あなた依存症   作:パンデモウム

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今回は天井に頭ぶつけました


あなた強迫症

「おねーちゃん、今日も随分と遅かったね」

「練習があったのだからしょうがないでしょう?」

「そうは言うけどさ、リサちーは二時間以上早く帰ってたみたいだけど?」

 

 扉を開ければ真っ暗な外とは違い、眩しい程の明るさに目を薄める。いつからそこにいたのか、見下ろしてみれば胡座をかいている日菜が目に入り。

 

「どれだけ練習しようと私の勝手よ」

「うん、そうだね。そうだけどさ、また倒れちゃうよ?」

 

 靴を揃え、鍵をかけ、通りすぎようとして言われたその言葉に足を止めた。

 実際にそういう経験は一度や二度で済む話ではない。ただこれには語弊があり、意識が飛ぶだとか、道端で倒れるだとか、そんなことにはなっていない。

 精々が立ちくらみ、大したことがなければ座っている時に少し眠ってしまっているくらいで、酷くてもその場に座り込んでいればいずれ収まる程度だ。

 

「……そうならないよう注意はしてるわ」

 

 止めない、とは言わない。

 嘘を付けば面倒なことになるということがあるが、別に一切気を付けていないというわけではない。ただ、どうなるかに興味がないだけで。

 

 自分の練習スケジュールが端から見ておかしなものであるなど自分でわかる。だが、止めることができないのだ。

 惰性でも、習慣でもない。これが望みであるからで、必要であるから。であるからこれは止めないのではなく、止められない。

 

「…………」

 

 日菜が何かを呟いてはいたが上手く聞き取れず、だが聞き返すこともなく自分の部屋に向かう。

 心配されるようではいけない。顔に出ているのか、動きに違和感でもあるのか。もしくは、今井さんが日菜に連絡をしているからか。

 どうであれ、私としてはなんだって構わないのだが。

 

 部屋に戻りベッドの上に座るとどんどん頭から血が流れていく感じがする。ふらふらと、くらくらと、支えられはすれど気持ち悪いことに変わりはない。

 瞼を落としてしまえば力を込めても開けなくなってしまったが、もしや夢でも見ているのか。

 身体が軽くなったかのようで、ビリビリと落ちた血の代わりに身体中を何かがかけ登ってくる。

 

「……昔、言われたわね」

 

 呟いたそれは掠れていて、泡のようにすぐ消えた。努力とは名ばかりで、ただ自分の事を傷つけているだけ。耳が痛い話で、否定は出来なかった。

 無茶をして、傷つけ苛め。辛く苦しく、先も見えない暗闇の荒野を歩くかのような、そんな日々だけが続いていた。

 でも、いつからだろう。そんなことをするのに戸惑いを無くしたのは、それに快楽とも呼べるものを感じ始めたのは。

 

 痛いことは好きじゃない、辛いことも好きじゃない。なのにそれをするのは苦痛に生の実感を抱いているわけでなく、身を粉にしているということ、それがたまらないのだ。

 あなたはこんな私も受け入れてくれる。私が身体をすり潰すものはあなたの好きと言ってくれた音楽に、あなたが好きなことのあれやこれ。

 

「あなたになら……」

 

 あなたがするならばなんだって受け入れる。受け入れたいと、願っている。

 でもわかっているのだ。あなたは酷いことをしない、望まない。それはなによりあなたらしく、好ましい。

 

 明日も練習、明後日もだ。意味なぞ一つ、上手くなること。誰よりも、何よりも。

 

 目標と過程は明示せねばならぬとは過去からの教訓だ。だが、それ以上に大切なことが一つあって……

 

 そっと首に手を当てる。ああ、目指すべきは頂点、天井を突き抜け、空を目指す。

 わかっている。高すぎる目標、叶わぬことはないかもしれぬが、このペースでするには地に足が付いていない。

 目標に縛られ、足をつけることができぬまま吊られてしまう。

 このまま進めばいずれ、自ら首を吊ってしまう形になってしまうかもしれぬ。

 

 黒くある、白くある。あなたと私は何色なのか?

 私が望むはあなたと同じ色ではない。あなた色とでも言うものか。私はその色に、染め上げられたいと願っている。

 

 

 

 真面目でなければならない。

 望まれる姿であらねばならない。

 

 言われるが通りに全てをこなすというのは不自由極まりなく見えはするが、その実大したことはない。

 寸分の狂いもなくそうしろとなれば違うかもしれないが、多少の寄り道程度であれば許容されることが殆どであろうから緩いものだ。

 

 では、何でもいいよと言われれば?

