原神フレンズ大紹介(大嘘)   作:山田太郎2号機

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ノエル・3

 

 千年ほど前のモンドには、闇の時代と呼ばれる歴史が存在する。

 

 魔神の生きる太古、遊牧の民であったモンドの民衆を導いたのは貴族であったという。彼らは当時モンドを支配していた魔神デカラビアンから民を守り抜くことを誓い、当時その地を治めていた魔神と戦った。

 

 魔神から見れば無謀とも取れる蛮行。だがモンドの民にとってすれば、彼ら貴族の行動は無償の献身に映るだろう。民は次第に貴族を中心としてまとまり、やがて一つの勢力となって魔神に抗った。

 神話の時代において、貴族は民を護る盾、そして剣として迎え入れられたのだ。

 

 

 

 だが、その後貴族は堕落の一途を辿ることになる。

 

 魔神は打ち倒されモンドは繁栄する。だがそれと同時、貴族達の末裔は次第に欲に取り憑かれるようになった。

 長き時の中で神の血は薄れ、当時の誓いも何時しか消えた。それは嘗て神と戦った三貴族すら例外ではない。民達が己の間違いに気付いた時には既に、貴族は根から腐りきっていた。

 

 こうしてモンドは、暗黒の時代と呼ばれる圧政の時代へと突入することになる。

 

 今から1000年ほど前に風神と赤髪の少女の手によって、残虐な統治を続けた主な貴族達がモンドから追放されるまで、暗黒の時代は終わらない。

 自由を愛するモンドの民にとってこの歴史は何より耐えがたい屈辱だし、繰り返してはならない教訓となっている。故に現代に至るまで、かつての貴族の血を主張する旧貴族派と民の確執は続いている訳だ。

 

 

 

 ――さて、ここで改めてではあるが、私の身の上を話そう。

 私は元々旧貴族の一族であり、そして其処から追放された身でもある。にも拘わらず民に拒絶され続けるのは、父の存在、そして彼の所業によるものが最も大きい。

 

 あれは私が丁度10を数えた頃だったか。

 旧貴族にかつての栄光を取り戻さんとした私の父は、一つの大きな事件を引き起こした。当時、雑貨屋を営んでいた夫妻の娘を攫い、彼女を人質に旧貴族の復権を求め単身騎士団本部に乗り込んだのだ。

 騎士団どころか国全体を揺るがしたその事件だが、実際には大した被害があったわけでもない。鎮圧もわずか数刻で終わり、その後の処理も早かった。

 もし同様の騒ぎがモンド以外の国で起こったならば、数日のうちに埋もれてしまうかも知れない。

 

だが、モンドで起こったということではじめて大きな意味を持つのが、この事件の特徴だ。

鎮圧され連行される間際、父は騎士団団長の前でこんな言葉を放った。

 

 

『嘗て栄華を誇った貴族が、平民と同じ地を這うことなどあってはならない。例え私という萌芽を摘んだとしても、我が同胞が、そして私の子孫が後に続くことを私は確信している』

 

 

 ――思えば、この言葉が全ての始まりだ。

 これさえなければ、多少私の未来もマシになっていたかも知れない。

 

 

 ともあれこの時点で、父は旧貴族とモンド両方から見放された。

 父が欲していたのは1000年前の堕落した貴族の幻影であり、かつての暴虐の時代の再来。それ以外の事柄など考えてもいなかったのだろう。

 父はモンドから追放され、その後の行方は私にさえ明かされなかった。

 

 だが『あの』旧貴族が起こした事件で、その後に波風が立たない訳がない。

 旧貴族派閥の穏健派と西風騎士団の対談が秘密裏に組まれ、当時ようやく歩み寄りの第一歩を踏み出した矢先の出来事だっただけに、騎士団からしてもこの出来事は大きなものだったようだ。

 言うまでもないがその歩み寄りも白紙、ご破算となり、再交渉の目処も今のところついていない。

 

 

 

 ――話が脱線したな。

 とにかくその事件が引き金になり、事件からさほど経たぬうちに当時子どもだった私も危うい立場となった。

 仕方の無いことだ。仇敵が突如目の前から消えれば、怒りの矛先は自然とその身内へ向かう。

 

