強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
――思えば、メイクデビューでは。私はスーパークリーク相手に8バ身差を付けられての惨敗から始まった。
「まずは内からインディゴシュシュがハナを取ります! 続きまして、2番人気サンデーライフを含む3人の集団となっております」
そこから始まった長い未勝利戦の旅路。最初はネームドに勝てる気すらしなかった。
テイエムオペラオーとの戦いで私は『全世代バトルロイヤル』であることを知り。
メジロマックイーンとの戦いでは、私の知る脚質や適性の通りに出走して来ない相手が居るのも知った。
……どちらも今、私から見て2バ身、3バ身後方に付けているハルウララ。彼女が芝の長距離で一度世代の頂点に君臨したことに繋がる話だ。
「――その後ろにはハルウララ、内にはミツアキサイレンス、更に後方にヴァーミリアンといった隊形になっております。どうでしょう、この展開?」
「各ウマ娘順当に自身の得意な脚質で勝負するようですね。『条件不問の王子様』という綽名を有するサンデーライフも今日は得意の大逃げではなく先行策、となれば終盤までは安定したレース展開が予想されるでしょう」
そして長くお世話になることになる新潟の舞台が私の3戦目。あの時は『新潟の1000m直線ならコーナースキルが使えないでしょ』みたいな安易な考えで臨み……そこで、ゴールドシチー相手に1000mで5バ身差という大敗を喫した。
そのときレースではゴールドシチーとは大きく関わらなかったが、レース外で彼女は何だかんだ友達として接する機会はあったし、モデルと競走ウマ娘で忙しいはずなのに東京レース場に観戦に来てくれたこともあったね。
そんな直線レースをもう一度出走した――アイビスサマーダッシュでは、1着との着差が9バ身に広がったりもしたが、あれはカルストンライトオによって日本レコードが飛び出たレースで例年のアイビスサマーダッシュでなら1着に充分手が届くような自信を与える9バ身差だった。
……最初の頃のゴールドシチーとの5バ身差というのは、私はずっと遠いように感じていたし、けれども思っていたよりも早く届くことのできる長さだった。
名古屋レース場の直線は短いが最初はポケットからのスタートなので、今日のレースで最も長い直線はこのスタートの直線である。
「各ウマ娘順位の変動はほぼ無いままに、1周目の第1コーナーへと差し掛かります」
おそらく中央・地方どちらを含めたとしても、有数のキツい曲がりのカーブ。
小回りという意味では函館のレース、技巧という意味では中山のレースが、未勝利時代の私の壁としては懐かしさのあるものだ。
中山ではリトルココンに出会い、技術で負けてフロック勝利へのヒント――つまりは後に続く『大逃げ』への思考回路を手に入れた。あの頃の私は技術不足のウマ娘だったのだ。今の『策士』とか呼ばれている現状から鑑みると、多分今の私しか知らない人にそんな話をしても信じてもらえないだろう。……こうして考えると随分と成長したなあ、と感じる。
一方で函館では、メジロパーマーを始めとする4人の重賞ウマ娘に競合するというとんでもない事態が起きたこともあった。今になって考えてみても、あの時のレースって重賞クラスの難易度があったよなあ、と内心苦笑い。
とはいえ、私が走ってきたレースに簡単なレースは殆ど無かったと言っても良い。
更に、コーナーを利用して後方をちらりと確認すると、差しにヴァーミリアンとハルウララの姿がある。
後方のウマ娘に襲われる展開が幾度となくあったけれども、ダートの舞台での例を挙げるとするならば……マヤノトップガン相手の未勝利戦、私が初勝利を収めた京都レース場の1200m短距離レースかな。
あの時。大逃げをしていた私は最後方に陣取っていたマヤノトップガンを視認することができなかった。けれども、天性のレース勘を有するマヤノトップガンは、大逃げのウィークポイントである『追込』を選択したと決め打ちした。
