あなた依存症   作:パンデモウム

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昨日じゃないのは"わざと"です。
自覚はあるので


あなた中毒

 才能とは、酷く不平等なものだ。

 とある人は愚鈍であり、多くの人は凡才であり、また一部の人は非凡である。

 そしてさらに極一部、書いての通り天才と呼べる人がいる。天からの贈り物で、人ではどう足掻いても得ることの出来ないもの。

 あたしは、所謂天才というやつ。自画自賛ではあるけれど、これは自他共に認めるものである。

 

「つまんないなぁ」

 

 大は小を兼ねるという言葉があるように、あって困るものなど目に見えるものにしろ、見えぬものにしろ世の中そう多くない。

 だが、才能というやつはありすぎるとろくでもない。

 

 あたしは生まれて今まで努力というものを経験した記憶がない。端から見ればそうだったかもしれないけれど、あたし個人として興味があったから触れてみた、それだけ。

 理解が出来ない。そんな眼を向けられたことは一度や二度で済むことではなかったが、あたしからしても何故そこまで出来ないのか、意味がわからなかったが、はっきり言ってどうでもよかった。

 

 他人に興味なぞなく、その必要もない。あたしにはおねーちゃんだけいればよくて、そうあって、そのはずだったのに。

 

「君は……」

 

 星を見上げ、月を手に取る。昔から宇宙に興味があったのは多分現実からの逃避。未知に魅せられ、理解できぬことに夢中になって。

 だから、君に興味を持った。

 

 月を取ったこの手の中は空っぽか、それとも何か入っているのか。

 ぎゅっと力強く握り締めて見ると、ため息がこぼれた。

 

「……空っぽ」

 

 自問自答、本当に面白くない。

 ああ、本当によろしくない。あれもこれも、何もかも退屈で死んでしまいそうだ。

 君ならこういうとき、一体どうするのだろう。

 

 まるで星座を作るかのように指を空になぞらせた。

 

 

 

「懐かし~。これ、昔流行ったよね」

「いつ頃だっけ?」

「え~っと……私達が小学生の頃だと思う」

 

 休日、彩ちゃんと出掛けていると、偶々立ち寄った玩具コーナーでそんな話になった。

 あたしにとってそれは流行りのものであった、という認識はあれ一度もそれで遊んだこともないし、それで羨んだこともない。

 おねーちゃんが持っていなかったものだから、理由なんてそれだけだったが。

 

「今も売れてるのかな」

「どうだろう。でも見て、新しいのも発売してるよ」

 

 どんな風にして遊ぶかなど見た限りでは限られているが、うん、面白そうとは思えない。

 だけれど昔はこれで盛り上がっていた人がいたのは事実だし、やってみたら案外、なんてことはあるのかもしれない。

 

「これ、どうやって遊ぶの?」

「もう何年も前の事だもん、憶えてないよ」

 

 昨日あったことを覚えているか。例えば昨日したこと一覧や夕飯の内容、何時には何をしたとか、そんなこと。

 なら三日前は? 一年前、五年前から十年前まで遡ってみればどうだろう。そんなこと覚えていられないに決まっている、あたしだって無理だ。

 だけれども、たまに覚えていることがある。所謂思い出というもの。

 

「買わないの?」

「さ、流石に買わないかな。私達もう高校生だし、今やっても楽しめない気もするから」

「昔楽しかったのなら今やっても楽しいと思うけどな~」

 

 苦笑いを浮かべながらその場を立ち去る彩ちゃんを見ながら、その玩具を見下ろしてみる。

 思い出補正という言葉があるが、今と昔で楽しさが変わるなんて事はあり得ない。面白さの本質に変化があるわけではないのだから、変わったのはあたし達の方。

 

 簡単な話慣れてしまったのだ、楽しいことに、面白いことに。

 依存と似たようなもので、もっと、もっとと求めてしまったが故の弊害。

 右手で両眼を覆うと口元が緩んでしまう。求める事に意味などなく、必要もなく、利点などありもしない。そうわかっているというのにあたしは求めているものがある。

 