 不思議なことだが、当時の私はそれを受け入れていた。

 貴族なら常日頃冷静たれと教え込まれてきたせいか、どんな外道といえど唯一の家族であり、己の行動の師でもあった父を多少なり尊敬していたからか。

 詳細はもう覚えていない、だが当時は斜に構え、誹りを受けるのも仕方ないと諦めていたのを覚えている。

 それに今考えても、あの時の私に何か出来ていたとは思えない。誰にも頼ることが出来ないあの状況では、どう足掻いたところで碌でもない末路を辿っていた。

 

 

 だが、そんな私を救った存在がいる。予想もしないことに、それは父を捕らえた筈の西風騎士団だった。彼らは家の前で立ち尽くしていた私を匿い、騎士団で面倒を見ると言いだした。

 名目上は孤児引き取りに近いのだろうか。彼らは外部の如何なる追求にも屈せず、最後まで私の身柄を護り続けた。

 

 といっても、無論それは彼らの純粋な使命感から来るものではなかったのだが。

 秩序を護る騎士団とて公に出来ない闇の部分もあるし、それに触れて騎士団に絶望したものも居ないとは言い切れない――そうイロック氏は言っていたか。

 私も後で知ったことだが、残念ながら騎士団とて一つの組織だ、正義だ信念だといった綺麗事だけでその運営は成り立たない。時に合理性のために信念を曲げる事もあるし、場合によっては色々な汚れ仕事を許容する事だってある。

 

 まず騎士団は旧貴族達の情勢に関して、私が知る限りの情報を求めた。

 旧貴族の者達は数が少ない反面、きわめて強固で閉鎖的なコミュニティを持つが故にその結束力は並々ならぬものがある。

 騎士団は父の事件により、旧貴族側から第二、第三の反乱が起こることを危惧していた。だからその情報を探るため、子どもの私を用いて聞き出そうとした訳だ。

 結果から言えば、それは無駄な取り越し苦労としか言えない。というのも当時の旧貴族側からしても、父の暴走は予想外なものだったし、不本意なものだったのだ。

 父が一族の当主だった時であれば、幼い私がそれを知る術はなかった。だが父が居なくなるとその家督は長子である私に移る。そうなれば、彼らの集いに参加することが出来るだろう、と。

 

 そんな騎士団の提案に私は同意した。せっかく手に入れた後ろ盾を失う訳にはいかなかったのだ。

 私はその死に物狂いで情報を集め、働き蟻のようにせっせと情報を騎士団に流し続けた。

 

 ――まあ、結局途中でバレてそのコミュニティからも追放されてしまったのだが。

 決して知らぬ間柄でもなかった旧貴族の面々を裏切っても大して罪悪感を感じていなかった辺り、私もあの父の血をばっちり継いでいたのだろう。

 

 

 

 騎士団の中で一般教養を受け、今まで教えられた知識との違いに驚いては、一方で貴族達が定期的に開く『茶会』に参加する。スケジュール的には決して楽ではなかったものの、かつての父との生活に比べればさほど苦とも思わない。

 何より騎士団の中なら理不尽な暴力は飛んでこないし、四六時中気を張らずとも生きていける。

 唯一の不満だった点といえば外出が許されず、騎士団に常に軟禁されていたことくらいか。

 

 

 

 そして時が過ぎ、成人の年の誕生日。

 私は騎士団の庇護を離れ、己の道を進むことを決めた。思い立ったが吉日、別れの挨拶もほどほどに、私は手早く騎士団を後にした。

 特にやりたいことがあった訳ではない。だがこのまま騎士団のお世話になることが良いこととも思わなかったし、もう少し外の世界に触れるべきだと思ったのだ。

 

 生憎武芸の才はからきしのため冒険者にはなれないが、それ以外で活躍する仕事を探すことなら出来る。

切った張ったの荒事でなければ大抵はこなすことが出来るし、騎士団仕込みの精神はちょっとやそっとじゃびくともしない。

 

 ――そうだ、何でも屋なんて如何だろうか。これならモンドの皆にも貢献できる。

 父が迷惑を掛けた分は、私がこれからの働きで返していこう。

 

 

 

 

 そんな平和なことを、当時は考えていた。

 ……全く、それが叶うなら、モンドと旧貴族の確執はここまで根深いものではなかったろうに。

 