重ね重ねあの頃の私は無策であった。今だったらマヤノトップガンが後方からの直線一気を狙うなら、それに合わせて自分自身のペースを大きく落として終盤に備えただろう。でも当時に出来ていたことといえば、内から抜かれないくらいに膨らんで抜かされるのを阻害するみたいな小手先の技……って、こういう小技は今でも使ってるか。
今にしてみれば粗が目立つレース。しかし、それでも私の初めての勝利はあのレースであって。そして、マヤノトップガンはそれから急激に飛躍を遂げた。
「先頭はインディゴシュシュが悠々1人旅。そこから3バ身から4バ身離れてドラグーンスピア率いる先行集団となっていますね」
「この隊列のままレースは澱みなく進行していくでしょう」
1人旅を後ろから眺めるレース展開は、阪神レース場での1勝クラス――バンブーメモリー戦のことを想起する。あの時は逃げのバンブーメモリーの更に先を行く『大逃げ』ウマ娘の存在があった短距離戦。だから今のインディゴシュシュの逃げ1人とは違う。けれども初めて『大逃げ』をされる側に立ったレースだった。
ただあのときは差し選択で、明らかに後方有利の展開の上に、垂れてきた先行集団は内に空きスペースを作ったという全てが私にとっての追い風となった展開……それでもバンブーメモリーには届かなかった一戦。
あれだけ偶発的な事象に恵まれても勝てなかった私は今。JpnⅡという大舞台のレースの2番人気として走っている。
あるいは、前を走るインディゴシュシュというのは三条特別の展開そのままだ。そう言えばあの時もインディゴシュシュは逃げの単走で、私は先行だった。ダイサンゲンとエルノヴァが結局届かず私が前残りで勝利を掴んだ――今になって思えばPre-OP戦ならではのレース展開だった。
そしてその三条特別は新潟レース。やっぱり私って新潟と名古屋の縁が深い。他には福島や札幌、あるいは阪神とか? 逆に小倉レース場などは一度も走っていないなあと今更ながらに考える。高速展開になるから未勝利やPre-OP戦のときにフロック狙いをしても良かったとは思うけどね。
「向こう正面に入りまして、1番人気ハルウララは中団後方からのレース、これをどう見ますか?」
「脚質に合ったレースが出来ているのではないでしょうか。ダート戦において長い距離を走るのは初めてではありますが、芝のステイヤーとしての経験をしっかりと活かせていると思いますよ」
……ハルウララ。
彼女の名前は、恐らくあらゆる競走馬の中で最も知名度を有すると言って差し支えないだろう。ウマ娘世界においてはトゥインクル・シリーズを志すウマ娘の1人であるが、史実においては高知競馬の所属――地方競走馬である。この高知競馬場ごと高々1頭の競走馬が文字通り救うことになり、そしてそんな偉業を成し遂げた馬が0勝というのだからとんでもない話である。
有馬記念を獲っても、イギリスやドバイと海外遠征を行う芝のステイヤーとダートスプリンター兼用という一流ウマ娘に変貌しようとも、そもそも史実の物語のインパクトを覆せないし――何より少女・ハルウララのその魂は確かにハルウララのままであった。
この世界におけるローカル・シリーズレースが、決して中央の下位互換ではないことを証明するウマ娘達を私は知っていた。彼女たちの名はトウケイフリート、そしてトウケイニセイ。このトウケイ姉妹になす術もなく惨敗したのが鳳雛ステークス。……中央のレースである。
盛岡の2人の姉妹は確かに中央に通用する実力があることをあのオープン戦で証明した。そして私も地方重賞という形ではあるが、そのローカル・シリーズレースの活気を現在進行形で享受している。
「各ウマ娘1周目の第3コーナーカーブへと入ります」
「ここまでのタイムは51秒6ですか。僅かにスローペースと言えるでしょうが、ほぼ例年通りの展開ですね」
名古屋レースの直線は地方レース場の中でも最も短い。だから、走っていてもすぐに直線が途切れてしまう。
同じように、直線が短くすぐにカーブに入るコースと言えば札幌レース場。とはいえ、札幌はカーブがかなり緩やかで長く相対的に真円に近い形をしているから全周ごと短い名古屋とは形状は全然違うけれども、短い直線に苦しめられたという点では既視感のあるものだ。
