原神フレンズ大紹介(大嘘)   作:山田太郎2号機

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凝光・2

 

「何だ、此処は」

「何って――璃月港よ」

 

 

 ――夜明けを過ぎ、そろそろ人の子達が目覚め始める時分。

 朝日が差し込み『天権』に連れられた場所の全貌を知った時、我はただあんぐりと口を開けることしか出来なかった。

 

 

「・・・俺の知る璃月の都は、このような場所ではない」

「何年前の話をしているの。今の璃月は此処。それ以上もそれ以下もないわ」

 

 

 なんとか絞り出した我の疑問に素っ気なく答え、天権はスタスタと先を往く。何を言っているんだと呆れるような物言いは許せないが、今はそれどころではない。

 

 ・・・確かに我も長らく璃月へ帰っていなかったとはいえ、之はあまりに変わりすぎではなかろうか。

 我が戻らなかったのは()()()()()()だと思っていたのだが、これでは数百年、いや数千年の時が経っていると言われた方がまだ現実味がある。

 

 

 建物全てを朱色に染め、ピカピカと朝の光を反射する巨大な御殿。しかもそれが二つあり、更にこれまた大きな橋が幾つも両者の上部に架けられている。我と天権が通る石畳を挟んで建てられたそれは、さながら伝説にある宮殿の大門のようだ。

 

 

「・・・天権、あれは何だ」

「何って、船よ」

「あれが、船なのか」

 

 

 それだけではない。海にはこれまた巨大な船が両手の指では足らぬほどに浮いているではないか。遠目ではあるが、どう考えても我が寝泊まりしていた小屋よりも大きい。

 嘗て岩王帝君が下した脅威、渦の魔神オセルを封じる『楔』としては不十分な大きさだが、それでも我程度の夜叉なら、あれ一つぶつけるだけで事足りる。

 

 巨大な御殿。今まで歩いてきた滑らかな石畳。巨大な船舶。どれも我が知る『璃月』には無かったものだ。そして恐らく、これらを産み出す技術は百年やそこらで熟するものではない。

 しかし天権は此処を『璃月』だと言う。

 

 

 

 ・・・であれば。

 我が眠っていた間に、予想より遙かに長くの時が流れたという可能性しかない。

 

 

「天権」

「・・・今度は何かしら」

「何でもいい。今の時間が解る情報を教えろ」

「何でも?・・・良いけど、教えたら早く不卜廬(ふぼくろ)に向かうわよ。いくら何でも、その傷で街を出歩くのはあんまりだわ」

 

 

 ――其処からの天権の言葉は、到底信じられるものではなかった。

 

 魔神戦争からは既に数千年の時が流れており、大昔に戦争は終わっていること。

 帝君を含む生き残った七つの神は己が領土に住まう民を導き、各々の国を作り出していたこと。

 しかし長い時の中で生き残った神々も次々御隠れになり、そして本当に最近、岩王帝君さえも高天に昇られたということ。

 

 故に今、この璃月は岩王帝君に代わり、人が統治しているということ。

 

 

「そのような、そのようなことがあったのか。我が眠っていた間に」

「眠って・・・? 貴方、今まで何年くらいこの璃月を巡っていたの?」

「知らん。ただ業障(ごっしょう)の濃い場所に誘われるまま、何も考えずに国を巡っていた。・・・精々十年、いや、眠っていた時間を含めても、精々百年程しか経っていないと思っていた」

「十年・・・って、待ちなさい。何処へ行くつもり?」

 

 

 ・・・何ということだ。

 

 つまり他の夜叉が、帝君が奮闘している傍ら、我は呑気に数千年も眠りこけていたというのか。

 

 

「はは」

 

 

 身が引きちぎれそうな程の罪悪感に苛まれているというのに、口から出るのは乾いた笑いのみ。愚昧も此処まで極まれば笑えてくるらしい。

 

 嗚呼、ほとほと己が情けない。

 最も苦しい時に帝君の下に馳せ参じることが出来ず。

 全てが終わり、魔神共の残り滓しか残っていない今になってのこのこと目覚めておいて。

 そして今に至るまで、雑魚を百、二百滅した程度で夜叉を名乗っていたなど、笑う以外にどう受け止めたものか。

 

