原神フレンズ大紹介(大嘘)   作:山田太郎2号機

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ロリ勢のヤンデレを書こうとボイスを聞く度に邪な心が浄化されていく。


彼女たちの笑顔は世界は救う。間違いない。




小話・2

 

 

 七七の一日。

 

 

 

 

「――七七(なな)瑠璃袋(るりぶくろ)の在庫が切れてしまいました。今行っている仕事が終わったら、採取に行ってくれませんか」

「うん、わかった」

 

 

 作業の手を止め服の中から手帖(ノート)を取り出すと、拙い文字で何かを書き留める少女。すらりとした体躯の美丈夫――白朮(びゃくじゅつ)は、そんな彼女を見て満足げに緑髪を揺らした。

 

 

「メモを取る習慣、すっかり身についたようですね」

「うん。……七七、えらい?」

「ええ。偉いですよ七七」

 

 

 七七と呼ばれた少女は答えない。が、その身体が珍しくぴょこぴょこと揺れているのを見れば、彼女が白朮の言葉をどう受け取ったかは想像に難くない。白朮もそれを微笑ましく見守っていた。

 メモを取り終えると、七七は再び元の作業へと戻る。普段であれば忘れてしまうかもしれないと不安になってしまう彼女だが、メモを取ったことで安心してその仕事に取り組める。

 

 七七。

 過去に一度命を落とし、而して仙人達に再び仮初めの命を与えられ蘇ったこの少女は、その数奇な経歴故に多くの問題を抱えていた。

 記憶力が非常に弱いのもその一つで、七七はどんな大事なことでも三日と経たないうちに忘れてしまう。

 彼女が忘れないような重要な人物は――そう、例えば蝶の灯を纏うあの人間なんかは、殴りたくなるような顔で毎日七七の前に現れるので、その対象外だ。

 

 つまりそれ以外の出来事(というか、殆ど全ての事象)を記録する彼女の手帖は、彼女にとって過去にあった誰かを、何かを忘れない為の無二の(しるべ)でもあるのだ。

 

 しかし過去を覚えておくことは、必ずしも良いこととは限らない。

 彼女が過去を忘れ、不卜廬の薬採りとして生きていく事は――もしかすると、いいことなのかもしれない。

 

 

 

 これはそんな七七が経験した、ちょっと変わった一日の記録。

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 

「――ん? どうした嬢ちゃん。我……おじさんに何か用かい?」

 

 

 訳あって殭屍(キョンシー)となった七七は、基本的に趣味嗜好を持たない。全く無いわけではないが、一般の人に比べるとその起伏は皆無と言って良いだろう。

 だから七七が街に繰り出したとて、彼女が目的の屋台以外の前で足を止めることはない。

 

 だが、今回は事情が少し違うらしい。

 何の変哲もないとある屋台。その前で七七は足を止めた。

 

 

「……ヤマガラ」

「ヤマガラ? ――ああ、コイツか。 可愛いだろう?」

 

 

 彼女が見ていたのは物商の脇に置かれた籠、その中の小さな鳥だった。日頃はぼんやりとしている七七だが、今回は驚くほど目を見開き、まじまじとその鳥を見つめている。

 物商の男はそんな彼女を年相応な、可愛い鳥に興味を持った子どもと考えたのだろう、男はちょっと待ってな、と彼女に言うと、鳥を閉じ込めていた籠をぱっと開け放った。

 

 

「あっ」

 

 

 ヤマガラが逃げる――そう思った七七は小さく声を挙げる。しかし予想に反しヤマガラは飛び立たず、むしろ男が差し出した指先にちょこんと飛び乗ると、そこからてんてんと男の腕を伝って肩に停まった。

 

 

「はは、驚いたかい? コイツは昔、巣から追い出されていたのをおじさんが拾ったんだ。だからかねえ、ちっとも人を恐れない」

「にげないの?」

「ああ。育ててたら愛着が湧いちまってな、今じゃおじさんの立派な相棒さ」

 

