オリジナルウマ娘列伝 作:南スラヴ連帯牧場監修
「ここが俺たちの部屋だ」
「お邪魔します」
「あんま肩ひじ張らなくていーよ。チームっても今んとこウチぐらいだし」
学園のそこかしこにあるチーム小屋。私が案内されたのは校舎からは結構遠め
コンクリートでできた小屋は年季が入っているのかヒビもいくつか入っており、整頓されているというよりか殺風景と言った方が良い
「改めて自己紹介だな。俺は宇井保次男。よろしく」
「お願いします! あの、もしかしたら宇井保って……」
「そうだよ。俺は宇井保家の人間だ」
宇井保家
その家に生まれた者は名トレーナーの素質に溢れると言われており、歴代の中には所属ウマ娘たちがトゥインクルシリーズG1レースを同年で完全制覇したこともあるという伝説を耳にしたことがある
失礼ながら、私は当たりを引き当てたのかもしれない
「でも、成績は他のご兄弟ご姉妹や親族に抜かれてるのよねー」
「ぐ」
「キツい言い方、私だけでトレーナーやってるようなもんだし」
そもそもアガールズモルトさんは先代の宇井保家当主に見出されたウマ娘で、引退と同時にこの次男さんと契約を結んだらしい
しかし、兄弟姉妹にはそれぞれ数々のウマ娘が移ったのに対してである
次男さんにはアガールズモルトさんしか来なかったのである
「アガールズモルトさんはどうして次男さんに?」
「私はもう夢を叶えたから」
―なんでも良いから頂点を昇り詰めたい-
それがアガールズモルトさんの夢だったのだ
いつかに見た週刊誌で『ダートの短距離で彼女に敵うウマ娘はもう未来に託すしかない』という評判に何度もうなずいた事がある
「私以外のウマ娘にはまだ叶えていない夢があった。それに引き継ぎの時点で今のご当主の長男さん、それと長女さんはトレーナーとしての実績を重ねていたからね」
「俺がトレーナーになったのはその時だったんだよ」
「新人トレーナーと中堅トレーナーを選んでと言われて前者を選ぶウマ娘はいないではないだろうけど」
や、その通りだ。正直な話、私だって後者を選ぶだろう
だが、不思議と次男さんに悪い印象は今のところない
トレーナーの実績はもちろん大事だが、それも含めてレースに勝てるのだから
「まぁ、こっちの紹介はこんなもんで良いだろう。シーキングザマネー、君は一体どんなウマ娘になりたい」
「…3冠に」
「ん?」
「3冠ウマ娘です! 『アメリカ3冠!』」
トレーナーはあんぐりと口を開け、アガールズモルトさんは目の色を興味深げに変えた
「大きく出たな」
「アメリカ3冠かぁ。私もとりたかったなぁ」
否定されると思ったが、二人の反応は思ったより悪くなかった
「い、いいんですか?」
「個人的な話だが、俺の評判は兄姉との比較だけでなく、純粋に悪い」
曰く、アガールズモルトさんに頼っているだけ
曰く、一族の七光り
ご本人からそう聞くだけで反応に困る
「そこで! そういう連中を見返すのにはやっぱりデカいレースを勝つしかない」
「それでアメリカ3冠って……」
「モルト、言いたい事は分かる。でも、でも」
次男さんの顔に影がかかる
決して後ろ暗いものでは無い、矜持というかプライドに裏付けられた雌伏という表現が似合う影だ
「俺にも劣等感というものがある」
次男さんは私に振り返った。凄むような表情でこちらに迫る
「シーキングザマネー、むしろこちらが聞きたい。アメリカ3冠を目指さないか?」
「……はい! 喜んで!」
「う~~~ん、ま、良いでしょう。私もできるだけ手伝うよ」
次男さん、アガールズモルトさんと一緒に「おー!」と拳を突き上げる
遂に私のレース生活がはじまる
一抹の不安、焦る心、夢の舞台に立てるかもしれない喜び、3冠への憧れ、そしてこの重圧
ありとあらゆる全ての感情が私の中で渦巻く
いや、今更退く気はもうどこにもなかった
「あと10セット」
「あ゛い゛!」
「やってる」
それ以降、次男さんは私につきっきりでトレーニングに励んでくれた