そんな短い直線でかつ長距離の経験と言えば、何と言っても『阿寒湖特別』だ。芝・2600mの舞台にてファインモーションとマンハッタンカフェ――後に『阿寒湖の絆』という風にファインモーションが呼んでいる私達3人のレースは、正直あの時点では勝ち目の無いレースであった。
ただし同時に得られるものも多かったレースだったと思う。
先行で好位に付けてラストスパートのまま堂々勝利する王道のレース展開の強さをそのまま魅せたファインモーション。
逆に、最終コーナーで一時的に順位を落としてからの直線一気での巻き返しという私の戦術の1つにもなっているこれを最初に使ったのはマンハッタンカフェで。
また、同様にスリップストリームや、『伸び脚』の原型が生まれたレースもこの阿寒湖特別だ。
5着ではあったが、きっと成長という意味で最も大事なレースは阿寒湖特別だっただろう。
そんなことを考えつつ、私はキツいカーブで先行2人に前を一時的に譲って減速して、内に居る子の後ろに付く。……もちろん、これはスリップストリーム。
「……おっと、第4コーナー付近で先行集団に動きがありましたね。サンデーライフが順位を落としまして、後方の内側に入りました。……これは、どうでしょう?」
「カーブで減速した、というのもありますが、今は順位よりもしっかりと内を確保しようという意識の表れでしょう。コーナーでの走法にも定評がある子です、必ず狙って減速していると思われます!」
ホームストレッチ側に戻ってきて観客席からの歓声が徐々に大きくなってくるが、今日のレースはもう1周ある。
このファンの歓声を勝者として浴びた経験は私はあまり多くない。その数少ない経験の内の1つに、3勝クラス・『清津峡ステークス』もあった。
あのレースも私の重大な転換点の1つ。……だって、あそこで勝ったからこそ――
直線へと入り、私は葵ちゃんを一瞬だけ視認する。走っているから観客席に居る彼女の表情は読み取ることは出来なかったが、しかし――今の私達の意志疎通には表情すら不要であった。
「さあ既に2周目に入っておりまして、先頭のインディゴシュシュがゴール板の位置を通過、次いで2バ身から3バ身離れて先行集団と続いており、全体では20バ身程度でしょうか、縦長の展開となっております」
「後方のウマ娘が差し返せるのか気になる開きです」
ファンの歓声を背負って私達は進む。そんなファンの在り方が私の中で変質したのが障害レースだろう。
メジロパーマーと戦った福島での障害未勝利2戦目。あれが無ければ私は『王子様』と呼ばれていなかった。そしてそこに起因するティーン女子層などのライト層人気が無ければ、私はこの場に居ることは恐らく無かったのかもしれない。
あまりSNSなどを通じてファンとの交流を行う私では無かったが、それでも宝塚記念出走を勝ち取ったのは紛れもなくファンの力によるものだ。多くを還元することは無かったけれども、そうしたファンに支えられてきたという側面も確かに私の中には根付きつつあった。
そしてその3戦の障害転向こそ、私のシニア級での走りに多大な影響を与え、今の重賞戦線で勝負出来るだけの自力、そして障害3戦目でほぼ作戦通りの危なげない勝利を遂げたことで自分自身の実力に対する自負が生まれた。
「……おっと、中団後方のハルウララ、やや位置取りを上げています。そのハルウララから4バ身ほど切れる形でヴァーミリアン。この名古屋グランプリで優勝歴があります笠松の古豪・ミツアキサイレンスはこの位置に控えておりますね――」
シニア級になっての初戦は白富士ステークス。芝・2000mというチャンピオンディスタンスで私は8着。しかし順位の割に混戦であったレースで、1着コイントスとは4バ身差。中距離の根幹距離で得意とするウマ娘が多い中での『オープン戦4バ身』は間違いなく、今までとは違う手応えを感じさせるものであった。
……後方をちらりと確認すると、ハルウララが差し集団から離れて先行組の一番底に控えていた私の後ろに迫ろうとしていた。
――流石にバレたかな。いや、それともレースセンスによるものか、あるいは無意識か。どれかは分からないが、ハルウララが動きを変えてきたのは確かであった。
でも今日の私は何もせず、大人しく前を走る子のスリップストリームの恩恵に預かり控えているだけだ。最前を突き進むレースのように、色々と仕掛けてはいない。
