某所にて、四時間で書き上げた即興小説を加筆修正したものです。某所にあったものは削除済みです。

時間軸はカルラ加入直後、登場するメインキャラはタグをご参照ください。
原作……PSP版をプレイした方推奨となっております。
(アニメ版のみご視聴された方には、疑問が生じると思われます)
故に、ある程度の描写とルビの省略されております。また、改行の仕方が拙作の長編とは違いますのでご留意頂ければ幸いです。

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これを投稿する経緯が少し恥ずかしいので、チラシの裏へ投稿しました。


湯釜

 カルラを雇兵として迎え入れて数日後。ずっと意気消沈しているエルルゥの背中を眺めつつ、ハクオロは溜め息を吐いた。理由は、エルルゥの視線の先、畳の上にある。

 真っ二つに割れた湯釜は、元に戻らない。大事な物――愛する祖母が遺した物であれば、なおさら悲しみは大きい。

 

「エルルゥ」

 

 声を掛けてみるも、エルルゥの反応は薄い。ハクオロが何度か声を上げてやっと振り向き、慌ててお茶を淹れる姿も何処かぎこちない。挙句、ハクオロの上に茶を零してしまい、涙ながらに謝罪する彼女に見兼ね、ハクオロは休むように言いくるめた。

 最初は大丈夫だと言い張ったエルルゥだったが、真剣な目で見つめるハクオロに目を見開き、小さく頷いた。拭く物を持ってきますね、と空元気を出しながら退出した。

 沈む夕日を眺めながら、ハクオロは腕を組む。

 

(さて。どうしたものか)

 

 ハクオロ自らが割ってしまったわけでは――……決して、決してない。しかし過程を知るが故、ハクオロの中に罪悪感が募っていく。何かしてやりたいものなのだか……そっと伸ばした手が、湯釜の端に触れる。エルルゥがずっと捨てられずにいる、綺麗に割れたそれを。

 美しい。しげしげと見つめながら、ハクオロは感嘆する。釜に刻まれた模様だけではない、釜を形作る姿が非常に美しい。指から伝わってくる滑らかな曲線美はもちろん、釜が持つ堂々とした直線が心を打つ。また二つが織り成す形に、全く無駄が無い。湯を沸かすために最も最適な形状をしている。

 

(トゥスクルさんが愛したのも、解る気がする)

 

 そっと息をつき、ハクオロは釜から指を離す。が、その隣に刻まれた凹凸に触れたことによって目を留めた。紋様ではない、模様に自然と溶け込んだ、その文字に目を奪われそうになる。

 

「製作者の名前、か……」

 

 知っているか? とハクオロは振り返ることなく、部屋の入口に立ち尽くしている彼――ベナウィへ尋ねた。ベナウィは一瞬驚いたような素振りを見せるも、普段通り軽く一礼した後、おもむろに部屋へと足を踏み入れる。

 

「皇都郊外に店を構える、鍛冶司の作品かと」

 

 ほう、とハクオロはわざとらしく咳払いする。

 

「いつも思うのだが。お前は何でも知っているな」

「いえ。……調査を致しましたので」

 

 済まなさそうな顔をすっと俯くベナウィに、ハクオロは微笑する。湯釜の一件の経緯から、別にお前のせいでもないのだろう、と思いつつも言葉にはしない。

 

「その店の場所を教えてくれないか。あと、明日は休みを貰う。勿論、エルルゥもな」

 

 御意、とベナウィは恭しく頭を下げた。が、顔を上げた表情は普段通りであることに、ハクオロは身体を遠ざける。妙な既視感と胸騒ぎから逃げるべく後退した皇の肩を、ベナウィはしっかりと掴む。

 

「では聖上。本日の御政務が未だ残っておりますので、政務へとお戻りください」

「いや、だから明日は用があるから早めに――」

「なればこそ」

 

 ひしっ、とハクオロの腕に走った痛みは、その日の政務が終わるまで解放される事はなかった。

 

 

 

◆◇

 

 

 

 翌日。麗らかな陽気の真下、賑わいを見せる皇都大通りをハクオロとエルルゥは歩いていた。先日来た時よりも人が多くなっている事に感心しているハクオロの隣で、エルルゥは相手の袖を引っ張って誘導する。

