原神フレンズ大紹介(大嘘)   作:山田太郎2号機

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宵宮・弐

 

 

 ……最近思ったが、宵宮殿はずっと周りをよく考えている御方だ。

 

 彼女の周りには常に誰かがいて、そしていつも楽しそうにしている。そしてそんな彼 らを笑顔にしているのは他ならぬ彼女だ。

 神里家の家司にも同じような者がいたが、彼ともまた違う。明るく誰に対しても優しく、気付けば人を惹きつける、天賦の才。

 上手く言えないが、まるで蛍火のような(ひと)だ。

 

 しかし元気が過ぎて、いざ関わるとなると少々荷が勝ちすぎる。自分は長屋で龍之介殿を手伝いながら、休憩時間に遠い景色として眺めるくらいが丁度良い。

 そんなこんなで、ぼんやりと彼女と子供達が戯れているのを眺めていたら、唐突にひょいと宵宮殿が此方を向いた。

 

 

「――おーい(あん)ちゃん! 今からこの子供らと遊ぶさかい、アンタも辛気くさい顔せんとコッチきぃや!」

「えー! 大人が入ったら僕たち勝負にならないよぉ!」

「こーら! 何言うとんねん、そないなこと言うたら宵宮姉ちゃんかて大人や!」

「宵宮お姉ちゃんは特別! それに僕たち昨日負け越したままなんだ、勝ち逃げなんてさせないもん!」

「あ! 言うたな! よーし、蹴鞠でも独楽でも何でもええ、今日も絶対に負かしたるから覚悟しいや!」

 

 

 ……とまあ、たまに彼女に誘われる形でその輪に入ることもある。

 自分の立場の手前、そんな時は目立たないよう何時も聞き手に回って事なきを得ていたのだが、宵宮殿にはどうもそれが不服らしい。

 

 

「アンタ、昨日は多めに見たったけど、子供らとの遊びで手え抜くんやったら承知せえへんで!」

 

 

 自分の予定していた行動をピタリと当てられ、少々肝を抜かす。

 ――無茶を言う。遊びなどで自分が大人げなく本気を出そうものなら、子供達があまりにかわいそうだろう。

 

 

「お、なんやえらく自信ありげやな? でも安心しや、ウチが鍛えたったこの子達はまあ手強いで。 ……それとも、いい歳した男がガキんちょに負けるのが怖いんか?」

 

 

 ――ほう。

 

 

「道具ならウチのを貸したる。――そんな風呂敷広げたからには、あの子達に勝ってみい」

 

 

 いつになく挑戦的に此方を煽る彼女に、少しだけ対抗心のようなものが芽生える。

 

 遊びとは言え、年下に其処まで舐められては男の名折れ。此処は一つ、大人の力というものを見せつけるのも吝かではない。

 ――良かろう。その挑戦受けて立つ。

 

 

 

 

 

 ――負けた。

 子供相手でそれはもう完膚なきまでに、ボロカスに負けた。

 

 

「アーッハッハッハッハ! アンタも大概やなあ! あんな大口叩いておいてそれって……ちょ、ちょ待ちい、フフ、笑いすぎては、腹が……」

 

 

 子供達は皆家路へ着き、此処に居るのは自分と宵宮殿の二人。横で腹を抱えて爆笑する彼女がひどく憎らしいけども、あれだけ手酷く負けた手前何も言えない。最後なんて子供達にかなり手加減されてなお敵わなかったのだから。

 笑いの波が去ったのか、ようやく立ち上がった彼女が目元の涙を拭う。自分としては別の意味で泣きたいくらいなのだが、そんなことをすれば最早大人の威厳なぞ金輪際語れなくなってしまう。

 

 

「あー、こんなに笑ったのは久しぶりや。――アンタも、少しは気晴らしになったやろ?」

 

 

 ――別に、気晴らしにはなっていない。

 今はともすれば自分の行動一つが稲妻の命運を分けるかもしれない瀬戸際だ。任務に関係ない場面とはいえ、迂闊なことをして当主の、ひいては社奉行の名に傷を付ける訳にはいかないのだ。

 だから気を抜いていたつもりはない。……まあ途中から悔しさよりも楽しさが勝り、童心に帰りかけたのは秘密だ。

 

 

「そうか、そうか。――ほな、飯にしよか?」

 

 

 

 

 

 

 

「アンタって、何で笑わへんの?」

 

 

 南に満月を臨む夜半。

 社奉行への報告のために文を書いていると、宵宮殿がそう問うてきた。

 

 密書を他者の目がある所で書くなんて不用心極まりないと思うだろうが、紆余曲折あったとはいえ、この家に置かせて貰っている身である以上、部屋割りに文句を言うわけにはいかない。そこはそれ、彼女たちも共犯だからと自分に言い聞かせ目を瞑っている。

 ――しかし、ふむ。 言うほど笑っていないのか、自分は。

 

 

「全ッ然やなあ。 そないな無愛想晒すんなら、そら子供達も怖がって近づかんようなるわ」

 

 

 急に傷つく事実を突きつけられ、動かしていた筆がぶれる。何だそれは、初耳だ。

 初めのうちは物珍しさからか雛のように集まってきた彼ら。最近は見ないと思っていたが、もしやそういうことなのか。

 ――確かに日頃仏頂面なのは認めるが、しかし一つも笑わないというのは言い過ぎだ。例えば、昼に警ら中の兵士と会話した時なんかはそれなりに笑えていただろう?

