原神フレンズ大紹介(大嘘)   作:山田太郎2号機

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私は気付いた。


私が書いている文章はヤンデレではないのではないか。




ノエル・1

 

 モンドの街の万能メイドと言えば、ノエル以外あり得ないだろう。

 

 ノエルは元々、ただ西風(セピュロス)騎士団に憧れる、数多いる少年少女の一人であった。

 だが彼女が周囲と異なっていたのは、誰よりも努力を怠らなかったことだ。周りの子供達が自身の才に早々に見切りを付け、諦める中で、ノエルは騎士になるための努力を重ね続けた。

 願い届かず、七度の落選を経験しても、最後に彼女は前を向いた。その不屈が認められ、彼女は遂に待望の『騎士』の号を得たのだ。

 

 実力の不足を理由に『見習い』の身分を拝している彼女だが、見習いでありながら、彼女の知名度は並の騎士団員よりも遙かに高い。

 モンドの城門を守る騎士の名前は知らずとも、薔薇のメイド騎士の名前を知らない者はいないと言えば、上手く伝わるだろうか。

 

 彼女の認知度は、モンドで往々にして語られるある話に表されている。

 

 どうしても落ちない洗濯物の染みや、長らく積もった部屋の埃。そんな自分だけではどうしようもない障害に直面したとき。

 そんな時は腰に手を当て、肩幅に足を開き、力の限りノエルの名前を呼んでみると良い。

 すると問題は解決。一日を快適に過ごせるだろう。と。

 

 助けを求める人間がいれば何処にだって現れ、どんな身勝手なお願いであっても己を賭して全力で解決にあたる。

 『どこにでもいるメイド』。それがモンドの西風騎士団見習いにして、戦うメイド騎士、ノエルという少女が一生懸命考えた、己なりの答えだった。

 

 

 

 彼女ほど愚直で勤勉な人間はそうはいない。

 彼女は見習いという身分が示すとおり、騎士としては半人前扱いだ。だが彼女は己の未熟さを受け入れ、それを克服するために騎士団の誰より過酷な訓練を己に課している。

 日が昇ってから沈むまで鍛練と人々への奉仕を怠らず、夜はきちんと休み、身体のコンディションを万全に保つ。まさに騎士の理想とも言える彼女のスケジュールは、あの騎士団長をして唸らせたほどだ。

 更に礼儀作法や規則への理解にも秀で、勉学への打ち込みにも余念がない。その形式は極限まで洗練され、彼女のもてなしには、事ある毎に不満をまき散らす、あの横柄なスネージナヤの使節達すらも文句一つつけない。

 

 当然その実力は誰もが認めるものであり、何故騎士団はノエルに騎士の称号を与えないのか、というのはモンドが抱える目下大きな謎である。

 たまにその奉仕精神の高さ故、逆にもてなした者達を萎縮させてしまったり、困っている人間があれば助ける、というその一心のみで極寒のドラゴンスパインに突っ込んでは、後で重い風邪を引くなど空回ることもあるが、それでもノエルは己の研鑽を絶えず続けている。

 

 いつか騎士団の鎧をその身に受ける、その時まで。

 

 

 

 

 

 ――さて、

 ではここからは『もしも』も語るとしよう。

 

 皆に奉仕し、要望のままに任務を遂行する。そんなノエルだが、その在り方故、彼女は特定の決まった主というものを持たない。

 彼女の在り方に慣れきってしまった周囲にはさして疑問に思われないが、本来のメイドとは異なるその在り方は、ノエルという少女が持つ特異性の一つとも言えるだろう。

 

 

 

 では、もし彼女がその身を捧げるべきと思う存在を見つけてしまったら。

 そして、その者にこれまでの博愛ではなく、忍恋と呼べる感情を有しながら、仕えることを知れば。

 

