1.
「さてはて、どうしましょうか」
時刻はもう陽も沈みそうな夕暮れ時、日中なら校舎内にいる生徒の姿もほとんど見当たりません。
そんな廊下を歩きながら私は思わずぼやきました。
ナイスネイチャが走り去ってから十数分後、私たちはまだ彼女を見つけることはできていません。
ネイチャを追いかけるも、追いつかず、彼女が落として行った携帯を手に崩れ落ちていたネイチャトレーナーを回収した私とたづなさんは各自別れてネイチャを探すことになりました。
彼女がまだ学園内にいることはわかっていましたし、仮に学外に出たとしても、正門の警備員さんがたづなさんに連絡を入れる手筈になっています。
まぁ、さすがに塀を乗り越えて外に出られた場合はどうしようもないですが、あのネイチャさんがそんなアグレッシブなことをするとは思えませんしそこはきっと大丈夫でしょう
そんなわけで、彼女を探して歩き回っているわけですが、なかなか見つからず無為な時間が過ぎて行っています。
個人的な意見を言えば、後日改めて顔を合わせた時に誤解だとナイスネイチャのトレーナーがネイチャに言えばいいと私は思いますが、どうもそれではダメなようで、たづなさん曰く
「恋の問題はできるだけ早く解決するに限ります!時間がかかればかかるほど、こじれて心を痛める娘もいれば、トレーナーさんのよく言う『恋』に心を縛られて狂気に走る娘になる可能性もあるのですよ!」
と叱られてしまいました。
あの純愛小説から出てきたヒロインのようなナイスネイチャが、今まで幾度も見たホラー映画から出てきたような恐ろしいウマ娘になあるとは思えませんが、まぁ、たづなさんが言うのならそうなのかもしれません。
基本的にこう言う時のたづなさんは正しいのです。
それに万が一なってしまったとき、また夜眠れなくなりそうですし…
とはいえ、広大なこのトレセン学園の中から一人を見つけるのは中々難しく、あてもなくさまようのも時間の無駄なような気が
「あれ?ニブ君先生だー。どうしたの?」
ふと背後から明るい元気な声が投げかけられてきた。
『ニブ君先生』
そんな本名となんの関係のない呼び方を私にするのは一人しかいない。
「テイオーさん…その呼び方そろそろやめません?」
「え〜。最初からそう呼んでるし、もう諦めてよ〜」
そういって、テイオー。あらため、トウカイテイオーがニヤリと笑っていた。
「それにしてもどうしたの?この時間ってたづなさんとお茶している時間じゃなかったっけ?」
「お茶してるって…あれは相談室で、相談者を待っているのですよ」
「でも、人来てるとこほとんど見た事ないけど」
「ぅ…」
まさしく、グゥの根も出ないとはこう言うことか。
反論できない私にテイオーはクスクスと笑った。
トウカイテイオー、ついこの前トゥインクルシリーズを走り抜けた名ウマ娘であり、数々の激闘と夢を見せるような走りで多くの人々を魅了したアスリート。
レースを走る彼女はまさに『帝王』と呼ぶのにふさわしい格好く力強い姿。
ですが私生活では、このように小生意気な笑顔を浮かべる年頃な少女です。
彼女の親と私は同僚ですので、彼女とは彼女がトゥインクルシリーズを走り始める前から知り合いです。
それに加えて共通の知り合いであるマルゼンスキーさんが私の事を『ニブ君』と呼ぶせいで、昔からの気軽な付き合いもあって今では『ニブくん』に先生を付け足した、『ニブ君先生』と私を呼んできます。
マルゼンさんが何故『ニブくん』と私を呼ぶのかはわかりませんが、理由を聞くたびにマルゼンさんはやれやれと首を振っていました。
何故だ…?
