強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。   作:エビフライ定食980円

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第9話 勝利とは(1)

 何故か私が管理することになった『URA等関連資料室』。

 

 ここにあるのはかつてのウマ娘の素晴らしい偉業の数々――みたいなタイプの資料ではない。

 

 例えばレースという興行を開催するにあたっての決まり事。ご丁寧に最初のページには用語定義の章から始まるという有様だ。

 それ以外にもレース場の施工や改修に関する資料、あるいはそれらURAが発布する諸規定の基盤となっている法令や施行規則までまとまっていた。

 

 そして資料室名に『URA』と付いているものの、多分置き場に困ったのであろう、地方のレース組合の規則や一部の海外レースの興行などの、URA管轄外レースに関するものもあった。もっとも、海外のものは英語であればまだ良い方で、基本は現地公用語での記載らしく何語かすら分からず全く読めないものまである。

 

 しかもそれらの資料が年度別に放り投げられているという具合。何と最新のデータだけではなく古い規則もしっかりと資料として残されていた。

 

 明らかに学生向けではない書類の数々に流石に私も気後れしたものの、見つけた資料の中に『出走ウマ娘の決定方法』などという条項を発見してしまい、そこにPre-OP戦で出走希望者がレース定員を超過した際の抽選を行う際に、どういった優先順位で行われるかが事細かに記載されていたことで、この部屋の価値について私は再認識し、居室として使えるように本気で掃除に取り組んだ。

 

 すると未管理の書類が多い部屋にありがちな、埃っぽさとカビ臭さも徐々に無くなっていき、掃除が終わったころには、私はアグネスタキオンの研究室兼マンハッタンカフェのグッズ置き場の部屋のような個室を獲得することとなる……あまり広くない部屋だけどね。

 まあ、グッズの置き場を求めたマンハッタンカフェが空き教室を貰えたと思ったら、突如アグネスタキオンの保護者ポジションを押し付けられて部屋も折半になったことに比べれば、私に舞い降りた事象はそのレベルの珍事とは呼べないかも。

 

 

 なおPre-OP戦の1勝クラスにおいては、1勝していること――正確には収得賞金という賞金総額とはまた異なるパラメータ――が最優先の指標となるものの、抽選において次点で有利となるウマ娘は『前走で入着したウマ娘』である。

 つまりそれさえ満たしていれば1勝クラスで負け越していても、抽選除外になる可能性は同条件のウマ娘が揃わない限りは無い。

 

 そしてもう私には関係の無いことだが、未勝利ウマ娘よりも未出走ウマ娘――つまりメイクデビュー戦には出ずに直接Pre-OPに殴りこんできたウマ娘の方が抽選では優遇されるみたいな規則を洗いざらい見直さなければ分からないこともあった。

 

 

 また、抽選以外にも大事なことがもう1個。シニア級ウマ娘の期間がアプリ準拠の1年間ではなく、競馬における古馬ベースであることも発覚。つまりアプリのように現役期間が3年間で終了とはならず、シニア級を繰り返す形で現役を続行できることが発覚した。

 ……よし。これは普通に嬉しい。だって3年間で3億円は絶対無理だし。というか現時点で獲得賞金1458万円だから、何年走れたとしても3億に届く気が全くしないのは見て見ないふりをしよう。

 

 

 すると外から扉をノックされる音がした。

 

「はいー、空いてますよー?」

 

「――サンデーライフ、会長がお呼びだ。至急、生徒会室まで同行を求める」

 

「……エ、エアグルーヴ副生徒会長!?」

 

 

 ひえぇ……日常生活でのネームドエンカウント率がインフレしてきてる……。

 

 

 

 *

 

 エアグルーヴ。このトレセン学園の生徒会副会長。

 そんな大人物に連れられて生徒会室まで廊下を歩くのは、畏れ多いと言うかむしろ罪人として連行されているような心持ちになる。行き交う他の生徒にめっちゃ見られるけれども、誰も話しかけてこないし。

 

 先のシニア級を現役中は繰り返すことが出来る制度の都合上、生徒会という長い視野で生徒組織を運営する役員メンバーもみな、シニア級ウマ娘である。つまり日本ダービーに突如出てくる生徒会長はこの世界線では居ないんだ……世界の安寧が保たれた。