 

 そう言って男はヤマガラを手に停まるように促し、七七へと近づける。七七が恐る恐る小さな手を差し出すと、ヤマガラは小さく羽ばたいて彼女の手の中に収まり、直ぐさまにぃにぃと歌い始めた。

 

 

「良い声だろう? コイツは頭も良くてな。あっという間に覚えちまった」

「……かわいい」

「ハッハッハ! そうだろう、そうだろう!」

 

 

 褒められたのが余程嬉しいのだろう、男はひとしきり豪快に笑ったあと、籠の口を軽く叩いた。するとヤマガラは七七の手からぱっと飛び立つと籠へと入り、また元の止まり木へと収まる。

 七七の表情は変わらないが、心なしかしゅんと落ち込んでいるように見えた。

 

 

「もっと相手をしてやりたいが、すまねえな()()()()()()()()。おじさんもお仕事があるんだ。――それに、嬢ちゃんも親御さんにお遣いを頼まれたんだろう?」

「うん。……どうして?」

「ん? ああ、何でお遣いだって解ったのか、か? ――はは、嬢ちゃんが持ってる手帖を見ればすぐさ」

 

 

 伊達に何十年も商売してないぜ、と少し誇らしげな男。この場に七星の一人『天権(テンチュェン)』が居たなら、彼の並べる商品と併せ、その目利きの腕に賛辞を送ったことだろう。

 七七には機微も技術も解らない。だがそれでも、この男が悪い人種でないことは解った。

 

 

「ヤマガラ。……また会える?」

「ああ。まだ暫くは此処に居る予定だから、また来てくれよ。――そうさな。いつか嬢ちゃんがウチをご贔屓にしてくれるなら、その時は『これ』を見せてくれ、少しだけおまけしようじゃないか」

 

 

 男は脇の小箱を漁ると、七七に何かを手渡す。

 見るとそれは小さいながらも見事な飾り紐だった。青と白が基調となったそれは殊更高価でもなさそうだが、決して安売りする程不出来でもない。

 

 

「どれ、その帽子に着けてやろう。――よし、これで良い」

「……いいの?」

「ああ、勿論。――気が向いたら親御さんにも見せてみると良い。きっと気に入るはずだ」

 

 

 七七は男の親切に何処となく違和感を覚えながらも、ヤマガラの存在に抗うことは出来なかった。手帳を取り出し港の簡易図の頁を開くと、今居る場所に丸を付け、『ヤマガラ』『物売り』と書き込む。

 それを見て一瞬曇った彼の表情に、七七が気付くことはない。

 

 

「じゃあな嬢ちゃん。 道中気を付けるんだぞ!」

「……うん」

 

 

 男の声を背に受けながら、七七は港口へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 

「なんだオマエッ! ここはキケンだから、子どもがきちゃダメなんだぞ!」

「……でも七七、用事がある」

 

 

 昼過ぎ。

 瑠璃袋を取りに山道を登っていた七七は、似たような背丈をした少年に道を塞がれていた。

 仙人であり神の目まで持つ七七が本気を出せば、子どもだろうが丘々人(ヒルチャール)だろうが遺跡守衛だろうが大した妨げにはならない。しかし彼女が実力行使に出るのは、彼女の身が危険に晒された時だけだ。

 白朮の指導の賜物であるが、それ故今の七七は頼み込む以外の手段を持たない。

 

 

「だめ?」

「うっ……で、でも、この子をとおして、もし大人にばらされたら――」

「七七、白朮先生のおつかいで来た。……おつかい出来ないと先生、かなしい顔をする。七七も、かなしくなる」

「白朮センセー? それって『不卜盧』の――、し、仕方ない。 センセーのおつかいだって言うなら、特別に通してやる!」

「…………?」

 

 