……まあ『何もしない』ということが『無策』であることを意味しないけどね。
「――しかし、ここまでインディゴシュシュはかなり落ち着いたペースで走れていますね。逃げの単走ですからのびのびと走れるとは思いますが、それにしても上手くスローペースに持ち込んでレースを推移させております。前半は平均ペースに近い動きでしたので、縦長の展開になっているのも彼女に有利に作用しそうですよ」
私が何もしないということは、インディゴシュシュが気兼ねなく走れるということ。今日のレース、有力ウマ娘は軒並み『差し』を選択しており、逃げの彼女に影響を与えられる高人気のウマ娘は2番人気の私だけ。
そんな中で私は序盤から圧力はかけずに、中盤以降は先行2人に埋もれてスリップストリームに入った。だから中盤からだとインディゴシュシュは私のことをほぼ視認出来ていない。
私との約束を果たすために出走をしてきた彼女ならば、私のスリップストリームを多用する癖くらいは把握しているに違いない。だから先行の位置に最初は居たのに今は見えないという情報から脚を溜めているという結論は容易に導けるはず。
だとすれば、彼女は終盤を必ず警戒してペースを落とす――そして現に今は前半と比較して相対的にペースは落ちていた。
レース展開がスローペースであればあるほど、前のウマ娘が疲れないので最終コーナー以降で再加速して前残りする可能性が高まる。前残りということは、私も先行集団の一員であるために恩恵は受けることとなる。
現時点でインディゴシュシュの勝ち筋は、私にも有利に作用するのだ。
策がバレても、それが相手にとっても勝ち筋である以上策を崩すのが極めて難しい。
このやり口を私に見せてくれたのは、セイウンスカイで――ダイヤモンドステークスのときである。策がバレても崩せない前提で組み立てられた彼女のトリックには、私も乗るしか無かった。
まあ私の場合は、セイウンスカイの謀略に組み込まれた時点で私の高順位自体は確約されたものだったから全力で乗った……という側面はあったのだけれども、実際のところ勝利を狙うウマ娘相手にこの手口はかなり有効に効いていると思う。
間違いなくセイウンスカイのおかげで私の戦術の引き出しは増えた。元から色々考えてレースをする方ではあったけれども、明確に『策士』として本格化したのはダイヤモンドステークス以降からだと思う。
そして。インディゴシュシュがペースを落としている以上、後ろに居る子が相対的に不利となる。……それを読んで、現時点でハルウララが位置取りを上げてきたなら大したものだ。でも、どうなんだろう。ハルウララって雰囲気だけで考えると感覚派っぽそうだから、そこまで計算したレース運びをしているとも思えない。
となると、これが『王者』としてこれまでレースを楽しんできた『経験』が導き出したレース運びか。
そして実際に名古屋レース場のサイズ感からしてバックストレッチからでもゴールまでは4ハロン程度しか無いので、長距離レースにおけるロングスパートの位置調整としてならば、全くあり得ない訳でもない位置取りの押し上げでもあった。
「――2周目の向こう正面に入りまして、ハルウララがぐんぐんとペースを上げて前を行くサンデーライフの2バ身後方辺りで待機します。それに連動して差し・追込の後方ウマ娘達も徐々に差を詰めてきました!」
仕掛けるのにはまだ早い。しかし、このまま座して現状を維持したままだと、ハルウララの仕掛け方次第でどうにでもなってしまう局面だ。
……正直、入着を狙うのであれば、ここでハルウララにレースの舵取りを任せて、私はこの位置で脚を溜め続けるのが正解だ。上手くすればハルウララのおこぼれに預かって2着をもぎ取ることも出来るかもしれない。
近いレース展開はダービー卿チャレンジトロフィーであった。爆逃げのダイタクヘリオスに集団で追走してペースがぶっ壊れたというマイル戦。その中で私は『追込』を選択して実際にビコーペガサス相手に写真判定の末2着をもぎ取った。