 『どこにでもいるメイド』だった彼女は、どのようなメイドと成るのだろうか。

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 

 朝は、一日の中で最も好きな時間だ。

 カーテンを払い窓を開ければ、涼やかな風と共に様々な街の喧騒が伝わってくる。

 

 夜明けを示す雄鶏の声。

 日夜街を守る騎士団による明るい挨拶。

 店を開けるために準備をする人々と、それを心待ちにする冒険者達の声。

 

 商団で外を旅する数少ない友は『俺の愛するモンドは、朝に風を求めて動き出すのさ』と語っていたが、彼も同じくモンドの朝を好んでいた。

 そして、そんな様子を眺めていると、そんな平和を作りあげる人々のように私も成ろうと、今日も頑張ろうと思えるのだ。

 

 

 

 ――ただ、時にはそれらよりも惰眠を貪りたい時だってある。瞼を通しても尚、太陽の輝きが恨めしいと思うときだってあるだろう。

 今日の私はそんな気分だった。だから、起きたばかりで夢心地の意識をもう一度手放そうとしたのだが。

 

 それより早く、急に差し込んだ朝日で目が覚めた。

 

 

「おはようございます、ご主人様」

「……ああ、おはよう」

 

 

 起きたら直ぐ横に誰かが居る。

 そんな状況に、最近こそ多少受け入れる心が働き始めたとはいえ、やはり違和感を感じずには居られない。

 掛けられた声にぼんやりとした意識で答え、未だ残る眠気を飛ばそうと軽く頭を振る。

 

 ――不意に、品のない行動を取ってしまったと反射的に一瞬身体が強張る。

 

 が、それも一瞬のこと。

 家に居た頃であれば、間違いなく躾と称した平手の一発も飛んできただろうが、生憎この場に居るのは己ともう一人、父は居ない。だから、これくらい気を抜いたって何の問題も無い。

 

 

「ご主人様。本日の予定ですが――」

「……あー、少し良いかい」

「? 如何なさいましたか」

 

 

 それに今は、感傷に浸るよりもやるべき事がある。

 

 眠気も飛び、そこそこハッキリしてきた視界を側に控える少女に向ける。

 この完璧なメイドはどうせ何度問うても教えてくれないので、今回もまた無駄になるだろうが、取りあえずその都度聞かねば私の気が済まない。

 

 

「毎度のことのように言っている気もするが――とりあえず此処に居る理由を聞いても良いかな。ノエル」

「……? おっしゃっている、意味が分かりません」

「いや、私からすれば君が此処に居る意味の方が分からないんだがね?」

 

 

 紹介が遅れたが、この少女の名はノエルという。

 西風騎士団の見習い騎士で、モンドのあちこちで街の皆を助けていることから、モンドの名物メイド騎士としても有名だ。

 それに彼女には騎士団の紹介で、多少ではあるがマナー講師の真似事をしたこともあるので、少なくとも互いに知らぬ仲というわけでもない。だから仮に道で会えば挨拶の一つもするし、訪ねてくれば存分にもてなす。

 

 

 

 だが、それだけだ。

 特に親密な仲ということもなし、ましてや同棲しているわけでもない。

 更に言えば、こうして彼女が此処に控えているのは、私が彼女に頼んだ結果とかでもない。

 ひとたび彼女を呼べば、そこがモンド城であるなら五分と経たずノエルは駆けつけるだろうが、生憎街中ではしたなく大声を出すのは少々憚られるし、彼女に頼るような無茶をする予定もない。

 であるのに、こうして彼女は事ある毎に朝から私の枕元で待機し、一日私のメイドとして振る舞うことがある。

 

 ――繰り返すが、私がそうしろと命じた訳では断じてない。

 

 いくら自分が旧貴族の末裔だとしても、所詮は過去の負債。そんな命令は理不尽だと理解しているし、何より自分でその血からの脱却を決めた身として、そのような暴威を振りかざす真似はしたくない。