アメリカは別格だが、何にしてもダートはパワーだ
他のウマ娘たちが走り込んだりしている中、今はとにかくウェイトトレーニングやジムの器具を使って筋力の増強に務めている
「一応、それ人気のやつだから独占して欲しくないんだけど……」
「アメリカ3冠のためだ! なぁ、マネー!」
「あ゛い゛」
やれやれ、とアガールズモルトさんが別のウマ娘と話を始めた。先輩ウマ娘だろうか
いや、それよりも今はこのトレーニングに集中しなければ
「筋肉だけじゃないぞ! 息の使い方もここで学べ! 本番はこれよりハードだぞ」
「あ゛い゛」
なるほど息の使い方
これは盲点だった。筋肉だけを鍛えていれば良いというものではないのは分かっていたが、頭の使い方を思い知らされる
「(見栄を張ったとはいえ、シーキングザマネーのタフなスタミナは事実だ。なら、当分は基礎筋肉と走り込みで強化していれば良いだろう)」
トレーナーが何を考えているのかも知らなければならない
いう事をやるだけで勝てるならなんにでも勝てるだろう
本心はともかくトレーナーさんのいう事に従うべきだ
現に悪い効果が表れているわけでは、ない!
「っぶはぁ」
「よくやった。休憩したら、今度はあれだ。水分がぶがぶ飲んどけよ。モルト! 待たせたな」
「あ゛い゛」
トレーナーさんはこのところ機嫌が良いように見える。少なくとも能動的なのは確かだ
以前の様子を知る訳ではないのだが
アガールズモルトさんも近々レースを控えているのでこうしてジムでちょくちょく顔を合わせる
フォアゴーSに出るのだ。かつてアメリカトゥインクルシリーズにて黄金の時代を駆け抜けた距離不問の金字塔ウマ娘、フォアゴーの名を冠した短距離レース
私もそれに付き添うことになっている
「はーい、マネーちゃん」
「あ゛い゛」
「だいぶ使い込んだわね」
カラオケでも喉を潰した事はそんなにないのになぜか声がかすれる
「トレーナー、確かにパワーは必要だけどここで潰しちゃ元も子もないわよ」
「分かってるよ。マネー、起きたら次はレッグエクステンション!」
「あ゛い゛」
よろよろと立ち上がり、私の背中からは異常なまでの蒸気が噴き上がっているような気がする
周りのウマ娘も思わず道を譲ってくれる
「ふぅぅぅん」
レッグイクス……ともかく、今日はこの器具でトレーニングは終わりだ
「いつまでやらせるの?」
「気が済むまで」
「まぁ」
先ほど、トレーナーさんの機嫌が良いと評したが
その点にあって、私も同様であった
一つ一つのトレーニングは酷を極めるが、アメリカ3冠に挑んでいるという実感がそれらを覆い隠す
今の私にはチャーチルダウンズのゲートにおさまる自分しか見えないのだ
「はい、分かりました。それで構いません。よろしくお願いします」
空港
今からモルトさんのフォアゴーS観戦へと向かう
いざ搭乗という時に電話が入ったのか、トレーナーさんが場を離れた
モルトさんに連れられて先に着席していると、後からやってきたトレーナーさんが肩を掴んで
「デビュー、決まったぞ! マネー!」
「……本当ですか!」
喜色満面ここに2つ
京都レース場、10月上旬のメイクデビュー、ダート1200m
奇妙なご縁ともいうべきはモルトさんの得意とするレースだ
「今度は私が観に行く番ね」
「帰国の折には是非、ご教授の程を……」
「徹底的にやるわよ」
にわかに戦慄した
目の前にいる方はその道のプロなのだ
「モルト、それでフォアゴーSのことなんだが」
「今更作戦を変えるつもりはないわよ」
「分かってる。出走する面子のことでな」
「ああ、そう」
トレーナーさんから渡された資料を受け取るとモルトさんは神妙な面持ちになりました
「豪華メンバーね。マネー、あなたも見てみなさい」
「拝読します……おぉ」
思わず声をあげるのも無理はない
プリークネスSを制したウマ娘や、昨年のBCマイルを制したウマ娘などが参戦する
「おっしゃる通り、すごい面子ですね……」
