ウマ娘単話置き場   作:くまも

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オグリキャップは甘えたい

私の所属する中央トレセン学園には、日本全国からたくさんのウマ娘が集まっている。

なので、その近辺はちょっとした学生街だ。

 

はちみーのような屋台もそこら中で見かけるし、ゲームセンターやカラオケ、映画館を筆頭に娯楽施設もいっぱいある。

商店街もたびたび学生向けのイベントを開催しているそうだ。『府中とねっこレース』などという近所の幼いウマ娘と中央のウマ娘との交流レースも主催していて、私もたびたび顔を出すことがあった。

私がカサマツにいた頃はこういったものを見かけなかったから、やっぱり中央は凄いと思う。勿論、カサマツにはカサマツなりの良いところも数え切れない程あるのだけれど。

 

 

そんな街の一角で最近開いたばかりのお店に、私とトレーナーは足を運んでいた。

ウマ娘のイヤー……アクセサリーだったか。要するに耳飾りを扱う専門店らしい。あまり宣伝はしていないが、その凝ったデザインと頑丈さから学園内でも話題になっている。

願掛けで、レース前にトレーナーと一緒に買いに行くのも密かなブームとなっているらしい。

 

私自身も、実をいうと少しばかり気になっていた。

先日訪問したばかりのクリーク曰く、種類がとても豊富で必ず気に入るものが見つかるらしい。私は可愛いものが好きだ。だから、可愛い耳飾りを欲しいとそれを聞いた時からずっと思っていた。

するとトレーナーが今朝になって、レース前じゃないけどいつもの頑張りのご褒美だと言って連れてきてくれた。やっぱり、トレーナーは誰よりも私のことを見てくれている人だ。

 

どこかしっとりしているというか、落ち着いた音楽の流れる店内をトレーナーに導かれて進んでいく。

 

「おぉ……綺麗な飾りがたくさんあるな。テーブルいっぱいに並んでいるのに、それが奥まで続いている」

 

「そうだな……こら、はしゃぐのはいいけどあまり勝手に進んじゃ駄目だぞ。オグリはすぐ迷子になるんだから」

 

「分かっている。だからこうしてキミにくっついているんじゃないか」

 

そう言って私はさらにぎゅうっと、トレーナーの腕に自分の腕を絡ませて体をひっつける。

自分が道に迷いやすいタイプであることはちゃんと分かっている。中央に来たときも最初は全然行きたい場所に辿り着けなかったし、そんな私を助けてくれたのがこのトレーナーだった。

 

故郷みたいに、山や田んぼに囲まれた場所なら迷わず行き来することができるのだが。東京のような、人がたくさんいる所ではあまり上手くいかない。

とはいえ、そのお陰で私はトレーナーに出会えたのだから、この欠点もあまり捨てたものでもないのかもしれない。早く克服しなければいけないとは思っているのだけれど。

 

なにはともあれ、今の私にはトレーナーが必要だ。このお店はとても広くて、私一人では迷ってしまうだろうから。

最初は手をつなごうかとも思ったが、それだけでは少し不安なので体全体で彼に絡みつく。うん、これなら絶対にはぐれることはないから安心だな。

 

「なぁ、オグリ……その、もう少し離れないかな……」

 

「どうしてだトレーナー?こうしていれば私はどこにもいかないから安心じゃないのか……?」

 

「いや、安心なのは安心なんだが……なんというか、さっきからずっと腕にあたってるんだけど……」

 

「??……あててるんだが?」

 

学園から出たときに、私が出来る限り側にいないと気が休まらないと言ったのはキミじゃないか。

だからこうして最大限近づいて、体をあてて存在感をアピールしているのだが。

 

トレーナーの意図を図りあぐねて彼の顔を見上げてみるものの、ただただ困った様子で眉を下げたままこちらを見つめてくるばかり。

どうして彼は私と離れたがるのだろう?

 

「むぅ………」

 

少し力が強すぎたのだろうか?

私としては慎重に力加減をしているつもりなのだが、それでも人間である彼には窮屈だったり、痛みを感じるものだったのかもしれない。

私は生まれた時からウマ娘だし、その中でも力に恵まれている方なので感覚が食い違ってしまうこともあるだろう。

あるいは暑すぎたのだろうか?

ウマ娘はヒトよりも体温の高い生き物だ。それがこうして腕にくっついていたら確かに暑がるのも無理はないだろう。

トレーナーはどちらかといえば寒がりだし、近頃はめっきりと冷え込んできていたので丁度いいと思っていたのだが、迷惑だったのだろうか。

 

 

それとも、もしかしたらトレーナーにとっては……私にくっつかれる事そのものが迷惑なのだろうか?

