前回が長すぎた分、今回は短め。
ちょっと気を抜いたら激重設定が乱舞するこの原神世界で、この子ほど背景が平和なのも珍しいと思う。
あと、出来れば食事中には見ない方が良いかも。
――香菱といえば、璃月の食事処『万民堂』の看板娘。
彼女をこういう認識で捉えている住民はとても多いし、事実可愛らしい彼女が万民堂でくるくると働く姿はとても目に残る印象的なものだ。常連の中には、彼女が今日ホールに居るか否かで入店を決める者も少なくない。
何故なら彼女の料理の腕はとても信頼できるものだから。
しかしだからと言って、調子に乗って彼女へ変わったメニューを注文することはお勧めしない。
特に、彼女お勧めのメニューなどを訊ねるなど以ての外だ。
――そう!? なら丁度良かった、昨日とても面白い食材の組み合わせを思いついたの!!
彼女にそう言われたが最後、料理を頼んだ者の立場は客から
直ぐさま出される皿には彼女が先程まで出していた美味しそうな料理とは一変、名状しがたいナニカと成り果てた
餡の代わりにトロリとしたスライムの液体が掛けられた『揚げ魚の甘酢掛け』。
蜥蜴の尻尾や菱形の晶核など、豚肉以外に何か明らかな異物混入が認められる『豚肉の油炒め』。
砂糖の代わりに塩、
――もし此処で食べるのを固辞しようとしても、既に遅い。
香菱に話し掛けようとして、彼女の期待と感謝の念に満ちた目を見てしまったが最後、誰であろうと自分はこの皿の上を無くすほか無いのだと悟るのだ。
精々出来ることは、食べ終わった後にお腹を下さないことを天に祈ることくらい。
そんなゲテモノ料理を度々作っては頻繁に万民堂の鍋を駄目にする彼女だが、別に料理が嫌いだから、下手だからそのような暴挙に至っている訳ではない。
香菱にとって料理とは『どんな食材でも美味しくする』ための手段だ。その為に新しい食材を見つけたらあらゆる食べ方を試すし、どんな危険な場所にも獲りに赴く。
それが終われば次は組み合わせだ。どの食材と合わせると美味しくなるか、反対に食べ合わせが悪い食材はどれか――。無限とも思える組み合わせを行い、それら全てを糧にして、彼女は自分の『料理』をより高みへと押し上げる。
それを知っているからこそ、香菱の父は彼女の無鉄砲さを諫めなかった。
新たな食材を求め彼女がふらりと数日間居なくなっても、それで帰ってきた彼女が顔を煤だらけにしていても、眦鋭く叱りこそすれ、冒険を止めるようにとは決して言わなかった。
彼女の『料理』に耐えられなかった友達に止めようと遠回しに言われても、香菱の頭はどうすればスライムやカエルといった『特殊食材』を美味しくする方法しか考えていない。
単純で執着深い香菱にとって、毒がない限り『食材』は皆平等だから。食材に対して愛がなければ、彼女のような冒険は出来ないから。
だから彼女の父は香菱の奇行を、何とも微妙な面持ちで見守っている。
手放しに応援できないのは、きっと彼女に霧氷花やら炎スライムやらを店の鍋に放り込まれる度、万民堂の帳簿に『鍋』の項目を加えなければならないためだろう。
――さあ、本題だ。
彼女が度々特別な『料理』を作る、というのは上述したとおりである。
時にそれらは彼女の料理に興味を持った哀れな人々に振る舞われることもあるが、それ以外の場合、食べるのは専ら香菱自身だ。
幾百、幾千の挑戦の果て、香菱がそれらを食して腹を下したり、体調を崩すことは殆ど無くなった。完全になくなったわけでは無いけれど、スライムやトリックフラワー等の抵抗する『食材』の対処に比べれば随分楽だと彼女は語る。
――だけど、どうせなら料理は他の人に美味しく食べて貰いたい。
お世辞にも美味とは言いがたいそれらの『料理』だって、美味しいと誰かに食べて貰うより良いことはない。
そして世の中には、一般に『偏食家』と呼ばれる変わった嗜好の持ち主がいる。
広い世の中、もしかしたら彼女の作る『料理』を好んで食べる奇人もいるかも知れない。
これは彼女と、彼女の変わった『料理』が好きなある美食家の物語。
・・・
――やあ。
突然だが、君たちは究極の美食とは何か知っているだろうか。
即座に知っていると答えられた者は、残念だが早計が過ぎると言わざるを得ない。