 

「あっ! ハクオロさん見てください! このモロロ、女官さん達の間ですっごく話題になっているんですよ!」

 

 露店の入口に吊るされている、歪な形をしたモロロを指差すエルルゥの顔は明るい。明るすぎるが故に、とても無理をしているのではなかろうか――そんな心配を心中に収めつつ、ハクオロは首を傾げる。

 

「ほう。甘い品種のモロロなのか?」

「味はちょっとさっぱりしてる種類なんですけど。薬草と一緒にすりおろして、お肌に塗ってちょっと置いておくと良いんですよ。特に顔とか」

「顔、か」

 

 頬から上を擦るハクオロに、エルルゥは力なく笑う。

 

「……ハ、ハクオロさんはあまり必要ないと思いますよ」

 

 いや、口元が最近乾燥していてな、と笑いつつ、ハクオロは手前の角を指差す。人が多くなってきた、と、後ろからやってきたエルルゥの手をそっと握り、ゆっくりとその歩みを速めていく。

 頬を赤らめながら、エルルゥはキョロキョロと周囲を見渡しつつ、人混みを縫うように続く。

 

「ハ、ハクオロさん、一体何処へ」

「っと、危ない」

 

 人波に弾かれ、後方からやって来た早荷と接触しそうになったエルルゥを、ハクオロは抱き寄せる。吹いた風が髪を撫でる中、その風が通り過ぎるまで、強い温もりをしっかり包み込む。

 

「すまない、少し急ぎ過ぎた。危ないから、店側の方へ」

「……」

 

 エルルゥ? と首を傾げるハクオロに、エルルゥはゆっくり顔を上げる。上目遣いに見つめてくるその顔に、ハクオロは思わず頬を紅くし、隠すように目を逸らす。しかし動かぬ相手が心配になり、再びエルルゥの――大きな瞳を覗き込む。

 紅い顔で見つめ合う二人。皇都の片隅で、どれほどの時が経ったのかは分からない。が、ふとした拍子に双方は我に返り、僅かに距離を取る。互いに目を逸らし、一瞬気まずい空気が流れるものの、ピンと尻尾を立てたエルルゥがそれを払拭した。

 

「そ、そういえば。ハクオロさんの用事って何ですか?」

「あ、ああ。ええと、鉄扇の手入れをな」

 

 嘘は吐いていない。だが、ハクオロの心がチクリと痛んだ。

 痛みを逸らすように、他愛もない話題をハクオロは何度か振る。先程の微妙な空気もあってなのか、エルルゥも予想以上に合わせてきたため、話は弾んでいった。そうこうしている内に、目的の場所――皇都の郊外にある、ベナウィに教えて貰った店に二人は辿り着いた。

 

「ここ、か」

 

 仰ぎ見るハクオロとは対照的に、エルルゥは呆然と店内に並ぶ商品を眺めていた。

 品数は決して少なくない。理由は単純で、お世辞にも広くない店内に大きな品物ばかりが並んでいるためである。黒に、やや灰を帯びた物、緑が垣間見える物――しかしどれもが美しく、堂々としている。我らが主を待つかのように鎮座し、静寂の中ただひたすらに構えている、湯釜。そんな彼らの隣、店の片隅で……店の店主と思われる老人が船を漕いでいる。

 ハクオロは相手に声を掛けようとするが、後方から掛かった男性の声に振り返った。

 

「すみませんねえ、じっちゃん昼寝大好きなもんで」

「貴方は?」

「おっと、これは失礼を」

 

 仮面を見た直後、恭しく頭を下げる青年にハクオロは苦笑する。侍大将から話はいっているかもしれないが、どうか堅苦しくしないで欲しい旨を伝え、店内を見渡す。

 

「どれも素晴らしい物だ」

「じっちゃん聞いたら喜びます」

「貴方が作った物は?」

 

 いえ、と青年は俯き加減に品物を見つめ、苦みの混じる笑みで頭を掻く。

 