 君には、いつまで経っても慣れる気がしない。

 

 君との日々は全部忘れてしまっているかのように新鮮で、だけれど何もかもを覚えている。矛盾を孕み、しかしそれが実現しているのは、きっと特別だから。

 

「……怖いなぁ、ほんと」

 

 それ故、恐れる。君に慣れるのを、君を飽きてしまうことを。

 あり得ぬことだと頭でわかっても、もしもと考えてしまうのが人の性。手が下がっていき、口を隠し、膝を曲げて先程の玩具を手に取った。

 

「君は、普通だったんだね」

 

 返事などあるはずもなく、優しく元の位置に戻せばいつまでもこないあたしが気になったのか彩ちゃんがやってくる。

 買うの? なんて聞いてくるものだから、まさかと返して立ち上がる。ああ、本当に恐ろしい。特別なんてものは些細な事で平凡になってしまうものだから。

 その場を離れると、先程の玩具はどんなものだったか思い出せなくなっていた。

 

 

 

「日菜、あなた最近顔色が悪いけれど大丈夫かしら?」

「……大丈夫だよ」

 

 どうにも食欲が沸かず、机の上には食べかけのお菓子の袋が置かれている。

 ああ、これはいつから置いていたものか。そろそろ食べきってしまおうと思いはすれど、どうにもそんな気は起きない。

 それに最近、あまり眠れてない。退屈で退屈で、退屈すぎて眠れない、なんて嘘みたいな事が現実に起きている。それを解消するための楽しいことを探す気力すらやってこないのはいよいよ末期かもしれなくて。

 

「それならいいけれど……何かあったらすぐに言いなさい」

「うん。ありがとう、おねーちゃん」

 

 そう言っておねーちゃんが部屋から出ていくなり、倒れこむかのようにベッドに横になった。

 

「……会いたいなぁ」

 

 ぎゅっと、枕を強く顔に押し付ける。眼も開けぬ程、息が苦しくなる程、でも、まだ足りない。

 

 好きなものを先に食べるか、後に食べるか。そんなところですら発揮される程のあたしの性格。知ってはいた事だけれども、やっぱりあたしは我慢強くない。

 

 君を避けている。忙しいからというのもあるが、それ以上に、しょっちゅう君と会ってしまえば、恐れている事態が起こってしまうかもしれないから。

 愚鈍であればどれだけよかったことか。慣れず、馴染まず、下手の横好きであることができたなら、こんなにも怖がらなくてもいいのに。こんな才能が、飽き性な性格が、今となっては憎たらしい。

 

 最後に君に会ってから五日、もう、どうにかなってしまいそうだ。

 

「……段々短くなっていってる」

 

 この症状は一度や二度ではなく、何度も何度も起きていること。そして、その度に期間は短くなっていっている。

 初めは、きっとなんの問題もなかったのだ。だけれど気がつけば君と毎日会っていて、君と会えない日に違和感を覚えるようになって、そして君と会えない日が続くと、おかしくなってしまうようになっていた。

 

 ならいずれどうなるか、予想ができぬわけではない。君と一日たりとも会わずにはいられなくなって、君と離れたくなくなって、君とずっと(・・・)一緒にいたくなって……

 はたまた、飽きてしまってしまうのか。

 

「嫌だ、嫌だよ……」

 

 ハマってしまえば沼のようで、飽きてしまえば一瞬。君への想いは正と負と、どちらに行っても地獄行き。

 君に依存、はもうしてしまっているが、君は依存などされたくないだろう。閉じ込めてしまいたくなる、独り占めしてしまいたくなる。そうすればどうなるか、嫌われるに決まっている。

 

 君に嫌われてあたしがどうなるかなどどうでもいい、でも、君に嫌われることだけは絶対に嫌だ。

 そしてそれ以上に、君が嫌だと思うことをしてしまうことが嫌だ。

 

