あなた依存症 作:パンデモウム
夢中になれるということは尊いものだと、あたしは知っている。
あたしは飽き性だからすぐに冷めてしまうけれど、それでもそうなれてる間は楽しいものだ。
それは字の通り、夢の中。理想的であり非現実であり、脆く儚く、泡のようなもの。なれば、それに価値が見出だされるのも至極当然で。
あたしにはよくわからないけど、現実逃避というものは随分と求められるものらしい。
夢など見るに留めるべきだと誰もが知っている。知っていて、しかし求めてしまうが人の性。
人は忘れる生き物だ。どこかで読んだものにそう書いてあった。
そう、忘れてしまうのだ。過去を、今を、そして夢を。
昨日見た夢を覚えているか? 今日の夢はどうだろう。きっと大半の人間が覚えていない、あたしだってそうだ。
面白い夢なら覚えているのかもしれないが、その夢が面白くなかったのかさえわからない。
夢とは、いずれ覚めるもの。毎朝のそれも、子どもが抱くそれもどちらも同じだ。
育ち、大きくなり、身の程を知り、夢を忘れ現実へと身を落とす。一番最初に抱いた夢など誰だって正確には覚えていない。
夢中だ。深く深く、刻まれ染み込むほどに。おねーちゃんは、君は、夢の中だ。
これが覚めてしまったならば……あたしは何を見るのだろう。
もしかしたら現実というのはそんなに悪くないのかもしれないが、きっと馬鹿ではいられない。
あたしは天才だ。自画自賛、しかも他人からも認められている。そう、夢がいつまでも見られると信じ込んでいるほど馬鹿ではないのだ。
それでもあたしは、この夢からは覚めたくない。
「昨日からずっとそうしてるけど、あなた何をしてるの?」
「おねーちゃんの事見てるたんだよ」
「それはわかるわ。私を見て何になるのよ」
おねーちゃんの事を見てどうなるのか、そんなもの、どうもなるはずないだろう。
ああいや、瞬きを忘れてしまうから目が乾くだとか、頭の中が幸せ色に染まるだとか、そういうことを聞きたいのだろうか?
いいや、違う。きっと理屈じゃないのだろう。感情的に、瞬間的に、考えなしに。あたしはそういうのが嫌いじゃない。
まぁ、おねーちゃんはそういうの好きじゃなさそうだけど。
「理由がなきゃ駄目?」
「駄目、とは言わないけれど……流石に気になるのよ」
ライブでいつも沢山の人の目に晒されている癖に、かわいいなぁ、なんて思うとどろどろと溶けるような感覚に襲われる。
季節はそうだとしても薄着だし、冷房だってつけている。だから汗はかいていない、なら何が溶け出てしまっているのか?
お酒、煙草、薬、当然どれもやったことはない。やってみたいというわけではないが好奇心はある。最も、結果に興味があるだけで行為には興味はないが。
それらはすべて快楽という分類にされるもの。遊びとか、そういうもので楽しむこともそうは分類されるのだろうが……どうも最近面白い事が不足している。
つまらない。あれもこれもそれもどれも予想通りで既知のもの。どこかにあたしを満足させてくれるような、夢中にさせてくれるものが存在しないものか。
「……あるんだよなぁ」
「何か言ったかしら?」
「なんでもないよ」
これは、快楽と呼べるのだろうか。おねーちゃんの事を見て、聞いて、考え、そうして感じるこれは一体なんと表すべきなのだろう。
それともう一つ、君のこと。昨日からおねーちゃんを見ることに忙しくて触れていなかったスマホを見ると、彩ちゃんからメッセージがきているが後でいいだろう。
君は、麻薬のようにあたしの事をおかしくしてしまう。気持ちよくて、怖くて、離れたくなくて離れたくて、もうあたしの脳みそはボロボロかもしれない。いや、きっとそうに決まっている。
最近の悩みの一つに、退屈というものがあげられる。最近というには長年の付き合いなその感情だが、ここ最近では酷いもの。
退屈であるならいい、それだけならばなんでもない。だけれども最近はイライラしてきてしまうのだ。退屈すぎて、暇すぎて、面白くなくて……
「あたし、ちょっと外行ってくるね!」
「……急にどうしたの?」
「急にそうなっただけだよ」
思い切り立ち上がってそう宣言する姿はなんとも奇妙に映るのだろう。
予定などない、目標などない、なにか思い付いてさえもいない。更に付け足せば気を遣ったというわけでもない。そういうの、苦手だから。
「外は暑いから気を付けなさい」
「わかってるよ~」
家の扉を開けた瞬間、やっぱりやめようかなと思ったのは本当のことだ。
人の心はどこにあるのだろうか?
