多分現状書いたキャラの中で一番『どうしてこうなった』感が凄い。
だから殺さないで下さい。
バーバラは牧師であり、また皆に安らかな歌声を届けるモンドのアイドルでもある。
――バーバラに会うと、気分が良くなる。
モンドではこのような噂がまことしやかに囁かれる。
これは全くの嘘というわけではない。事実バーバラは気分云々以前に、怪我や体調不良などを物理的に治癒できる癒し手だ。
彼女は自分の水元素の『神の目』によって、不思議な魔法を使える。その力は凄まじく、高熱で苦しむ子どもであってもたった一日で治すほどだという。
死の淵からすらも救い上げられる奇跡の御業。だが当のバーバラにとってこれは誇れるものではない。
何故なら彼女にとって、最も不思議で大事な奇跡とは『努力』に他ならないのだから。
バーバラは努力家だ。
優秀な姉を家族に持ち、西風教会の枢機卿の娘として生まれた彼女は、幼いときから『完璧』を体現し続けた姉を見て育った。
自分に目いっぱいの愛情を与えてくれるだけでなく、自分が歩くその先を、常に先導してくれる存在。
バーバラにとって姉はそんな存在であり、それ故に追いつくにはあまりに遠い存在でもあった。だが彼女は、そんな姉を常に越えようと努力を怠らなかった。
バーバラはモンドでも有数の努力家である。だが、そんな彼女の努力の原動力とは、一度で良いから姉に勝ちたいという、幼く可愛らしい対抗意識からくるものなのだ。
だが、剣術も勉強も、それだけ努力を重ねても姉に勝つ事は出来ず、いつも明るく前向きなバーバラでも、これには落ち込まずにはいられなかった。
それでもバーバラは決して諦めようとはしない。その粘り強さは、父親である『払暁の枢機卿』サイモンすらも驚かせるほどだ。
もし度重なる失敗や挫折に耐えられず、どうしようもなく彼女が落ち込んでしまったとき。彼女が自分に与えた『落ち込んでも良い時間』はたったの30秒だけ。
そして30秒後、何があっても彼女は立ち直るようにしている。
時には無理に乗り越えたり、勝とうとはせずに、己にあった方法へと変える事もあった。
戦闘が苦手なら、支援を全力で。
剣で敵わないのなら、己が信仰を武器に。
知啓が努力で届かぬ領域なら、神へと祈り、信託を得よう。
そうして幾度もの挫折を乗り越え、なおも努力を続けた彼女の目的は、いつしか「他人に認められたい」という欲から、「他人を助けたい」という単純な信念に変わっていた。
『モンド中の皆に笑顔を届けたい』
ソレを目標に今を生きている彼女を嫌う者など、このモンドには存在しない。
「ありがとう」。これはバーバラが一番よく耳にする言葉だ。
バーバラに会った者、助けられた者、彼女の歌を聞いた者。人々は必ず、笑顔と共に彼女にそう言って去って行く。バーバラにとって、この笑顔が一番のご褒美となる。
笑顔は健康の証。だとすれば、私の歌は本当に人々を癒やすことが出来るかも知れない。
そう思いながら、彼女は今日も歌を歌う。
教会の牧師として。モンドのアイドルとして。
そしていつか越えるべき目標であり、そして大好きな姉の助けとなるために。
――しかし、一つ疑問がある。
彼女がアイドルを志した理由についてだが、実は定かではない。
切っ掛けはとある冒険者が持っていた一冊の本だ。だが、それから何故彼女は、風神を信仰する身でありながら、人々を癒やす力を「
もしかしたら、そう思わせる誰かでもいたのかもしれないが、さて。
・・・
むかし昔、気の遠くなるような昔の話。
この世界で、沢山の神様が戦争をしたらしい。
神様同士の戦争とあってその規模は凄まじく、彼らが争った後は地が抉れ、川が歪み、島が消し飛んだんだとか。
やがて戦争が終わって、誰かが生き残った神様を数えてみると、なんとびっくり七柱しかいない。
神様をまとめる更に偉い存在がそのことを知ると、その存在は残った神達に、当時生きた僅かな人々を守るよう命令した。
七柱はその命令に従い、道中生き残った者達を集めて自分たちの領土に戻ると、それぞれ自分の国を作り上げましたとさ。めでたしめでたし。