まぁ、今はそんなことはどうでもよく…
それよりも、もしかしたら、この状況。いいかもしれません。
確かテイオーは確かネイチャや多くの子と仲が良かったはずです
そんな彼女に協力を求めれば、人海戦術で見つかるのではないでしょうか。
ですが、これ以上ネイチャたちの恋愛ごとに他者を巻き込むのは……うーむ
「なーに?悩み事?」
テイオーが首を傾げて聞いて来ます。
うーん。たしかに巻き込むのは気が引けますが、テイオーが面白半分でネイチャの恋愛ごとにちょっかいをかけるとは思えませんし、大丈夫でしょう。
私はそう安易に納得し、彼女に相談することにした。
「実は少々事情があって、ナイスネイチャさんを探していましてね…」
2.
「なるほどねぇ、それにしても本当にドラマチックだねネイチャたちって」
「巻き込まれる側からしたらたまったものではないですけどね…」
テイオーのそんな感想に私はため息をつきながら答えます。
そんな私をテイオーは労うように肩をポンポンと叩いて来ました。
「大変だねニブ君先生…じゃ、ネイチャのところ行こうよ」
「……ん?」
さも当然のように言ったテイオーの言葉に私は首を傾げます。
そんな私に対してテイオーもまた首を傾げました。
「…え?ネイチャを探すんじゃないの?」
「いや…そうなのですが……場所わかるのですか?」
「うん。わかるよ」
あっさりと
それはもう、本当にあっさりとテイオーはそう言いました。
まるで答えがわかりきった問題を得意げに回答するかのように、ふふんと自慢げな表情をするテイオー
「ありゃま、どこかで見かけたりしました?」
そんな彼女を見て私は思わず問いかけてしまいます。
こんな表情をして、そんな言葉を呟くということはネイチャどこかに行っているのを見たのでしょう。
なんと、それはラッキーです
まさか、彼女がネイチャの居場所を知っているとは知らず、棚から牡丹餅とでも言いましょうか。
それならとりあえず、ネイチャの居場所をテイオーに聞いてからネイチャトレーナーとたづなさんに連絡して…
「い〜や?見かけたりしてないよ?」
……?
…………?
「…え?ならなんで居場所が…?」
そんな私の疑問に彼女は自信満々に答えてくれた
「へへ〜ん。こう行った時、ヒロインは屋上にいるってマルゼン先輩がいってたからねー」
「……へ?」
「昔からのラブロマンスの『お約束事』っていっていたよ!」
「……は?」
自分の言っている言葉に全く疑念を抱いていないテイオー。
…うん
なんというか…なんと言えばいいのか…
本当マルゼンさんには勘弁してほしい……
昔っていったい何年前の話ですか
あなた、テイオーのお母さんとほぼ同期でしょうに…
このまま、テイオーの間違いを正してもいいのですが、こうキラキラとした目を曇らせるのは、気持ちいいものではありません。
うーん
しょうがないですが、屋上を少し見るぐらいで、そこまで時間は取られないでしょう
「うーん、そうですね。テイオーさんの言うことを信じて屋上に行って見ましょうか」
3.