頭の中か、心臓か。もしやそこではないどこかか、もしや人体を飛び出した宇宙の果てかもしれなくて、電脳世界とかに管理されているのかもしれない。
あたしとしては意識と共にあるくらいであればなんでもいい。そうでなければ、抉ってしまえば心というものを見れてしまうから。
それじゃあつまらない、浪漫がない。作者の考えを書きなさいと言われて全国の生徒が一言一句違わぬ答えを出すようになって何が面白いのか。
これは、暫く飽きぬ命題だ。
「あ~つ~い~」
今日の気温は……うん、予想は37°くらいだがどうだろう。溶けるというより焼かれると言った方が正しいか、北風の一つや二つには頑張って欲しいものだ。
やっぱり家に帰ろうか、しかしおねーちゃんがあたしに見られ続けるのを嫌だと思っていたのを感じ取って出たのだし、そうするわけにもいかなくて。
ならばおねーちゃんのことを見なければいい。言うだけならば簡単な話だ、簡単な話なのにこれ以上なく難しい。
無意識で行われる事を抑制するのは酷な事、誰だって意識を集中せねば息を止めることなどできないだろう。
あたしにとってはそれと、それより難しい話なのだ。おねーちゃんがいるのに見るななど、拷問といっても差し支えない。
はぁ、暇だ。
暇すぎて暇すぎて、ついでに暑すぎておかしくなってしまいそう。垂れた汗に触れると随分と気持ちが悪くて、海でも行きたいななんて夢想した。
ああもう、こういう時は……
「今って暇してたりしないの?」
君と話すに限るものだ。
炎天下に放り出されたスマホは、それこそ焼かれた鉄板のような熱さを発している。
耳は焦げて、これでは暫く使い物にならないかもしれない。ああいや、これは君の声に溶かされてしまったのか。
どうにせよ、随分と周りは静かになったものだ。
なんと、君はあたしの知らない知り合いと遊んでいるらしい。
その人のことも気になるから行きたいと言ったけれど、駄目と答えられてしまったので深追いはできず。なんでと問いたけれどそれっぽい答えは返ってこなかった。
あたしが邪魔になるからか、あたしの事を見られたくないのか、知られたくないところにいるのだろえか。なるほど、なるほど……面白くない。
見せつけるくらいしても構わない、というより望むところだが引き際というのは大切だ。下らぬことを少しばかり話して一つ訊ねることにした。
「その人はさ、男の人?」
君が集団に馴染めない人なのは知っている。恥ずかしがって、奥手で、めんどくさがりだから、遊ぶとなれば個人同士で。
この質問はなんの意味もないことだ。そうだと答えられても、違うよと答えられてもあたしが取れる行動は何一つとして存在しない。
……行動だけで、それ以外ではどうなるかは知らないが。
女の知り合いなんてあたしとおねーちゃんくらいしかいないという返答に、安堵と疑問と怒りと、様々な感情が浮かんできた。
君の事を求めないとは一体何故なのか。傲慢、誰かが君を求めていたらそれはそれで深みに落ちるというのに。
今度は遊ぼうねと約束を取り付け電話を切ると、汗が頬を伝って首まで垂れた。
独占、愚かな事だと思っていたそれに思考が寄っていってしまっている。
君を求め、欲し、独り占めしたいなどというものを。
「方法なんて……」
天才なんてそういいものばかりじゃない。何故なら君を独り占めする方法を既に7つは思い付いてしまったから。
手を引くのと、溺れさせるのと、孤立させる、それはなしだ。だってそれは不義理で、自分勝手なものである。そしてそれをすればもう、戻れない。
独り占めしたいと思っている分際で自分勝手を気にするなど笑い話に程はあるのだけれど、そう、彼が自分勝手に振る舞えることこそ重要で。
今、あたしは二つに分かたれている。君と、おねーちゃんとに折半された所有物。
とろけ、痺れ、弾けるような幸せは均衡によってもたらされているものだということを知らねばならない。
「君に独り占めされたのなら……」
もし君だけに独り占めされてしまえば、あたしはどうなってしまうのかな。
ああ、ああ。本当によろしくない。真っ白だった地図に道ができる、君を独り占めする道に君に独り占めされる道。そのやり方さえ鮮明に、明確に。
答えを知って、しかし我慢せねばならぬ。だけれど我慢をしたところで前のあたしに戻れるわけではない。
一摘みでも泥を混ぜてしまった蜂蜜というのは、泥と称して違いないのだから。
変わりたいと人は言う。変化を望み、停滞に飽きを示す。それはあたしだってそう、飽きというのはどうしても慣れぬものだ。
しかし欲深いもので人は不幸を望まず、絶頂を望んでその維持を期待する。だけれど強欲なあたし達らそれすらに飽きてしまってさらなる変化を求めてしまう。
時には逆張りで平坦を維持する事を望む人はいるけれど、そんな人も順風満帆というわけではない。
平坦を目指すことで凸凹だらけな刺激を隠そうとしているだけなのだ。本当に平穏を手に入れてしまえば……何をしでかすかわからない。
それでもあたしは飽きることはない。星に向かってどれだけ走ったところで星にはたどり着かないかのようで、たどり着けぬ目標というのも悪いものでもない。
だがこれは目標ではなく鑑賞。綺麗で美しくて、情熱的に激情的な、あたしたちがよくやるライブのようなものだ。
おねーちゃんと君は、まるで星だ。眺めていればそれで幸せ、面白く美しく、興味深い。そうであったのに……
「なんで……こんな苦しいの?」
星は走ってもたどり着けない、でも、手段を問わねばたどり着くことは可能。手を伸ばせば、星を手に取ることだってできる。
でもあたしは手を伸ばせば、伸ばしてしまえば……
変わってしまうということは、元に戻れないということでもある。
おねーちゃんを求めて、君を求めて。
二兎を求めた末に一兎をも得られねば何もかも失う。だけれど一兎を逃してしまえば、それでもあたしは餓死してしまうことだろう。
ああ……あたしは、どうすればいい?
これは病気だ、毒だ。
停滞をできぬ、進めば全てを失うやもしれぬ。
あたしは望みも、願いも、自分自身さえも殺して死なねば、あたしにはなれないのだ。
目指すもなく、終わりもなく。沼にハマる