オリジナルウマ娘列伝 作:南スラヴ連帯牧場監修
子供の頃、親に連れられて見たレースが私をトゥインクルシリーズへと誘った
ベルモントステークス
アメリカ3冠最後のレース
正直、私は走るというのにそこまでの意義を見出していなかった
ウマ娘だからという期待があまりにも多すぎてプレッシャーになっていたのかもしれない
学校の運動会ではスターターを任せてもらったが、先生の配慮に感謝は今でも絶えない
だけど、このレースで私は「ウマ娘」なのだといつも以上に自覚してしまった
英語の実況はもちろん、周囲の観客が盛りに盛り上がっている
何を言っているのかは分からないが、目の前のウマ娘へ、熱狂が集っていた
戦法は「逃げ」というやつなのだろう
だが、後続も負けじと後ろについている
第3コーナー、続々と後ろのウマ娘が動き出したが1番のウマ娘は未だ先頭
直線に入った時に、彼女は更に伸びた
砂を浴びる事も無く、勝負服未だ綺麗に駆け抜ける
影を踏ませないとはまさにこの事。1着を勝ち取ったのはあの逃げたウマ娘だった
周りが砂でどろどろになる中、一人だけ勝負服も顔も綺麗なままでいる
魅せられてしまった。私もああなりたいと思った。
父の仕事は世界中を飛び回る貿易商だったので、休みの時はねだって連れていってもらった
色んなレース場を見てきた。日本のは全部見てきたし、ベルモントパーク、カラ、エプソム、バーデンバーデン、シャンティイ、ロンシャン、沙田、ロイヤルランドウィック、ムーニーバレー、フレミントン……
まだまだ見ていないところも多いのだが、それだけにウマ娘としてしっかり成績を修めればこういった海外遠征も視野に入ってくる
みんな凄いウマ娘だった
豪州では無敗のウマ娘に会えたし、香港では短距離王者と名高い方から直筆サインまでもらった、凱旋門賞を連覇したウマ娘はなんと私と一緒に食事までしてくれた
いよいよ、私はトゥインクルシリーズに挑んでやろうと、てっぺんとってやろう!と
意気込んだには思い立ったが吉日。いざ、書類に筆を進めると頭が浮つき始めて、トレセン学園への出願に気づいたのはなんと寝付く前であった
試験は恙無く終わったが、心残りもあった
面接官より「目標は?」と聞かれたのである
一瞬、心に空白を置き「3冠です!」と声をあげる事ができた
私に限らずこう答えるウマ娘は幾千幾万といるであろう
しかし、帰りの電車、夕焼けを見ながら私は目標というものに自問自答していた
聞くところによれば「走れれば良い」「良い成績を残せれば」と言い放ったウマ娘もいるらしく、そういうものでも良いのかと目をわずか丸くした
目標、中々に重いようでそれでいて軽さも感じられる言葉だ
それと決めてしまうと拘り、それが無理だとまた目標を定めなばならない
母に話を聞いた。というより目標を求めた
母はかつてトゥインクルシリーズで走ったウマ娘。もっともこの時まで、その時代の話を聞いた事はなかったが、トレセン学園に入学するというので、色々話をしてくれた。恐れ多いことながら、あまり良い成績を残せなかったようだ。
最終戦績32戦2勝。勝ったレースも新馬戦と条件戦の1勝ずつ。重賞も挑めたそうだが、GⅢを2着という結果だった。
曰く「負け続けるとなんでも良いから勝ちたくなる」
曰く「勝負服に袖を通したかった」
曰く「トレーニングに打ち込む事で結果から目を背けていた」
壮絶な世界である
詳らかに書き起こせぬが、話す母の表情は勝負の世界に生きた女の顔であった
自室のベッドに差し込む月光が私を引き留めているかのようであったが、ここで私は原点を思い出す事にした
幼き日に見た、あのベルモントステークス。あわせて調べるとあの逃げ切ったウマ娘はなんとアメリカ3冠ウマ娘だったのだ。その後も活躍し、BCクラシックも勝利している
成長した今となっても、スマホ越しに見ても、このレースは未だ私を興奮させる
