強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
勝ったことは明らかにゴールの瞬間にすぐ分かった。
でも、それ以上に心の中で支配的だったのは『楽しかった時間が終わってしまった』ということ。
レースはあらゆるものが相対的に決定される場。これを私はずっとネガティブな意味で捉えてきていたけれど。相手が居て初めて成り立つ……ということは、裏を返せば全てのレースは一期一会であって、同じメンバーを集めて同じ条件でやったとしても、同じレースは二度と起こらないということ。
もちろん、やり直してもそれはそれで別の楽しさはあるだろうけどね。でも今日感じた楽しさは今日しか体験できないもの。だからこそゴールした瞬間に、もっと体感していたかったと思うのは当然のことなのかもしれない。
「楽しかったねぇー! サンデーライフちゃんっ!」
「……ええ、そうですね。ハルウララさん。
――そして、皆さん」
ハルウララに声を掛けられて視線を掲示板から外せば、ハルウララが私に手を伸ばしていた。……いや、ハルウララだけじゃない。
ヴァーミリアンが、ミツアキサイレンスが、あるいはインディゴシュシュも――共に走った11人のウマ娘達全員が、悔しさや涙を浮かべている子も居ながらも、楽しさを全力で享受していたことがありありと分かる表情をしていた。
私はハルウララとハイタッチした後に、他の子にも握手をして――最後にインディゴシュシュ。彼女の最終的な順位は6着……着外であった。
それでもインディゴシュシュは満足そうな顔をして私に一礼してきた。私もつられるようにして彼女に感謝の想いとともに頭を下げて、そのまま観客席にも一礼して一足先に控え室へと戻ることにした。
観客席から拍手が鳴り止まない中で、私は思う。
――間違いなく今の私が出来る最大限のレースはした……だから。勝者としても、サンデーライフとしてもそれを誇りこそすれ、悔やんではいけない。
*
控え室には葵ちゃんが先に戻ってきていた。きっと、葵ちゃんとしても一段落しただろう。ハルウララのトレーナーさんと葵ちゃんの間にも物語は紡がれていたのだから。
満面の笑みで待ち構えた葵ちゃんに向かって私は、言葉でのやり取りをする前に、葵ちゃんに抱き着いた。
「……サンデーライフ?」
「……こんな、気持ちは初めてかもしれないです。レースが『終わって欲しくなかった』って思うことなんて――」
私が引退するわけでも、他の子が引退するわけでもない。
けれども、このレースは明らかに節目のレースであった。私にとってはここまでの3年間の集大成、という意味で。ハルウララにとってはトレーナー同士の関係のひとまずの終着駅として。
あるいはヴァーミリアンにとってはダート転向で本格化していく嚆矢としてだろう。
そして。インディゴシュシュにとっては彼女の中央での生活の節目であった。
私のその想いを察したのか、葵ちゃんは土でドロドロになっている私の髪の毛を気にせず撫でながらこう語る。
「サンデーライフはまだこれから何年も走り続けることが出来ます。それはきっと、今日のように――いえ、今日以上に悲しい気持ちになるレースもあることでしょう」
「……そうですね。長く走るということは、それだけ多くのウマ娘を見送る、ということ――」
「はい。ですが――今日の勝者は『サンデーライフ』、あなたなのですっ!