 急に意見を翻し、道の脇にどいた少年の態度に首を傾げる七七。しかし直ぐにお遣いのことを思いだし、素直に彼の前を通り過ぎようとする。

 しかしそんな彼女を遮るように、突然横の草むらから何かが勢いよく飛び出してきた。それの突進は幸い彼女の身にぶつかることもなく、その髪先を掠るに留まる。

 

 

「あっ! コラ出て来ちゃダメだってッ!」

「……イノシシ?」

 

 

 謎の闖入者――手負いのイノシシは酷く興奮した状態で、七七をじっと睨み付ける。少年の慌てぶりから見るに、彼の様子が変だった理由もこれが原因だろう。

 

 

「こうなっちゃ仕方ない。……おい、オマエ! この事は大人達にゼッタイ言うんじゃないぞ!」

「……だめ?」

「そう、ダメだ! ――見つかったら、きっとコロされちゃう。だから僕が、コイツをたすけるんだ」

 

 

 少年はそう言って毛を軽く撫でると、猪はそれに応えるように落ち着いていき、とうとう地面に崩れ落ちてしまう。七七の前に立った時既に限界だったのだろう、その呼吸は浅く弱々しい。

 何も処置がなければあと数刻でその猪は死ぬと、七七は長年の経験から察していた。

 

 

「……わかった」

「な、なんだよ! コイツに手をだそうって言うならぼ、僕が相手になるぞ!」

「……ちがう。()()()()()()

「え?」

 

 

 ――故に七七は、『力』を行使することを決めた。

 突如、七七の身体から冷気が溢れる。穏やかだった周囲の気温は一気に零下を割り、彼女の足下には早々に霜が降り始めた。

 寒さと恐怖、その両方からガタガタと震えることしか出来ない少年を意にも介さず、七七は呪を口にする。神の目が反応して更に気温が下がり、所々彼女の服が凍り付こうと、その詠唱は止まらない。

 

 

「――聞き給え、此処にて命ず。我が名は度厄真君也(どあくしんくんなり)

 

 

 生生流転(せいせいるてん)、諸行無常。

 鬼伯(きはく)(いつ)に何ぞ(あい)催促し、人命(しばら)くも踟蹰(ちちゅう)するを得ず*1

 

 ――然るに我が身、(いずく)んぞ在らん*2

 

 

「――仙法(せんぽう)開け、顕現せよ」

 

 

 次の瞬間、彼女を中心に旋風が巻き起こり――突如全ての冷気がかき消えた。あれ程張っていた氷や霜も何処へと消え去り、周囲も元の暖かな陽気を取り戻す。

 まるで先程の光景が嘘だったかのように。

 

 

「……え?」

 

 

 そんな奇事(イレギュラー)から立ち直り、やっとの事で現実に戻った少年は気付く。自分が先程庇うように覆い被さっていた猪に、もうかすり傷の一つすら見られない事に。

 混乱する少年に、七七は小さく声をかける。

 

 

「……なおった?」

「え? え? どういうこと?」

 

 

 七七の詠ったそれは祝詞(のりと)であり、(しゅ)の一つ。これ自体に特別な効果はなくとも、神の目と仙力の両方を持つ彼女が唱えればそれは冷気を伴う言霊となる。

 

 

「イノシシ。……なおった?」

「……えっと、その。――――ごめんなさい!?」

 

 

 結局少年はあまりの出来事に逃げ出してしまい、その後を追うように猪も何処かへ駆けていった。

 後に残るのは彼が残した大量の瑠璃袋と、七七一人。

 

 

「……瑠璃袋、もったいない」

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 

「――成る程、そのようなことが」

 

 

 夜。

 全ての仕事が終わった七七は、白朮の膝の上で今日あったことを話していた。

 

 

「きっと彼は、その瑠璃袋でイノシシを治療しようと考えたのでしょうね。――とはいえ、あまり褒められた事でも無いですが」

「……わるい人?」

「いいえ。――いけなかったのは、危険な場所に生える瑠璃袋を一人で取りに行こうとしたこと、そして事前知識無しに治療をしようとしたことです。普段の彼はきっと、とても優しい子なのでしょうね」