何故なら僕を含め、世の美食家を名乗る者達は全て、人生で一度もそんなものに出逢ったことはないのだから。そしてその正体は恐らく、この世に存在しない。
だがそれでも、我ら美食家は理想を求め、まだ見ぬ料理にそれが見いだせることを夢見ながら、唯ひたすらに食べるのだ。
食とは、唯の栄養の摂取に非ず。
己の身体を、命を形作る食材達を自分で選び、感謝して頂く儀式。
「――故に、その貴賤は人それぞれ、他者に決められるものではない!」
「うわあ!? ・・・もう、驚かせないでよ! 料理ならもう少しで出来るから」
おっと。思考に耽るあまり自分の内なる昂ぶりを我慢できなかった。
そのせいで璃月一の料理人を驚かせ、料理の邪魔をしてしまうとは。反省しなければなるまい。
「ごめん、君の料理が楽しみなあまり、内なる興奮を抑えることが出来なくて」
「えっ・・・そ、そう? だったら、いいけど・・・嬉しいし」
そんな彼女――香菱は、僕の正直な気持ちをもじもじと恥ずかしそうにしながらも受け止めた。
ふふ、然もありなんだ。ありきたりの料理ばかり出す料理人にくれてやるほど僕の賞賛は安くない。
彼らの皿には未知に挑む度胸というか、挑戦心が欠けている。それに比べ、香菱が作る料理のなんと素晴らしいことか。
嘗て彼女考案とされるスズキの唐辛子煮込みを食べた時から、僕は彼女の料理が持つ意外さ、独創性に惚れ込んでしまったのである。
界隈で『狂食家』や『別次元の味覚を持つ者』という過分な評価を貰っているのは伊達ではない。 ・・・は? 全部皮肉? んなわけ無いだろう。
そんな僕が見出した彼女という逸材は近いうちに必ずや大成し、このテイワット全土に名を轟かせるだろう。
時たま現れては僕を馬鹿にするこの店の常連達と意見を同じくするのは癪だが、それもまあ、彼女の腕が既に多くの者に認められている証と思えば悪くない。
「それはそうと香菱、今日は一体何を作っているんだ」
「・・・んぇ? ご、ごめん聞いてなかったや。もう一度言ってくれる?」
「? いや、今日は何を使った料理をしてるんだろうな、と」
「ああ、そう、料理、料理だね!」
「・・・大丈夫? 顔色、随分悪いみたいだけど」
そんな香菱だが、今回はやけに珍しく元気がない。
まず比較的体調が悪そうな印象を受ける。ふっくらとした顔に通う赤がいつもより薄いのは気のせいではない筈。
それに彼女ほどの腕の持ち主が料理に集中するあまり話を聞く余力すら無いとは。一体どれだけ難しい料理を作っているのか。
そんな状態にも関わらず、僕の賞賛一つで年頃の娘相応にしおらしくなり、ぽわぽわと幸せそうに手を動かす香菱を邪魔する気は無かったのだが。
「今回作っているのはね、ソーセージだよ!」
「ソーセージ、とな」
彼女が上げた名前は誰しも聞いたことのある肉詰め料理。いや、ともすれば料理ではなく食材、と呼ぶことも出来るオーソドックスな物。なじみ深くインパクトの薄いそれに、普段ならば少々物足りなく感じるところ。
だが落ち込むにはまだ早い。何たって作り手はあの香菱だ、普通の品で終わるはずがない。
「うん、それも普通のソーセージじゃないよ。――
・・・ほら、やっぱりだ。
「へえ。じゃあどんな工夫がされているかは、食べてからのお楽しみにしようかな」
「うん! もうちょっとで終わるから、待っててね!」
会話が一区切りしたところで万民堂の厨房の外に出て、普段他の客が並ぶカウンターの前に立つ。
あのまま最後まで工程を見届け、出来上がった品に舌鼓を打つのもありだけど、どういう料理か想像しながら待つのも、食を楽しむ立派なやり方だ。
全く、待ち遠しいことこの上ない――
――おい。またアイツ、香菱嬢の毒味に付き合わされてるぞ。
――本当だ。体の良い実験台に使われて可哀想になぁ。
――いや、どうやらアイツが自ら立候補しているとかでよ。
――それは・・・可哀想に、きっと彼女に付き合いすぎて、味覚が狂っちまったんだ。
おいそこの外野、聞こえてるからな。
「――おぉ、これが」
暫くして僕の前に置かれたのは、世にも奇妙な一品だった。
