無計画に書き進めた皺寄せが来た。反省と後悔しかない。
皆さんも物事は計画的に進めましょう。
「――はい、じゃあこれが貴方の分。もしそれが終わったらもう一度来なさい。次が待ってるから」
「うへぇ・・・ま、了解だ。急な書類とか来たら教えてくれ。こっちで片付ける」
刻晴の手からその紙束を慣れた手つきで受け取ると、自分の机に手早く広げる。・・・ふむ、内容だ計算だのの工程は幾分難解だが、対処できない程でもない。
「――ああそれと、刻晴」
「解ってるわよ。『無理するな』――でしょ?」
「応、なら良い」
「そう言う貴方もね。・・・って、貴方に限っては心配も要らないでしょうけど」
「まあな」
苦笑する彼女の言葉に、俺は一つ頷いて返した。
――こうしてたまに釘を刺しておかないと、時たま不安になる時があるからな。
ここ最近、大きなイベントや建築予定は無かった筈だから杞憂だろうが、溜め込みすぎてまたぶっ倒れられても敵わん。
しかし、このやり取りもあれから随分としてきたものだ。
刻晴と組んでそこそこ時間も経って、アイツはいつの間にやら七星にまで上り詰めて。
そして俺はと言えばアイツの秘書モドキみたいな役職に甘んじている。まさかこの年でハイスピード出世するとは思ってなかったが、人生ってのは解らないものだ。
ちなみに本当に秘書の役に就いているワケでは無い。聞けば昔から七星には伝統的に一人の専属秘書がいるらしく、書類の上ではその方が長らく七星達の秘書をしているとのこと。璃月トップ複数人の秘書を一人でこなすとか、どんな天才ならそんな芸当が出来るのやら。
話によると今でも現役らしい。が、生憎俺はその秘書の人に会ったことがない。
七星の古株、『天枢』の天おじが彼女を『カンウお姉様』と呼んでいたくらいだし、解るのはかなりご高齢の女性らしいということくらいか。
しかしそんな老婦人、月海亭の何処を捜したって見たこと無い。たまに天権様の側に控えている青髪の少女がそうかと思ったが、年が若すぎる。
もしかしたらあの少女は件の秘書の娘か、はたまた孫だったりするのだろうか。いつか話を聞いてみても――。
「――刻晴。手を離してくれ、痛い」
「・・・」
――だが、今はそれより刻晴の機嫌を直さにゃならん。
俺が秘書の正体を考えてる辺りから棘ある視線を感じてはいたが、今や視線だけに留まらず、肩に彼女の爪が食い込んでいる。理由はわからんが大層ご立腹のようだ。
まさか、下らんこと考えている暇があったら黙って働けとか言うんじゃないだろうな。
「――次、妙なこと考えたら刺すわよ」
「・・・さいで」
本当にそうだったらしい。思想統制とは、いくら何でも暴君過ぎる。
「冗談よ。さっさと仕事なさい」
「へーい」
刻晴の言葉に、俺は内心安堵しながら軽口を叩いた。・・・本当だったら俺、彼女に多分殺されてるかもな。
あれから大体どれ位経ったか。十年は越えてないと思うが。
随分長い付き合いになった刻晴との関係は、始めて会った時とそこまで変わっていない。
彼女が選んだ仕事を俺が黙々と終わらせ、終わればその日の仕事を切り上げて、忙しそうにする彼女を尻目にさっさと帰る。その辺は初めて会った時と全く同じだ。
変わったことと言えば敬語を外しても怒られなくなったことと・・・あと、多少プライベートでも交流が出来たくらいだな。
最近になって、月に一度刻晴と適当な店で食事を共にするということがある。店は『三杯酔』であったり『万民堂』であったり、はたまた奮発して『琉璃亭』であったりと様々だが、その時は俺と彼女で色んな愚痴を溢し合う。
彼女が愚痴を吐く場面というのは大変珍しい。それに内容も平素の大人びたものではなく最近気になる人がいる、と年相応の微笑ましいもので、それを肴に酒を飲むと驚くくらい盃が進むのだ。だから毎度地味に楽しみだったりするのは秘密である。
・・・しかしその男、聞く限り大分年が離れているそうだ。
であれば、既に意中の人がいるのかもしれない。試しに『その男にもし女がいたらどうするんだ』って聞いたら、間髪入れずに『刺し殺すわ』って言っていたけれど。確かに複数女を侍らす男などそうなって然るべきだとはいえ、そりゃあまりにもバイオレンス過ぎないだろうか。
・・・てか、その『刺し殺す』ってどっち? 男の方?それとも女の方?