困った時は、自分に置き換えて考えてみればいいとタマも言っていた。私はトレーナーにくっつかれるなら嬉しいが、見ず知らずの人間やあまり好きではない人にくっつかれると少し嫌な気持ちになる。

だとすると、トレーナーは私のことはあまり好きではないのだろう。だから離れたがっているのかもしれない。

それも少し………違う。とても嫌なことだ。私にとっては。

 

じわり、とちょっとずつ視界の端が滲んでいく。

鼻の奥からつんとした痛みも広がってきた。

 

それらを堪えながら、平静を装ってトレーナーに問い掛ける。あくまでいつも通り、私のせいで彼にいらない心配をかけないように。

 

「トレーナーは、私に近づかれるのが嫌なのか……?」

 

いつも通りに口から飛び出した筈のその言葉は、しかしいつもと違ってか細く震えていた。

自分でも分かってしまうぐらい、絶望と動揺が露になった声。私以上に私のことを理解してくれてるトレーナーにも当然見抜かれてしまっているだろう。現に、先程とはうって変わって様子で私の頭を撫でてきた。

 

鋤くように髪を撫でられて、その心地よさに思わず目を瞑ってしまう。

邪魔にならないように必死にウマ耳を横へ倒していたが、ついに堪えきれず勝手に動き出してトレーナーの手をペシペシと叩いてしまった。

拒絶されていると勘違いしたのか、慌てて手を引っ込めようとするトレーナー。離れる寸前に両手でしっかりと押さえつけてやる。もっと撫でて欲しい。

 

「嫌なわけじゃない。オグリのことが嫌いなもんか……ただ、君みたいな可愛い子に抱きつかれると男として緊張するんだよ」

 

「可愛い?そうか、私は可愛いのか……」

 

あまりそういったことは言われた記憶がないのでよく分からない。

お母さんとクリークはいつも私のことを可愛いって言ってくれるけれど、それ以外の人達は格好いいとかクールだとか、そんな言葉で私のことを表現してくれていたと思う。

だから、トレーナーがそういう目で私を見ていたのは意外だった。勿論嫌な気分ではない。むしろ彼に嫌われていないと分かって安心したところだ。

 

「それに、君だって女性なわけだから……無闇に異性に抱きついてはいけないよ。もう幼い子供じゃないんだから」

 

「私の、体……」

 

ペタペタと、私は自分の胴を触る。

クリークやイナリと比べると凹凸の乏しい体つき。タマよりはあるだろうが、そもそも身長が違うので比較するのもどうかと思う。

筋肉にはそれなりに自信はあるが、女性的な魅力に富んでいるとは思えない。こんな体でも男性は興奮するのだろうか。

 

よく分からない。

でもなんとなく、悪い気はしなかった。それに………

 

「無闇に抱きついているわけではないぞ。私がこうしてくっつくのはキミだけだからな」

 

その程度の常識は私にだってある。田舎者だからってあまりバ鹿にはしないで欲しい。

だけどトレーナーの言うことも分かるし、口で言い返すのは憚られたので、代わりにより一層腕へとしがみついてやった。

またしても困った顔をしているが、それもまた可愛くてちょっぴり悪戯したくなる。可愛いのはむしろキミの方なのではないだろうか。

 

「ほら、オグリ。周りにも見られてるじゃないか。君も自分が有名人だってことをもっと自覚した方がいい」

 

言われてようやく、周囲がにわかに騒がしいことに気がついた。

同じく耳飾り目当てであろう学園の生徒から近隣のウマ娘、さらには店員までもが私達を見ながらきゃいきゃいとざわついている。

中にはウマホを取り出してカメラをこちらに構えている者までいた。

 

「別にいいだろう。見られて困るところなどなにもないじゃないか。好きにさせておけばいい」

 

ぐいぐい、とトレーナーの腕を引っ張ってお店の中を巡る。

引き剥がそうにも力でどうにもならない彼も諦めた様子で私についてきてくれた。

 

「どうかなオグリ?なにか気に入った物は見つかっただろうか。この店はかなり品揃えも充実しているから目移りしてしまうね」

 

「ああ、どれも素晴らしいものばかりだ。それがこうも数が多いと迷ってしまうな……」

 

私は可愛いものが欲しいといったが、どれもとても可愛く思えて悩んでしまう。

そもそも可愛いとはなんだろうか。ノルンはそういうものに明るかった気がするが、しかし彼女の考える可愛いと私にとっての可愛いでは少し違ってきてしまうような気もする。

 

私は一体なにが欲しいのだろう。

実際に見てみれば心惹かれるモノがあるだろうと来てみたが、まさか見つからないのではなく見つかりすぎてしまうとは思わなかったな。

とはいえ折角トレーナーと一緒にお出かけしたのだから、その思い出となる品を適当なやり方で決めたくもない。どうしたものだろうか。

 

「ん……ほら、オグリ。これなんてどうだろう」

 

そうしてウンウンと頭を抱えている私を見かねたのか、ふとトレーナーが商品を一つとって私に見せてきた。

普段私の使っているものとは違って、赤を基調とした耳飾り。タマみたいにポンポンがついていたり、ルドルフのように宝石があしらわれているわけではないが、代わりに鈴が下げられている。