 

 

 

 

 何でも屋として働くことを決め、その旨を私の名と共に掲示板にしたためた、その数日後。

 

 私は街から孤立した。

 

 最初は意味が分からなかった。

 人といくら友好を深めようと、ある程度話していると忽ち態度が急変するのだ。

 なぜそう邪険に扱うのか、無理に理由など尋ねた日には、説明の代わりに掌が飛んできたこともあった。

 改善しようにも、理由が分からなければ直しようがない。だがそうこうしているうちにも城内を練り歩く私の噂は街を巡り。

 

 ――先程言ったように孤立した。

 

 

 

 今思えば何故気付かなかったのだろうか。

 嘗てモンドを脅かし、その後何処かへと姿を眩ませた貴族の長子。そんな人間が今になってモンドへ姿を現し、悪びれることなく堂々と家名を名乗って街中を歩き回っているのだ。

 誰が交流を深めようと思うのか。

 

 

 

 ――そういえば、これも後々になって知ったことだが。

 父が捕まった後のモンドはその事件の大きさ、そしてその首謀者の立場から、それはもう随分と『荒れた』らしい。

 

 それこそ、私を見つけ次第殺そうとする過激な輩が生まれる程度には。

 

 

 

 あの時、騎士団は善意や旧貴族のカウンターとしての打算から私を保護したのではない。

 私が生きていることを『隠蔽』しなければ、逸った民が暴徒化してもおかしくなかった。だから私を保護したのだ。軟禁されていた理由もここで合点がいった。

 私が街を練り歩いていた時にその場で直接的な排除に及ばなかったのは、偏に年月の経過、そして運など多くの要素の積み重ねがあってこそ起きた幸運であることを、当時の私は分かっていなかった。

 

 身内が罪人とはいえ、長い時の中で私自身は何もしていないからという思いは確かにあった。それに父の事件からは結構な時も経っていたし、当時は随分と浮ついていたのも否めない。

 

 過去、貴族という存在がモンドに冒した罪、そして私の父の罪。

 その二つの業が持つ重さを、私は軽視した。

 

 モンド以外の国ならこうも根深い確執にならなかったろうが、一度貴族により支配を受けたこの国では、私の父がしでかした事件は禁忌そのものだ。

 例え幾年の年月が過ぎようと、かつて自由を脅かした貴族の名は誰もが忘れようもない忌名であり続ける。

 

 ――それこそ、家督を継いだだけの子供でさえも害してしまおうと考えるほどに。

 

 

 

 かつての事件を知るモンドの民が、父を赦すことはない。そして息子である私も同罪だ。父の行動により、子の私も同じ消えない罪を負った。

 時は人々の記憶を風化させるが、それも完全ではない。

 時間は民の記憶以上に私の『罪』の意識を薄れさせ、そのことを失念した結果が今のこの状況だ。

 

 それが道理。例え私がその待遇に幾ら不満を抱こうとも、世間ではそういう道理と片付けられるのだ。

 民を陥れた罪人の、その血縁が背負う『罪』。それを背負わされた『罪人』がどう思おうが、幾ら吼えようが関係ない。

 決めたのは私ではなく、他ならぬ民だ。であればその内容に私が口を挟む権利などありはしない。

 そんな状態で幾ら自罰を極めたところで、周りから見れば何の価値もない。罪人が出来ることと言えば、その罪を周囲から隠し通して生きることか、何時か理解されるその時まで自身の潔白を示し続けること。それくらいだ。

 

 

 

 ――何処か他の世界線。

 何もかも上手くいった世界であれば、私にもモンドの皆と共に歩む未来があったかもしれない。

 

 だが私はその最初の一歩を間違えた。それだけだ。

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 

「……そんな、そんな筈は。だって、皆様とても優しくて、失敗なんて笑って許してくださって」

「…………」

 

 

 ――嗚呼、やっぱりこうなったか。

 その端正な顔を歪めて「違う」と繰り返すノエルは、何かに殴られたかのように身体もふらつき、その足取りも心許ない。

 その様子を見て、私は強く拳を握った。

 

 ――もう、これで後戻りは出来ない。

 彼女が護るべき民を槍玉に挙げ、あまつさえ彼女の憧れた騎士団を貶した。つまりノエルの大事にしていた二つを私はどちらも貶したことになる。

 

