あなた依存症 作:パンデモウム
いつからだったろうか。私は、病魔に襲われている。
熱い、辛い、苦しい。全身に何かへばりついているかのように身体が重く、生温い。安静になろうと身体を横にはしているが一向に楽になる様子はなくて。
大きく息を吸って、そうすると胸が締め付けられるかのように苦しくて。だけれど思考は曇ることなく透明で、寧ろ普段以上のものを示していた。
「私は……」
枕元に置いていたスマホを手に取り画面をつける。部屋は暗いが数秒程度、あまり褒められたものではないけれどいいだろう。
暗闇になれた目が訴えかけてくるがすぐに慣れる。そして、そこに写し出されたものは……
「……ぁ」
それは薬、この症状を和らげてくれる唯一のそれ。
画面に写るのは私の想い人。身体が一気に軽くなって、辛くもなくなり苦しくもなくなり、ふと、口角が上がっていることも認識できる。
この想いはきっと普通ではないのだろう、そうでもなければこんな風に苦しいと思うことはないのだから。
いつからだ。幸せで暖かくて、優しくていつまでも感じていた
当然、今ではそう思わないのかと問われたら全力をもって否定しよう。好きであることに変わりはなく、愛しているということで間違いない。
ただ、それだけ。薬も過ぎれば毒となるとはこのことだ。
今は隠せているこの気持ちも、いつ私を食い荒らして外に飛び出すかわからない。
私は病魔に犯されている。
この画面に写る彼のことを病的なまでに、愛せずにはいられないのだから。
「おねーちゃん、今日は暇?」
「暇じゃないわ」
「え~、これで五日連続だよ~?」
「仕方ないでしょ、私には私の予定があるんだから」
Roseliaでの練習に自主練、予定といってもやることなどそれら程度しかないが、それはどこまでいっても削れはしないものだ。
彼と毎日のように会ったり一日過ごしたり、そうしたいという気持ちは膨れてはいるが押さえつけている。
願望はあれ、実行はできない。理由は単純、変化を恐れているだけ。この好意という感情とはそういうものだ。
彼は私の音楽が好きらしく、頑張る姿が好ましいと言ってくれた、真面目な姿が好ましいと言ってくれた。なら、それを怠ればどうなってしまうのか、考えたくもない。
この想いは自分本意ではなく、彼本意だ。自分がどうこうではなく、彼がどう思うか、そちらの方が遥かに優先される。
彼がそれが好きだと言うのならそうしよう。短い髪が好きだと言うのなら切る、長いのが好きならば伸ばす。彼を追う時間よりも練習する時間が長いのもそういうことだ。
……いや、嘘か。好きであるという気持ちは揺るぎようもない事実。それは病的であり、だというのにそれより遥かに、嫌われることへの恐怖がある。
一日彼の事を追い回したい、彼の全てを知りたい、他の人を見て欲しくない。それらを実行しようとしたこともあったが全てすんでのところで思い止まった。
それら全ての行動や思いは自分がどうしたいかで、彼にどうあってほしいというものではない。
もしそれらの行動をしたとして、もし願い通りになったとして、私が彼に嫌われてしまったなら……
「大丈夫?」
「……なんのことかしら?」
「なにって、おねーちゃん震えてるよ。寒いの?」
言われてみて自分の手を見てみれば、あぁ本当だ、痙攣しているかのように震えている。
寒い、怖い、恐ろしい。昨日と真逆、極寒の海に投げ捨てられたかのように頭の上から足の先まで冷えきっていた。
「まぁいいや、今日も帰ってくるの遅いんだよね?」
「……えぇ、そうよ」
まるで何か確かめるかのような、そんな風な物言い。本人は隠しているつもりかもしれないが筒抜けだ。
興味ない、普段であればそうだけれどなんだか気になった。何が? わからない。それこそただの勘としかいえないような。
「それじゃ、行ってくるね」
まるで逃げるかのようにして家を出ていく彼女をなにも言えずに見送ると、やはりひっかかったものはつまったまま流れていない。