であれば必要とされているのは、共感して悲しむことでは……ありませんね?」
――1勝というデータ上の数値の裏には、共に走った人数の分だけの夢をへし折り潰してきた『重み』がある。
あるいは。そのレースへの出走希望者が定員を超えていれば抽選除外という形で出走できなかったウマ娘の『想い』も背負っている。
しかも、それだけじゃない。
1勝クラスなら1勝出来なかったウマ娘の分の夢。
2勝クラスには1勝クラスを突破できなかったウマ娘の夢。
3勝クラスにも、同様にそれだけの夢を潰した上で成り立っていて。
――オープンクラスとは、そうしたPre-OP戦のウマ娘の夢の上に君臨するものだ。
JpnⅡ・名古屋グランプリ。GⅠレースこそ『ウマ娘のレース』だと見ているファンにとっては、このレースは高々GⅡレベルという格落ちのしかも地方風情のレースでしかない。
そして、これはある意味では全く間違っていない。だって1年間にGⅠ、JpnⅠ、J・GⅠレースは合計で37レース
……でもね。それでも。
今日、クリスマス・イヴという大事な日に名古屋レース場に足を運んでくれたファンが居て、今日の観客席は埋まっていたし……何より。
JpnⅡというレースは、この東海地方の地方レースの中では最も格が高いんだ。今日、名古屋グランプリというレースに勝利した私は、名古屋トレセン学園と笠松トレセン学園のウマ娘達の夢を――中央の力で無慈悲に潰したのだ。
そしてそれは程度の大小あれ、今までのレースもずっとそうだったし、これからも同様だ。私が歩んできた道筋は、そうした潰した夢の残滓で舗装されている。
――とはいえ。それらの『想い』は自身の行動を呪縛し、強制するものではない。途中で降りたって良いし、辞めたって構わない。『想い』を無視してやりたいようにやることも全く間違っていないと私は思う。
大事なのは『自覚』することなのだろう、きっと。自分がどういう立ち位置にあるのか、そしてどれだけの夢を背負っているのかを『自覚』する。そして、その上で『やるべきこと』……じゃなくて、『やりたいこと』を選択することこそが私にとっては肝要なのだ。
だからこそ。
私はそうした踏みにじった『想い』と私への期待の『想い』、あるいは葵ちゃんの『想い』に
……多分、それは陳腐でありふれていて、当たり前の美辞麗句。
「……今日、応援してくれたファンの皆さんに。そしてこれまで私を支えてきてくれた人たちや友達に。何より今日のレースで共に走った仲間たちのために――『ウイニングライブ』でお返しをしましょう」
それはこの世界で『ウマ娘』のレースを知っている者であれば、子供だって分かっているような常識であり、当然の帰結。
こんなことを改めて言ったところで、大多数の人たちは『何を今更……?』って思うことだろうし、それだけウイニングライブという文化が浸透している証左なのだけれど。
ダービー卿チャレンジトロフィーのときに私は『感謝』の返し方の概念と、『楽しさ』の共有という方向性からウイニングライブの必要性について考えを巡らせたことがあった。基本的にはあの時と一緒ではあるけれども、決定的に違うことが1つ増えた。
今の私は、『楽しさ』を共有する手段や、ファンに感謝を還元する手段としてウイニングライブをやっていたわけだが、ここにきて。その社会規範に則った従属的な関係から打破されて、自らの自由意志でもってウイニングライブをお返しに自己規定したのである。
当たり前のことを考えていたり、それを実行に移すときに、誰しもが頭の中で浅い考えをしている訳じゃない。
そして葵ちゃんは、表層に出てきた言葉だけで、それを察して。私の泥だらけの髪に軽く口付けをするような素振りを見せて、次のように紡いだ。
「……その気持ち、大切にしていきましょうね、サンデーライフ?」
「ええ……もちろんですよ、葵ちゃん」
そうして私はシャワーを浴びた後に共通衣装に着替える。何せウイニングライブまでの時間はあまり残されていない。だって、名古屋グランプリはメインレースで、興行は後、後ろの第12レースしか残っていないのだから。
準備とかで最終レースから2時間くらいは余裕はあるけれども、地方レース場のウイニングライブのセンターは初めての経験だから、トゥインクル・シリーズと違いが無いかちゃんとチェックしておきたい。
だから本日の最終レース・ブロッコリー賞がやっている間に身の回りの準備はある程度……って、レース名のネーミングセンス、一体どうした。なんでブロッコリーなんだ……。
*
ハルウララとヴァーミリアンと共に、歌唱したウイニングライブは私の感覚としては一瞬で終わった。
舞台から退場したときに万雷の拍手で送り出されたから、ちゃんとパフォーマンスは出来たとは思うのだけれども。……レース側に乗せた想いが多すぎたのかもね、きっと。だからたった1曲のウイニングライブにて自分がレースに込めた心情を全て歌とダンスの形で出力することが叶わなかったようにも思える。