 だけれども、君に飽きてしまうのもまた嫌だ。君に飽きたら多分、おねーちゃんのことも飽きるようになってしまう気がする。そうしたらあたしは何もない、何でもなくなって。

 あたしは君のことが好き。君のことが好きなあたしではなく、純粋に君のことが好きだ。この気持ちが失くなってしまうなんて考えたくもない。

 

「でも、君は」

 

 君も、おねーちゃんも、そうはさせてくれないだろうとわかっている。わかっていても怖いのは、可能性を考えない馬鹿でいられないから。

 厄介なもの。愚かで鈍くて、そうありたかった。

 

「……早く出てよ」

 

 中毒とはきっと、このようなことを言うのだろう。君は毒だ、毒のくせして和らげるためには君が必要で。

 早く、早く、早くしてよ。音を鳴らすスマホにさえイラつきを覚えてしまうほど今のあたしは短気で、刺々しく、締め付けられるような痛みが胸を襲ってくる。

 

『……こんな時間にどうしたの?』

 

 あは、馬鹿になっちゃいそう。

 

「こんな時間じゃ駄目?」

『駄目じゃないけど……』

 

 今ならばきっと、あたしは世界中の誰よりも馬鹿であれる。勉強、論理に道徳、理性でさえも全て燃えて、君を考えることしかできない愚か者に。

 ああ、ああ。いったいなんて素晴らしい。

 

「ねぇ、月が綺麗だね」

 

 空を見上げながらそんなことを言ってみれば返答がない。どうかしたのかと思ってみれば、自分の言ってしまったことが何かに気づいてしまった。

 どうにかしているのはあたしの方。脳みそがどろどろと溶け出すかのような多幸感、一つ笑ってみせるが電話の向こうから返事はなくて。

 

「ほら、空見てみてよ」

『……ほんとだ、綺麗だね』

 

 手を口元に当ててみれば、空に浮かぶものと似た形をしていて、それがやけに面白い。

 いったい何を思ったか。君は優しくて、おかしくて、面白くて。不思議だけれど当然だ。

 

 君が求めるのならなんでもしてあげるのに、というものがどれだけ傲慢なことか。

 君が求めないことを何一つとしてしない、というのが正しい形。そんなことすらあたし一人では気づけず、おねーちゃんに見せられる形で教えられた。

 

「明日、会えたりしない?」

『大丈夫だよ』

「やった。それじゃ昼頃にまた連絡するね」

 

 そう言いはすれど通話を切ることが出来ないでいた。勿体ない、物足りない、今切ってしまえば明日まで君とは散り散りになってしまって。

 数分、なんの会話もなく通話を繋げたままにしていると、一つ気になることができてしまった。

 

 ──そういえば、君から通話を切ったことはなかったっけ。

 

 そんなくだらないこと、でも思い付いてしまえば実行してしまいたくなってしまうのが性。それに、君との時間を一秒でも長く過ごしたいというのはなんら自然な事で。

 

「それじゃ、また明日ね」

『うん、また明日』

 

 そう言って通話を切る。馬鹿馬鹿しい、君とならば無限話せるが、そんな事に君を巻き込むわけにはいかない。

 無限とは比喩表現ではあるが実際どうだろう。あれにこれにそれからあれ、話したい内容は泉のように沸いて出る。もしかしたら、本当に止められぬ限り話すことができるかもしれない。

 

 ふわふわとした夢心地。ああ、熱くなってきた。

 君と会うのならば万全では微塵足りとも足らぬのだが、でも仕方がない。

 

「ふふ、楽しみだなぁ」

 

 寝不足は良くないと彩ちゃんや千聖ちゃんに釘を刺されているが別に大した問題ではなく、そして仕方がないことだ。

 君が原因なのだから、あたしに歯向かうことなどできず、するつもりもない。

 いや、原因というのは変か。全部あたしが勝手になっているのだから。でも、君に由来することなのは間違いなくて。

 

 おかしい? 

 それはそう。今更だし、しょうがない。だって、これは病気なのだから。

 治せぬ病気なのだから、抗わず受け入れる方が賢い人といえるだろう。




不幸とは気づけぬならば幸せなのだ
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