もしかして、そう思うと一気に身体が熱くなるのを感じメンバーにメッセージを送ってしまいそうになっていたが、すんでのところで思いとどまることができた。
『今日は体調が悪いのでお休みさせていただきます』
気付いた時には既にそんな風に打ち込んでいた、きっとこれは私の思いそのままなのだろう。
私は、そんなことをする人間じゃない。彼の中での私はきっとそうだろう。頭の中で繰り返し、声にも出して、メッセージを全て消す。
私のことなどどうでもいい。彼のことだけを考えてさせてくれる、それが私にとってはなによりも幸せであり、大切な事なのだ。
理性とは、人が人であるためのものだと誰かが言っていたような気がする。
本能という獣を抑えつける鎖、それが理性。私は人一倍それが強固だと思っていたのだけれど、それが今音を立てて千切れ飛んでしまいそうだ。
「────」
何を話しているのかは聞こえない。いや、もしかしたら聞きたくなくて、聞こえているのに届かせていないのかもしれない。
私の目が写すのは日菜と、彼の姿。練習帰りに立ち寄ったファストフード店でそれを見つけてから、頭が真っ白になって、音も味も臭いも、触るコーヒーの熱さも何処かに消えてしまっていた。
ただ一つ残るは、目に映る彼らだけ。
「…………」
疑問はない、怒りもない。そんなものを抱けるほどの余裕もない。
この場を飛び出せないのも、そういうことだ。あれこれと思考はすれど、自分のことは蚊帳の外に放り出した誰かの視点でしか見ることができずにいる。
あれはどちらからなのだろう、二人が会うに当たって誘ったのがどっちからなのか。どちらからだとしても嫌なことに変わりはないが。
彼からなら、それは許そう。自分以外が絡むあれこれに目くじらを立てていたらキリがない。まぁ、思わないことがないわけではないけれど。
日菜からなら、それは……
「あっ……」
消えていた感覚が戻ってくる。どうやら強く握りすぎていたらしく、コーヒーが噴き出してしまっている。
熱い、熱い、もしかしたら火傷くらいはしてるかもしれない。でも、そんなことは今の私にはどうでもいい。
私は彼のように優しくないから、終わりよければすべてよし、過程や方法などどうでもよい、なんて甘いことは思えない。
過程も方法も、結果も全て大切だ。当然だ、だって、妥協を許してしまえるほどの甘ったれたものではないし、そういうことは好きではない。
それに何より、そういう私でいなければ私は私じゃない。そうでなければいけないのだ。
自己暗示かのように何度も、何度も自らに言い聞かせた。
そんな風に考えていたらふと、日菜と目があった。
向こうが気づいているかどうかはわからない、だけれどその瞳は深く暗く、見つめていれば溺れてしまいそう。その筈なのにどこか綺麗な色をしていて。
まるで、鏡を見ているかのようだった。
私が求める結果って、なんなのだろうか。
恋人だとかそういう関係を求めてしまっているのか。わからない、けれど彼の隣に別の誰かがいることを許せるのかと問えば、それもまた違うと明確に答えが出て。
結局、答えが出ないまま彼女たちが店を後にするまで彼を目で追い続けていた。
彼が何処かに行ったので食べ掛けのポテトを口にしたが、時間が経ったからか全く味がしなかった。
待ち合わせというものは私はあまり好きではない、といってもこれは彼限定の話である。
私は彼との待ち合わせで待つのが嫌いだ。一分でも、一秒でも。例えその程度でも気が狂ってしまう程に長く感じ取れてしまうから。
なら遅れてくれば、勿論そんなことはありえない。彼を待たせるなどということはしてはいけないことなのだ。何故なら、私は
「……待たせちゃいましたか?」
「私が好きで早く来ているだけですから。まぁ、長く待っていたわけでは」
そう、だからあなたはそうやって申し訳なさそうな顔をしなくていいんですよ。