閑話休題。
此処まで長々彼女との関係を話してきたが、言ってしまえばそれ以外は本当に何もない。
相変わらず俺は働きたくないを貫いてるし、彼女は俺がサボろうとするたびに口うるさく迫ってくる。何処に隠れてもバレるものだから、最近はおちおちサボることも出来ない。
・・・ああそうだ。
一番の問題だったオーバーワークについてだが、あの時一度ブチ切れてからは頻度も減り、以降は節度を守って働くようになったから、そこは変わったところだな。
そのお陰で定時に上がれるホワイト業務になってくれたし、俺としては言うこと無しである。
あとは・・・ホントにないな。変化したところ。
たまに天権様のトコのお付きが、俺と刻晴がお似合いだ等とほざくのが癪だが、それくらいか。
大体、俺と彼女で一体幾つ離れてると思っているんだ。幾ら刻晴が美人とて、この年の差ではまず恋愛対象にはならん。てか、なったらなったでそれは問題な気もする。
――自分でも最近四十路が見えてきて、所帯を持たないことに危機感感じてるってのに。
硝子並な強度のおじさんハートをこれ以上傷つけないで欲しい。
「・・・やっぱり、本当に刺した方が良いかしら」
「ごめんなさい仕事します」
はぁ。
・・・婚活、するか。
てなわけで、翌日。
「今日半休貰っても良いですか。刻晴サマ」
「理由は?」
「祖母が危篤で」
「却下よ」
俺の婚活計画は秒で頓挫した。
「権利の濫用だ、千岩軍に訴えてやる」
「どうぞ、好きにすれば良いわ」
「おいおい、マジで良いのか。俺はやると言ったら本当にやるぜ?」
「・・・そうね」
「だろ? だから大人しく許可を出した方が身の」
「そういえば、今朝貴方のお祖母様が私の所に来て、貴方が昨日なくしたと言っていた書類を届けてくれたのだけれど」
「よし解ったこの話は無しだ。」
よし今回の所は無理だ、諦めよう。
くそう、何故よりによって祖母ちゃんが届けに来たんだ。他の家族ならゴリ押せたのに。
「・・・そんな落ち込むことなの? 別に正当な理由さえ有れば、私も別に許可するわよ」
「いや、これが中々に個人的かつ切実でデリケートな事情でな? それにホラ、刻晴にはまだ早いかなーって思ったが故の配慮でだな」
「・・・解ったわ、つまりは私を馬鹿にしてるのね? 良い度胸じゃない」
バヂィッ、と。
刻晴が言葉を言い終わるのと同時に、俺の眼前で紫の閃光が弾ける。
驚いて反射的に刻晴の方を向くと、彼女の手にはいつの間にか古びた簪が握られていた。――帯電しているところか察するに、先程の紫電はどうやら其処から放たれたものらしい。
「・・・いやいやいやいや、一般人に『神の目』はナシだろうが」
「生憎そんな法律はないわ。第一、そんなこと言ったら宝盗団の被害はどうするのよ」
「簡単だ。あいつらを人と数えなきゃいい」
「・・・たまに貴方、えぐいこと言うわよね」
まあそれは冗談として。
今目の前で呆れている刻晴だが、実は彼女は『神の目』たるトンデモ道具を持っている。詳しくは知らんが、その『神の目』とやらのお陰で彼女は雷を操ることが出来るらしい。
羨ましい? 馬鹿言え。この年で今更そんなトンデモパワーに憧れるわけがないだろう。俺が言いたいのは、そのせいで俺がサボった時、その罰の手法が軒並み雷撃に変更されてしまったことだ。