「……そう」

「ええ。もしかしたら明日、七七にお礼を言いに来るかもしれません」

 

 

 白朮はそう言って柔らかく微笑んだ。まるで娘に初めて友達が出来たことを喜ぶ父親のように。

 

 

「――それと七七、この組紐は何処で貰ったのですか?」

「街で、もらった。……ヤマガラの、おじさん」

「ヤマガラ? それにこの形――ふふ、成る程」

 

 

 七七の拙い説明、そして特徴的な組紐の結びを見た白朮は、得心がいったように頷いた。

 

 

「……心配して、琥牢山からわざわざ人の世に降りてくるなんて。珍しいこともあるものですね」

「? なに?」

「いいえ、何でもありません。――七七、此方へ」

 

 

 白朮はそう言って七七を軽く引き寄せると、優しく彼女を抱きしめる。

 突然の抱擁、しかし彼女は抵抗することなく、為すがままそれを受け入れた。

 

 

「――七七、大好きですよ」

 

 

 そう白朮が囁くと、七七の身体からふ、と力が抜ける。

 だが数秒の後、何もなかったかのように動き出した彼女を見て、白朮は微妙な表情を浮かべた。

 

 『大好きだ』。これはキョンシーたる七七を動かす為、他者が下した『勅令』を解除する呪言(キーワード)である。

 勅令が絶対であるキョンシーの制約上、誰かがこれを言わなければ、七七は文字通り死ぬまで永遠に命令を繰り返してしまう。故に七七を止めるためには、誰かがその役をせねばならないのだ。

 ――当たり前だが、別に白朮が幼児趣味だという訳ではない。あしからず。

 

 半ば仕方なしにやってることもあり、感情が籠もっていない白朮の言葉は効き目が今いちだ。

 明日になっても『勅令』が解除されておらず、しかもそれが某葬儀屋の堂主にバレて大騒ぎになる――なんて事は避けたい白朮は、割とこの現状に頭を痛めていたりする。

 

 

「いっそ例の旅人が訪ねてきた時、この役を代わって貰いましょうか」

 

 

 ふと脳裏をよぎるのは、突如として流星のように現れ、モンド、璃月の危機を救った救国の英雄。仙人にも比肩する実力者であり、またドが付くほどの人たらしなあの少年なら或いは――と考えるくらいには、彼は疲れていた。

 実装される前から異常性癖だの白朮じゃなくて自ポだのと散々揶揄される彼の心労は計り知れない。

 

 

「彼ならきっと私よりも良い結果を出してくれるでしょうし――ええ、そうしましょう」

 

 

 そう自分を納得させ、次にあの旅人に会ったら逃すまいと覚悟を決める白朮。

 なお当の旅人は、現在稲妻で群玉閣ばりに重い白鷺の姫君に目を付けられ大変な事になっているのをまだ知らない。

 

 ともあれ、『勅令』は解かれた。

 殭屍として活動する動機を失ったことで、七七は次第に眠りへと落ちていく。

 

 明日は何があるだろう、と。

 日々をただ命じられるまま過ごす七七には珍しくそんな事を考えながら、七七の意識は闇に閉ざされた。

 

 

 

 了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兄、禁断の妹エンド回避を目指して頑張る。

 

 

 

 

 

 狭い洞窟を走る。

 ひたすらに、とにかく走る。目的地なんてない。

 

 取りあえず彼女から逃げられるなら何処でも良い。

 

 

「ッ、風と共に去れ!」

 

 

 嘗て七国を回り得た元素力。その一片、風の渦を後ろ手に放つ。数百年ぶりに使う七神の力なので心配だったが、それでも技は問題なく発動した。

 人一人であれば容易く呑み込み、宙に浮かす程の竜巻。それをこんな狭い場所で発動させればどうなるかなんて百も承知だ。しかし俺は躊躇わない。

 