これがこの世界、テイワット大陸における神話、魔神戦争のおはなしである。・・・正直規模がデカすぎてパッとしないが、とにかくもの凄い戦いだったんだろう。
そんなことを知り合いの先生に言ってみたら、『お前のその楽観では、恐らくその時代では生き残れまいよ』と呆れられた。滅多に冗談を言う性格でないのは知っていたから、その日は軽く落ち込んだのを覚えている。
しかしどうにもその恐ろしさというのが解らないのだ。神様など生まれてこの方あったこともないし、この先会う予定も特にない。
この世に生を受け二十と少し、世の何たるか少しは語れるようになったかと自負はすれど、別に現実に見たこともない神様がどうとか、どれだけ言われてもピンとこない。ただ幸せに生きる今があれば良いと思うのは、俺の我が儘か。
自由を求め、今や絶対の権力はなし。
昼は風を感じて生き、夜は外から香る酒と歌の残滓を傍らに眠る。
それがこの街、風神の加護を受けたモンドで俺が享受する全て。
たったそれだけ出来れば、俺は満足だ。
つまり俺が何を言いたいかと言えば、
「モンドはやっぱり最高の街だぁ・・・」
・・・
「――ふふ、また言ってる」
『モンドは最高の街』。あの人が口癖のように言う言葉だ。
最初はいつも通声を掛けずに見守るだけにしようと思っていたけど、あまりに幸せそうな彼の様子を見て、つい話しかけてしまった。
「・・・この声は」
果たして彼は、私の声に応えてくれた。独り言を聞かれてしまったのが恥ずかしかったのだろうか、振り向いたその顔は少々ばつが悪そうだ。
・・・休憩中みたいだったし、少し悪いことしちゃったかな。
少し不安になったけど、わざわざ尋ねて彼の気分を更に害するようなことはしたくない。顔には出さず、彼の憂いを振り払うように、私は努めて明るく振る舞った。
「こんにちは! 今日も貴方に
「ああ、ご丁寧にどうも。しかし、はは、お見苦しいところをお見せしまして」
「いえいえ、とんでもないですよ! モンドが好きなのは私も同じ気持ちですから」
「街の人気者と評判のバーバラ牧師と一緒とは、嬉しいことです」
あの人の方が年上だというのに、相変わらず卑屈というか、腰が低い口調。
でも機嫌は随分良さそう。顔にも険は見られないし、まず掴みは上々、と言ったところかな。
彼についてだけど、聞くところによれば、お隣の国、璃月へ貨物を運ぶ商団の一員らしい。だから以前はいつでも会える、というわけではなかったけど、ここ最近は龍災の影響を受けたモンドを立て直すために、その商団が支援のために駐留しているおかげで、彼と毎日会うことが出来る。
そして、今日は偶然にも話しかけることだって出来た。不幸中の幸いか、それとも風神様の思し召しか。どちらにせよこんなに嬉しいことはない。
「・・・じゃあ、そろそろ仕事に戻りますかね」
「え?」
でも、物事はいつまでも上手くは運んでくれなかった。
物思いに耽るのもそこそこに、さてこれから何を話そうかと頭を巡らせ始めたところで、彼がそんなことを言うものだから、つい気の抜けた声が出てしまう。
「――もう、行っちゃうんですか? お昼休みの終わりはもう少し先の筈じゃ・・・」
「あー、まあこれ以上はちょっとな、と思いまして」
「ちょっと、って何です」
「エッ」
よく晴れた日。お昼になると毎日この大聖堂の広間に来て、太陽を目一杯浴びながら空を見る。それが彼の日課のはず。そしてそれを毎日見ている私は、その時間の終わりがいつも決まっていることも知っている。
今はまだその時じゃない。なのにあまりにも早く立ち去ろうとするものだから、つい身を乗り出して、問い詰めるような質問をしてしまう。
ここでふと我に返り、そして自分の強引な態度を恥じた。
そうだ、彼だって誰かに命令されてそうしているわけではない。気分が乗らない日だってあるだろう。どんな理由かは分からないけど――
――いや、もしかして。
その原因は、自分?