「本当にいましたね…」
私は思わず心中の言葉を漏らしてしまいました。
トウカイテイオーの言葉のまま、屋上に到着したのは数秒前。
屋上へ続く扉を開けるとそこにはなんとナイスネイチャの姿が一人ポツンとあった。
こちらに背を向けて屋上のヘリでフェンンス越しに沈みゆく夕暮れを見つめて黄昏ているナイスネイチャ…
その姿はラブロマンスドラマのヒロインのようだ。
ならば、ここに来るのはヒーローであり、脇役である私が来るべきではなかったはずである。
「ほら!!ニブ君先生!ネイチャココにいたでしょー!」
テイオーが、ほめてほめてと自慢げにふふんと鼻をならした。
確かに見つけてくれたのはありがたいですし、褒めてあげたいですが、今はそれどころじゃ…
「二人とも何の用…?」
ぽつりとネイチャがこちらに背を向けたまま声をかけて来る。
口調はいつもと変わらないが、声色が平坦なネイチャの言葉。
そんな言葉が空中に浮かんだ瞬間、ズンとあたりの雰囲気が重くなった気がする。
この重い空気はまるでネイチャの今の心を表すかのように、じっとりとした重く沈んだ空気。
そう言えば昔の私の担当が、こういったプレッシャーをレース中にかけて来てコンディションを狂わせて来るウマ娘がいると言って来た。
これもその技なのかと、現実逃避気味に私の脳があさっての方向に思考を始める。
この空気は重く普通ではない。
現に傍にいるテイオーも「うわ、レースの時みたいなしっとりネイチャだ…『湿度』の僕みたい…」なんてよくわからないことを言っている。
時間が時間であるとは言え、屋上にネイチャ以外の人が誰もいない事に疑問を持っていましたが、こんな空気を醸し出されたら、人がいなくなるのもしょうがないでしょう。
私もこのまま去りたいところですが、私の目的はネイチャを見つけ、ネイチャのトレーナーの相談事を解決する事、ここで逃げるわけにはいきません。
私は携帯を、ポケットに入れたまま操作し、意を決してネイチャに歩み寄った。
「どうもネイチャさん。実はあなたのトレーナーがあなたを探していて…」
「わかってますよー。だってトレーナーさん、さっきからグラウンドでアタシを探し回っているの見えていますから…」
「…なら、彼に見つかってあげてください。彼がどれほどあなたを心配しているか、私よりもあなたの方が理解しているはずです」
「理解…かぁ」
クスリとネイチャが笑ったような気がする。
それは微笑みではなく苦笑なのだろう・
「トレーナーさんは本当に優しいよ。優しくて、カッコよくて……だから好きになったんだ。好き…だったんだ」
ネイチャの独白が夕暮れに溶けていく。
その短い言葉にどれほどの思いが込められているのか、想像することはできても、恋に疎い私には理解することができないだろう。
そんな彼女にどんな声をかければいいのか私には分からず、言葉を口に出すのをためらっていると、ネイチャが振り返ってきた。
彼女の表情はどこか儚げな、諦めの混じったかのような笑顔。
綺麗だが、決して、決してこんな表情を私たちトレーナーは担当にしてほしくない表情だ。
「ごめんなさい。さっきのトレーナーさんとの会話盗み聞きしちゃいました」
ネイチャは謝罪し頭をさげる。
確かに盗み聞きは良くないことだ。
だが今はそんなことどうでもいい。
「…今はそのことはいいです。した理由もわかります。担当トレーナーのことが気になるのは皆おなじですから」
私はそう言うもその後の言葉に頭を悩ませた。
彼女はあの時、担当トレーナーが言った『ネイチャに『恋』なんて下心を持つわけがありません!!』と言う言葉を聞いているが、その時の彼の表情を見てはいない。
見ていたらあの言葉が反対の意味を持つ持つものだとわかるはずです
だから、そのことを私は彼女に言うべきなのでしょう。
ですが…
果たしてその言葉は私が言ってもいいものなのでしょうか?
そもそも言ったとしても、私の言葉を彼女は信用してくれるのでしょうか?
好きな男、告白した男に『恋』なんてないと、断言されてしまった彼女に、ほとんど会話もしたことのない男の言葉が彼女の心に届く音でしょうか
私には、それが届くわけないとしか思えません。
ですが、だからと言って、このまま何もしないと言うのも……
「あれ?ネイチャとネイチャのトレーナー喧嘩でもしたの?」
重く沈んだ空気の中、テイオーの疑問の声が響く。
こんな重い空気の中、テイオーは怖気もせずに首を傾げながらそんな疑問を口にしていた。
そんな彼女に驚きはすれど、すぐに理解した。
こんな重い空気、激動のトゥインクルシリーズを走り抜けた彼女にとっては日常茶飯時のことなのだろう。
そんないつもと変わらぬ表情のテイオーに対し、ネイチャは苦笑し返答した。
「あはは…実はネイチャさん、トレーナーさんに振られちゃって…」
ネイチャが空元気であることは一目でわかるような元気のない乾いた笑みを浮かべる。
そんなネイチャにテイオーは目を見開き驚いた
「え〜!!好きじゃないって言われたの!?」
「いや〜、恋心を抱いたことなんてないって言っているのを聞いてしまいまして」
「…ん?それって直接言われたの?」
テイオーが訝しげに質問をした。
それに対して、恥ずかしそうに申し訳なさそうにネイチャは己の失態を口にする。
「いや、恥ずかしながら盗み聞きを…」
「つまり、直接言われたわけでも、そう言う目で見れないって言われたわけでもないのだよね?」
「え、そりゃ、まぁ…そうだけど」
「……なぁーんだ。じゃあネイチャ大丈夫だよ」
テイオーはそう言って朗らかに笑った。
…何を言っているんだ?