 ・・・否、今はそのような思案に耽る暇すら惜しむべきだろうが。

 

 先に逝った帝君と同志の為、すべきことは単純明快。

 速やかに自刃する。それ以外にない。

 

 直ぐさま折れたまま鞘に収められた愛剣を抜き放ち、そのまま首に――

 

 

「いい加減になさい」

「がっ!?」

 

 

 ――宛がう前に、顎を巨大な何かで打ち抜かれた。

 振り返れば天権が手に書物を携え、呆れ顔で此方を見つめている。いつの間にか周囲には薄く光る鉱石が浮遊していた。・・・先程顎を打った正体はこれか。

 

 

「一月の間貴方は私を護衛する。そういう契約だったはずよ。それを独り勝手に反故にして、自死なんてしないでくれる?」

「・・・しかし」

「一度両者で合意が取れた以上、契約は絶対。・・・私にとって、貴方と帝君との事情なんて関係ないの。わかるかしら?」

 

 

 人の身でありながら何という傲慢だと、平素であれば憤慨するところだ。

 だが帝君と交わした契約すら破ってしまった我に、これ以上不義を働くことなど出来ようはずがない。自失の余りまたしても間違いを犯すところだった。

 

 

「・・・承知した」

「ええ、解れば良いの。――じゃあ、改めて不卜廬に向かうわ。付いてきなさい」

 

 

 

 

 

 

 

「おや、これは珍しいお客ですね。それも随分とお早い時間に来られました。今回は何をお求めで・・・ああ。お連れの方の治療、ですね?」

「ええ、お願い。治療費は百暁(ひゃくぎょう)に後で届けさせるわ」

 

 

 天権に連れてこられたのは、変わった場所だった。

 彼女が不卜廬、と言っていたその建物の棚には数十という薬草が所狭しと並べられ、そのお陰で部屋の中は軽く薬湯をぶちまけたかのような匂いに満ちている。

 

 そして今、我は部屋の机の前に座っていた男に、されるがままに身体をまさぐられていた。

 

 

「・・・っ!」

「――すみません、痛みましたか。しかしこれはまた・・・手酷い傷だ」

 

 

 契約の履行は治療が終わってからなさい、と言い残して天権が出て行き、我だけが取り残されてからしばし。

 男は薬草を幾つか薬研で磨り潰し、それに浸した布を傷口に宛がう。その度にしみるような痛みが襲うが、この程度業障が身を焼く苦痛とは比にもならない。

 

 

「打撲、切り傷、凍傷に火傷――。正直これ程の怪我を負っておいて、今貴方が意識を保っているのが異様なくらいです」

「そうか」

「無論応急処置は施しますが、これでは気休め程度、いや、気休めにもなるかどうか・・・」

「こんなもの妖魔を滅する道中では珍しくもない、瞑想でもしていれば自然と治る。それにこの程度で弱音を吐くようでは――」

 

 

 夜叉は務まらない、そう言いかけて、もう自身が夜叉を名乗れる者ではないと思い至り、口をつぐむ。

 その様子に男は一瞬怪訝な顔をしたが、幸いそれ以上詮索してくることはなかった。

 

 

「・・・それにしても。天権様のお連れということは、さぞご高名な方とお見受けしましたが」

「名乗るほどの者ではない。それに契約さえなければ天権と縁など結ぶものか。――全く、あの女狐め」

「そうですか。――しかし女狐とは。相当に気の許せる御方なのですね」

「・・・何でも無い。さっさと済ませろ」

「ええ。申し訳ありません、出過ぎた真似でした」

 

 

 ・・・ええい、迂闊にあの女を悪く言えないのがこうも忌々しいとは。

 

 しかし我はこれから、どうすれば良いのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい。どうだったかしら?」

「布を全身に巻かれた、あとは知らん」

 

 

 結局開放されたのは日がすっかり昇った後。

 

 そして今、彼女に連れられて来た目に痛いほどの贅が凝らされた部屋の中に我はいた。

 