舞台の裏方まで下がって葵ちゃんの下へ戻る。
「あ、葵ちゃん。……どうでした? 今日の――」
私の声は全てが意味のある言葉として発する前に、とても大きな音によって打ち消されてしまう。
何が起きたのかは音で一瞬で分かった。
『――アンコール! アンコール! アンコール!』
……ライブの客席が揺れていた。いや、もしかしたらその声の波で本当に会場ごと揺れているのではないか、と錯覚するくらいの声かけ。
そして、その声はしばらく途切れない。周囲のスタッフも戸惑いの表情を見せている。
その大きな音の中で葵ちゃんがぽろっと零した一言を拾う。
「……これは、驚きましたね」
「ええ、葵ちゃん。まさかアンコールの要求があるとは……」
通例、ウイニングライブにアンコールは行われない。これまでの私が参加してきたどのレースにおいてもウイニングライブの追加演奏などというものは執り行われてこなかった。
理由はいくつかあるが、最も大きいのは競走ウマ娘の負担軽減のためだろう。後は、夜の10時以降に未成年を働かせるのは違法なので、競走ウマ娘は労働者ではないにせよURA側が自粛するように指導しているのもある。ウイニングライブの演目はあまり間延びしないように配慮されているのだ。
……だから、本当にこのファンの合奏でアンコールが求められることは異例なのだ。あれだけの優駿が一堂に会した宝塚記念でも、今日と会場を同じくする地方巡業ウマドルのスマートファルコンのかきつばた記念でも、インフルエンサーであるカレンチャンのキーンランドカップだってこんな事態は発生し得なかった。
厳しい言い方をすれば、これはファンのマナー違反である。しかし、それを引き起こした要因は間違いなく私のライブパフォーマンスに込めた『想い』にあった。
演者である私自身が感じた物足りなさや不充分さをファンも共有し、その私の中の消化不良の想いを解消するべくファン達はこうして今なお声を挙げている……という考えは少々メルヘンに偏った考え方だろうか。
とはいえ。まだウイニングライブを終えていないブロッコリー賞の子たちが居る。この熱狂は長引かせてはいけない。そしてそれを止められるのは、当事者である私くらいだろうと我に返り、急いで舞台上に戻ろうとする。
――が、それよりも早く動いた妙齢の女性の姿があった。その女性は来賓席から壇上にやってきた。外出用の外套を2トーンカラーのスーツの上から着て、ハット帽を被っている。
全く無関係な人物のステージ上の登場に、ファン達はコールを止め、ひるんだように動揺の色をあらわにするが、いつの間にかマイクを手渡されたか自分で奪取したかは分からないがステージ上の女性はその一瞬の間隙を見逃さずにこう語った。
「――私はこの愛知のレース運営に携わる関係の者だ! 君たちファンの『サンデーライフ』君にかける想いの強さは伝わったっ! しかし、それを決めるのは彼女自身だ……故に! 愛知県レース組合としてはサンデーライフ君との協議の上、君たちの想いにどう答えるかの結論を出す!
……まだ1組、歌い終えていない子たちも居るのでな。気が逸る気持ちは分かるが、そこをどうか堪えて欲しい!」
――即興の割にすらすらと口上が出てくる辺り、只者ではない。レース組合職員にこんな人が居たとは驚いたけれども、そのステージ上の女性が一礼すると拍手が起きてひとまずファンは鎮静化した。
その女性は、私が居る方とは反対側の幕の方へと去っていき、それから間もないうちに、別のスタッフから『私達の責任者から、直接サンデーライフさんとトレーナーの方にお話を伺いたい』と言う言伝を貰った。
私と葵ちゃんは、そのスタッフに先導されて、ブロッコリー賞の出走ウマ娘の子たちが慌ただしく準備しているのを尻目に会場の応接室へと案内されたのであった。
*
応接室に居た女性は帽子を被っていたが、私のその視線に気づいたのかすぐさまこう告げた。
「……おっと、ご客人が来ているのに帽子を被ったままでは失礼でしたね」
そう言って帽子を脱いだ頭上には、私と同じウマ娘としての耳が生えていた。
「あなたは……」
「――昔の話にはなるけれど『シュンサクオー』と呼ばれていた時代もあったかな。今は愛知県の県知事なんて大それたもので呼ばれているがね」
なっ――!? ……どっちに驚けば良いんだ。
「……レース組合の責任者だと伺っておりましたが」
「いやなに……組合組織は愛知県と名古屋市と豊明市の連名でやっているし、県知事が管理者だからね。責任者であることには違いあるまいて」
確かにそうではあった。組合規約か何かに載っていたはず。ちょっとうろ覚えなのは、今日のレースのためにわざわざチェックし直したことではなく、資料整理中に見たくらいのレベルの話だったから。
いや、それでも県知事を『レース責任者』と言うのは、ちょっと無理があるでしょうよ。……一応、そう言えば事前にレースを見に来ているって話もあったね。