「いや、本当に大したことじゃないんですがね・・・」
「・・・もしかして、私がいきなり話しかけてしまったので、気分を悪くされたんですか?」
「エッ?」
普段と違うこと、それは私が彼に声をかけたこと。彼の一人の時間を、私が無遠慮に踏みにじったこと。
私が話しかけてしまったから、彼の平穏は砕かれた?
私が話し掛けたから、話し掛けてしまったから?
「だとしたら謝ります! 風神様に誓って、貴方の時間を奪うつもりじゃ・・・」
「イヤイヤイヤイヤ違います違います!!」
それ以外に考えつかなかった。だとしたら、嗚呼。私はなんてことをしてしまったのだろう。
彼を怒らせてしまったかもしれない。今まで積み上げてきた努力が無になったかもしれない。そう思うと涙が零れてしまう。
『いや急に此処に居たくなってきたわーバーバラちゃんとメッチャお話したいわーだからお願い泣き止んで周りメッチャ見てるから俺殺されちゃうから』と、泣いてしまった私を気にして、何でもないかのように明るく振る舞う彼の優しさが嬉しい反面、酷く私に突き刺さる。
「・・・でも、いつもはもう少し此処にいらっしゃるのに、私が来てから急にお戻りになろうとするから」
「いやいや別にバーバラちゃんが悪いとかそういうわけじゃなくて別に大した理由でもないっていうかただ恥ずかしいだけだったっていうか」
「ぐずっ・・・恥ずかしい?」
彼に非なんて欠片もないのに、一人勝手に泣き出した私を案じ、必死に弁解する彼。
私を見てくれている、と喜びがある反面、その優しさを引き出させて喜ぶ醜い自分の内心に反吐が出る。
「そう!・・・ええと、その、ですね」
ごめんなさい。こんな卑怯な女で。
時間を掛けて彼と必死に紡いだ縁が、こんなにもあっけなく崩れる程に脆かったなんて。
こんな事なら今日が雨であれば良かった。
雨であれば、こうして彼と会話をして、こんな終わりを迎えることも無かったのに――
「『
――ちょっと待って。
「・・・すみません、もう一度言って貰って良いですか」
「え? いやでもちょっと此処じゃ恥ずかし」
「言って貰って、良いですか」
「俺が愛するモンドの人気者に格好悪い姿は見せられないって言いました!」
「ッ!・・・そう、ですか」
俺の愛する『
俺の、愛する。
彼はそう言った。確かにそう言った。何なら聞き直したから間違いない。
私を、愛すると、言ってくれた。
「本当に、(私を)愛しているんですか」
「エッ・・・あ、ああそれはもう。なんたって(モンドは)俺の全てですから」
「はうっ」
「エッ?」
我慢できず胸を押さえる。動悸が激しい。くらくらして、立っていられない。
呼吸が苦しい。顔が燃えるように熱くなっているのを感じる。先程まで自己嫌悪で死にたいくらいだったのに、死にそうなほど苦しい今は、この幸せを私から奪う死なんてこの世から消えれば良いとさえ思う。
ありがとう
「ば、バーバラ牧師? 大丈夫ですか!?」
彼が身を案じて駆け寄り、あまつさえ介抱してくれている。
先程までこうして優しくされることを期待していた自分が自分で大嫌いだったが、今となってはどうでも良い。
彼に好きと言ってもらえた自分を、私如きが嫌いになってはならない。
彼が愛してくれた私という存在を、どんな事があっても私がけなすなどあってはならない。
「・・・大丈夫、大丈夫です。ちょっとびっくりしたというか、嬉しかっただけですから」
「嬉し・・・?まあ、そういうことであればいいですが」
と、嬉しさの余韻に私が浸っている最中。
唐突に嬉しさで一杯のあまり働かなくなった頭が、ぽんと一つ疑問を投げかける。
即ち、彼はいつから私を想っていたのか。
「じゃ、じゃあまだ時間もありますし、お話でもしますか!」