私はそう思い、思わずぽかんとしてしまう。
それはネイチャも同じのようであった。
そんな私たちに逆に驚いたのか、テイオーは首を傾げた
「え?だってそうじゃない?」
「えっと…なにがそうなのでしょう?」
わけのわからない私は、思わずテイオーに疑問を呈した。
するとやれやれというようんあ呆れた表情をテイオーは私に向けてきて………ってなんですかその表情は
「はぁ、だからニブ君先生はニブ君先生なんだよ」
なにおぅ!
「それにネイチャもネイチャだよ、だってチャンスじゃないか」
「ちゃ、チャンス?」
突然のテイオーの物言いにネイチャは思わず復唱してしまう。
そんなネイチャに畳み掛けるようにテイオーは言葉を紡いでいく。
「そうだよ、チャンス。別に今までは恋愛対象として見られていなかっただけで、嫌われているわけでも、恋愛対象として見られないって言われたわけでもないってことは、これからそう見られる可能性があるってことじゃん」
テイオーはそう断言する。
自らの言葉に多大なる自身を感じさせるその様子にネイチャはタジタジになりながらも口を開く。
「いや…ネイチャさんも今までアピールして来てこれですし、可能性はないかとぉ…」
「でもそれってネイチャのことだから、いろいろ予防線とかいらない前置きとかしてるよね?」
「うぐっ…」
「どうせ、お手製のお弁当持って行く時は作りすぎたとか、デートに誘う時は荷物持ちが欲しいとか、しまいにはバレンタインチョコを渡す時は友チョコだとか日頃のお礼とか言ってそうだよね」
「ひぐ…」
「そういうことに付き合ってくれて、お弁当やチョコを喜んでくれて、そもそも一緒にトゥインクルシリーズを走り抜けた時点で、普通より数百歩前に行っている関係なんだから、その時点で嫌われていないのならネイチャはトレーナーの『恋』の対象だよ。」
「うぇ…でもアタシはテイオーみたいにキラキラしてるわけじゃ…」
「そのキラキラについて、確かトゥインクルシリーズの最後でネイチャ、解決してなかった?『トレーナーさんの一番は譲らない』とかいってなかったっけ?」
「え…えぇ!なんで知ってるのテイオー!」
「噂で聞いた」
「噂って!?」
テイオーの怒涛の攻撃にネイチャは頬を赤らめ恥ずかしがっている。
ネイチャの暗く澱んでいた瞳も、重い空気を纏っていた雰囲気も、消えていた。
これは…ラッキーだ
私はテイオーのファインプレーに私は喜ぶと同時に納得していた。
それもそうだ。ネイチャの担当も、ショッピングや旅行、ご飯を作りにきてくれたことがある、と言っていた。その時点で普通の関係ではないことは明白である。
それにしても…
「テイオーさん、意外とそう言ったことに詳しいのですね」
「へへーん。ボクもいろいろ成長しているのだ!!それにネイチャはライバルで友達だし、ネイチャ達の二人のことはトゥインクルシリーズ中、警戒していたし注目していたしね〜」
とテイオーはふふんと自慢げに語った。
確かに彼女はネイチャと同じ期間トゥイクルシリーズを走ったのだ。彼女らの走りをテレビ越しに観客席越しに見ていた私たちよりもはるかに理解していて当然である。
「で、でもこれ以上どんなアピールすればいいのか…」
「そんなの正面から行けば大丈夫だよ!」
「正面から…?」
「そう!お弁当持って行く時も、デートに誘う時もぜーんぶ、正面からぶつかれば、自分の気持ちに正直に正面から向き合えば解決だよ!」
そう語るテイオーは次々にアドバイスをネイチャに話していく。
どうやら私はトウカイテイオーの事をまだまだ理解できてきなかったらしい。
トウカイテイオーは幾度の怪我をしても、不屈の心であきらめず夢へとかけていき多くの人々に夢を見せたウマ娘ではあるが、私生活ではまだまだガキンチョだと私は思っていましたが、それは情報が古かったのでしょう。
恋愛ごとすら語れるほど彼女の精神は成長しており、今もネイチャに恋愛がなんたるかを語って……語って?