 するというゴールだけがあり、何をするかから考えねばならぬ。自由不自由を抜きにして面倒なことこの上ない。

 

 あなたが望む姿は真面目な私ではなく、あなたを好きすぎておかしな私でもなく、(氷川紗夜)

 自分のこと、自分ではよくわからない。あなたはきっと私のことを私なんかよりも数倍よく知っているだろうから、きっとその姿はよく見えているのだろう。

 

 だが、私は私のことなどよく知らない。私らしくなど、ありはすれど正しいかどうかすらもわからないのだ。

 

「自分らしさって、なんなのかしら」

 

 独り言、夜風に吹かれる中唐突にそんなことを呟いていた。

 巡り巡って、辿り着くは初期地点。らしさとは、どうあることなのか。特筆することや多才なこと、非才に愚鈍と、思い付くことなどいくらでもある。

 

 無心であれればそれが自分らしさだということなのであろうが、時々考えすぎて迷走し、スタート位置すら見失う。

 そもそも無心である時のことなど覚えがない。何を思って何をしていたか、そう意識した時点で無心ではないのだろうが。

 

「私だけの……」

 

 なら、私らしさとは。真面目であること、練習をすること。でもそれならば、雑多な人の波に飲まれ溺れてしまうだろう。

 ならば……そう、あなたのことが好きであること。それこそ、狂気的に。であれば、らしくあれるのか? 

 

「……それでは意味がないわね」

 

 恥ずかしいとか、そんな感情などとうに枯れている。

 あなたと出会う前の私が、あなたに関与しないで示せる自分らしさなど思い付かなくて。

 あなたのことを好きな誰かが現れてほしくないのは自分らしさが消えることが恐ろしいからなのか。あなたを盲目のように愛せる人が現れたなら共感するのか、はたまた行われるは対立か。

 

 あなたを一番に思えないような虫が集るのなら潰してしまうかもしれない。

 時間が減るとか、私に向けられる意識が減るとか、そういうのもありはすれど、やはり最もらしいこととするならばあなたにとってよくないものであるからこそである。

 

 あなたを想いあなたを考えあなたに恋してあなたを愛して……

 

 一部と呼ぶにも少なすぎるそれらの感情、鍵をかけて奥底に放り捨てる。消せはしない、だが見せぬことならば簡単。

 理性という名の鎖も、きっと意味あるものだと信じて。

 

 ……ああ、これを全部晒けだしたくなったなら、何処か遠くに行ってしまおう。

 それはあなたにとってよくないから。ああ、でも……

 

「あなたなら、きっと全部……」

 

 後ろを振り向くと、明かりによってできた影が長く、長く映っていた。

 

 

 

「何してるの?」

「何って、見ての通り勉強よ」

「でもさ、確か一週間前も同じところやってなかった?」

「……大半の人はあなたみたいに一度やれば完璧、何て風にはならないの」

 

 聞く人が聞けば怒ってしまうかのような日菜の物言い。私も昔はそうであったが、今となっては呆れるばかりである。

 それに対しての返答は半分本当、残りは嘘だ。一度で全てを身に付けることは出来なくても、繰り返せばその限りではない。

 そして今勉強しているところはそこまで難しいというわけではなく、既に頭の中に完璧とまではいかなくても入っている。

 

 だが、行動というものは結果がつきまとわずとも理由さえあれば是とされる。

 これはあなたに学んだこと。昔の私は結果を求め、自傷行為のように過程だけを積み重ねていた。それが悪であるとは思わないし、事実そう。

 もしこれが悪だとするのならば……こんな私を好きだといってこうさせるあなたは悪で、こんなことをしている私は愚か者だ。

 

 まぁ最も、そんなことは些細なことではあるのだけれど。

 

「……いいなぁ」

 

 呟かれたその言葉の主は、欲しいものが手に入らなくて羨ましがる子どものよう。人差し指を唇に当て、誤魔化すように私の事をじっと見る。

 何に対してどのような意味でと聞くようなことはしない。日菜に背を向け、黙々と無意味な作業に没頭する。

 

「おねーちゃんはさ、何でそんなに頑張れるの?」

「何でって……」

 

 ふと、喉元まででかかった答えを引っ込めた。

 怒り、焦りに無意識と、答えだけならいくつもある。だけれど鶏が先か卵が先かと言う問いがあるように、この問いには意味がない。

 答え次第ではどうにだってできるしどうにだってなれやしない。ああ、でも、これの答えは明確で。

 

「……私が、私であるために」

 

 意味はなくても、理由さえあればいい。望む姿であり、求められるからであり、結果はなくても構わない。例えこれも自傷行為だとしても、自己満足だとしてもだ。

 血を流しても、痕が残ったとしても。あなたなら悲しそうな顔をして喜んでくれると、わかっているから。

 

「あたしは……そんなおねーちゃんも好きだよ」

「……そう。ありがとう」

 

 哲学的な話は、はっきりと言ってしまえば苦手分野だ。

 それが論理的な思考であることも、否定が出来ないこともわかっている。だが黒は黒であり白は白と、極端に分けてしまうのは癖のようなものだ。

 答えのない論述が面倒なのと同じように、初めから指定の答えがあればそれに越したことはない。

 自らの中でそう断じる時点で、向いていないことは明らかというもの。

 

 あなたが求める私らしくあろうとする私は、本当に私と言えるのか。

 見えぬ箱の中身を予想するかのようなそんな話。さぁ、世の学者や日菜ならばその答えだって出せるやも知れぬ。

 だが結局あなたが求めぬのならばそれら全て、それこそ私というものこそなんの価値もないものだ。

 

 

 

 

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