 

 ノエルは何も話さない。だから私もそれ以上話すのを止め、ノエルの言葉を待った。彼女の答え次第では、私が取るべき行動も変わってくる。願わくばこれ以上、彼女の大切なものを侮辱するような事はやりたくはない。

 

 痛いほどの沈黙を破り、彼女の答えはさほど経たずに訪れた。

 

 

「――この話を、私にどうしてお話しになったのですか」

 

 

 彼女の口から出たのは、己が疑問の解明を求めるもの。

 私への叱責でなかったのは未だ私を『悪』と断ずる事が出来ないが故か、それよりも優先すべきと考えたからか。

 

 

「モンドに訪れた民全てに奉仕の心を忘れない君のことだ。旧貴族であっても奉仕すべき、そんな精神で今まで私の元に訪ねてくれていたのだろう」

「いえ、そのようなことは――」

「……慰めてくれるんだね。でも、既に旧貴族に勘当を受けた身であったとしても、民にとって私は依然旧貴族側の人間だ。何処まで行っても、モンドにとって憎むべき『悪』であり、何時叛逆を企てるか知れない危険因子。どう言い繕おうと、敵でしかない」

「それは違います! ご主人様は……!」

「いいや違わない。此処が自由の国である以上、これだけは決して変わらない」

「皆様はお優しい人です。ですから、話せばきっと――」

 

 

 そこまで言いかけ、ノエルの勢いが次第に弱まる。昼間のモンドの民の様子を思い返し、本当にそうか自信が持てなくなったのだろう。

 

 ――最初から私の身の上を話したところで、彼女が引き下がるとは考えづらい。だが実際に目の当たりにしてしまえば、そうも言っていられない筈。

 そう思っての計画は、狙い通り彼女に深い楔を残したようだ。

 

 

「……解ってくれたかな。今まで黙っていたけれど、『それ』が私だ。――もし周囲に君が私に関わっていると知れれば、幾ら君であってもどうなるかわからない」

「ッ、そんなことは」

「いいや、そうなる。――私がそうだったからね」

 

 

 此処らが落とし所と思い、一気にまくし立てる。

 彼女の騎士団の立場、そして彼女の護るべき民まで引き合いに出してまで、私は彼女を責め立てた。

 

 このまま彼女の目に私が敵と映ればそれで良し。そうで無くともこれほど脅しを利かせれば私の元を離れざるを得ないはず。

 

 

 

 ――だが。

 幾ら今不安定な状態にあろうと、西風騎士団メイド騎士ノエルという女性は聡い少女だ。

 彼女がこれまでの話で数多持つ疑問の中で、引っかかるものがあるとすれば。

 

 

「……いいえ」

 

 

 ――やはり食いつくか。

 

 

「それはッ、あり得ません!」

「理由は?」

「サイリュス様とブランシュ様の態度です! あの時、お二人は私とご主人様が共に居たところをご覧になっているはず。ですが私に対して、お二人が苦言を呈する素振りはありませんでした」

「…………」

「…・・先程のお話で、ご主人様とモンドの皆様の確執は理解しました。ですが、少なくとも私がその誹りを受けることは無い筈です! ですから、今後は私が皆様の誤解を――!」

「ノエル」

 

 

 嗚呼。どうか私などのためにそんな悲壮な顔をしないで欲しい。

 私が幾らモンドを愛そうが、モンドは決して私に応えない。――そうあってはならない。

 

 

「――ノエル。大通りに出る前、君に渡した首飾りを覚えているかい?」

「……首飾り?」

 

 

 ――私が普段モンドで生活する上で、必要なものがいくつかある。

 ノエルに渡したアクセサリーはその一つだ。スネージナヤの商人から高値で買い取ったそれには、装着者を透明化するという特殊な能力がある。

 元々デットエージェント達へ卸される筈だったそれを私は高額で買い取り、外出時に役立てていた。今やそれは私の屋外での活動時に欠かせない代物となっている。

 