あれは、直線一気だったからこそビコーペガサスに競り勝ったし、追込を選択したからこそ先行で強いレースを打ってきたダイワメジャーに順当に敗北した2着。もしダイワメジャーと同じような位置に居れば、彼女を下げる手立てもあったかもしれない。
そしてそのIFを私は提示された。
ここでハルウララを野放しにすれば、作戦幅が広く臨機応変な対応能力では一頭地を抜く私が有利になり、入着が安泰となるはず。
しかし一方で、それは『ハルウララに勝利する』勝ち筋の喪失の危険をはらんでいる。
この二者択一に対する答えは、私の場合はレースごとに変わることだろう。
ただし、明確な判断基準はある。
そのレースで、私の勝ち筋が残されていないなら入着の選択肢を選ぶ。
しかし、勝ち筋が別にあるのであれば――私は勝利の可能性を突き詰める。
だって『勝てるなら勝つ』というマインドなのだから。
だからこそハルウララと私の間にまだ距離があり、ハルウララも内を走っているこのタイミングで、私は外へ大きく進路を変えてそのまま加速して前の先行2人と横並びになって壁を形成する。
スリップストリームを脱するリスクはあるものの、後方のウマ娘がここを抜くのであれば私よりも更に大外を迂回する必要がある状況を作った。
*
「さてここに来てレースの展開は水面下で徐々に変わりつつあります! インディゴシュシュは少しずつペースを上げてきており、それを上回る速さで後方のウマ娘は差を詰めつつあり、縦長だった隊列が一気に近付いてまいりました!」
まだレースが3ハロン残しているように、私の旅路も終わらない。
一般的な認知度を大きく上げて、世間的には私の転機だと思われているであろうGⅠグランプリレース――メジロライアンを筆頭とする光り輝く優駿たちが一堂に会した宝塚記念。
14着というこれまでのレースで最低の戦績。しかし『アプリ実装ウマ娘』4人に先行したと考えれば、これは今の私の中で最高の戦績でもあった。
同時に宝塚以前と以後で大きく変わったのは、私が背負っているものを本当の意味で自覚したということ。
ハルウララ、ヴァーミリアン、ミツアキサイレンスとともにレースをしていること自体はいつの私だってあり得たかもしれないが。
けれども、彼女らを相手にして『勝ち筋』を模索し続けるレースが出来るという自覚と同時に――それをする『責務』を背負うようになったのは間違いなく宝塚記念前後での一連の出来事があってこそだと思う。
成長が『阿寒湖特別』で、転機が『清津峡ステークス』、自信が『障害競走』であれば。
宝塚記念とはそこまでの歩み――私の歴史を『肯定』する代物だったのだろう。
「――さあ、ここから2周目の第3コーナーに入ります。この第3、第4コーナーを抜けたその先には、もう1ハロンに満たないたった194mの最終直線しか残されていないぞ!」
……だとすれば、アイビスサマーダッシュが私に与えてくれたものは自明だ――『理性』である。
老婦人・ヘイルトゥリーズンとの出会いはその示唆だったのかもしれない。もしくはあの時、自分自身の『楽をしたい』という目標とウマ娘としての本能である『勝利の渇望』のどちらよりも私は『理性』を優先したあの瞬間に、今の私の方向性が確定したのかもしれない。
私は『策士』としての立場から『勝利への渇望』を手にすることなく新たなステージへと登る限界突破の資格を手に入れていたが、それを『理性』にて投げ捨てた。
あくまで私は、制御可能な実力でもって勝負を挑むこと――策よりも理性に重きを置くことに決めた。
多分……あの実力以上の実力こそが『領域』――固有スキルだったのだろう、きっと。
そして。その固有スキルを投げ捨てた今の私は、確かに。
――『強めのモブウマ娘』であった。
カルストンライトオという日本最速のウマ娘に、タイキシャトルとともに追い付こうとする私が居ればそれはきっと、新たな『ウマ娘』になっていただろうし、それをしなかったからこそ、未勝利戦と宝塚記念で負けたバンブーメモリーに先着できたとも言える。
「粘るインディゴシュシュ! しかし、後続は既に第4コーナーのこの地点から既にスパートをかけてきている! サンデーライフが2番手に進出して、その更に大外からハルウララ、更に後方からはヴァーミリアンがペースを上げてきた!」
