと思いきやそれを破ったフリオーソもまた、次は東京大賞典の予定であり、神回避が連続する。
そしてスマートファルコンが出たなら同じかきつばた記念出走組としてアグネスデジタルも忘れてはいけない。デジたんは宝塚記念でも一緒に走ったが、その後は日本テレビ盃でスマートファルコンとも再戦を果たしたり、JpnⅠのマイルチャンピオンシップ南部杯で私がかつて戦ったトウケイ姉妹を始めとする盛岡勢に揉みくちゃにされたり、秋の天皇賞では史実と1年ずれの完全体オペラオーと激突したために惜敗したりと、物凄いドラマを産み出していた。
そんなデジたんの12月レースは――有馬記念。まあGⅠ行くよなあ。
そしてデジたんが揉まれた盛岡の刺客であるトウケイフリート・トウケイニセイ姉妹。クラシック期に鳳雛ステークスで私がボコボコにされた相手である。あの頃は歯が立たなかったが、今なら……いやー厳しいねえ。そして地方所属ウマ娘は『地方他地区所属』枠で中央トレセンとは別枠で出走枠が確保できるのでかなりの怖さがあるが、そんな2人も運よく出走予定をSNSで出していた。
曰く――地元の『桐花賞でメイセイオペラ会長に挑む』ということ。桐花賞とは盛岡トレセン所属ウマ娘限定のファン投票のグランプリレース。向こうの有馬みたいなやつである。良かった、地元でヤバい決戦をやってくれるならそれは助かる。
また、デジたん繋がりでもう1人――クロフネ。実は私の同期で昨年のマイルチャンピオンシップの覇者である。……まあ昨年クラシック期に秋の天皇賞に出られなかったわけだが、私の同期の魔境に飲まれたために単純に収得賞金が足らなかった形である。ある意味、アグネスデジタル育成イベントと同じ形よね。
ただしクラシック期に引退することなくそのまま現役を続行する形で今年の秋の天皇賞には無事出走できた。……まあアグネスデジタル共々、完全体オペラオーにボコボコされたわけだけど。
で、そんなクロフネは――マイルチャンピオンシップの2連覇を狙うとのこと、セーフ。
更にかきつばた記念組でもう1人、メイショウモトナリ。落鉄騒ぎで完全に結果が私の頭から飛んでしまっていたが、あの時スマートファルコンに続く2着であった実力者である。
とはいえ彼女はどちらかと言えばダートのスプリント路線のウマ娘だから『名古屋グランプリ』では競合する恐れは薄いだろうと思いチェックしたら――名古屋グランプリの1日前に行われるJpnⅡのダート1400m・兵庫ゴールドトロフィーで距離は予想通りであったが、日程とグレードはかなりニアミスしていた、危ない。
ダートが走れるという意味合いではアイビスサマーダッシュで出会ったタイキシャトルも長距離に来る懸念は少ないが、来たらヤバい相手ではある。しかし彼女は本年の出走予定をアイビスサマーダッシュ以降は公開していなかったし出走もしていない。……まあ史実ローテは終わっているから、年間数戦の調整をあそこに合わせてきていたのかもしれない。来年以降は海外の直線レースを再び狙いに行ったりするかもね。
あるいは上の黄金世代でダートが走れる相手となると……エルコンドルパサーか。黄金世代は謎に私への評価が高めなので、万が一を鑑みてチェックするけど……やっぱり有馬記念だった。
逆に私の同期で芝・ダート兼用ウマ娘なら、オグリキャップが居るけど彼女は去年の有馬覇者だから、今年も必然――よし、こちらも有馬記念。
後は、路線変更があるかもだし昨年の東京大賞典組も一応見ておこう。確かマックイーンが3着だったはず。
1着、カウンテスアップの12月の予定は公開……されている。彼女の次走は南関東所属ウマ娘限定の東京シンデレラマイル……って東京大賞典じゃないじゃん! 南関東のレースに行っていたから良かったけどさ、東京シンデレラマイルは12月30日開催だから日程的にはワンチャンこっちに来ることもあったことを鑑みると、首の皮一枚だ。
それで2着はアブクマポーロか。……良し、こっちは普通に東京大賞典だった。
ということは、今まで一緒に走ったことがあったり、あるいはその関係者近辺でダートで長距離走れそうな子は大方見繕った。
他の子は、まだ予定の出てない子たちも多いけれども……これは決めて良いだろう。
「行きましょう。私達の『夢』――『名古屋グランプリ』へ」
そして翌月――12月の半ば。
クリスマス・イヴの『名古屋グランプリ』に出走申込をした中央所属のウマ娘が掲示された。地方ウマ娘も含めた全体メンバーを含めた出走の確定は直前に行われるので、そちらはギリギリまで窺い知ることは出来ない。
その中には、関わりがよくあった見知った子の名がまず1人、インディゴシュシュ。
私が勝利した1勝クラスのレースにて、加害ウマ娘として審議対象となった子。あの時、審議結果が出るまで出走した全員で彼女に寄り添っていたが、確かに私はあの子に励ます意味も込めて勝利した者の責務として、こう告げた。
――インディゴシュシュさん。次はオープン戦で会いましょうね。
……彼女はあれから1年以上かけて、本当に約束を履行しに来たのである。地方重賞だからオープン戦よりも格式は上だけど。
うん、これ自体はとても良いことだ。
……問題はここから先。同じように中央からの枠を使おうとしているウマ娘の名前がもう2人。
ヴァーミリアン。
そして――ハルウララ。
いやー……ヴァーミリアンも充分ヤバいんだけどさ。
ここで来ちゃったか、ハルウララ……。
私以上の特異点の存在。
そうだよね、アイネスフウジンと私の間にある種の特別な関係があったようにさ。
葵ちゃんには、ハルウララのトレーナーさんとの関係があったねえ。そしてハッピーミークは意図的にハルウララにぶつけていたのに一向に私は来ないとなれば、ハルウララも気にはするよなあ。
しかも、同室のキングヘイローが私と走っているとなれば余計にだろう。
でも。
2年前、画面の向こう側で有馬を勝った相手――この世界で『相手が全世代だった』ことを真に知らしめたハルウララこそが、私のこれまでの旅路の総決算となるというのは、ある種必然なのかもしれない。