あれこれと悩んだが、ようやく得心した。原点に帰るべきだったのだ。
ありがたい事に言葉を翻す必要はない
私が目指すのは『3冠』なのである
「よし! 各自、目標を言え! まずモミジベスト!」
「とりあえずレースで勝ちたいです!」
「次! エナジーバラッド!」
「しばらくはオープン戦を目標にしています!」
授業初日
ターフには何度か脚をつけたが、トレセン学園のターフに立つというのはひとしおの感動がある
1周走って息が上がるが、深呼吸を何度か何十度か繰り返してようやく落ち着く
実感が湧かないが、その代わり舞い上がっていた
「シーキングザマネー!」
「3冠です!」
「次、ラフウィステリア……」
3冠を口にするウマ娘は多くはないが、オープンキャンパスで先輩から聞いた話では「クラスに4人ぐらいはいるよ」というのでどこか安心して答える事ができた
キンジャクベリンというウマ娘も私と同じく3冠を目標にした
「今日はここまで! 解散!」
「「「「はい! ありがとうございました!」」」」
一礼すると、クラスメイトたちは思い思いに動き始めた
じゃれついて買い食い先を談じ込む者、コースに戻って走り込みを始める者
どこか一拍置いて行かれたようで、私は一体何をしようかと悩んでしまう
すると声をかけられた
「シーキングザマネーさん」
先のキンジャクベリンであった
栗色の髪が夕陽に照らされ輝いて見える
「マネーさんも3冠目指すんですね!」
「はい」
「それじゃあ、私のライバルって事ですよね……良いレースをしましょう!」
「えぇ……あー、そのー」
「?」
きょとんとした目の前のクラスメイトに私は目標の3冠を語った
「え」
「驚かれましたか? 私は行ってみたいんですよ」
「い、いや! 別に、というか、凄いと思います! 応援してます!」
ファン第一号かもしれない
しかし、このキンジャクベリンというウマ娘にはどこか才器を感じてしまう
3冠、それも無敗を達成するやもしれぬほど、彼女にはどこかポテンシャルのようなものをぶつけてくる
「それじゃあ、一緒に併走してみませんか!? 折角ですし!」
「えぇ! やりましょうやりましょう!」
何にせよ、学園生活は幸先の良いスタートであった
チーム、というものがこのトレセン学園にはある
スカウトを受けたりすることもあれば、自分から志願しにいくものもあるらしく、究極入らない者もいる
現在、私を悩ませているのはこの事についてであった
「で、どこにするん?」
「むぅ」
寮で同室の先輩、ジャリオンゲンジさんに色々と話を聞いてもらっているが未だに決めかねている
いや、まだクラスメイトでもチームに入っていない者は多く、正直焦る必要はないのだが、私の夢目標の為には早く誰ぞとトレーナーを見つけ、論理的な指導を受ける方が良いからである
「チームRX J1856.5-3754とかどーよ。重賞勝ってるウマ娘もいっぱいいるし」
「あんま大所帯なのはちょっと……」
カタログをぺらぺらと見ていると、気になるところがあった
「ジャリオンゲンジさん、このトレーナー一覧ってのは?」
「あぁ、もうチームが解散したり、今年からはじめる新人さんとかやな」
「てことは、今契約すれば私専属になるわけですね……」
「せやな。まぁ、希望のチームがあっても絶対に入れるわけちゃうし、こういうのも一つの道やね。それに確か……ほら、あのスパイグロリアさんもトレーナーさんとマンツーマンでええ成績残してるし」
スパイグロリアというのは現在日本ダート界を牽引しているウマ娘だ
春秋ダート3年連続制覇、統一G1全勝、アメリカ遠征も何度かしている超一流である
「じゃあ、この辺に売り込みかけるかぁ」
「がんばりがんばり。おーえんしてるで」
どこか小馬鹿にされたような笑顔だが、ジャリオンゲンジさんはステイヤーとして名を馳せているウマ娘