「インディゴシュシュはどこまで耐えられるか、あるいは後ろの子たちの誰が前で競り合うか、全ての決着は最終直線にもつれ込みそうです」
改めて位置取りを再確認すると、私は外を回って既に前はインディゴシュシュのみ。彼女が最終直線まで先頭を維持することは出来ても、もうこれ以上加速するのは厳しいだろう。徐々に垂れるような兆候が見え隠れしている。
そんな私の更に外……大外を迂回してハルウララがぴったりと後ろをついてきていて、ヴァーミリアンも既にかなり近いところまで来ていた。
そして再び前のインディゴシュシュを見やる。そんな状況でも彼女はまだ全く諦めていないのがすぐ分かった。彼女は、ほんの少しだが明らかに意図して外に膨らんでカーブを回っていた。
何故か? たとえそれが無意味であっても、無駄な抵抗であったとしても、彼女を抜かすためには更に外を回る必要があるから後続は僅かに抜きにくくなるからだ。……そして、そうした先頭で逃げる際のちょっとだけ外に膨らむテクニック――それはどうしようもなく私が多用していたものであった。
目の前のウマ娘は、しっかりと私の技をラーニングした上で、このJpnⅡの舞台に臨んできていたのである。
……そして。それがずっと慣れ親しんだ『技』だったからこそ、私にはしっかりと見えたのだろう。
――この場における唯一の勝ち筋、『活路』が。
インディゴシュシュの内側に切り開かれていることに。
それは今日この瞬間の『名古屋グランプリ』でしかあり得ない経路だった。
まず位置取り的に加速しながらインディゴシュシュの更に内を突けるポジションに居るのが私だけ。もし私とハルウララの位置が逆だったら、この道は絶対に使えなかった――『斜行』で審議を取られるほどの急激な進路変更を伴いハルウララの走行妨害となったから。
そしてインディゴシュシュが『外に僅かに開いて妨害する』という戦術を取らなければ、その僅かな間隙は出来ていない。でも、それだけじゃない。
……名古屋レース場の形状。トゥインクル・シリーズのレース場と比較しても極めて急なカーブ。インディゴシュシュは中央のウマ娘であり、この名古屋の地方ウマ娘ではない。だからこそ、その戦術を初見の名古屋レース場で取るにはカーブがきつすぎてどうしても膨らんでしまうのだ。
それでも彼女のコース取りスキルはかなりのもので、抜かすのをためらうギリギリのラインを突いていたが、それでもきっと第4コーナーから最終直線に入る瞬間――直線に切り替わったあの僅かなタイミングで内が空かざるを得ない。
何故、分かるか? だって。葵ちゃんはコーナー育成に定評があって、私は最後の最後の練習で『コーナー』の走法についてトレーニングしていたのだから。
……葵ちゃんは、ここが中央ウマ娘のウィークポイントになることを――看破していた。
そして、湿度高めの曇りの稍重。
天気とバ場状態は、高速化しやすい下地が整っている。だからこそ少しでも前に残ろうとするインディゴシュシュは自分が想定しているよりも早く走っている。だから、ごく僅かだけど更に外に膨らむのだ。
1つ1つの影響は本当に軽微なものだったかもしれない。
しかし、葵ちゃんとの『トレーニング』が、名古屋レース場という『興行』が、湿度という『気象現象』が、そしてこれまでの『私のレース』が――全ての要素が合致したからこそ、切り開かれた『活路』であった。
加えて。キーンランドカップのときみたく。
キングヘイローのようにこの『活路』に競合する相手は、今日は居ない。
ヒシアケボノのように、先行集団でここから脅威になりそうな子も居なかった。
そして何より。この場には更に前で先行するカレンチャンが……居ない。インディゴシュシュさえ抜けば先頭に出ることが出来て、後は差しの有力ウマ娘たちとの勝負に移行する。
そして最終コーナーが終わった瞬間。確かにインディゴシュシュと内ラチの柵の間には、競走に支障の無い充分な間隔が開かれた。
「――さあ、最後の追い比べ! 逃げるインディゴシュシュ! しかし、それを内からサンデーライフが抜く……え、内から? 見間違えではありません、外に僅かに膨らんだインディゴシュシュの内をサンデーライフは見逃さなかった!