「だから合鍵をこっそり作ることが大事なんだよ」
「な、なるほど」
「そしていざという時、合鍵を使ってこっそり家に侵入してトレーナーが寝ているベットにシャツ一枚だけきて潜り込むといいって…」
「ちょ、ちょっとまってください!!」
私は慌てて二人を止める。
「な、何を言っているのですかテイオーさん!?」
「え?普通の恋のアドバイスだけど」
「どこがノーマルですか!アブノーマルですよ!」
まさかの暴走テイオーに私は目を白黒させます。
まさかここまでオマセさんだとは思いませんでしたよ…!
「まさかと思いますが、今語ったことを自分のトレーナーにやっていませんよね…」
「まっさかー、全部人から聞いた話だよー」
「そ、そうですよね……いや、それはそれで問題なんですが、一体誰から…?」
「え?僕」
「…ん?」
「だから僕が僕のトレーナーにやってることをボクに教えてくれたんだ」
「……すいません日本語でお願いします」
「なんなのさー!!日本語だよー!」
よくわからないことを言いながら地団駄をふむトウカイテイオー
その様子は、私が思い込んでいた彼女そのものの、まだ幼い姿で…
どうやらまだ精神は成熟されているわけではなさそうですね
まぁ、それよりもです。
私は視線をネイチャに向けると、彼女は目をぐるぐると回して顔を真っ赤にして混乱していた。
どうやら今のテイオーの話は彼女にとって刺激が強すぎたようだ。
たぶん妄想でもしてしまったのだろう。
「ネイチャさん…今テイオーさんがいった事は卒業まではやめてくださいね」
「そ、そんなの当たり前!…って卒業まで!?」
ネイチャが首をかしげる
確かに『恋』に対して物申している私がこんな事を言うのに疑問に思うのもわかります。
ですが、前提として『恋』に打ち勝つのが私の目的ではありません。
「まぁ、そうですね。卒業後は別に構いません」
「え、でも、先生は『恋』を禁止しようとしてるわけじゃ…」
「いえ、私はトレーナーが『恋』に囚われて中央を去るのを防ぐのが目的です。ですので『恋』に打ち勝つのは過程にすぎないのですよ」
「な、なるほど…」
「それよりも、そんな事を聞くと言う事はやっぱりそういった事をトレーナーさんとやりたいのですね」
「え…?あ!!」
「そうなのですね?」
「えっと、まって、そうじゃなく…いやそうでもあるけど…」
ネイチャが顔を真っ赤にして余計に目を回し混乱し始める。
もうあたりには最初彼女が醸し出していた重い空気は消え去っていた。
…ここいらで大丈夫でしょう。
今のネイチャの状態なら話も聞いてくれるはずです
「いや、ちが…でもトレーナーさんとなら…ば、何考えて…」
そんな小言をぶつぶつ言うネイチャに私は声をかける
「ネイチャさん」
「え…は、はい!」
「実は私もテイオーの言う、正直に、気持ちの向くままにトレーナーと向き合うべきと言う言葉に同意しています」
「えっと…」
「あなた達は心を通わせてはいますが、互いに『恋』について正面から向き合っていないです。」
「そんな、わけでは…」
「いや、そのはずです。あなたは常に予防線を張っていますし、トレーナーに関しては信じられないほど恋愛ごとにニブいです。」
「それ、ニブ君先生が言うんだ…」
黙りなさいテイオー
私はテイオーにひと睨みしながら、ネイチャに向き合う。
「だから、一度腰を据えて話し合うべきです。互いに顔を合わせて『恋』について話した事はないでしょう?」
「……はい」