「じっちゃん――師匠は、禍日神も逃げ出すじゃないかという位に厳しくて。自分の作った物は一つもないです。とはいえ、この時勢、湯釜一筋ってのは師匠くらいの腕があっても無理です。なんで、庖丁や武器の手入れなんかもやっているわけです。まあ昔は宮中で皇女がお茶を嗜んでいたとかで――っと、失礼しました」

 

 構わないさ、とハクオロは鉄扇を相手に渡す。恐縮しきった顔で青年は受け取り、何度も頭を下げながら店の奥を差す。

 

「時間が掛かると思いますので、どうぞ上がって下さい。お茶も淹れますので……そちらの女官様も」

 

 女官様も、と言われたエルルゥの両耳が上がる。否定をして欲しいと訴えかけるような視線を向ける彼女に、ハクオロは慌てて口を開く。

 

「あ、いや彼女は女官ではなく、家族で」

「これはっ、大変な失礼しました! 皇后様でいらっしゃいましたか」

 

 皇后様、と言われたエルルゥの尻尾がパタパタと揺れ始める。照れる顔に手をあて、何故か否定しない彼女に、ハクオロは焦って修正の言葉を付け加える。

 

「いや。この()は妹みたいなもので――……ん?」

 

 落胆の表情を浮かべるエルルゥをよそに。妙な既視感を覚えつつも、ハクオロは促されるままに部屋の奥へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 狭いですが、と言われた部屋は、それほど狭くもないだろう、とハクオロは見渡す。

 二人が通されたのは、ごくごく一般的な広さの茶室である。新しくはないが、古すぎるという訳でもない。手入れがよくされているのか、畳からは特有の良い香りが漂い、ところどころ修復の跡が残る漆喰の壁は逆に趣を感じさせられる。その中心で、一際存在感を放つのは、やはり湯釜であった。

 仄かに蒸気が立つ湯釜をじっと見つめるエルルゥを一瞥し、ハクオロは茶を淹れる青年に質問をする。

 

「この湯釜も、あちらの御主人が?」

「はい。かなり古いですが、師匠の最高傑作です。すみませんが、相手が皇様であろうとお売りできません」

 

 ほう、と湯釜を眺めるハクオロに、青年は茶を差し出した。

 

「……実は。この湯釜を看板代わりに飾っていた頃に、使わないんならこれを売って欲しいって何度も言って来られた女性がいらっしゃいましてね。丁度、じっちゃんと同じ位の御歳だと思うんですが」

 

 ちょっとエルルゥ様に面影が似ていらして。屈託なく笑う青年に、エルルゥの顔が上がる。

 

「私に、ですか?」

「はい。しかし、エルルゥ様のような嫋やかさはあまりなかったと申しますか、とにかく何度もやってきてはこれが欲しいと仰る頑な御方で。お客様にはとにかく優しいじっちゃんなんですが、堪忍袋の緒が切れたんでしょうか、ある日すっごい怒鳴ってしまいまして」

 

 この話は師匠に内緒ということで、と青年は笑って語り続ける。

 

「俺は未だ小さかったので、あんまり覚えていないんですが……じっちゃんは、相手がこの湯釜の良さを分っていないと感じて腹が立ったらしいんです。で、相手に『こいつの良さが解るのか?!』みたいな感じで吹っかけたんです。ところがその御方、この釜の良さを百個挙げた上に『お前さんこそ、自分の作ったものがどれだけの価値があるのか解っているのかえ?!』とじっちゃんに返しまして。その人、薬師なんですけど……いやあ、薬師って物知りなんですねえ」

 

 その後、二人の言い争いは感情のままに喧嘩へと発展したが、次第に湯釜の事を語り合う形になり意気投合。すっかりお得意様、気が置けない仲になったのだと、青年は締め括った。

 

「その人が言っていましたよ。湯釜は使ってこそ価値のあるものだと。同じ物は絶対に作れませんから、大陸にたった一つの物でも、何時かは壊れて悲しい気持ちになる。でも、それでも使った思い出、愛した想いは受け継がれる。大事なのはその思い出を作る事、忘れない事。忘れないことは独りでも出来るかもしれないが、作るのは湯釜がないと出来ない。孫たちとの最高の思い出は、師匠の湯釜でしか作れないって」

「…………」

 