「『アガールズモルトに勝て!』 そんなところだろうな」
「ウマ娘冥利に尽きるわ。でも、クラシック路線からわざわざくる子もいるのね」
「逆にモルトは今やダート短距離界の壁だからな」
「勝ち逃げされたくないのでしょうか」
「挑みたいんじゃないのかな。モルトに」
競争歴5年ともなれば、憧れる後輩がいるのはそうおかしくない話だろう
現に私なども挑めるのなら挑みたいウマ娘の一人だ
「最初、モルトが勝った時はみんな凄いと褒めていた。勝ち続けるとブーイングが起こった。更に勝ち続けると拍手が起こった」
「あんまり気にしてないんだけどね」
「肝が据わっている」
モルトさんは時差ボケ解消の為に早々と寝る事にした
その間、トレーナーと私はメイクデビューの作戦会議へと移っていた
「京都ダート1200。スタートはここで、ゴールはここだ」
「はい」
「それまでの仕上げにもよるが、位置は先団前方が理想だな。仕掛けるのは直線で良い」
「コーナーで他の子たちが一気に来ると思うんですけど」
「来させればよい。だが、前には行かせないようにしろ。壁ができたら抜けるものも抜けないからな」
「外側か内側、どっちを往けば良いですか?」
「…………外側で良い。ただイケる!と思ったら内側に行っても良い。判断の猶予はスタート直後20歩まで」
「はい」
あれこれと煮詰めていくと睡魔が襲ってきた
トレーナーさんもこっくりこっくりしており、無理におきる必要もないだろう
さぁ、次に目を覚ませばアメリカだ
「ふかふかのベッド!」
アガールズモルトさんともなればこの程度のホテルを用意できるのだろう
おこぼれに預かるのはやぶさかではない
「モルトさんは?」
「ファン対応だ。見に行くか? 大人気だぞ」
次男さんに連れられ、ロビーへ向かうと凄い人だかり、ウマ娘だかりができていた
「モルトさん! 私、来年から西海岸でデビューするんです!」
「それはめでたい! ケンタッキーダービーに出なさい。あなたならそれだけの脚を持っているはず!」
「アガールズモルトさん、次のフォアゴーSではどのような戦法を!」
「脚の内を披露するつもりはないですよ! 楽しみはとっておかなきゃね」
「プリークネスSを勝ちウマ娘や、昨年のBCマイルを制覇したウマ娘が参戦してきましたが意気込みを」
「真心を込めて、お受けいたしますよ」
性格や口調はそこまで変わっていないものの演じているなぁと思わせるものがあった
しかし、よくさばけるものだ
私なら埋もれてあうあうはわわふにゅにゅと言うだろう
「さ、マネー。作戦会議の続きだぞ」
「はい」
部屋に戻って広げたのは京都レース場のコース図
京都ダート1200m。データ上では! 脚質逃げが有利なコースと伺っている
「基本的には飛行機ん中で言ったのと変えるつもりはない」
「はい」
「他のウマ娘の戦法次第と前置きしても、恐らく何名かは逃げを打つだろう」
「ぴったり引っ付いた方が?」
「ぴったりとはいわないが、逃げウマ娘がそうだな……2,3人としたら間一バ身差をあけてついていけ、先団前方の1番目だな」
「分かりました」
他にも色々と取り決めたが、纏めると「とにかく前の方にいろ」だ
正直、シンプルな方がありがたい
走っている間にあれこれと考える自信は露ほどにもない
「ただいば」
「おかえりなさい、ってわぁ」
「また凄い事になったな」
「ウマ娘冥利ってやつよ。これが」
モルトさんは花束にメッセージカードに、とにかくプレゼントの山に埋もれながら帰ってきた
「花束とプレゼントはトレセン学園に送っといて。メッセージは後で読むから」
「分かりました」
「国際便だって馬鹿になんねーのになぁ」
どさっとベッドに倒れこむモルトさん
フォアゴーSまで間はあるが、当事者にとってはあっという間に過ぎていくのだ
英気を養っていただくためにもしばらくはモルトさんに合わせて生活しよう
モルトさんも来たる日に私に合わせてもらうだろうから