彼女が予め宣言していたように、成る程形はソーセージ、今にもはち切れんばかりの中身を秘めている。
しかし驚くべきはその色。
――いやはや。世界広しと言えど、まさか
「貴方のために、貴方に食べて欲しくて作ったの。――私を込めた、この料理を」
「ああ、素晴らしいよ。まさかソーセージで驚くことになるなんて思わなかった」
適当に言葉を返しながら、視線は既に目の前の料理に釘付けとなり、最早彼女の声すら遠く感じる。
そんな怪しい物を食べられるのかと思うかも知れないが、彼女が作った料理に外れはない。確かに人は選ぶが、どれも並外れた刺激があったり、斬新な噛み応えであったりと並の料理にはない特徴がある。そしてそれこそが彼女の料理最大の魅力なのだ。
この黒ソーセージにだって、何か味に秘密がある筈。
それを一刻も早く確かめたい。
箸で皮を破ろうとするが、特別製らしく中々に固い。慌てて彼女が持ってきたナイフとフォークを用いて、サクサクと切り分けていく。
茹でられパンパンだったのにも関わらず、意外なことに出てくる肉汁は少なかった。固かったのは皮だけで、中身は箸でつつけば崩れてしまう位ほろほろと柔らかい。
肉以外にも多くの具が詰められているのか、そもそも肉では無いものが詰められているのか――どちらにしても、未知なる味に期待が高まる。
「・・・では」
彼女が緊張した面持ちで見守る中、箸で小さくなった中身をゆっくりと口に運ぶ。
料理が口の中から喉へと送られ、胃に至るまで、その間にただ一つの言葉もなく、料理の味を感じる事だけに集中する。それが私の流儀である。
存分に咀嚼し、味わった後、飲み込み、残る風味を確かめる。
「・・・どう、かな?」
漸く意識が現実に戻ってきた辺りで、香菱が不安げに訊ねてきた。
普段ならば彼女が其処まで料理の試作に入れ込むことはないが、先程自分の集大成、みたいな事を言っていた気がするので、やはり緊張の一つもしているのだろうか。
なら僕も世辞抜きで、飾り気なしの評価を下してやるのが礼儀。
「うん、不味くはない。むしろ美味しいさえ言える」
「本当に!? ホントの本当だよね!?」
「勿論。――だけど、一つ聞きたいことがあるんだ」
――其処まで喜ばれると、少し気後れするんだけどな。
渾身の一皿が褒められたのが嬉しいのかこれまでに無いほどに喜ぶ香菱を手で制し、素直に思ったことを告げる。
「このソーセージ。――使われているのは動物の血、だね?」
「! ・・・う、うん。もしかしたらそういう食べ方も出来るかなって」
「うん。良い考えだと思うし、僕個人としては食べられない味じゃなかった。
――だけど、個人的に少々食べていてどうにも不穏な気分になるというか、何か食べてはいけない物を食べている気がしてならない」
これだ。
これが僕がこの料理に抱く唯一にして最大の不満点。
「・・・そう、なんだ」
「其処で聞きたいんだけど。 ――このソーセージの血って、何の動物から摂られた物?」
タマネギ、挽肉、ニンニクをベースに、血を用いたソーセージ。
更に多くの香辛料や、恐らく酒も用いることで血の臭いを相殺し、食べやすくした発想は凄く良いと思う。血液という普通は食すものではないだけに、意外性は今までで頭一つ抜けていると言って良い。
だが食べている内に、どうにも私の本能が口うるさくわめき立てるのだ。
今すぐそれを食べるのを止めろ、と。
そのような不確かな感覚、無視すれば何と言うことはない。だが、人の舌とは意外に敏感に作られており、それが警鐘を鳴らすとはただ事ではない。だから材料が気になったのだ。
上手い不味い以前に、こういった理由で食べるのを躊躇ったのは生まれて初めてである。
「あー、・・・気付いちゃった、かな?」
「? いや、何の血かまでは解らないけど。・・・まさか、ヒルチャールのでした! とか言わないよね?」
「違うよっ!! 幾ら私だってそんな事しない! ――全く、失礼しちゃうよ」
「そ、そう。ごめん。・・・じゃあ一体何の動物なの? このソーセージの大きさからして、
流石にヒルチャールは冗談にしろ、それくらいの大きさの動物なら可能性として充分にあり得る。
豚や猪、もしくはもっと大きな動物か――。
