強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。 作:エビフライ定食980円
「……うっわ、完全に私が言えた義理ではないけれど、そこから抜き去っていくんですか。トウカイテイオーさんのフットワークの軽快さ、やば……」
「あれ? サンデーライフまた見ているんですか? ……今年の有馬記念の映像を」
12月24日に名古屋グランプリ、翌25日のクリスマスに単独ライブをやった私は。26日にトレセン学園にゆっくり戻ってきた。
その26日同日に暮れの中山では、有馬記念が執り行われていて。
そこでトウカイテイオーが勝った。ほら、史実で唯一ディープインパクト号に土を付けたハーツクライなんだけどさ、ダイワメジャーと同期だから既に史実ローテは終えているんだよね。だからディープインパクトが勝つかもって思っていただけにびっくりした。クラシック有馬は完全にトウカイテイオー号では未知の領域だし。……ってこの帝王の
スペちゃんは順当に日本総大将をやっていたのに、2期アニメ主人公のテイマクはどうしてこうなった。ティアラの帝王とダートの名優。
そして既知の優駿と、未知のローテーションを勝ち上がってくるウマ娘は、まだまだ無数に居る。
アイネスフウジン、トウカイテイオーととんでもない優勝ウマ娘を輩出し続けているジュニア級GⅠレース・朝日杯フューチュリティステークスだが、今年そこを新たに勝利したのはミホノブルボンで。有馬と同日開催のホープフルステークスではザッツザプレンティ……史実GⅠ勝利は唯一菊花賞のみという、ライスシャワーと共に菊花賞ハンターが2枚看板でミホノブルボンを襲うことが来年確定した。
そして未知のローテウマ娘とはJpnⅠ・全日本ジュニア優駿にて優勝したマジックカーペット。……兵庫県の園田トレセンの地方ウマ娘、なんだけど。史実マジックカーペット号は園田の地にて8戦8勝の上、園田のクラシック三冠路線の1つ目の冠である『菊水賞』の優勝歴がある。
ともかく来年以降のクラシック路線も混迷を極めるということだ。ぶっちゃけダートって相対的には芝よりかは安全策だと思っていたけれども、地方の実力者がIFローテで交流重賞や中央進出を狙ってくることを踏まえると実際楽でも何でもないね。
で、私の話に戻す。ライブはかなりの反響があった。大手メディアは完全に私の味方なので見出しも『クリスマスの単独ゲリラライブ!』みたいな形での報道で、名古屋グランプリのアンコールに関することは大きく報されてはいない。
それにしっかり愛知県知事名義で、ゲリラライブに対しての感謝のメッセージも報されている。だから、SNS等でアンコール騒動を知っている層の賛否両論は愛知県知事に差し向けられることとなった。
まあ、この辺の話も葵ちゃんにSNSチェックしてもらっている中でポロっと聞いたことでしかないし、私の興味対象外の話だ。
というかむしろライブの反響で私にとって大事なのは、開催されるって決まってからメッセージアプリに大量に友達から『何で教えてくれなかったの!』ってメッセージが殺到したことの方だ。ゴールドシチーとかマヤノトップガンとかのGⅠウマ娘もそこには多数含まれていた。
またハッピーミークからはカニのスタンプが大量連投された、何でだ……。ちなみに同じように葵ちゃんの方にもスタンプ爆撃が行われていて、そちらはヒトデだった。
特にガチ恋勢のクラスメイトお友達の子は、既に実家に帰省していたのに『絶対見に行く!』って譲らなくて、電話して『動画サイトで中継放送もちゃんとやるから無理して来なくても大丈夫だよ』と伝えたのに結局応援に名古屋まで駆けつけてくれた。そういうバイタリティーは私、結構好きかもしれん。
とはいえそこまでの行動力を見せたのは彼女くらいだ。アイネスフウジンも、最初は行くとは言っていたけれど、しかしクリスマスに妹2人を置いて名古屋まで来る選択はどう考えても賢明じゃない。そちらはしっかり断って、それでも見たいなら動画サイトで見るように言いくるめた。
まあ、トレセン学園に戻ってきたらアイネスフウジンはむくれていた上に、同室のライアンは既にメジロ家帰省済み。流石に不憫に思ってフジキセキ・ヒシアマゾンの両寮長に許可を取り、彼女の寮の自室に一泊することになった。
そして、ひとまず一段落がついた今日。
ようやく一息つけるということで、葵ちゃんとの年末のミーティングは結局トレーナー室でやることになった。
ハッピーミークは居ない。……というかハッピーミークからしたら、今日のミーティングは『宝塚記念』の後の引退示唆の話の続きとしか思えないから、そりゃ空気を読むか。私ももし逆の立場で葵ちゃんとミークちゃんが引退に関わる話をしていたとしたら絶対参加したくない。