「はい。・・・それにしても、貴方にそう想っていただけていたなんて気付きませんでした」
「(ん?俺結構モンドが好きって話してるよな。んで、バーバラ牧師もそれを知ってる筈・・・)ええ、まあ。長い付き合いですからね」
「・・・もしかして、覚えていてくれたんですか?」
「エッ?」
私の情緒はもう決壊寸前だった。
続く会話の中で明かされる事実は、またしても私を驚かせ、喜びの絶頂へと誘うもので。
何せその会話で、彼が、私との初めての出会いを覚えていてくれている証明が成されたのだから。
「私もです!貴方に助けられてから、私ッ・・・!」
「ん?助けるって、俺一体いつバーバラ牧師をたす」
「いえ、いえ!答えて貰わなくたっていいんです。・・・きっと貴方は、あれが助けになったなんて思っていないでしょうから」
「いや、あの」
「でも!・・・私はあの時、確かに貴方に救われたんです。それから私・・・」
ここで遂に限界が来てしまった。
まだまだ言葉を尽くしたかった。貴方にどれだけ過去の私が救われたのか。どれだけこんな日を夢見ていたか。そして、どんなに貴方が好きだったか。
この場で何もかも曝け出してしまいたかった。だが、溢れる涙は、堪えていた嗚咽は、それを許してくれなくて。
人生で1番幸せな後悔をしながら、私は彼の胸に顔を埋め、何年ぶりかも分からないほど大きな声で泣いた。
――おい、お前確か今駐留してる商団の。
――知らん、俺は知らんぞ。お前達のアイドルが突然泣き出した理由も、俺の胸に顔を埋めているわけも、俺は一切知らんし関係ないからな。
――そうか、成る程な。
――ッ、そうだ、分かってくれたか!
――あ、ちなみに商団の方には既に俺の仲間が連絡を入れてるぞ。あそこは男所帯な分、熱心なバーバラ様ファンが多いからな。帰って精々苦しむが良いさ。
――ああそうかよ。わざわざ教えてくれてありがとうなクソ野郎。
・・・
「ふんふふんふふ~ん♪」
「ご機嫌だな。バーバラ」
「うん♪ お姉ちゃん!」
夕方。
バルバドス様の恵みの風も弱まり、街や窓に灯りがつき始める頃。私は久しぶりに、お姉ちゃんと一緒に夕食の準備をしていた。
昼に大好きな人に告白されて、夕方は大好きなお姉ちゃんと一緒に食卓を囲める。夢なら覚めて欲しくないような現実が、今の私を取り囲んでいた。
西風騎士団団長代理にして、私のお姉ちゃん、ジン・グンヒルドは、私の自慢の家族だ。
昔はなんでも出来るお姉ちゃんを羨ましく思うときもあったけど――今ではただ一緒にいてくれるだけで嬉しい最高のお姉ちゃん。
彼と同じ位大好きで、大切な存在。
彼と一緒にお話しする時間は、ドキドキで苦しかったり幸せだったりでとても刺激的なものになるけれど、お姉ちゃんと一緒に居る時間は、まるで絶えず抱きしめられているような、そんな安心感に満ちている。
私と二人。ずっと生きていけるのなら、どんなに幸せだろう。
「お姉ちゃん、今日ね・・・」
「うん? どうした」
お姉ちゃんはとても忙しい身だ。だからこうして一緒に食卓を囲むことは滅多にない。
でも、お姉ちゃんは私を小さな時から変わらず愛してくれている。だから私はお姉ちゃんが大好きで、その愛の大きさは彼に向けるものにだって負けていない。
だからいつかは私とお姉ちゃん、そして彼と三人でご飯を食べたいな・・・なんて考えて、でもそんなこと起こるはずがないと勝手に諦めていた。でも今はそれが夢じゃなくなってる。
手の届くところまで来てるんだ。だから私、お姉ちゃんに私の喜びを知ってもらいたくて。
「私、告白されちゃったの!」
「よしバーバラ、その男の場所を教えろ。斬り捨てる」
――時々思うけど、お姉ちゃんは私に対して少し過保護だと思うの。