 故に以前から止めるように言ってはいるが、このように全く効果が無い。理由は――怖くて聞きたくない。

 

 総括すると、私には朝起きたら彼女が私の側に控えている、という状況が何故生まれたのか分からない。

 

 

「ちなみに家の扉には鍵を掛けていた筈だけれど、どうやって入ってきたんだい?」

「? いいえ、掛かっていませんでしたよ。私はいつも通り、ご主人様の邸宅の正門から参りました」

 

 

 こてん、と首を傾げる彼女が目に眩しい。

 この純粋な少女と話していると、いつも詰問している此方が悪者に思えてくる。鍵にしたっていつもであれば、自分の記憶違いなのかもなぁと一人得心している頃だろう。

 

 だが今回ばかりはそれは通じない。

 前回の彼女の来訪から、毎日こまめに施錠を確認し、態々ノッカーの脇に、せめて正式な手順で訪ねるようしたためたノエル宛の張り紙まで用意した。流石にそれを読めば彼女もいきなり部屋に居る、という心臓に悪い登場をしなくなるはず、と踏んでのことだ。

 

 にも関わらず、現に今ノエルは此処に居る。正面から来たのであれば張り紙を見たはずだが、読まなかったのだろうか。

 

 

「ノエル、正門から来たのなら張り紙を見ただろう。その中身は読んだかい?」

「? ええ、確かに拝見いたしましたが……」

 

 

 コレですか? と、ノエルはスカートのポケットから何かを取り出す。まさか剥がしたのか、と勘ぐったが、張り紙のサイズは普通スカートに収まるものではないし、そこには一見すると彼女の拳以外見られない。

 だが、握り込まれた手が開き、中にあるものを見た時に、私の疑問は解消された。

 

 

「ノエル」

「はい、何でしょう。お掃除から夜伽まで、何なりとお申し付け下さいませ、ご主人様」

「うん、間に合ってるから。――その手のものが、件の張り紙で良いんだね?」

「その通りです。何者かがこのような悪戯を私がお仕えしていない間に仕掛けたようで……私の実力不足です。下手人を捕えられず、大変申し訳ありません」

 

 

 申し訳なさそうに深々と頭を下げるノエル。謝るところが大いに間違っている。

 

 

「ご主人様のメイドである私が、ご主人様のお客様と同じ扱いを受けるなどあってはならないこと。ですので例えこれが私に対しての親切から来る忠告であったとしても、やはり耐えがたく……つい力が籠もってしまいました」

「あ、『つい』でコレなんだ」

 

 

 彼女の手にある張り紙だった紙玉は、握りしめられた結果ラズベリーほどのサイズまで小さくされていた。

 さながら球のような質感。筒に込めて撃ち出したらさぞいい弾丸となるだろう。

 

 

 

 閑話休題。

 何時までもこの問答を寝台の上で続けるわけにはいかない。

 一人で着替えるからと、放っておくと着付けまで『お任せ下さい』と言いかねないノエルを部屋からたたき出し、早々に着替える。

 ちなみに着替えはノエルが差し出してきたものだ。――まさか本当にそこまでする気だったのだろうか。

 

 程なくして着付けも終わり、跳ねた髪を丁寧に整え、最後に鏡を一瞥して違和感がないか確認した後、扉を開ける。

 

 開いた扉の横には、当たり前のようにノエルが直立不動で待っていた。

 

 

「ご主人様、朝食の用意は整っています」

「うん、ありがとう」

「では、こちらに」

 

 

 苦痛とまでは行かないが、それでも食事を作るのは幾分面倒なことだ。

 だからいくらツッコミまみれの状況でも、朝食を作ってくれたのには忘れずに感謝を述べる。

 

 廊下を抜け、そのままダイニングに向かおうとして、玄関の前を通り――

 

 

 

 あることに気付いた私は、足を止めた。

 

 