 

 だから本当の意味での全世代バトルロイヤルになるのはシニア級との混合戦以降になるが、一応私達の後輩という未デビュー組も居るので、クリフジVSコントレイルみたいな事態には多分ならないとは思う。流石に意味わからんし、それ。

 まあ、シラオキが神格化している以上はクリフジも神々の世界の住人であろう。……もしかしたら、競走ウマ娘引退後の進路に『神』という就職先があるかもしれない。

 

 そんな神々とは異なり生徒会は現役のウマ娘だ。ただシニア級に出れるからと言って毎年GⅠを荒稼ぎされても困るし、だからといってそれ以外の重賞やOP戦などで格下狩りに勤しまれても困る。

 ということで、明確に『どのタイミングで』という基準は無いものの、明らかに戦績が優れたウマ娘はキャリアが長引くにつれて出走レースを年間1,2回程度まで絞る傾向にあるようだ。ただ成文化されたルールでは見つけられなかったので、あくまで暗黙の了解みたいなものらしい。

 

 という訳で目の前のエアグルーヴ副会長も、その例に漏れず昨年は1回しかレースに出ていない。まあ出たレースは香港GⅠのクイーンエリザベス2世カップで、しかも1着取っているという有様なんだけどね。

 史実エアグルーヴ号には無い完全なIF出走レースではあるけれども、だからといって史実古馬ローテを延々と回されて毎年蹂躙されることに比べたら遥かにマシである。

 

「……着いたぞ。中で会長が待っている」

 

 そんなことを考えていたらいつの間にか生徒会室の前であった。ノックをすると入室を許可する声が返ってきたので、一言添えて生徒会室の扉を開く。

 

「やあ、呼び出してすまなかったねサンデーライフ。

 とりあえず、そこに掛けてくれ」

 

「はい、失礼します」

 

 

 実は。エアグルーヴの戦歴を調べたときに、同じくシンボリルドルフの前走も私は調べていた。彼女の昨年の出走は『アーリントンミリオンステークス』という米国の約2000mのGⅠレースだ。

 結果は4着。とはいえ1着がマニラな上に、ゴールデンフェザント、スターオブコジーンという強者を相手していることを踏まえれば十分に偉業である。しかも生徒会業務の合間を縫った短期遠征での結果なのだから……絶対、シンボリルドルフ本人はそう思っていなさそうだけどね。

 

 しかしそんな生徒会長が私に用となると……十中八九資料室のことだろう。

 

「さて、サンデーライフ。秋川理事長から打診があったから君に資料室を貸し与えているが……どうかね? 何か、収穫はあったかい?」

 

 表面上の優しい言葉の裏から威厳というか威圧感すら感じてしまう。けれども、多分意図的に私を威圧しようとしているんじゃないんだよね、会長は。

 でも私が何をしているのかは気になってこう呼び出したということは、変な受け答えをしてしまえば管理者権限の剥奪はあり得るかもしれない。理事長の口添えがあるとはいえ、この件の最終決定権を有するのは生徒会みたいだし。

 

「はい、会長。

 そうですね……例えば私が面白いと思ったのは『平地競走』と『障害競走』の賞金体系が別であること、とかですかね」

 

「――ふむ」

 

 いわゆる『レース』と呼んでいるものを言葉として区分したものが平地競走という。どちらも入着すれば賞金が入るのは一緒だし、自分の手元に入ってきたお金、という意味で言うのであれば特に違いがあるわけではない。

 

 しかし、それぞれの賞金体系が別だということは。

 

「つまり『平地競走』のレースでGⅠを何度も獲っている方であっても、『障害競走』に未出走であれば未勝利戦から出場できます。

 平地競走ウマ娘にとって障害転向とは、ただ未勝利ウマ娘に残された岐路の1つとしてだけではなく。その頂に上り詰めた者の再出発地点としても機能しうるのです」

 

「っ!」

 

 これには目の前のシンボリルドルフはおろか、さり気なく部屋の隅で会長の邪魔にならないように控えているエアグルーヴも驚きの反応を見せていたように感じた。

 もうシンボリルドルフもエアグルーヴも王座に君臨してしまったウマ娘だ。自らが『挑戦者』となる舞台には、きっと飢えていることだろう……と、挑戦者ながらも推察する。

 