しかし、この妙齢のウマ娘の名乗った名前も問題だ。
シュンサクオー号。かつてダート1200m、芝1800m、芝2000mの3つの距離でレコードを持っていた競走馬。今の高松宮記念の前身である高松宮杯――その第1回で芝2000mの日本レコードを更新して勝利し、その高松宮杯を含む生涯4回の中京レース場でのレースでの戦績は、4戦3勝でただ1回の敗北は現役最後のレースで5着という『中京』での異常な強さを魅せた競走馬である。
その中京レース場の所在地が先に少し名前が挙がった愛知県豊明市であり。確かに、この魂を有するウマ娘が愛知県の県知事として活動をしているというのは……正直、納得であった。
そして時間も限られているので早々と本題を切り出される。
「……さて。ファンに異例のアンコールを望まれたサンデーライフ君? まずは先に結論を述べよう。愛知県レース組合としてはアンコールを認めるわけにはいかない」
「……それは、そうでしょうね」
「――だが! 愛知県レース組合としてではなく『愛知県知事』としてならば、それを後援することが出来る」
そう言われて渡されたのは、名古屋市で管轄している観客席付きの総合体育館の利用予定表のコピー。赤いマーカーででかでかと丸が付けられた日の利用は、市の教育スポーツ委員会が主催するイベントで埋まっていた。その日付は――12月25日、クリスマス当日であり、明日だった。
「……これは、つまりどういうことでしょうか?」
「市とは既にやり取りが終わっている。そこの会場ならば1時間から2時間程度なら、抑えることができた。
……もちろん、君が望まなければ白紙にするが、ここに居るファンに向けての『追加演目』を明日行ってもらう準備はこちらで手配した。トレセン学園の秋川理事長も了承済だ。
後は――君とトレーナー判断で、単独のライブ開催の可否は決まる」
……つまり、アンコールは許可出来ないが、本日の興行が終了して別日にライブイベントを開催するならそれは『アンコール』の範疇には含まれないのでセーフ、と。うわあ、凄いアクロバティックな政治的取引を見た。
まず、その言葉を受けた葵ちゃんはすぐさま質問を重ねる。
「明日の午前中までにサンデーライフを病院へ連れて行き、医師の判断を仰いでも良いでしょうか? 私の見立てでは不安はありませんが、流石にレースの翌日に単独ライブというのはあまり前例のないことですので……」
「ええ、勿論構いませんよ。であれば、この後すぐにでも病院の方へ向かってくださってもよろしいですよ。スタッフには私どもからお伝えしておきましょう。
ああ、それとトレセン学園に戻ってから何か言われた際には、私から病院に行くように勧めたとおっしゃられて構いませんよ、桐生院家の御令嬢さん」
「……では、後はサンデーライフの考え次第ですね」
おそらくウイニングライブ後のアンコールや、レース翌日のライブ出演交渉なんて、桐生院家の教えにも一切存在しないだろう。トレーナー白書にも無い突発的な対応が葵ちゃんに襲い掛かっている現状、今のやり取りはそんな葵ちゃんの真価が垣間見えるものであった。
だから私もシュンサクオーに向き合う。
「――どうしてここまでしてくれるのでしょう?」
まず彼女自身の手でアンコールを止める必要も無かったし、こうして別日にライブを行うなどという判断も本来必要の無いことだ。葵ちゃんの言った医師の判断についても『シュンサクオーから言われた』というところまで私達に歩み寄る必要もないのだ。
それは事務手続きなどで問題にならないようにするための配慮で、本来レース関連だけならば必要の無い病院の利用が、問題になれば愛知県知事でその責任を肩代わりするということ。ライブを開く者の責任としてならば当然のことなのかもしれないが、それを言うならそもそもこのシュンサクオーが『ライブを開く』必要性自体が無いのである。
そして彼女は答えた。
「……君個人のためではなく、私の矜持の為とでも言えば良いだろうか。
今日のアンコールはこの愛知県で発生したウマ娘に関する問題だ。……私の父も存外地元のレース愛が強かった御仁でね。遺命もあって、どうにも放っておけなかった。今日この場に居たのはただの偶然だが、その偶然の差配に感謝するばかりさ」
「失礼ですが、御父上の生前のご職業は……」
「トレーナーだったよ。もっとも、今の君が通っているトレセン学園が大きくなる前からやっていたらしいがね。中京レース場にも小さな分校ではあったが中央のトレセン学園があって、元々はそこで指導していたらしい。……だから、あんなに地元愛に溢れる人物だったのだろうが……。
まあ、今は亡き父のことではなく、今を生きる君のことだ」
ああ、トレーナー関係者だったからさっきの葵ちゃんへの対応も、知っているような反応だったのか。そしてその経歴の『父』とは――恐らく。
……いや、シュンサクオーの言う通りそれは今追及するものではない、か。