そのすぐ後ろからハルウララと、ヴァーミリアン! この3人の脚色が素晴らしいっ!」
「……いや、サンデーライフは良く内から抜こうと判断しましたね。スペース的には確かに抜けられるだけの幅はありましたが、コーナーで曲がりながらその内を攻めようというのは余程の確信が無ければ実行出来ませんよ」
「先頭入れ替わってサンデーライフ! しかし大きく外からハルウララとヴァーミリアンも共に来ている! 勝負はこの3人のデッドヒートに持ち込まれた!」
*
さて。長かった
……思えば、色々なことがあったけれど、その全部を一言にまとめるならば『楽しかった』に尽きるだろう。
――最終直線。
そこで、どうしても届かないレースはたくさんあった。逆に追い抜かれるレースもたくさんあった。
勝ったことは片手で数えられる程度しかなくて、負けた回数は……たくさん。
でも、私は弱いわけじゃない。むしろかなり上澄みのレベルではある。だけど、弱くないだけじゃ勝つことは出来ない。
それでも……。私は『信越ステークス』でアイネスフウジンを破って勝利した。
勝利に意味など無い。だって、勝利とは『無価値』なのだから。
勝利に意味はある。だって、勝利とは『かけがえのないもの』なのだから。
どちらも私にとっては真。どうしようもなく矛盾しているけれども、それが私。
うん。まだ『伸び脚』はある。これで勝負は決まらないが、私にとって有利になるもの。後は、僅かだけど先行もしている。
それと。作戦ではないけれど……。単なる事実を1つ列挙しよう。
私がアイネスフウジンに負けた福島の未勝利戦と、私がアイネスフウジンに勝利した新潟のオープン戦・信越ステークス。
どちらも先行したウマ娘が最後に差し返されて負けている。だけど、私視点で考えれば、ね?
福島では最終直線の僅かな坂によって負けた側面があった。
そして新潟の最終直線には坂がなかったからこそ、ラスト1ハロンの加速が上手く刺さった。
繰り返そう。私のアイネスフウジンとの対戦は。
福島には坂があって負けた。新潟では坂が無くて勝った。
この名古屋の舞台に――坂は無い。
勿論、坂があったら作戦に組み込むくらいのことはするけれども、この期に及んではその事実だけでも良いだろう。
今日の走りは私の自由に走った。それで満足だ。
私の自由な走りとは――即ち、今までの軌跡の集積だ。アイネスフウジンを初めとする今まで競走をしてきた皆の『想い』が籠った走りこそ、私の走りであった。
背負った『想い』の尊さに順位を付けることなんて出来ないけれど。
残念ながらレースには無慈悲に順位が付いて相対化されてしまう。
だけど。
――そんなこと知ったことか。
私が皆の『想い』に対して出来ることは、レースを楽しんで走ること。究極的には、ただそれだけなのだから。
後は、楽しむのみ。
私は今まで走ってきた皆と、今日一緒に走っている皆と楽しく遊んでいるだけ。
だから――。
……勝つよ。
*
「――逃げるサンデーライフ! それを追うヴァーミリアンと、ハルウララ! その差は少しずつ縮まっています! サンデーライフ、逃げ切れるか!? ヴァーミリアンとハルウララですが……僅かにハルウララが先行して詰める!
あと50m! ハルウララがここで更に加速して差を……いや、縮まらないっ! サンデーライフの末脚がここで伸びるっ! 最後の最後までサンデーライフが切り札を隠し持っていたっ! そのままゴール板を通過! これは文句無し!
クリスマス・イヴの名古屋に夢を与えた少女の名は――『サンデーライフ』で間違いないでしょう!」
――確定。
1着、サンデーライフ。
2着、1/2バ身差でハルウララ。
3着、アタマ差でヴァーミリアン。
――現在の獲得賞金、1億6271万円。