ちなみに幾ら特殊な性癖を持っていても、わざと喰らいに行くのだけはやめておいたほうが良い。既に耐性付くんじゃないかってくらい喰らっているが、毎回気絶してるからな、俺。
――しかしまあ、これはもう素直に言ってしまった方が後腐れないだろう。
十中八九馬鹿にされるだろうが、こっちだってもうなりふり構っていられないのだ。
「まあ、なんだ。祖母ちゃんが危篤は冗談としてだな・・・」
「あら、今回はやけに素直じゃない。で、一体何をする予定だったの?」
「面倒増やしたくないだけだっての。――簡単に言えば、俺もいい加減所帯を持ちたいんだよ」
「ブフッ!・・・ふ、ふうん? そう」
クソ、やっぱり笑いやがったな。・・・まあ想定内だから、突っ込むのは勘弁してやろう。脇道に逸れて一から説明し直すなんて御免だ。
「だからな、まだ若いお前の前でこういう事を話すのもどうかと思ったんだが」
「そ、そう。・・・いつもはそんな気配見せないくせに、その実本気で将来を考えてたなんて、反則よそんなの」
「あ、何か言ったか? ・・・まあ兎に角だ。今日は流石に急なのは理解した。だが近いうち、何日か休みが欲しいんだよ」
「・・・そう、そうよね。これから二人で暮らすなら、家とか家具とか、選ぶ必要があるわよね。ちょっと、急すぎて心の整理が出来ないけど・・・貴方が良いというのなら」
「あ? あー・・・いや、その前の段階だな。家を買うなら俺はその前に籍入れるから」
「せせせせ籍ッ!?」
・・・何だろう、さっきから刻晴がおかしい。
赤くなったりめをぐるぐるさせたり、もじもじとしたかと思えばいきなり頭から蒸気を出したりと落ち着きがない。やっぱり女の子として、結婚だのの話には憧れがあるのかね。
だが少なくともマイナスな様子はない。純情を利用するようで悪いが、このまま押し切らせて貰おう。
「兎に角だ。そんな理由で有給取りたいんだが・・・大丈夫か?」
「・・・(ボンッ)」
「おい本当に大丈夫かお前」
「・・・ふう。大丈夫よ。私もいなくなってしまうと流石にマズいから此処に残るけど、無事決まったらキチンと私の所に報告なさい。・・・二人では、後でじっくり決めましょうね」
「おお、マジか! ありがとよ、助かったわ!――あれ、報告? ナンデ?」
多少気に掛かるところもあったが、まあ今は有給を勝ち取れただけ良しとしよう。
残るはその日程だが、流石に今日、明日は無しとして――。
「よし。じゃあ早速だがどれ位先なら休んで良い? 忙しくない日を教えてくれ「今日よ」・・・は?」
「今日。今日直ぐに行きなさい。むしろ今直ぐ行かないと勿体ないわ」
「いやお前、それは流石に「煩いわね、簪突き刺すわよ」すぐ行ってきます」
――何だ? 刻晴の此処まで取り乱した様子は見たことがない。
よく解らんが、取りあえず言われるままに荷物を纏める。確かに早いに越したことはないが、今日は早すぎるだろう。
アレか。俺が独身なことそんなに気にしてたんかお前。最近の妙な優しさは独身への哀れみなのか?
「――まさか、お前が其処まで俺の(独り身事情の)こと思ってくれてたなんて思わなかったよ」
「そんな。・・・私だって貴方がそんな(私との将来を)真剣に考えていたなんて、思いもしなくて」
「へへっ、悪いな。・・・じゃあ俺、行ってくるわ。必ず美人の奥さん捕まえてくるからよ!」
「待ちなさい」
・・・あれ?
此処って暖かく送り出してやる場面じゃんか。何でブチ切れてんの、刻晴さん?