「互いに『恋』の熱量に暴走したり酔ったりするのではなく、冷静に気持ちに嘘をつかず、二人で正面から話し合ってください。トゥインクルシリーズを走り抜けたあなた達ならばできるはずです」
「ニブ君先生…」
ネイチャが目を瞬かせながら私の言葉に頷く。
って、あなたもニブ君先生って言うのですか…
まぁそれよりもです。
これでネイチャが暴走する事はないでしょう。
『恋』の熱量に当てられて、担当トレーナーを押し倒してそのままうまぴょいからの退社していった同僚を幾人も見てきました。
ですが、先ほどまでならわかりませんが、今の彼女なら大丈夫です。
『恋』の熱量に負けて、暴走する事はないはずです。
ですので、ここいらで貯めておいた切り札を切りましょうか。
「ネイチャさん、実は私は一つ謝らなければならないことがあります」
「え?」
「実は…私もあなたと同じ、盗み聞きを、しているのですよ」
私はそう言い、ポケットから携帯を取り出した。
取り出したガラケーのディスプレイには通話中である事が映し出されており、そして通話相手の名前にはネイチャのトレーナーの名前が映し出されていた。
「え…ちょ!!いつから!?」
「ここに来た時から」
「え、ならアタシが言った事全部…!?」
「そうですね」
「そうですねじゃなくって!」
ネイチャからの猛抗議が飛んでくるが、それをバ耳東風しながら私はスピーカーボタンを押した。
『ネイチャ』
「…っ!」
携帯から彼女を呼ぶ声が聞こえる。
自分の担当の、愛する人の声にネイチャの動きは止まった。
これ以上私がやるおせっかいはない。
あとやるべき事は、この携帯をネイチャに渡して、去るだけだ。
あとは二人でよろしくやっていればいい。二人も聞かれたくはないだろう
『ネイチャ聞いてくれ』
…………
…え?このまま話すの?
『まず謝りたい。三年間も一緒にいて君の気持ちに気がつかなかった。ごめん』
「い、いえ大丈夫ですよトレーナーさん。こちらこそごめんなさい。突然思いをぶつけちゃって…」
二人がスピーカー越しに話し始める。
ネイチャも私の携帯を取りに来ない。
…え?私、このまま携帯を掲げてないといけないの?
あ、テイオーこっそり去ろうとするんじゃない。私も連れて行きなさい。ハチミー奢ってあげるから
『いや、そんな事はない。君は僕に思いをぶつけてくれた。だから僕も君に正直な思いをぶつけるべきなんだ』
「正直な…思い?」
『ああ』
ネイチャ達の話しが紡がれていく。
明らかに私は部外者だが、ここで話に割って入るような勇気は私にはない。
それに今彼女達は二人の空間に入り込んでいる。
これも『恋』の力かはわからないが、仕様が無い、最後まで見届けよう…
スピーカー越しに深呼吸する音が聞こえる。
おそらく、一世一代の言葉なのだろう。思いを込めた真剣な言葉を履くつもりなのだろう。
それがスピーカー越しにもわかる。
ネイチャは真剣な表情で、両手を握りしめその言葉を待つ
テイオーはハラハラとした…いやワクワクとした表情でその言葉を待つ。
ちなみに私は、このあとどうやってネイチャトレーナーを中央に引き止めるかを考えながら待つ
夕暮れの日差しが屋上を照らし、優しい風が私たちを通り過ぎた数秒後。
その言葉はついにスピーカーから放たれた
『僕が好きなキラキラは、テイオ』
プツンという気の抜けた電子音がなった。
屋上に静寂が訪れる。
携帯を見る。
ディスプレイが真っ暗だ。
………え?