まあ私もクールダウンの完全休養期間な上に冬休みだからぶっちゃけやることが無いのも事実。暇だからこそ、トウカイテイオーの有馬映像を反復して見ていたのもある。
「……では、改めてにはなりますが。名古屋グランプリ――おめでとうございます、サンデーライフ」
「ええ、ありがとうございます」
そして、これまでの戦績を改めて確認する。
現時点の総合戦績は25戦6勝。内訳は平地競走が22戦5勝で、障害競走が3戦1勝。ジュニア級では7戦、クラシック級・シニア級1年目においてはそれぞれ9戦。
基本は月1回のペースでの出走だったので、結構な過密日程だった。
トータルで見たときの戦績は実際全然悪くないどころか、普通に優秀だ。更に、2着が8回、3着から5着もそれぞれ2回ずつで、掲示板を外したことは5回。賞金に関わる5着までで考えると相当安定した成績をマークしている。
というか全然実感は無いけれども、私の成績の半分以上は2着以上だったんだ。未勝利戦時代にレース数稼いでいたのと、後一歩で負ける場面はどのクラスに居る時でも何回もあったからなあ。
「正直、自分自身のことですが……今でも信じられないですね。JpnⅡ・名古屋グランプリを勝利したこともそうですけれど、これだけの成績を収められるとは……」
「やっぱりサンデーライフは何より安定感がありますからね!」
正直、ここ2戦連続で1着であった信越ステークス・名古屋グランプリが無くとも結構ヤバい戦績ではある。23戦4勝の2着8回でも半分以上は上から2番目以内だったわけだし。サマースプリントシリーズの時点で一旦区切っても、対戦相手だったら絶対警戒する成績だ。
ただし、秋の2戦を踏まえて大きく変わった要素がある。
賞金額だ。
「……賞金の合計は、1億6271万円ですか。目標額の半分をようやく越えたって感じですね」
信越ステークスの1着賞金が2500万円で、名古屋グランプリが3200万円なので、この2レースだけで他の全レースの賞金総額の半分くらいの値を出している。
とはいえシニア級GⅡだと1着賞金は少なくとも5000万円は越えるから実際、地方交流重賞であるJpnⅡの名古屋グランプリって、お金だけで見ると実は中央GⅢ相当の賞金額だったりする。そこはやっぱりトゥインクル・シリーズとローカル・シリーズの資金力の格差が如実に現れる部分だよねえ。
URAの上は文部科学省だけど、ローカル・シリーズ各地域のレース組合の上は地方自治体だもん。
「……ふふっ。サンデーライフの最終目標は『楽をして生きる』ことでしたものね」
「どうでしょう、葵ちゃん? 同じ金額を集めるのに私はどれだけの期間がかかるでしょう?」
もう目安でしかない3億円という目標設定だが、これまで3年間の競走生活で半分、ということは、同額を加算するのにももう3年必要ということだろうか。
その質問に対して葵ちゃんは答える。
「――いえ、今のサンデーライフなら、甘く見積もれば来年中に、それが無理でも再来年の間にはきっと達成出来るかと思いますよ!」
「その根拠を一応教えてもらってもよろしいですか?」
私の中でも似たような考えはあったものの、葵ちゃんの意見も聞きたくて尋ねる。
「だって今年の賞金額だけで1億円をオーバーしているじゃないですか。それに来年以降にサンデーライフが挑戦する、とおっしゃっていたサマーマイルの優勝報奨金3000万円も更にそこに加算させれば、もう達成じゃないですかっ!」
私はまだまだ実力は成長途上。当面は衰える恐れが無いからパフォーマンス自体は今年よりも来年の方が向上する。
そう考えれば、今年1億円オーバーを稼ぐことが出来たのだから、もっと高順位をより高い格のレースでもマークし続けられると葵ちゃんが考えるのも間違っていないし、仮に現状維持だったとしても、サマーマイル総合優勝が達成出来ればそれでも来年中に3億円に到達するところまで来ているのだ。
焦る必要は無い。ともすればサマーマイルシリーズ以外はオープン戦出走を積み重ねていくという手段だって良い。芝の短距離オープン戦と、ダートの日本最長重賞を連続で1着になった以上は、警戒も今まで以上のものとなるだろうが、余程のことが無い限りは、もう3億円の目標だって届かないものでは……無いのだ。
まあ皮算用の類で、実際に出走したら全部着外ってこともあり得るかもしれないけどさ。そういう想定外の成長パターンについて論じるとキリが無いし。未来のローテーションのことを考える際に、明日怪我をしたらどうする? みたいなそんなIFを逐一考慮していたら予定なんて立てられない。