 だが、今回は私への敵意がノエルに向かないように、彼女にそれを付けて貰ったのだ。

 透明化するだけで装着者の立てる音や痕跡は残るし、元素力などは隠蔽出来ない。そもそも触れば簡単にバレる等、そのままでは看破される可能性が高いので予め注意はしておいたが。その反応からして、ノエルを隠蔽する機能は問題無く発動したようだ。

 

 

「彼ら――モンドの民が君に視線を向けなかったのは、それのおかげなんだ」

「・・・それ、は」

「今回君に渡したのは、君への下手な飛び火を嫌っただけ。――私のような連鎖を、これ以上起こしたくはないからね」

 

 

 どんな人物にも誠意を尽くして奉仕する彼女の在り方は、モンドでも異質とも言えるだろう。別にそれが悪いと言いたいのではないし、むしろそれが彼女の美点だとも思う。

 でも、もしこのままノエルが私と関われば。そしてそれが彼女の愛するモンドの民に露呈し、あまつさえ否定されてしまえば。

 まず間違いなくノエルは今のままではいられなくなる。私に関わったというだけで批難され、ともすれば私に向けられた矛先がノエルにまで向くかもしれない。

 それだけは何としても避けたかった。だから如何すれば確実にノエルと私の関係を断てるかを考え、ようやっと導き出した苦肉の策がこれだ。色々考えたが、今の私ではこれ以上の策は思いつかない。

 

 不足は百も承知、そもそも十全に意図を伝えられたかも定かではない。

 それでも私は、彼女に飾らずに告げる道を選んだ。

 

 

「さて、最後に私から君に、命令をしよう。 ――もうこれ以上、私の元を訪れるな」

 

 

 ……自分で言うのも気が引けるが、私はモンドの敵だ。騎士団の支援の上で隠れ住むような罪人に、彼女のようなモンドの人気者が関わってはいけない。

 だからその為に私は、彼女のメイドの身分を利用した。命令という形で私の実態を目の当たりにさせた上で、一切の接触を断つように命じることにした。

 誠実なノエルの事だ。彼女が彼女である限り、この命を破る事はない筈。

 

 

 

 これで例え彼女がどう思っていたとしても、私に奉仕する事は出来なくなる。

 ――その、筈だった。

 

 

「決めました」

 

 

 果たして、それは何の覚悟か。

 聞き返すより先に彼女は動いた。向かう足は扉とは正反対、私の方へと彼女は歩み寄る。

 

 

「私が、貴方を」

 

 

 その言葉に、そしてまっすぐ前を見据えた彼女の翡翠の双眸を見た時。

 ――私はどこか嫌な予感に襲われた。

 

 

「ノエ……ッ!?」

 

 

 それは一瞬だった。

 

 視界が大きくぶれたと感じた時には、既に私の上にノエルが馬乗りになり、その顔が互いの鼻先と触れ合うほどに近づけられていた。

 何故そのようなことを、と思うよりも先に、間近で目にした彼女の顔に私は意識を奪われる。

 

 何時か見た彼女の瞳は、澄んだ綺麗な色をしていた。だが今此方を見つめる翠緑の目、一切の美しさを感じない。

 たまに機嫌を損ねてしまった時でさえ衰える事のなかった彼女の美しい瞳に、今は恐怖しか感じない。本格的に何か大事なものを失ってしまったかのような、そんな危機感を感じさせるほどに不気味な色をしている。

 ――いや、色自体が変わっているわけではない。幾ら探せどその眼に光が見いだせず、代わりに泥濘を落とし込んだような澱みがどこまでも広がっていた。

 

 

「今まで、私は街の皆様から、数え切れないほど助けていただきました」

「な、にを……?」

 

 

 ノエルは口を開く。唐突の事で頭が働かない。

 

 

「皆様を守護する騎士団となりたい。その一心から私は西風騎士団の鎧を夢見るようになりました」

 

 

 ノエルの言葉を聞く毎に、私が考える中で最悪の事態へと向かっているという懸念が膨らんでいく。

 力が少し強まるのを感じた。声を出そうと身体を起こそうとするも、押さえつけられて叶わず終わる。

 

 

「誰に対しても優しい皆様を、誇り高き騎士となってお護りしたい。そう思って、今日まで努力を重ねて参りました」

「ノエル」

 

 

 ノエルは私から一時も視線を外さない。瞬きすら億劫だと言わんばかりに私を見つめ続けている。

 嫌な予感は、もはやピークに達していた。

 