 流石にこれなら、という考えがよぎり、わずかに芽生えた希望。

 ――だがそれは次の瞬間、根元からかき消えた竜巻を見て木っ端微塵に吹き飛んだ。

 

 

「ひっ」

 

 

 言葉が出なかった。

 直ぐに踵を返すと、疲労を訴える脚を無理矢理動かす。こういう時、唯の人の身である自分が酷く恨めしい。

 

 ――そう、気のせいだ。先程のは見間違いだ。

 俺の元素爆発が技能(スキル)一つで突破されたとか、今も俺が逃げながら壁として作り出している岩の荒星が剣の一振りで粉砕されてるとか、普通に考えてあり得るはずない。

 

 無駄と思いながら後ろに雷撃を落とし、起こった土埃を尻目に脇道へ飛び込む。

 何処をどう通ったかなんてもう解らない。此処に飛び込んだのも単なる偶然で、彼女を一時的にでもやり過ごすためだ。

 

 けれど入ったその部屋には、なんとアビス教団が用いる転移門があった。しかも見た感じ、アビスの本拠地までワープ出来る直通便だ。

 

 

「……やった」

 

 

 何たる豪運、何たる僥倖。

 あの時、腹上死寸前でモンドから逃げ出せたこともそうだ。俺はつくづく運に恵まれている。

 今や神に良い印象は持てなくなった俺だけど、今回ばかりは運命の神様に地に伏して感謝したいくらいだ。

 

 

「蛍ごめん。でも、今の段階で俺達は再会するべきじゃないんだ」

 

 

 誰に言う訳でもないけど、彼女に謝罪する。

 折角会えた大好きな妹だ。共に歩むことが出来ないのは確かに辛い。しかし、彼女にはきちんと自分の目でこの世界の全てを理解して欲しい。

 それで最後、改めて俺達と再会したその時になって初めて、彼女と俺がどう向き合うべきか決めたいんだ。

 

 だから別に、暫く見ない間にトンデモダークサイドに堕ちきった蛍を見て、このままだとちょっと本気で殺されかねないとか思って逃げてる訳じゃない。

 

 大丈夫、一緒に居られなくても兄ちゃんずっと蛍のこと大好きだから。

 だからごめん、今は逃がして。

 

 

 ――ドコー、オニイチャーン。

 

 

 次第に声が近づいてくる。

 俺と同じく、蛍も旅の中で様々な仕掛けを解いている筈だ、幻術で隠された此処にたどり着くのも時間の問題だろう。

 転移の準備を待つ僅かな時間がこれ程長いと思ったことはない。コツン、コツンと木霊するヒールの音が痛いくらい耳に響いた。

 

 早く、早く――――ッ!

 

 

 ――此処カナ?

 

 

 彼女が入り口からではなくその直ぐ横の壁を破壊して現れるのと、転移門が完全に消えたのは、殆ど同時だった。

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 

「――たす、かった?」

 

 

 最初に感じたのは、助かった事への安堵ではなく本当に助かったのか、という疑問。

 

 周りを見る。暗くてよく見えないけど、少なくとも先程の洞窟ではないのは確か。

 耳を澄ます。……幾ら耳を澄ませても、あの恐ろしい靴音は聞こえない。

 

 

「はは」

 

 

 ――逃げ切った。

 実の妹との別れにこの表現は些か非情かもしれないが、その時俺は本気でそう思い、安心していた。張り詰めていた力が抜け、自然と板張りの床にへたり込んでしまう。

 

 もう意識を失う度に目玉焼きやらステーキやらを口に流し込まれることはない。

 体力回復と題して鶏肉を口に突っ込まれた後、実の妹に延々搾り尽くされるのに怯えなくて良いんだ。

 ……何故だろう、涙が出てきた。

 

 

「大丈夫。大丈夫だ」

 

 

 うん、あのことは忘れよう。

 アレはきっと悪い夢だったんだ。あんなに可愛くて純真な妹が、まさか世界クラスのクソデカ地雷持ちだったとかある筈がない。そんな筈ないったらない。

 

 とりあえず立ち上がろうとフローリングに手をつき、腰が抜けて立ち上がれない身体に活を入れようと――

 

 

「ん?」

 

 

 ――フローリングって、ウチの拠点にあったか?