「そっか……。私はもう、自分の目標をどうやって達成するのか選べる……ってところまで詰められる立ち位置に居るのですね……」
地方交流重賞ではあるが、私はもう重賞ウマ娘であることには変わりない。国内ではGⅡ勝者相当として扱われるし、仮に国外から見たとしてもオープン戦2勝と見られる。
固有スキルを持たない――『強めのモブウマ娘』な私だけれども。
芝・ダート兼用の全距離適性ウマ娘――ハッピーミークの後継者を名乗れるだけの実力は既に有していた。
そして私はまだまだ成長途上なのである。だからこそ、今、色々なものに届かなくたって構わない。今年と似たようなローテーションを、宝塚記念とサマースプリントシリーズの部分をサマーマイルシリーズに入れ替えたようなものを繰り返して様子を見るのも、あるいはまったく別のレースにチャレンジするのも全ては私の思いのままであった。GⅠだって、今ならばグランプリレースに固執せずに出走を試みることだって出来ると思う。
――そう。GⅠへの出走資格すらも、最早届かないところにある話では無い。
勝てるかどうかは別の話としても、勝負の舞台への切符はもう眼前に迫っていた。
だからこそ。葵ちゃんからこういう話が切り出された。
「――宝塚記念の後に引退を一度は勧めた身で、こういうことを聞くべきではないのかもしれないですが……」
「もー、葵ちゃんは回りくどいですよー」
「……え、あっ、すみません。
サンデーライフ――このままあなたの目標を優先して賞金を稼ぎ続ける出走をしても構いません。
ですが、もう1つ別の選択肢もご用意できます。きっとサンデーライフの考慮外の選択でしょうが……。
――GⅠレースの勝利を狙うという選択も私は提供できますよ?」
……っ。
GⅠに出る――ではなく、葵ちゃんはGⅠの勝利を狙うと確かに言った。似ているようで全く異なる。私はGⅠには勝利の見込みが無いと考えているのに対して、葵ちゃんはそれが現時点でも可能だと捉えている。
その根拠を……いや。理屈を聞く前に一度考えよう。
賞金のことが度外視出来る状況まで来た今。私はGⅠウマ娘に――なりたいのかどうか。
必要性という観点であれば、GⅠウマ娘という肩書きを得る必要は無い。無理をするくらいなら、きっと私はそこに固執することはない。
たった1つの特定のレースに勝利することよりも、私は今まで安定した成績を収めることに注力してきた。何故か? それは賞金のためである。
2着賞金とは1着賞金の40%。つまり全く同じ賞金額のレースに3回出るみたいな思考シミュレーションをしたときに、着外・着外・1着という成績よりも、2着3回の方が賞金額は高い。これは極端な例だけどさ。
それに加えて1つのレースに文字通りの全身全霊を注ぎ込んだとき次走間隔もあける必要が生じるから前者のローテーションで3戦している間に、後者のローテーションでは4戦、5戦とレース数を重ねることも出来るかもしれない。
しかし賞金を稼ぐことが私の目的ではない。それはあくまでも『楽をして生きる』ための貯蓄を増やす手段の1つである。
では、私の原初の欲求であり、同時に目標として打ち立てたアイデンティティ。
――『とにかく楽をして生きたい』とは。
私にとって全てにおいて重きが置かれるものかと言えば……そうではない。
『3億円』を稼ぐことよりも、あるいは怠惰に生きることよりも――大事なものが今の私にはある。
それは感情と理性である。そしてそれこそが私がレースを続けている理由。
感情とは、レースが楽しいということ。目的のための手段として開始した私のキャリアはいつしか手段と目的が逆転どころではなくて、そもそもレースそのものが楽しいという新たな感情を芽生えさせた。
理性とは、自分が制御可能なままどこまでたどり着けるのかということ。そしてそれは手段も目的も、そして勝利に対する心構えすらも全て上書きしていった。
そしてそのレースが楽しいという感情と、どこまで自分が行けるのかという理性の双方の側面を鑑みれば、答えは共通して自ずと1つの解を導き出す。
「GⅠ優勝……してみたいですね、私も」
それが成し遂げられるとき、どれだけ私は楽しめるのだろう。
あるいは。
それが成し遂げられたとき、私はどれほどの高みに居るのだろう。
そうした2つの考えは――私が自分自身に期待してこうあって欲しいという願い。それをこの世界でどう呼ぶかはもう、分かっている――『想い』だ。
私は私自身の『想い』に身を任せて考えたとき。GⅠ勝利について純朴に向き合うことが出来ていた。
そして、葵ちゃんはそんな私の答えに満足そうに頷いた後に、自信満々にこう宣言した。
「――では、サンデーライフっ! 来年からは行きましょうっ――アルゼンチンに!」
……へ? アルゼンチン……?