 高価そうな椅子に座ってふうんと気のない返事をしながら、我の状態を改める天権の目は異様な冷たさを孕んでいる。

 まるで路傍の石に価値を見出すが如く、およそ人に向ける物ではないその視線は今まで感じたことがないもの。

 一言で表せば、居心地が悪い。

 

 

「気色悪い。その目を止めろ」

「――ええ、いいわ。もう大体解ったから」

「何がだ」

「貴方のこと。始めに逢った時は暗くて良く見られなかったのよ」

「傷のことか。全く、人の子の分際で、・・・確かにこの身は戦乱に参じることも出来なかった愚物なれど、それでも仙人の端くれ。人の子一人の護衛など訳もない」

「そういう訳ではないのだけれど・・・まあ、それだけ殊勝な態度が取れるなら大丈夫そうね」

 

 

 ・・・この女。未だに真意が掴めぬ。

 初めて無妄の丘で会った時には気付かなかったが、こうして改めて面と向かうと解る。この女は今更死に怯えるような軟弱でも、他者の害意を恐れる繊細な者でもないと。

 

 

 ――木っ端夜叉一人だけならばまだしも、神の目持ちまで相手にするとなると骨が折れる。

 

 

 逃げられる前に妖魔が宣っていた事を思い出す。

 人の身でありながらその溢れんばかりの元素力。そしてその属性は盤石たる岩。

 ――成る程、岩王帝君の御力と同じ物か。確かにそれならば帝君へのさも面識があるかのような馴れ馴れしさも多少頷ける。だからと言って許されるものではないし、容認するつもりもないが。

 

 だが不自然なのは、その言動。

 他の神が幾度も代替わりをする中、岩王帝君は数千年の長きを生きられたと天権が述べていた通り、岩の気質は動より静、攻撃よりもむしろ護りに長けた属性。

 その恩恵を振るえるならば、少なくとも並大抵の者では彼女の命を脅かすのはおろか、肌に傷を付けることさえ叶わぬ筈。

 では何故、我に己が身の守護を頼む?

 

 

「――余程不思議みたいね。私が貴方と契約を結んだこと」

「まあ、な。貴さ・・・天権殿が何を考えているかは知らんが、少なくとも魔神の脅威去った今の世で、貴殿を害する者などたかが知れていよう」

「随分と買ってくれるのね。数千年の時を生きる夜叉様からそんなことを言われれば、悪い気はしないわ」

 

 

 そう言って微笑む天権に、此方を貶める意はないのだろう。

 だが、今や『夜叉』という称号は、同胞と帝君に背いた我にとって重荷にしかなり得なかった。

 

 

「我は、最早夜叉の名乗りを挙げられる身ではない」

「・・・眠っていたと言っていたわね。また、十年前に目覚めたばかりだとも」

「然り。この身に許されるのは、ただ粛々と契約に従い貴殿の身を護るのみ。それが終われば後天に上られた帝君への償いにこの命、投げ捨てるまで」

「・・・そう」

 

 

 天権は口元に手を近づけ、何かを思案するように黙り込む。

 腰元を越え膝まで届く程に伸びているのにも関わらず、流れる毛先の一本に至るまで艶やかな髪。長い睫毛の中心、紅玉(ルビー)を嵌め込んだかのような瞳は思索に揺れ、その輝きを陰らせて尚余りある美を湛えている。抜けるような白い肌は不健康の証かと思いきや、紅を差さずとも解る程に唇は赤々と血が通い、共に見ると調和され、そのような気色をおくびにも出さなくなる。始めはただ様体なる*1ものとしか思わなかった白絹の装いにしても、むしろその美しさが彼女を引き立てていると言えよう。

 彼女を囲む成金趣味が如き雑多な品物達は変わらず不愉快だが、憂う天権の姿はまるで難題を前に考え込む智者の如く、浮世を離れた我を以てして美しいと思った。

 

 どれ位そうしていただろうか。やがて彼女が手を顔から遠ざけた時、漸く現に返る。

 

 