 

 

「何やと? ……もしかしてたまにする口が引きつけ起こしたみたいな変顔って、もしかしてアンタ、笑ってるつもりやったんか?」

 

 

 がたん、と机に突っ伏した。その衝撃で腕が大きくズレ、書きかけの文に大きな斜線を入れるる。

 然もありなん。確かに社奉行でもお前は表情作りが下手だと散々言われてきたが、まさか優しい宵宮殿にさえ酷評される程とは思っていなかった。

 ――よし、明日からは仮面を着けて歩こう。

 

 

「ちょ、待ちいや! 何も其処までせんでええやん! ――ああもうッ! そういう事なんやったらウチが何とかしたる!」

 

 

 ――何とか、とは?

 

 

「それは……そうやな、ならこんなのはどうや! これから毎日、アンタにはウチの接客をして貰う!」

 

 

 接客は笑顔が命。しばらく続けていれば、客につられて嫌でも笑えるようになる、そう宵宮殿は語った。

 ――そういうものなのだろうか。

 

 

「せや! ……アンタがそんな笑顔になったんは、きっと今の暗い世のせいや思う。長いこと笑わんと、心がしぼんでいつの間にか笑い方を忘れてしもたんや」

 

 

 彼女の言葉に思い浮かべたのは社奉行の面々。

 確かに目狩り令が出された時辺りから、皆から少しずつ活気のような明るさを感じる機会が減ってしまったし、常に泰然としている当主も、ここ最近どこか焦っているように見られた。将軍の治世を疑う不敬は重々承知だが、それでも彼女の言うことに納得してしまう。

 

 

「だから明日からウチが、子供ら皆がアンタを笑わせたる! それも唯の笑いやないで。肚ちぎれて息出来んくらい笑わせたるさかい、覚悟しいや!」

 

 

 そう不敵な笑みを浮かべた彼女の姿にようやっと気付く。成る程、これこそ彼女が好かれる理由なのだと。

 これまで宵宮殿の優しさばかりに目が行っていたが、それは他者への奉公精神からきたものではない。確かに他者を慮る言動も多いが、それは彼女自身、ひいては周囲が楽しくあるために出たものばかり。

 彼女の根底にあるのはきっと、自分と、周囲が絶えず楽しくあって欲しいという思いだ。

 

 他者が楽しく思っているか否か、決めるのはあくまで彼女だ。故に自分の仏頂面を変えようと、こうして案を絞り出してくれたのだろう。そんな、ともすれば傲慢とも言える彼女の提案。

 

 だが、それが中々どうして心地よい。

 

 

「……何や、急に黙りくさりよって」

 

 

 ――何でもない。こんな自分のためにありがとう、宵宮殿。

 居を正し、深く頭を下げる。この時ばかりは自分の身分や年齢、性差など微塵も考えなかった。思えば社奉行での奉仕に慣れてから、そんな風に人と向き合った事なんて無かったかもしれない。

 

 

「ばッ――止めや小っ恥ずかしい! ……とにかく! 父ちゃんにも言っておくから、明日からは接客、宜しゅうな!」

 

 

 そう言うと宵宮殿は勢いよく立ち上がり、そのまま足音粗く出て行ってしまった。……全く、あれだけ子供達に慕われ、純粋な好意を受け取っておいて、今更感謝一つで恥ずかしがることなかろうに。

 

 

「――言い忘れとったっ!」

 

 

 足音が近づいたと思ったら、再び戻ってきた宵宮殿。そう何度も乱暴に襖を開けられると、いつか戸もろとも壊れてしまいそうだ。

 

 

「アンタ、明日からウチのこと『殿』付けで呼ぶの禁止な!」

 

 

 ――何故に。

 

 

「何ででもや! いい加減むず痒くてしゃあないねん、その呼び方!」

 

 

 そうは言っても自分は居候の身だ。其処まで不躾にはなれない。

 ――今まで支障も無いんだから、其処まで気にしなくても。

 

 

「ウチが気にすんねや! ええか、次言ったらもうアンタにウチの飴ちゃんやらへんからな!」

 

 

 そう言うと、宵宮殿は再び乱暴な足音を響かせ自室に戻っていった。

 飴ちゃん、というのは彼女の髪飾り――『甘々宝球』の中にある飴の事だろう。一度口にしたことがあるが驚くほど美味かった。彼女曰く、自分が屋台で食べて気に入った飴だけをあの髪飾りにしまっているらしい。

 流石にそれに釣られる程子供じゃないが、あの様子だと次また『宵宮殿』と呼んだ暁には、間違いなく彼女は怒る。それはもう盛大に。日中だけならまだしも、自分は彼女の家に居候する身。一日中へそを曲げられては敵わない。

 ――仕方ない、次からは宵宮さんと呼ぶことにしよう。

 

 そう決めて明日送る文を包もうとして、そう言えばさっきのやり取りの中で台無しになったのを思い出す。

 ――全く、要らぬ手間が増えた。

 

 

「お前さんは」

 

 

 ふと、後ろから渋い声が掛かる。

 振り返ると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()龍之介殿が起き上がり、此方をじっと見つめていた。

 

 

「宵宮の奴が、嫌いか?」

 

 

 狸寝入りで、しかし何をするでもなく黙っていた彼。途中でそれに気づき、何かあるなとは思っていたが。

 こうして問われたのは意外なものだった。いや、彼女の父親としては当然の質問か。

 ――無論嫌ってはいない。付き合う中で気後れこそあったが、厭うなどとんでもない。

 

 

「そうか」

 

 

 皆が寝静まる夜半に、そう大きな声を出せるはずもない。だが此方の答えに、彼は確りと頷いた。

 

 

「なら良いんや。……これからも宵宮の奴に付き合ってやってくれ」

 

 

 彼女の父はそれだけ言うと、再び横になって布団を被る。向き直って窓を見ると、其処には先程より僅かに傾いた月と星々。

 

 夜は、更けていく。

 

 

 

 

 

 

 

「――ちなみにお前、宵宮と付き合うなんて考えとるなら承知せんで」

 

 

 はよ寝ろ。

 

 


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