「私もこれまで色々な方と話してきた自負はあったけど、流石に障害転向を勧められたのは初めてだよ」

 

「いや、別に私は勧めているわけじゃ……」

 

 私の言葉に割り込むようにしてエアグルーヴも話し出す。

 

「……あの、会長。流石に『障害競走』であっても『シンボリルドルフ』が未勝利戦に出るなんてことは――」

 

「ああ、エアグルーヴ。分かっているさ。

 でもサンデーライフが面白いことを考えていることは分かったであろう?」

 

「……それは、まあ……」

 

 シンボリルドルフに振り回されるエアグルーヴというウマ娘にとっての必須栄養素のダシにされた感は少なからず感じたものの、とりあえず私が無為にあの資料室を使っている訳ではないということがエアグルーヴにも伝わったようである。

 

 

「――実は、このエアグルーヴは君に資料室を任せることを心配していてね。

 ああ、別に資料の盗難などを気にしていた訳では無いよ……そもそも、あそこにある資料は特に機密でも何でもない、インターネットで検索すれば誰にでも公開されているようなものしかない」

 

 事実であった。興行に関する規則も、レースの関連法規も全て調べれば出てくること。……流石に、過去のデータを遡るのは骨が折れると思うが。そうした書類が紙媒体で保管されていてかつトレセン学園のお墨付きということでネットで調べる際に生じるような誤情報のノイズを避けられるというメリットはあるものの、逆に言えばあの資料室の価値はそれだけだ。大事な書類はもっとちゃんと保管されているということだ。

 機密でも学外に秘する類のものではない。だからこそ一介の生徒でしかない私に管理権限が付与されたという側面もある。……多分、使っている雰囲気が全くなく掃除もおざなりになっていた部屋だから、私の申し出にこれ幸いと押し付けられた感は感じているが、私自身も部屋を私物化する気満々なので正直お互い様である。

 

 

「――では、何故? エアグルーヴ副会長は?」

 

 質問を部屋の隅に居るエアグルーヴへと向けた。彼女は苦々しい表情を浮かべながらこう語った。

 

「……貴様、目標レースが『名古屋グランプリ』なのだろう? ……勘違いするではないか」

 

 

 ……? ……ああっ!

 普通、1勝クラスのウマ娘が目標レースに地方レースの名を挙げれば『中央から地方に転校する意志がある』って思われるのかっ!

 加えて言えば、このJpnⅡの名古屋グランプリには、愛知トレセンと笠松トレセンの2つの地方トレセン学園からの出走枠があり、このトライアル競走である『東海菊花賞』は他の地方からでも出走可能な『地方全国交流競走』であれど中央ウマ娘は出走不可能だ。

 

 このトライアルの利用まで視野に入れていたとしたら、それは中央への所属意志が無いのと同義となる。

 

 ……そりゃあ、エアグルーヴも反対するわけで。たとえどんなに重要ではない資料しかない部屋だと言っても、いずれ中央を去ろうとしているウマ娘に管理を任せるなんてのは変な話だ。

 

 でも、今の私に中央を去る気は更々ない。

 その辺りの意志確認こそがこの呼び出しの本義だったと言うべきかな。

 

 

「データで戦うウマ娘というのは少なからず居る。トレーナーにもなれば、データの扱いというのは不可欠な技能とも言えるだろう。

 しかし『興行規則』に目を付けたウマ娘は、私が知る限りは君が初めてだ」

 

「……恐縮です」

 

「いや、畏まらなくても構わない。

 しかし、どうしても興味本位で君に聞いてみたいことが生まれた――」

 

 

 このシンボリルドルフの言葉が、これまでの問いかけの中で、最も重要な代物になることを私は直感的に理解した。

 

 

 

 *

 

「サンデーライフ。

 君なら、もしこの私――シンボリルドルフと戦うことになったとして、どうやって勝利を掴む?」

 

 

 その目は生徒会長としてのものでも『皇帝』としてのものでも『無敗の三冠ウマ娘達成者』でもなく。

 ――獅子の目をしていた。


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