「・・・よし。こうして考え込んでいたって始まらないわよね。そろそろ行きましょうか」

「何をする気だ」

「仕事よ。貴方がヒルチャールやスライムを倒すように、私にも片付けるべき事柄が沢山あるの。私が今座っているこの地位は、決して苦労なしに手に入る物ではないわ」

「左様か」

 

 

 さすればと思い、手早く指を組み違わせて印を結ぶ。直ぐさま効果が現れ、我の姿は霞の如くかき消えた。

 それを間近に見た天権は驚いたのか少々目を見開いていたが、直ぐさま呆れかえるような口調で我を咎め始める。

 

 

「・・・貴方、自分が護衛だって事忘れたのかしら」

『術で姿を消しただけだ、問題ない。本当に消えるわけではなし、諍いが起これば姿は現す』

「そういうことを言ってるんじゃないのよ。良いこと? 護衛は姿を見せておくことも大事なの。貴方のそれは護衛じゃなくて暗部か何かの役割よ」

『む。しかしそれでは抑止力にしかなるまい。貴殿を餌に叛逆の意志を持つ者をおびき寄せ、一度に叩いた方が手っ取り早いだろう』

「そんなことすれば璃月から何人の商人が消えるか解らないわ。それに私だって彼らと真っ向から戦争をしたいわけじゃないの。――良いからさっさと姿を見せなさい」

『・・・承知した』

 

 

 何とも解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

「わー! 天権さまだー!!」

「おかし! おかしちょうだい! ボクあのしゅわしゅわするアメが良い!」

「ちょっと! あんたはそれ、前食べたじゃない! 次は私が食べるの!」

 

 

 ――其処には、世にも奇妙に光景が繰り広げられていた。

 天権に。不遜にも夜叉と名乗りを上げていた我に真っ向から喧嘩を売り、人を駒としか思ってなさそうなこの女の腰に、年端もいかぬ少年少女が纏わり付いているではないか。それも一人や二人ではない。

 

 

「・・・何だ、この幼子の群れは」

「何って、璃月に住む子供達よ。市井に降りる度にお菓子をあげていたから、私が来るといつもこうなるの。――はいはい、海も六星も喧嘩しないの。飴もちゃんと沢山持ってきたから。二人できちんと分け合って食べるのよ?」

「うん!」

「解った!」

 

 

 海、六星と呼ばれた子達の元気よい返事に気を良くしたか、天権はふと頬を緩める。そのまま手に持った籠から薄紙に包まれた何かを取り出し、二人の手に握らせた。

 

 

「はい、どうぞ。

 

――ああそれと。何時もみたいなおはなし、しましょうか」

「うん! あのねあのね、ボクお父さんから聞いたんだけど・・・お父さんのはたらくしょーかい? で、最近ものすごい高い買い物をしたんだって。たしか名前は、めい、めいかむじょー・・・」

「――鳴霞浮生石」

「そう、そんな名前だった! やっぱり天権様ってすっごく物知りなんだね!」

「ふふ、ありがとう。――貴方達がいつも私に沢山の事を教えてくれるから、いつのまにかとっても物知りになっちゃったわ」

「ボク達の、おかげ?」

「そう。・・・だから、これからも私に沢山のことを教えてね?」

 

 

 ・・・奴は、何をしているのだろうか。

 その後も子ども達は我先にと自分が知る話を天権に話し続ける。その多くが最近秘密基地を作った場所だったり、凧を高く上げる秘訣だったりと年相応のものだが、中には璃月の商業に関係する話が絡むものも幾つかあった。

 そして天権はそのような話が出る度やや考えるような間を置いた後、それを話した子どもに他の子どもより多めの菓子を渡していた。

 

 ・・・まさかとは思うが、このような幼い子から情報を取り上げているのか。

 

 

「貴様。正気か」

「――あら、気付いたのね。でもこの方法は慣れればとても効率的で、何より正確よ。大人と違って、子どもは嘘をつかないから」

「・・・このような毒婦に、何故この子らは懐くのだ」

「毒婦って・・・私まだ独身なのだけれど」

「然もありなん。もし既に居るならば同情するばかり――痛゙ダダダダダダ、何をする!」

「当然の罰よ」

 

 

 ・・・この毒婦め。

 

 