 前髪で顔を隠したエルルゥに、青年は真っ赤な顔で慌てる。そんな彼に、歳のいった男性の声――店主の声が掛けられる。

 

「さっさと仕事してこい。お客様を待たせるつもりか」

「あ、いや、これからが面白いところだったんですけど」

 

 たわけが、と店主から一喝され、青年は身体を丸めた。ハクオロ達に一礼した後、すぐに終わらせるので、と作業場へと去って行った。

 青年が仕事を始めた事を確認した後。店主は二人に向かって頭を下げた。

 

「すみませんな。孫が迷惑を掛けたみたいで」

 

 い、いえ、とエルルゥは首を振った。その様子をじっと見つめ、店主はそっと微笑む。

 

「お嬢さん。今日は湯釜をお探しに?」

「そ、それは」

 

 エルルゥに目を向けられ、ハクオロは無言で微笑む。その返答に目を丸くし、エルルゥはゆっくりと頷いた。

 そうですか。と店主は頷き、ゆっくりと立ち上がる。

 

「お嬢さんに、是非とも使って頂きたい湯釜をお持ちしましょう」

「えっ……」

 

 しばらくして、店主は一つの湯釜をエルルゥの前に差出した。別段変わった特徴も見受けられない釜だが、射し込んだ光のためか、特別な物のような印象を抱かせる一品である。不思議と懐かしさを感じさせる湯釜に、ハクオロはそっと息をつく。

 愛おしそうに目を細め、店主はゆっくりと湯釜を撫でる。

 

「先程、孫がお話していたお得様からご注文頂いていた湯釜です。先日、お亡くなりになった報せを受け取りましたので、店に置こうと思っていた代物です。自分で言うのも恥ずかしいですが、今まで作った中で最高の物だと自負しております」

「そ、そんな大切な物――」

「だからこそ、使って差し上げてください。あの人も……湯釜も、貴女に使って頂けると、喜ぶと思います」

 

 店主は湯釜を改めてエルルゥの前に置く。

 

「良い思い出を、たくさん作る手助けとならんことを」

 

 畳の上に、涙が落ちた。

 目元を隠すエルルゥの隣に手拭いを置き、ハクオロはエルルゥの頭を撫でた。

 

 

 

◆◇

 

 

 

 どうぞ。とエルルゥから差し出された湯呑に、ハクオロは手を伸ばした。美しい色をした水面を鑑賞した後、味わうようにゆっくりと湯呑を傾けた。

 

「美味い」

「ありがとうございます」

「やっぱり、違うな」

 

 焼き菓子の山を差し出し、エルルゥは首を傾げる。

 

「お茶の葉は一緒なんですけどね」

「不思議なものだ」

 

 もう一杯くれるか、とハクオロは湯呑を差し出す。笑顔で頷き、茶を淹れるエルルゥの横顔に目を細める。

 

「さて、菓子も貰うとしよう……ん? エルルゥ、籠にあった菓子がもうないんだが」

「えっ?」

 

 茶を渡したエルルゥは周囲へ目を向ける。直後、ハクオロの隣で菓子をほおばっているアルルゥとムックルと目が合う。

 

「こら、アルルゥ!」

 

 アルルゥを怒る声が、部屋いっぱいに響く。その後のやり取りは想像がつく、とハクオロは心中で笑う。案の定、エルルゥがアルルゥを叱り、その長さに耐え兼ねたアルルゥ達が隙を見て退出し、エルルゥが追いかける――普段通りの光景。

 諌めることなく彼女達を見届け、ハクオロは誰もいない部屋を見渡す。ゆっくりと漂う湯気を辿り、源泉たる場所を見据え、目を細める。

 

「どうだ? ウチは、こんなものじゃないぞ?」

 

 入ってきた風に湯気が揺れる。一瞬とある人の笑顔が見えたような気がし、ハクオロは目を丸くする。が、すぐに吹き出した。

 そうか。と姿勢を正し、ハクオロは茶を啜る。

 

「お前とは、上手くやっていけそうな気がする」




補足:
PSP版では「湯壺」とありますが、辞書を引いてみる限りだと「湯釜」の方が正しいと思いましたので、後者の単語を使用しております。
2015/11/16 誤字修正

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