「ノエル」

「はい、何でしょうか?」

「あっちを見て欲しい」

「……はい、向きました」

「玄関の風通しが随分良くなっているとは思わないかい?」

「そうでしょうか?」

 

 

 玄関の扉から、風の音がする。

 

 モンドは風の街だ。穏やかな気候であると同時に、建物や屋外の建造物の風化が著しく早い。

 だからその気候の性質上、幾分か頑丈な設計、材質を用いることが多くなっている。無論扉も分厚く、重く作られることが多いし、私の家もその例に漏れない。

 であれば、こんな天気の良い穏やかな日に、扉の間で風が甲高く音を鳴らす筈がない。

 

 試しに扉に手を掛けてみる。触れたと同時、蝶番が悲鳴を上げながら勝手に開いた。

 完全に壊れている。

 

 

「壊れてるね」

「そのようですね」

「心当たりは?」

「……恥ずかしながら、張り紙の件で少々取り乱しておりましたので」

 

 

 

 確定だった。あの怪力を見た後なら、鍵を掛けていたのに彼女が入ってきた理由も察しが付く。

 取りあえずはと、最初はその場で軽く説教をしていたのだが、途中から私の腹が飯をよこせと抗議しはじめたので、残りは朝食を摂った後に持ち越されることとなった。

 

 ちなみに扉は後で自分で直した。

 

 

 

 

 

 

 

「――とにかく、君も年頃の女の子なんだ。私への奉仕に何故そこまでこだわるのかはこの際問わないけれど、これからは私の家に勝手に入らないように」

「はい……。申し訳ございません」

 

 

 食後の紅茶がすっかり温くなった頃。

 話もやっと一段落付けることが出来た。表だったミスをノエルがするというのは今回が初めてなので、扉への注意自体は直ぐに終わったが、それよりも今までのあまりの警戒心のなさ等、あれこれと話していたらここまで長くなってしまった。

 だが、散々奉仕や男女の関係性などを説いたのだ。ここまで言えばノエルも分かってくれただろう。

 

 

「……今回の件、何とお詫びして良いか分かりません」

「うん、確かに扉を壊したり、人の家に勝手に入るのはいけない」

「はい……ですので、今回の罰はご主人様が決めて頂けませんでしょうか?」

「ちょっと待って」

 

 

 全く分かっていなかった。

 

 思わず崩れ落ちそうになったが、その寸前で足が帽のように竦み、叶わない。

 ……やはり染み付いたトラウマ、というのは、未だ消えていないようだ。

 

 ノエルの方を見ると、私の違和感に気付いたのか不安げな表情を此方に向けている。心配させたくなくて、何でもないと仕草で示すと、私は早々にこの話を打ち切った。

 

 

「私からの罰は今の説教。それさえ守ってくれれば私から求める事はないし、今回の件だって許すよ」

「いえ、しかしそれではあまりに――」

「軽すぎる、かい?」

「……」

「確かにそうかもしれない。でも、だからと言って私が君に与える義理もない。……犯した過ちの何たるかは、自身で反省するんだ」

 

 

 食い下がるノエルに少しだけ厳しい口調で返し、席を立つ。

 あまりいい気はしないが、どこかで直さなければ何時かそのツケが回ってくる。懐いてくれるのは嬉しいことだが、ここは心を鬼にして――

 

 

「ぐすっ」

「……あれ、ノエル?」

 

 

 ノエルの身体が軽く震え、目元が潤いを増していく。

 そんなつもりはなかったが、泣かせるほど厳しかっただろうか(というか、そもそも泣かせるような内容だったろうか)。

 しかしあれほど言った手前、ここであっさり意見を翻すわけにも行かない。ここで折れてはいけない。

 

 心を、お、鬼に――

 

 

 

 

 

「……その、なんだ。いきなりというのも、些か酷な話だろう。――だから今回だけは、特別に私の裁量で君に罰を与える」

「……!! はい!」

 

 

 ――私は、弱い。

 

 


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