「痛゙ダダダダダダ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・申し訳ありませぬ、もう一度お伺いしても宜しいですかな?」

「ええ、何度でも言ってあげるわ。――十箱でこの紙面に記した金額。之が私の其処にある石珀に出せる数字よ」

「ハハ、天権様ともあろう者が意地の悪い。これ程の石珀は中々お目に掛かれる品物ではありません、この一粒など、私の人生の中でも指折りの美しさでしょう。――少なくともこの五倍は頂かなければ割に合わない」

 

 

 ある食事処、其処で貸し切られた在る一室にて。

 天権は小太りの商人と、睨み合いの舌戦を繰り広げていた。机に置かれた小さめの箱には黄金色に光る璃月の宝・・・石珀が溢れんばかりに収められている。そのどれもが澄んだ輝きを持っており、価値の高さを窺わせた。

 我は商いのいろはも知らぬ門外漢だが、商人の男の言葉からするに、天権は相場より遙かに低く、法外な値段で取引を申し出ているようだ。

 

 

「あら、ご不満かしら? 私はこれで適正だと思ったのだけれど」

「無論ですとも! このような安値、この石珀を加工するために用いた額とそう大差ない。いくら天下の貴女様と言えど、足下を見るのも限度がございます」

「そのようなつもりはないのだけれど。・・・ね」

 

 

 のらりくらりと男の言葉を流すように顔を背け、自然な流れで此方に視線をよこす天権に、何となく我がやることを察する。彼女の言葉を借りれば『護衛業務』だ。

 目を閉じて軽く周囲の気配を探ってみる――十,二十。成る程、これらを倒せと言うことか。大方交渉が難航した時の備えなのだと思うが、この程度の雑兵、下手にこの部屋に突っ込ませる方がむしろ面倒が増える。

 建物を囲む雑魚、その全てに向け僅かに邪を込めた念を飛ばしてやると、それらは皆抵抗することなく意識を飛ばした。何、心配ない。半日ほどすれば目が覚める。

 

 ついでに先程から煩い相手の商人にも少々棘を込めた念を飛ばしたのだが、奴はそれに萎縮するどころか気付きもしなかった。――鈍感にも程があるだろう。

 その当の本人は言い返さない彼女に調子づいたか、口角から泡を飛ばして追求を緩めない。

 

 

「そもそも! 私も商人として人なりに経験を積んで参りました。――商人たる者、取引相手から身体を背けるなどあってはならないこと。それを理解していない貴女に、これ程の礼を尽くすこと自体、間違いだったのかも知れませんな」

「・・・私に商人を語ると? そう、その威勢だけは高価く買ってあげても良いわね」

「ええ、良ければお教え致しましょうか? 決して安くはありませんがね。・・・まず、其処にいる護衛を変えた方が宜しい。幾ら貴賤を問わぬことで有名な貴女と言えど、あのようなみすぼらしい者を伴に付けては格も落ちるというもの」

 

 

 ――この男、言うに事欠いて付き添っていた我を引き合いに出すのか。

 と、今まで余裕を崩さなかった天権が此処で初めて変化を見せた。不敵さを浮かべた涼しげな顔はなりを潜め、眉をつり上げ、如何にも不機嫌な顔を浮かべる。

 

 

「その言葉。撤回して頂戴」

「ん? ああ失礼、お気に障りましたかな。しかし私は商人としての見解を口にしただけでして。如何にその者が有能な者でも、・・・或いは、貴女にとって大切な者であっても、公の場ではそれ相応の立ち振る舞いが求められましょう」

「・・・そう。辞世の句はそれで良いのね? 韻も踏んでいない癖に嫌に字余りで、私は良い句とは思えないけれど」

 

 

 ・・・見上げた演技力だ。契約上の関係で情も何もない男を貶されただけなのに、如何にも大切な人を馬鹿にされたかのように振る舞うではないか。

 

 口上に夢中になっている男を差し置いて、天権は徐に机の箱に手を伸ばす。

 寸前で男も気付くがもう遅い。彼女はそのまま箱をひっくり返し、中の石珀を机へぶちまけた。

 