 

「――しかし今日、それは私の幻想だと知りました」

「! ノエル待て、それは」

 

 

 やがて、予感は確信に変わる。

 

 

「あれほど優しいモンドの皆様が、罪のない幼い子どもに自分勝手に罪を着せ、騎士団は不条理を正そうともしない存在だったと知りました」

「違う。ノエル、話を」

「これ程にモンドを愛されている一人の御方すら、モンドの自由は許さないという事実を知りました」

「……違う、違うんだ」

「そして今この時も、ご主人様は赦されていない。それも一人の味方もなしに――それはあまりにおかしなことです」

「ノエル」

 

 

 ――駄目だ。そういう同情を得るために、君に話したわけじゃない。

 そう続けようとするも、それより早くノエルが言葉を重ねた。

 

 

「なら、私が味方になります」

 

 

 恐れていた言葉を、ノエルは笑顔で口にする。聖母が如く慈愛に満ちた、これ以上無いほどに美しい笑顔だった。

 

 

「んむっ……!?」

 

 

 今まで指先ほどの間隔を保っていた私とノエルの顔の距離がゼロになる。彼女が私の唇を奪ったのだ。思わず顔を背けようとするが、直ぐに両手で顔を包み込まれて固定され無駄に終わる。

 

 

「……安心して下さい。これからは、私が全てお護りいたします」

 

 

 それは接吻が終わっても緩む事はなかった。頬を包み込むような彼女の両手のひらは、その拘束自体は痛みを伴うものではない、だが私が顔を背ける事はおろか、他へ視点を動かすことすら赦さない。無理に押しのけようにも腕が彼女の身体の下敷きとなり、今やまともに動くことすら怪しい。

 

 

「……騎士団とモンドの民、その二つを裏切る事になるんだぞ」

 

 

 ――恐らくこの問いが彼女の意思を変える事はないのだろう。それでも精一杯、最後まで私は足掻く。

 薄々結果が見えていたとしても、かつて私が通った道に彼女まで堕とすわけにはいかないのだ。

 

 

「構いません」

「私が――俺が構うんだ」

「私は構わないのです」

 

 

 ノエルの表情は変わらない。

 身体を捩って彼女の拘束から抜けだそうとするが、上手くいかない。代わりに私を押さえつける腕の力が徐々にきつくなる。抵抗しようにも腕は動かず、声も満足に出す事も出来ない。

 

 霞がかっていく意識の中、彼女の澱んだ碧眼だけがやけに大きく見えた。

 

 

 

 

 

 ・・・

 

 

 

 

 

 ――ご主人様は、少々お優し過ぎると思うのです。

 

 あの後私は街の方々からご主人様のお父様の事件を聞き、ご主人様の話した内容が事実だと知りました。

 ……旧貴族の方々には、確かに一部から今までも心ない言葉を投げかけられた事もございます。ですがご主人様や、波花騎士のエウルア様のようにお優しい方がいる事も確かです。だから私には、今までモンドの確執というものを軽く見ていた節があったのかも知れません。

 だとしてもあのような仕打ちが許されるとは、到底思えないのです。

 

 

「ご主人様」

 

 

 寝台で眠るご主人様は、最後まで人々を庇っておられました。

 モンドが好きだと、ご主人様はいつも仰っていました。その民に恐らくは幾百という誹りを受けたはずのご主人様がです。

 

 モンドの雰囲気が、人々の笑顔や活気が絶えない町並みが、通り抜ける風が、響く歌声が、何もかもが好きだと、そう仰っていました。

 その全てを、貴方は自由に感じる事すら出来なかったのに。

 

 

「……ご主人様。ここで少しお休みしましょう」

 

 

 ならば、せめて私がそばにお仕えします。

 例えセカイの全てが敵に回ったとしても、私だけは永久にご主人様をお護りできるように。

 

 モンドも、騎士団も、何もかもを投げ捨ててでも。

 貴方が私を必要とされる限り、いつまでもそばでお仕えいたします。

 

 

 

 ずっと。ずうっと、お護りいたします。

 

 






 シリアスで行くかギャグで行くか、書いてる間も5回くらい往復してた。



 モンドキャラをあと二人は書きたい。

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