・・・
――成る程な。つまりお前は神サマが港を統治しているこの状況を変えたい、と。良いんじゃねえの? 無理さえしなきゃだけどよ。
会ってまだ間もない彼は、荒唐無稽な私の夢をそう言っていとも容易く容認した。それも不敬だと罵るどころか、叶うと良いなと後押しも添えて。
『何も、言わないの?』
『あ? ――あぁ、神サマに失礼じゃないかってか?』
『・・・』
彼が核心を事もなげに挙げたので、つい俯いてしまう。それはつまり、彼の頭にもそういった考えがあるという証明。
だが、返ってきたのはまたしても予想だにしなかった答え。
『別にいいんじゃねえか? てか、考えるより無駄だろ、それ』
『・・・え?』
思わず顔を上げるが、彼の目に虚勢を張っている気配は見えない。
神を統治の座から引きずり下ろすことに、彼は本当に何の憂慮も抱いていないのだ。
訝しんだのを私の顔から察したのだろう、彼は続ける。
『いや、本当に岩神が不敬を許さないって言うんだったらさ。今頃お前には大岩の一つや二つや百くらい降って来なきゃおかしいだろ』
『そ、それはモラクスの事情じゃない! 仮に岩神が許しても、周りは決して私の不敬を許さないわ』
『周り?――俺達ヒトのことか? それこそもっと気にしなくて良いぞ』
『そんなわけ無いじゃない! 力の無い正義は妄言と同じなの。現に今、私はこうして左遷されたし・・・』
『力ねえ・・・』
此処まで来て、彼は大きく咳き込んだ。
幾日か時が経ったとはいえ、衰弱は完全には癒えていないようだ。身体を支えようとした私の手を遮り、彼は続ける。
『ゴホッ・・・刻晴サマ。お前は知らないかもしれないけどよ、人ってのは本来助け合って生きる動物なんだぜ。困ったんなら助けを呼べば良いじゃねェか』
『・・・それは、随分前にもう試したわ。誰も助けてはくれなかったけどね』
そう、試した末に、私は諦めた。自分の夢が異様で、他の人達からふざけたものだと否定され続けることが嫌で、そうそうに私はその道を閉ざしてしまった。
人に頼る、確かに良い響きだ。
でも、世の中には如何したって相容れないこともあるんだって、私は知ったんだ。
『そうかい。
――でも、今なら案外ホイホイ付いてくる奴がいるかもだぜ。だから、ここらでもう一度呼んでみろよ』
『・・・何ですって?』
三度目の、予想もしなかった彼の答え。
思わず聞き返したけれど、彼はニヤリと笑うのみで何も言わない。だがその顔は、ある種の確信を持って私の心に深く染みこんだ。
『・・・何だよ。一回失敗したからってもう諦めたのか? そんなタマじゃねェだろうに、お前』
『う、煩いわね。アンタに私の何が解るっていうのよ』
『ああ知ったこっちゃねえな。年頃の娘の心ほど、オジサン達に解らないものってのもねェだろうさ』
でもな、と続ける彼は、不思議ととても頼もしくて。
きっと私が独りで抱えてきたものを、笑いながら吹き払ってくれる、そんな予感がして。
『子どもの夢を叶えてやるってのは、俺達大人にとって最高の仕事なのさ。
――だから、ほらお嬢ちゃん、もう一度だけ言ってみな』
・・・言葉が、涙が出るほど暖かかった。
あれから随分経った。
それから私のすることで何か変わったところはない。ただ変わらず毎日、彼と共に総務司で働いた、それだけだ。
でも、気付けば私は七星の玉衡として、この街を動かすヒトの代表者としての資格を有していた。
――あの時彼が言ったとおり、その途中は人々に支えられてばかりだったと思う。
相変わらず私の意見に同意してくれる人は少ないけれど、いないわけじゃない。更にその中で生涯の友とも言うべき人も出来た。
神の目を手に入れた時は、神は私を馬鹿にしてるのかと怒りを通り越して呆れたけれど・・・彼に『使えるもんは使わせてもらえよ』と言われて、それもそうかと納得した。
今では自在に扱うことが出来るし、何かと便利だから捨てなくて良かったと思っている。
そして。
彼と私の関係だけど、これは大きく変わった。
といっても、仕事の時だけはさほど変わっていない。
怠け者の彼と、それを諫める私。隙さえあれば直ぐにサボろうとするけれど、私が捕まえると文句を言いながらもきっちり仕事をこなしてくれる。
会ったばかりの頃はあれ程煩わしかったその関係も、今となってはとても心地良い。
プライベートでは、最近になって彼と二人で食事に行くことが増えた。
妙に捻くれた彼が態度を和らげるのは此処だけだ。だから私は、ここぞとばかりに彼にアタックを仕掛ける。
意中の彼が振り向いてくれないのを、恥ずかしがって冷たく当たってくることを、わざと名前を言わずに、いかにも不服と言った具合に話してやる。
彼はきっと気付いている。ニコニコしながらお酒を飲んでごまかすけれど、その顔は決まって赤いから。
それでも毎回席に着いてくれるということは――きっと、そういうこと、なんだろう。
彼は決してそんなことを言わないけれど、その事実が何より雄弁に語っていることに、彼はきっと気付いていない。
だから私もそんな彼に合わせて平素を過ごしている。傍から見ると恋人のようには見えないけれど、関係ない。
彼と私だけが解っていれば十分だ。他なんて知らない。必要ない。
――私と同じように、あの時から彼も私を信じてくれている。
私と彼は共に消えかけた命を救った関係。そんなもの、運命がそう定めたに決まっている。なるべくしてなった、そういう事なのだ。
だから彼が突然所帯を持ちたい、って言いだした時には、ああ、遂に彼も向き合ってくれたんだって嬉しかった。
本気で考えたいって、ゆくゆくは籍も入れたいって、その為の準備をしたいから休みが欲しいって、そう言っていたから、私も一緒に行きたい気持ちを我慢して、せめて少しでも早く向かって欲しくて。
それなのに。
「へへっ、悪いな。・・・じゃあ俺、行ってくるわ。必ず美人の奥さん捕まえてくるからよ!」
ねえ。
どうしてそんなことを言うの?