 目を凝らし周囲をもう一度確認すると、少しずつこの空間の薄暗さに目が慣れてきたのか、先程よりも鮮明にその全貌が明らかになる。

 

 恐らく何処かの個室、か? 先ず目を惹いたのは硝子張りの大きな箱。側面にはシャワーが備え付けられ、中心には白く、優美な流線型を描くバスタブと銀色の蛇口。なおバスタブは色鮮やかにライトアップされている。

 後ろを振り返ると、其処にはやけに大きな寝台が鎮座していた。真っ白なシーツが掛けられ一見清潔そうだが、その白さにかえって恐怖を覚える。何故だろう。

 その傍に置かれた黒いラックには、インテリアと言うには少々異様な正方形の何かが飾られている。

 けばけばしいその包装には馴染みがないけど、もしや――

 

 

 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャッ!!

 

 

 気付いたときには、俺はその部屋から出るため扉に飛びついていた。

 必死にドアを開けようとするが、鍵でも掛かってるのか開く気配がない。おかしい、此処は部屋の中だぞ。

 

 

「ヤバい、此処はヤバい」

 

 

 確証はない。しかし自分の勘は全力で此処を離れろと告げていた。

 実の妹にあらゆるモノを貪られ、残っているモノと言えば今や後ろの貞操くらいなものだけど、それでもこの先、恐ろしい何かが待っているような。

 まるで七ツ地獄巡りを終えて安心していたら、実は其処からが地獄の入り口だったと知った時のような、逃れようのない絶望が、この先待っている気がして。

 

 そして俺は、

 

 

 ――――ただいまぁ。

 

 

 逃げたと思ったその先こそ、真に獅子の口の中だったと知った。

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 

「そういえば蛍、最近はお兄さんについて話さないのか?」

「……いきなり如何したの? パイモン」

「いや、ちょっと気になったんだ。だってお前、モンドでお兄さんに逃げられてから、お兄さんのことしか喋ってないじゃないか」

「そうだっけ?」

「そうだぞッ! お前がそれしか言わないせいで、最近はオイラがずっとお前の分まで万民堂の注文をする羽目になったんだ!」

「わあ、それは大変。――でも納得。最近モラの減りが早いなぁって思ってたんだよね」

「そ、それは気のせいだと思うぞぉ?」

「ふうん……ま、そういうことにしておこうか。――それで、お兄ちゃんの話をしなくなった訳、だっけ?」

「お、おう! そ、それオイラすっごく気になってたんだ!」

「んー。……強いて言うなら『また会えるって解ったから』かな?」

「? ……まあ一度は会ったんだし、今は無理でも、この世界の何処かでまた出会えるもんな!」

「うん。

 ――まあ、本当は直ぐにでも会えるんだけど」

「?」

「? どうしたの、パイモン」

「――い、いや。何でもない……あ、話は変わるけど、オイラ達の塵歌壺の一室が使えなくなったのって、結局何が原因なんだろうな?」

「話変わってないよ、パイモン」

「?」

「?」

 

 

その日は、何処か会話が噛み合わない蛍とパイモンであった。

 

 

*1
死神による死への導きは、人には僅かな躊躇すら叶わない

*2
では、どうして私は生きている?






漢文はバッチシ既存のをパクりました。
注釈は120%誤訳なので、正訳が知りたい其処の君はコピペして検索ゥ。


次は稲妻になります。

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