あまりにも予想だにしなかった地域の名が出てきて私の思考は完全にフリーズする。
そして、徐々にその言葉の意味を理解する。
「……え、えっと、あの……えぇぇーっ!? ちょっと、ちょっと、葵ちゃんっ! どうしてそこでいきなりアルゼンチンなのですか!? 意味分からないですよ!」
「実は、ですね。既に……来ているんですよね、アルゼンチンの中央トレセン学園より国際招待のお手紙が……一時的な留学と言いますか、ちょっと長めの海外遠征と言いますか、そのような感じのお話です。
曰く『我が国のウマ娘ナショナルスポーツであるウマ娘ボールを広めてくれたサンデーライフ嬢に多大なる感謝と、そして私達の舞踏会への招待を』――とのことです。
どうにも、アメリカ国内でアルゼンチンウマ娘のアメリカ遠征を支援する『モンパルナス財団』という組織が、アルゼンチンの中央トレセンに同様の理由で推薦を出していたみたいでして……」
「……あ」
確かに『ウマ娘ボール』の本場はアルゼンチンだ。それはファン感謝祭のときにシンボリルドルフに対して『ポロ』の代替案として提示したときから分かっていたことではあった……。分かっていたけどさあ……。
まさか、それがアルゼンチン遠征にまで波及する話だとは思わないじゃん!!
いや、だってアルゼンチン関係者と私は今まで一切関わっていないはず。一番危ぶんでいたファインモーションから繋がるアイルランド方面のコネクションではなくて、どうしてアルゼンチン……?
『ウマ娘ボール』だけの繋がりにしては……って、もう1個見つけた。
カルストンライトオの1000m日本レコード更新のとき、1000mの世界レコード保持者のウマ娘の出身国は『アルゼンチン』では無かったか……?
さっき葵ちゃんが言っていた『モンパルナス財団』なる聞き及びのない組織が、『ウマ娘ボール』の時点で既に着目していたとして。その後に1000m53秒台というアルゼンチンの有する世界レコード記録に挑める日本レコードを樹立したその場に私も居たのであれば。
アルゼンチン関係者としてはカルストンライトオと共に、既に他方面でチェックしていた私の名前は、更に興味を引くようなものではないだろうか。
いや、これも理由としては弱いね。もっと決定的な理由があるはず。というか、一体何なんだ『モンパルナス財団』って。どうにもこの謎の組織が引っかかる。
アメリカにある組織だけど、アルゼンチンで……モンパルナス……?
なにか……とんでもない見落としをしているような……あっ。
――ああああああぁっ!?
サンデーサイレンス号の母母父!!!!! 母方のお祖母ちゃんの父親の名前がモンパルナスだ!!
そしてモンパルナス号はアルゼンチン産駒!
つまりサンデーサイレンスの血にはアルゼンチンの血統が、僅かかつ牝系方向からではあるが流れている。……これか!!
……。
色々と物凄い繋がった気がするけども、それ以上に釈然としないよ!!!
◇
『ウマ娘』。彼女たちは、走るために生まれてきた。
ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る――それが、彼女たちの運命。
この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果は、まだ誰にもわからない。
彼女たちは走り続ける。瞳の先にあるゴールだけを目指して――。
◇
・
・
・
シニア級2年目1月後半――アルゼンチン中東部のブエノスアイレス州、アルゼンチンウマ娘トレーニングセンター学園。
そこはアルゼンチン国内レースの主要レース場であるサン・イシドロレース場のすぐ近く。国内の名レース場の近くで首都の郊外という立地は日本トレセン学園とほぼ同じ。
「いやー、南半球だから完全に夏真っ盛りですねえ……。幸い日本の夏と同じくらいの暑さ……らしいですが、流石に真冬から真夏に飛ばされると季節感バグりますね……。
って、ミークちゃんわざわざ制服の上から何着ているんです? 暑くないですか、それ」
「……サムライ」
アルゼンチン・トレセンへ行くまでの道のりは、国外運転免許を事前に手続きしていた葵ちゃんのレンタカーの運転で移動していたが、きっとその内こっちのトレセン学園から社用車のようなものが貸与されるだろう。
で、ハッピーミークは駐車場に車が着いたとともに上に薄い水色の和風の羽織……っていうか色合い的に、これ完全に新選組だけど、それをわざわざ制服の上から着こんでいた。
で、いつ買ったのかは知らないけれども木刀も帯刀している。全力でサムライイメージに寄せるのか……。まあ妙に似合ってはいるから良いか。
そんなハッピーミークのことはさておくとしても。まずアルゼンチン・トレセン学園を見て一言。
「……でかくないですか? この学園」
「生徒寮が、サン・イシドロ、パレルモ、ラ・プラタの三大寮になっていますからね。芝のコースは日本よりも少ないですが、その分ダートコースはたくさんありますよ!」
聞けば最大のサン・イシドロ寮は栗東寮や美浦寮くらいの生徒規模があるらしい。で、生徒数は南米最大とのこと。そりゃデカくもなるね。
「ええと、確認しますね!