 机に勢いよく跳ねぶつかり合う石珀。硬度が然程高くないので、下手をすればいくつか傷が入ったものもあるだろう。

 

 

「ちょ、いきなり何をなさるのですか!」

 

 

 悲鳴に似た叫びを上げ、慌てて飛び散った石珀をかき集める男。だが天権はその様子には目もくれず、冷静に飛び散った一つをつまみ上げる。

 そしてそれを軽く灯りに透かした後、その事に気付いていない男に真っ直ぐと腕を伸ばしその鼻先に突きつけた。

 

 

「ねえ貴方、自分のことを人なりの商人って言っていたわね」

「は? ・・・ええ、確かに」

「そう。――それは間違っていないわ。私が保障する」

「はあ」

「でも、私に対してだけはもっと誠実であるべきだったわね。・・・この石珀、本当に()()()()()同じだけの品質なのかしら?」

「ッ!・・・それ、は」

 

 

 今まで攻勢だったはずの男の勢いが崩れる。思い当たる節があるのだろう。

 次に天権は手に持ったままの箱の底を触る。それを見た男は何故か顔を青くし、慌てたようにごちゃごちゃと喚き出し始めた。

 

 

「そ、その箱! 素晴らしいでしょう? お抱えの細工師に作らせた一点物でしてな、外には稲妻から取り寄せた櫻の夢見材、内張りには最高級の霓裳花から作り上げた薄衣を幾層にも重ねた紗羅(びろおど)を用いておりまして・・・」

「一点物なのね、道理で私が見たことがない訳だわ。・・・しかし()()()とは、少々古典的が過ぎるのでは無くて? それも言い逃れできるよう、不自然でない程度に。大方装飾の関係でそうなった、とでも釈明する予定だったのかしらね」

 

 

 此処まで来て、漸く我も理解する。この男は紛れもない商人の端くれなのだと。

 恐らく彼女が言う二つの仕掛けは、素人目では解らない本当に微々たるものなのだろう。現に彼女が手にしている石珀と机のそれを幾ら見比べても、我には全て同じ物にしか見えない。

 無論それを見抜けぬまま、そのままの価値と銘打ち売り出せども、世の目利き達には通じることはない。当然売れ行きは下がるし、粗悪な物を高く売ったとして叩かれるのは価値を見抜けぬ間抜けだけ。

 成る程、良く考えられている。正しく狡猾、商いの道は、綺麗事だけでは生きていけぬと天権が語るだけのことはある。

 

 だが、そのような小細工は熟練の商人、特に彼女ほどの者には通じない。この男が見誤ったのはそれ一点のみだ。

 そしてそれは、男に高すぎるツケを払わせることになる。手持ち無沙汰なので、せめて彼のこの先が真っ当になるようにとだけ願っても罰は当たるまい。

 

 

「・・・『天権』である私に対してこのような不義。どう落とし前を付けてくれるのかしら?」

「ひっ・・・」

「あまり身分をかさにした物言いは好まないのだけれど。――私の一声で貴方の商会を潰すことも、出来なくはない」

 

 

 顔が青を通り越し真っ白になっている男に、天権は努めて優しく話し掛ける。

 先程からしきりに周りを気にしている男だが、生憎刺客は予め全て倒しているので幾ら待てでも助けは来ない。やがて諦めたか、男はがくりと項垂れた。

 彼女ほどの女に頬に手を当てられ真摯に見つめられるその状況は、しかしあの男にとっては魔神の抱擁に等しい悪夢。唯一許されたのは彼女が紡ぐ言葉を震えながら待つのみだ。

 

 

「その上で尋ねるわ。

 

――この石珀と同じ品質の物を十箱。それをこの金額で頂きたいのだけれど。如何かしら?」

「はひぃいい! 是非! 喜んで用意させて頂きますすゥ!!」

「・・・嗚呼、恐ろしい」

 

 

 ――やはりこの女を危険だと称したのは正解だな。

 このような悪女に騙されれば、人ならざる我もどうなるか知れたものでない。

 

 

「何か言ったかしら?」

「・・・いや、何も」

 

 

*1
もったいぶって、気取っている





多分まだ続きます。

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