そんな顔をされると私自身も心苦しい。まぁ、そうして私の事を思ってくれているということは嬉しいことで……それを欠片も求めていなかったのかとすれば、そうではない。
「約束の時間よりだいぶ早いと思ったんですけど、何時からいたんですか?」
「何時からだと思いますか?」
「……3分前くらいだと助かります」
ここでもし、一時間以上前からですよと言ってしまえばどうなるのだろう。申し訳なさそうな顔をする彼の姿が眼に浮かぶ、そうなるとわかっているから、何も言わずに話題をそらす。
本当に体力のない人だ。彼の家からここまで精々が数十分程度だというのに、いててと背を伸ばして椅子に座り込む。
もし、私があなたのことを襲ったら、一体どうなってしまうのだろう。可愛いあなたが見えるのか、それとも意外に男の子らしいあなたを見ることができるのか。
破滅的な思考。すっと、消し去るように思考の隅に追いやった。
「それで、映画を見たいって言っていましたけどどの映画を見るか決めてるんですか」
「えぇ、今井さんに勧められたものがありまして」
それは半分本当、半分嘘だ。映画など、時間の無駄とまでは言わないが進んで見たいと思うことなどない。それならば練習をした方がずっとずっといい。
なら、なぜ? 仕方がない。この前のことが頭に残ってどうしようも。
今、私の瞳には彼が映る。彼の瞳にもまた私が映る。
うるさい、黙れ、何処までも耳障りだ。周りの声も、足音も、自分の心音さえ煩くて止めてしまいたい。
ぐずりと、身体が溶けるかのような感覚に襲われた。
「それじゃあ行きましょうか」
でも、それは一瞬だけ。彼が話しかけてくれて、どこか恥ずかしそうな表情を浮かべて、それだけで全て嘘かのように消えていた。
ほんと、底の浅い人間だ。だからすぐに足らなくなるし、こんな程度でも満たされる。
あぁ、いや、これは彼だからか。彼だから私はこんなにも満たされている。
手を伸ばし、だけれどその手は彼に届く前に自ら引っ込めていた。
動悸が酷い。ドクドクと、バクバクと、頭痛がしてしまう程に強く起こっている。
あの後飲み物をこぼしてしまって、その時彼から貸されたこのハンカチ。
「……フフ」
自分は、こんな甘い声など出せたのか。熱にやられた思考と、やられすぎてむしろ冷静になった思考とでそう判断する。
知っている、こんなものは可笑しいと。例えどんな藪医者であったとしても今の私が可笑しいと判別するのに数秒もかからないだろう。
足が伸びる、電流が走ったかのように身体中が小さく跳ねる。
やっぱり、私にはあなたが必要だ。あなたには私は必要ないかもしれない、そう知れているからこれはきっと必要のない感情だ。
ああ、でも、仕方がない。私が私であるためにはあなたが必要なんです。あなたに依存せねば、私は私でいられない。
汗まみれで気持ちが悪いので上体を起こす。このハンカチは洗って返そう、入念に、迅速に。でなければどうなるかわからない。私も、これも。
「あなたは何も悪くありません。全部私が可笑しいんです」
私の思いがここまで肥大化したのはあなたが魅力的すぎるのが、素晴らしすぎるのが悪い。なんて、あまりにも身勝手だ。
勝手にあなたを好きになって、勝手にあなたへの思いが肥大化して、勝手に私が可笑しくなった。
ごめんなさい、こんなことを思ってしまっては迷惑でしょう。でも安心してください、あなたには迷惑をかけません。
「私はあなたのことを、愛しています」
スマホに残した彼の声を聞く、スマホで捉えた彼の顔を見る。もう一度、彼のことを思い出す。
冷え始めた身体がまた熱を持ち始めた。まだ治まる気配はないらしい。
きっと私は病気なのだろう。不治の病で、治せる見通しはなくまた、治すつもりは欠片もない。
この熱を、思いを静めるため
確かに一時的には治まってくれる。だけれどまた欲しくなってしまう、求めてしまう。
そして私は今日もまた、更にあなたに依存してしまうのだ……
Q.これはヤンデレですか?
A.そうともいうかもしれないしそうではないかもしれない