ミークは、アルゼンチンのBCレースに相当するエストレジャス大賞への出走を目指して6月までの半年間はこちらでトレーニングを重ねることになるかと思います! 芝かダートか、そして距離をどうするかは、芝質や砂質を走って理解してから決めましょうね」
「……分かった、トレーナー」
ハッピーミークは新選組装束のまま、刀に手を当てつつ答える。
「で、サンデーライフなのですが……。
ひとまず2月の中旬にGⅢのレースですがダート2400mのビセンテ・デュプイで一度調整しましょうか」
流石に付け焼き刃であるがアルゼンチンの重賞も頭に入れてきてはいる。確かラ・プンタレース場の興行だっけ。となると、首都・ブエノスアイレスから離れるからいきなり遠征か。
でもギリギリダート中距離に区分されるものの、これだけ長いダートレースはアルゼンチンでも早々存在しない。この国の主流がダートであるとはいえその多くは2000mまでに集中している。というかアメリカもそうだけど、世界的にはいくつかの例外を除いて、基本的にはスプリント戦の方が人気だし、ステイヤー向けの長距離路線の数はどうしても減る。
その少ないダートの長めに照準を合わせたのは、きっと既に名古屋グランプリで実績あるからだろうね。
「良いんじゃないでしょうか。それで、その先のことも葵ちゃんには腹案があったりします?」
「……まあ、そうですね。3月の芝の一大レースであるラティーノ・アメリカーノか、4月のダートであるオノール大賞のどちらかで、GⅠに挑戦しても良いかなって思います。距離はどちらも2000mですね」
日本であればダート2000mよりも芝2000mの方が難しい、と思うところであるが、アルゼンチンではその関係性は逆転し、むしろダートの方が難易度は高いだろう。もっとも、ラティーノ・アメリカーノもオノール大賞も、どっちもアルゼンチンレースの国際GⅠ格付けの中でも大舞台になるものだ。特にオノール大賞なんてシニア三大競走に位置付けられているくらいだし。
「……オノール行くなら、ヒルベルト・レレナ大賞の方が良くないですか?」
ヒルベルト・レレナ大賞はシニア級ティアラ路線の芝2200mレースで多分オノール大賞よりは楽だと思う。楽とは言ってもジャパンカップとエリザベス女王杯くらいの差だろうが。
「最終判断はサンデーライフにお任せするのはこっちでも同じですので、あなたが思うままにレース選定はしてくださって構いませんよ? でも……サンデーライフがGⅠレースを出走予定に挙げるなんて、こんな日が来るとは思っていませんでしたっ!」
「……まあ、GⅠ獲るためにこっちに来たんですし」
「……ぶい」
……まさか、レースの為に地球の裏側まで来ることになるとは全く考えなかったし、史実の競走馬を踏まえても日本トレセン所属のままアルゼンチン遠征っておそらく史上初なんじゃないかな……って思うところもあるけれど。
でも、ね?
日曜日のような毎日を過ごしているわけではなくても。
今の私が人生を謳歌している、というのは間違いなかった。
「――さあ、ミーク! サンデーライフ、行きましょう!
アルゼンチンではこれからがある意味『メイクデビュー』なのですからっ!」
「……はいっ!」
「えいえいおー……」
――この夢の先が、どこに繋がっているのか。
それはまだ……誰も知らないのだから。
強めのモブウマ娘になったのに、相手は全世代だった。
了
物語といたしましてはここで完結とさせていただきます。
ご愛読いただき、ありがとうございました。
制作秘話的な作者語りを含むあとがきを活動報告にて投稿いたしました。興味があれば。