先行二の脚の名人で、距離だけなら6000mでも走れると豪語している強者だ
やることが決まると、途端に睡魔が襲ってくる。今日はここまでとしよう
「おはようございます。シーキングザマネー、さん?」
「ぼはよう」
翌日、キンジャクベリンさんが挨拶してくれたがクソみたいな生返事でしか返せなかった
「目の下にすっごい隈が……」
「寝る直前に同室の先輩のC級映画鑑賞会に付き合わされた。もうマネキンをゾンビと称した映画はみたくない」
「おいたわしや」
仕方がない。勉学への意欲は軒昂だが、目が重たい以上どうにもならない
数学の2次関数、理科で終速度の証明、国語は横溝正史だったようなので誰かからノートを写させてもらおう
放課後、売り込みをかけるというのも変だったので、コースをとにかく走り込んだ
1周走って、目についたのはキンジャクベリンに群がるトレーナーたちだ
やはり才器に満ちているのは間違いではなかったのだろう
「やっぱりベリンさんは凄いねー」
「ねー」
クラスメイトや同期のウマ娘たちも口々に感想を漏らすが、私も同意見である
ただ、それだけに私も早くスカウトをされたいとどこかいそいそとしてしまう
焦るな落ち着け、と思いもう1周走り込む
走り込めば込むほど、また一人また一人とウマ娘とトレーナーがどこかへ行く
気づけば夕刻、陽が目に差し込み眩しい
「はぁ、はぁ」
今日はここまでだろう
寮にも門限があるわけだし、何も全員が全員スカウトされたわけではないのだ
明日の方が名トレーナーと呼ばれる人に巡り合えるのかもしれない
「それは無いと思うなぁ」
「むぅ」
寮に帰ってジャリオンゲンジ先輩に相談すると一蹴された
「むしろ、初日が大事ちゃうかな」
「よ、用事があって今日来られなかったとか」
「自分の夢、叶えてくれるかもしれないウマ娘を新人やライバルトレーナーに『はい、どうぞ』としてくれる人はそうおらんと思うで」
学術雑誌を読みながらジャリオンゲンジさんはひとつひとつ私の希望を否定していった
彼女のトレーナーはいわゆる中堅どころ。そのチームにおいてもジャリオンゲンジさんは代表ウマ娘を名乗っている
「ゲンジさん、これは才能ってやつなんでしょうか」
「……それはちゃうな」
ジャリオンゲンジさんは学術雑誌を放り投げ、私へと向き直った
「トゥインクルシリーズに4年も挑み続けていたウマ娘としては、だ。才能も努力も無いな。ただやる事をどれだけやれんのか、どういう風にやんのか、そしてそのやるだけを本番でちゃんと引き出せるんか」
「才能も努力も、必要なんですね」
「好きに受け止めれば良いよ。勝ったウマ娘はなんでも勝因にできるんと同じように、負けたウマ娘はなんでも敗因になってまう。これは真理やと思ってる」
「……………」
この顔を私は見た事がある
母が現役時代を語ってくれた時の顔だ
「真面目な事言うんはガラちゃうなぁ」
「ありがとうございます。明日はもうちょっと頑張ってみようと思います」
「ええ子やなぁ、マネーは。おっしゃ、ほんなら麻雀しよか」
良い話をしてくれたと思ったら、これだ。ノリが学生生活をエンジョイするタイプ
ただ、付き合いたいと思ったのも事実なので、ここはしゃれこむとしよう。四暗刻単騎
この対局は深夜2時、寮長代理のタムロガンダルヴァ先輩に怒られるまで続いた
「また隈が」
「徹マン未遂です」
「徹マン」
翌朝、キンジャクベリンさんから昨日と同じ質問をされた。デジャビュ
「確かジャリオンゲンジさんでしたっけ」
「良い方なんですけどね。ただ留年生っぽいところがすごくて……」
「学年成績は上位らしいですよ」
「マジ?」
あの先輩が?と思ったが、そういえば愛読書も学術雑誌だったなと思い出すと得心する
「そう言えば、キンジャクベリンさんの同室の方って誰ですか?」
「パラドックスさんです」
「あぁ、あの白い」