「えへへ、それはね――ヒミツ!」
「ほうほう、ヒミツかぁ。それじゃあ仕方・・・え、マジで?」
え、マジでか。
内心と言葉が珍しく一致した瞬間である。
「うん! 最初から決めてたの。これの材料を貴方に教えるのは、もう少し後にしようって」
此処に来て彼女からのまさかの返しに、少々面食らってしまう。だが少し考えれば納得できた。
確かにあの黒いソーセージ、あの中に詰まった材料や味のバランスは、何時ものように一朝一夕で考えられたものとは思えない。味もまとまっていて一つの料理と言われても遜色ない完成度だった。長い時間を掛け、彼女なりにずっと考えながら作られた一品なのだと解る。
それによく見れば、彼女の腕に巻かれた包帯には血が滲んでいた。
料理中に腕からあれ程の血が流れる怪我などするまい。となればこの料理を作る際に材料の血が染みこんだのであろうが、裏返せばそれ程真面目に取り組んでいるのだ。その包帯の血を見ればこの一皿に込められた彼女の熱意も知れるというもの。
それ程思い入れのある料理のレシピを軽々に公開するなど、余程の阿呆でも無い限り考えられない。
つまり、今回は私の考えが軽率だっただけだ。
「・・・いや、成る程。理解出来た。確かに私が悪かったよ。忘れてくれ」
「うん、ごめんね。でもずっとじゃないよ、いつかは教えてあげても・・・ううん、絶対に教えてあげる」
「そっか、じゃあその時を楽しみにさせてもらうよ」
うう、彼女の気遣いが心に痛い。
余りは残せと巫山戯たことを抜かす本能をガン無視し、残ったソーセージを口に運びながら、私は彼女の器の大きさに助けられるのであった。
――美味しいのに、食べると何故こうも心がざわつくのかは最後まで解らなかったけれど。
・・・
ぽたり、ぽたり。
腕を伝い、下に雫が溜まる。
此処は私のヒミツの厨房。一緒に働く万民堂の皆も、父さんも、グゥオパーだって入ったことがない、私だけの空間。
そして今は――彼に振る舞う料理のための『材料』を集める空間。
ふと、下を向いて受け皿の様子を覗く。気付いたら器にはもうかなりの量が貯まっていた。
水面に映る私の顔は真っ青で、とても人に見せられた物じゃない。・・・立て続けに二度も、これだけ『材料』を用意しようとしているのだから、当然と言えば当然だけどね。
「えへへ」
それでも、私はもう一度あの人に味わって欲しいと思った。文字通り身を削ってでも、彼から『美味しい』という言葉を聞きたかった。
後悔? そんなのするわけない。
自分なりに考えた彼への
ぽたり、ぽたり。
雫が落ちる。
先程から気を抜けば意識が飛びそうな位に苦しいけれど、関係ない。彼のための料理、それを作る材料のためだ、幾らだって耐えられる。
私の一部だったそれは、漏れなく彼の一部となってくれることだろう。それを思うだけで、むしろ痛みが愛おしくさえ思える。
ああ、あの人は喜んでくれるかな。
これから、あの人が何度も私の『材料』を食べて。そして何時か、私が『材料』の正体を彼に伝えたその時。
彼はどんな顔をするんだろう。怒るかな、気持ち悪がるかな。
――喜んでくれると、いいな。
「楽しみだなぁ」
いけない。彼が喜ぶかもって想像すると、思わず気が緩んじゃう。それで意識を失って、そのまま死んでしまったら大変だよ。
ぽたり、ぽたり。
雫が落ちる。
落ちた雫は受け皿に貯まり、赤い湖を作り出す。もとは自分の一部だけれど、じっと見つめていると吸い込まれてしまいそうなくらい美しい。
ずっしりとした色合いの赤。一嗅ぎすれば鉄の匂いが胸いっぱいに広がる。最近になって嗅ぎ慣れたそれは、何時しか私に静かな興奮を与えてくれた。
――貴方の中に流れるそれは、きっと更にキレイで、濃く、甘く匂い立つんだろうな。
「気になるなぁ」
最近になって私の中に生まれた欲。
自分勝手に始めておいて、それを他人に求めるなんて。叶わぬ願いだと知っていても、気になってしまう。
彼の色。
私を食べた彼に流れる、その色が。
ちなみに話が短い本当の理由は、これ以上続いたら間違いなく死人が出るからです。
凝光様? 知らんな()
あと羊さんと葬儀屋を書いたら、小話書いて稲妻に行きたい。