これが私の物語と規定するのであれば、回答は定まっていた。
「……やりましょう」
だって私は、まだ満足していない。折角降ってきた『アンコール』の機会なのだから私はそれを掴む。
その返事を聞くや否や、この場は実務者を交えた設営の話に移行しシュンサクオーは退席する。今日の明日でライブを開こうというのだから土台無茶な話だ。……けれども、それすら可能とするのがこの世界のライブスタッフであった。多分、この世界で一番のチート主人公は彼等だろうね。
「……それで衣装はどうしましょう? 今日のライブで使用した共通衣装を使用しますか?」
まあ、今すぐ使えるものってそれしか無いもんなあ。私が了承しようとすると葵ちゃんが慌てるようにして言った。
「……あ、あの。実は、名古屋まで。
――サンデーライフの勝負服、持って来ているんですよね……」
え、なんで……。
とはいえ、これはスタッフ関係者の前で追及することではないから、後回し。あるならあるで話を進める。
「セットリストはどうしましょう? 一応、これまでサンデーライフさんが入着以上の戦績で歌ってきた曲はリストアップさせていただきましたが……」
おおう……一瞬で私の戦績確認して曲のピックアップも済ませてきているとは。それをざっと見て問題無さそうだったけれども。
「あ、それなら1曲だけ追加お願いします――」
*
――そして。
「……本当に、どうして勝負服を持って来ていたのですか?」
病院へと向かう車内で葵ちゃんに聞く。
「あー……内緒にしておきたかったのですが、こうなった以上は無理ですし……。
明日のクリスマスに面談をするって話でしたよね?」
「そうですね。……確かに、ライブをする以上はトレセン学園に戻って落ち着いてからのが良いかもしれないですね。ああ、それと、折角葵ちゃんとの予定があったのにライブを入れてしまってごめんなさい……」
「いえ、それは構いませんが……」
「……でもそれと勝負服に何か関係が? ディナーを食べるドレスコードにしてはちょっと仰々しすぎますよ」
「……実は。もしかしたら、サンデーライフが消化不良を感じるかもと思いまして、小さいところですがライブハウスを予約していたのですよ。
私も多少楽器の嗜みがありますので、そこで私達だけのライブを、と――」
葵ちゃんは、私の予想を遥かに超えたクリスマスプレゼントを用意していた。
そして、私がウイニングライブで想いが溢れてしまうことすら彼女は看破していて、それが前提のプレゼント。……流石に、その私の気持ちにファンが呼応して愛知県知事なんて大物が出てくる事態までは読み切れなかったようだけれども。
……ちょっと、ずるすぎるでしょ。そのサプライズは。
「――それ、別の機会で絶対やりましょうね」
「ええ、『王子様』のお誘いと言うのであれば、喜んで――」
「……やっぱり葵ちゃんの言い回しも大分キザになりましたよねー」
「なっ!? サンデーライフの影響に決まっているじゃないですか!」
*
翌日。
――本来存在しなかったウイニングライブのアンコール。
それを単独公演という形で執り行うことは周知され。出演者たる私やスタッフ関係者一同すらも含めた何もかもが異例なゲリラライブが開催した。
そのステージの上で私は話す。
「――まさか、この勝負服を今年。もう1度ファンの皆様の前で着ることになるとは夢にも思いませんでした」
女性用乗馬服。
全てがちぐはぐで曖昧な私にとって、自身の存在意義と証明を司るかのような衣装。
この衣装に背負わされた『歴史』は、昨日の私の名古屋グランプリでの走りから垣間見えた私自身の歴史をも背負ってくれる。
これからは前代未聞のレース翌日の追加公演ライブという『歴史』も。
ただし『今日刻まれる歴史』は『ウイニングライブ』ではない別のものだけど――きっと。
ゆくゆくは『ウイニングライブ』という『歴史』もこの衣装に刻まれることになるはずだ。私が走り続ける限りは……ね?
そんな『いつか』の予行練習。だからこそ、私は、この舞台にて、この曲を選んだ。しかも最初に。
いくつかの感謝の言葉と連絡事項を告げて、前口上が長くならない内に、1曲目へと入る。
「それでは皆さん。まず最初の曲を聴いてください。
――『Special Record!』……お願いいたします」
そして、このライブをもって私の今年の全ての活動は――終了した。
トゥインクル!Web公式㋹ @twinkle_web_official・1時間前 ︙
【トウカイテイオー、奇跡の逆転劇!】
news.twinkle_web.co.jp/pickup/46108
本日26日に開催された中山第11レース・GⅠ有馬記念、優勝ウマ娘はトウカイテイオー。2着、ディープインパクトとは1/2バ身差。無敗の三冠ウマ娘の英雄の叙事詩を塗り替えたのは、皐月賞で英雄自ら下した『ティアラの帝王』だった。3着はテイエムオペラオー。
1.8万 リウマート 2,998 引用リウマート 9.1万 ウマいね