隣のクラスにそういやそんなウマ娘がいると聞いた
寡黙で何を考えているのか分からないといったようだが、ああいう手合いは思いのほかユーモアに満ちている
「キンジャクさんはもうトレーナーついたんですね」
「はい! とっても良い人で、一緒に3冠目指そう!って」
「応援してますよ」
すっごいキラキラしている
ホープフルSも朝日杯も勝って無敗3冠も取れそうだ
「もうレースの話は出てるんですか?」
「はい! 7月の第1週に早速!」
「見に行きますよ」
予定は特に入れてなかっただろうから、良い席をとっておこう
放課後、今日はコースではなくジムに来た
私が目指している3冠はスピードと同じくパワーが必要だからだ
「ふぅん、ふぅん、ふぅん」
「「おおー」」
正直な話、地元では走り込みよりも、ボクシングジムに入り浸ってサンドバックを打ち込んだり蹴り込んだりしては、駅前のジムに通ってなんかそれっぽい機器で鍛えに鍛えた方である
ギャラリーができあがるのは慣れているのだが、今でもどうすべきなのか分からないでいる
「やりますか?」
「いや、いや、続けて続けて! すごいから!」
困ったものだが、ならとことんやろうと思う
重さ500㎏のバーベルを抱えながらのスクワットは背伸びしたところもあるのだが、思いのほかイケている
地元ではそこかしこから砂や水を集めてようやく200㎏の重りでスクワットをしていたものだ
呼吸は整っているが、大きくなってきた
これで、1000回、め!
「ぶはぁ」
「本当に1000回やったよこの子……」
「300㎏300回が限界なのに」
こんなに汗をかいたのははじめてかもしれない
脳がまともな思考回路ではない。岩、ハマチ、プリン、夢窓疎石。訳も分からず知っている単語が出ては消えていく
「ちょっと失礼します」
ベンチに寝転がると血が一斉に満ち引きをはじめたような感覚に襲われた
優しい先輩がいたようで、おでこに冷えたタオルが当てられる
ようやく、落ち着いていた
「ありがとうございます」
「無茶するね」
「すみません。ちょっと見栄を張りました」
「新入生あるあるだ」
まだ視界がぼやけているが、この先輩はどこかで見た事がある
確か、確か、確か
「アガールズモルト! ここにいたのか」
「トレーナー」
アガールズモルト!
その名前は何度も聞いた事がある
ダートスプリンターとして『世界』に君臨するウマ娘
全戦無敗! その追い込みで砂まみれ泥まみれになりながら勝つ姿が何より美しいウマ娘
恐らく、今アメリカでもっとも有名な日本のウマ娘だ
「アガールズモルトさん!?」
「驚かせちゃったかな」
「モルト、今日はオフだと言っただろうに」
「だから、休んでるよ。ちょっとギャラリーができてたから気になって見ただけ」
「本当だろうな。それでこの娘は?」
「すごい娘だよ。えっと名前は…」
「シーキングザマネーです!」
「マネーちゃん。トレーナー、500㎏のウェイトを見栄を張るにしても1000回やれる?」
トレーナーさんの目がこちらへと向いた
見た目は若く、顔からあどけなさがようやく抜けましたといった具合だ
「ちょっと、足見させてもらうよ」
「ど、どうぞ」
まじまじと見られるのは初めてで恥ずかしさに溢れるが、恐る恐る足を差し出す
「…………」
「ちょ、ちょ、そこ」
人差し指でぽんぽんと突かれては、いきなり握られてしまい、こそばゆく口元を抑える
「これは、良い…イケる……」
「マネーちゃん、ちょっと待ってね。トレーナー目は良いはずだから」
「は、はぁ」
なにやらぶつぶつと呟くトレーナーさんに足をもみもみされるが、そろそろ離して欲しい
ようやく解放されたと思ったら、今度は肩を強く握られた
「君!」
「は、ひゃい!」
「俺と組まないか!?」
「喜んで!」
トレーナーの名は宇井保次男
私と3冠を歩む、大事な大事な人となるだろう