「刻晴?こくせッ――!!」
彼の声が途中で途切れる。――まあ、私が彼の首を掴んで壁に叩きつけたのだから、当たり前なのだけれど。
今まで私の雷を浴び続けて耐性があるのか、彼が意識を飛ばすことはなかった。――本当はこの一撃で決めるつもりだったのに。
「が・・・刻晴、何、を・・・」
「何を、ですって?」
何をだなんて、おかしな事を言うものね。
私以外に女を作った時どうなるかは、つい最近お酒の席で教えたばかりじゃない。
「・・・ああ、もしかしてあの時の話、冗談だって思っていたの?」
「は? いや刻晴、俺には本当に何のことかッ――!!」
「・・・生憎だけど、本当よ」
私の知らない女のために、未練たらしく言い逃れを囀る彼が、とても不愉快で。
気付けば私は、彼の腿に髪の簪を突き刺していた。ぶつりという皮を破る感覚は流石に嫌な感じだったけれど、それを生じさせたのが彼の身体なんだと思えば我慢できる。
「――――――ッ!!」
「ああ、ごめんね? 痛かったわよね。でもただ引き抜いたら失血死するかもしれないから、
――もう少しだけ、頑張って?」
そのまま簪に電気を這わせ、これ以上変に彼を傷つけてしまわないよう、ゆっくりと引き抜く。
紫電は簪に熱を持たせ、彼の肉を焼いていく。その際、彼が声にならない叫びを上げるけど、こればかりは我慢して貰うしかない。
そうしないと、貴方は死んでしまうわ。
「・・・よし、終わったわ」
「――ッ! ――ッ!」
完全に引き抜いた時、彼は既に意識を殆ど手放していた。本当に意地と気合いだけでどうにか立っている、といったところかしら。
「・・・素敵」
想像を絶する苦痛だったはずなのに、それでも完全に意識を飛ばすことなくいる。全て正面から耐え抜いて、私の前にいる。
――嗚呼ッ!!彼のその意思の強さといったら!!
まさか、此処に来て更に彼を好きになれるなんて。
彼を思う気持ちがいよいよ増すことの、なんと幸せなことか。
「・・・その怪我じゃあ、女の所に行くのは無理よね」
彼は答えない。焦点の定まらない視点で、涙を流しながらも此方を真っ直ぐに睨むのみだ。
少しだけ傷ついたけれど、仕方ない。私はきちんと彼に前もって教えていたもの。
『もし他に女を作ったら、刺し殺す』って。
流石に刺し殺すのは冗談だけど、この位は覚悟すべきだと思うわ。
パートナーが道を踏み外しかけたら、少々強引な手を使っても引き戻すべき。
あの時独りで全てを解決しようと躍起になっていた私を、彼が頬を打って目覚めさせてくれたように。
「だから、ねえ。貴方も」
きっと貴方も、私が踏み外したら。
取り返しが付かないほどに、堕ちきってしまったら。
今度は貴方が、私を――
次は多分七星繋がりで逝きます。