試しに手の中で転がしてみると、リンリンと涼しげな音色を奏でた。恐らくこの鈴を軸としてデザインを練ったのだろう、全体的に丸っこいシルエットをしている。

 

「これはいいな。可愛い……」

 

「だろう?オグリの配色は青と白だからね。そこに赤っぽい色を加えることで、ちょっとしたアクセントになるというか、目を惹きやすくなると思うんだ。ちょうど勝負服のリボンみたいにね」

 

「なるほど。トレーナーもよく考えて選んでくれたんだな」

 

「当然。他ならぬオグリが身につけるモノだからね。私はウマ娘ではないけれど、二人で選んで買ったこれを君がつけてくれれば、まるでお互い一緒になって走っているような気がして嬉しいかな」

 

「そうか。うん、そうだな!!」

 

だとしたらもう、私からはなにも言うことはない。

トレーナーがここまで意味を込めて選んだなら、それは私にとって何よりも価値があるというものだ。

二人で選んで買って、二人の繋がりの象徴として身につける耳飾り。私とトレーナーの思い出として、これ以上のモノはないだろう。

 

「あっ………」

 

そう胸を震わせていると、不意にトレーナーに耳飾りを取り上げられてしまった。

彼はそのまま鈴を指でつついて、リンリンと音を立ててみせてくる。

 

「それに、この鈴だってちゃんと音が鳴るからな。オグリがどこに行ってもちゃんと見つけることだって出来る」

 

「むぅ……それではまるで猫の首輪みたいじゃないか」

 

「どちらかといえばオグリは猫より犬だと思うけどね。許されるなら私もリードぐらいくっつけておきたいかな。勝手にどこにもいかないように」

 

どこにもいかないように、か。

私だって、好き好んでトレーナーの元から離れてしまうわけじゃないのに。ちゃんと彼が腕を引いてくれるのなら、私はそれについていく。

 

「ならお会計にしようか。確かレジは奥の方にあったよな」

 

「トレーナー……お金なら私が払うぞ?その耳飾りは私が使うモノだからな」

 

「いや、ここまで来てオグリに払わせるわけないだろ。そしたらこっちは本当に選んだだけじゃん……二人の繋がりにはならないだろう」

 

「そういうものだろうか……」

 

「そうそう。それに私だって仮にも中央のトレーナーだ。別に無理してるわけじゃないから気にしなくていい」

 

「分かった。ありがとうトレーナー」

 

それを言ったら私だって、中央のトップアスリートとしてカサマツの土地を買えるぐらいにはお金を貰っているのだが。

だがこうなってしまったトレーナーはとても頑固だ。私はその言葉に甘えることにした。

 

会計を済ませ、私達は店を後にする。

トレーナーは早速紙袋から耳飾りを取り出すと、私に手渡そうとしてくる。

反射的に受け取りかけたが、考え直して手を引っ込めた。

 

「オグリ?」

 

「キミの手で私の耳につけてくれ」

 

「………分かった」

 

彼は私の右耳から青地に黄色の線が入ったいつもの耳飾りを抜き取ると、代わりに赤と白で彩られたそれをつけてくれた。

一歩進むたび、チリンチリンと弾むような鈴の音が響く。耳元で鳴りながらも決して煩すぎない絶妙なその案配は、あの店の確かな技術を感じさせた。

 

慎ましくも存在感のあるその姿は、まるで私達の絆を表しているようで。

それが嬉しくて、くるりと一周その場で回って見せた。

 

「どうだろう、トレーナー。似合っているだろうか?」

 

「ああ。オグリの芦毛にも調和してよく映えているな。思っていた通りだ」

 

「そうか!!ありがとう」

 

ふふっと笑いながら首を傾げると、またしてもちりんと耳元で鈴が鳴る。

それを聞いてもう安心だなと微笑むと、トレーナーは私を抜いて前へと進んでいった。

 

その腕に飛びつき、がっしりとしがみついてやる。

行きと同じように体も密着させてやった。

 

「いつまで続けるつもりなのかな……それは」

 

「勿論、学園に到着するまでだ。ちゃんとこうしてくっついていた方がもっと安全だろう?」

 

キミは私のことを犬みたいだと言ったな。なら、ちゃんとリードを放さず持っておくのがキミの責任だと思う。

首輪をつけたまま放っておかれたら、私はまたどこかへ行ってしまうかもしれないからな。

 

観念したのかなにも言わず帰路を進むトレーナーに連れ添いながら、私はいつもよりほんの少しだけ重い右耳の感触と、新鮮な鈴の音を楽しむ。

いい気分だ。今から走ったらとてもいいタイムを出せそうな予感がする。あのお店が願掛けとして使われているのは確かに意味があったのだ。

 

もう少し音を感じていたくて、ぴょんぴょんと私は跳ね回る。

帰ったらタマ達に自慢してやろう。

 


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