この子と団長代理を書いたら、小話書いて璃月キャラも書きたい。
モンドの偵察騎士隊とは、元々たった一人の男が始まりとなり、まとめ上げた西風騎士団の一小隊だ。
彼の任期の内には決して多くはないものの、確かに複数人の所属が確認されていた。
だが彼が騎士紋章と剣だけを残し、何も言わず消えてしまうと、その日より偵察騎士の名は徐々に衰退の一途を辿る。
彼が小隊の要だったこと、更にそれ以外の楔がないのが災いしたのだろう。更に彼を貶めるような噂も流れ始め、偵察騎士小隊は解散、以降此処への配属を志願する騎士は誰一人居なくなってしまった。
しかし偵察騎士を作った男の想いを、その孫だけは受け継いでいた。
持ち前の好奇心から祖父が訓練する姿をこっそりと木に登って眺め、人知れずその内容を反復していたその子供だけは、祖父の意思を知っていた。
彼女の行いを知ってもなお、叱ることなく彼女の頭を撫で、さらに己の使命を託した祖父のことを、彼女は忘れなかった。
アンバーは、現在モンドを守護する西風騎士団の中で唯一『偵察騎士』の役職を拝命した騎士である。
祖父の責を受け継ぎ、モンドと言う土地を守る。それが今に至るまでに彼女が偵察騎士を名乗る意味であり、また失踪した祖父を探すのは彼女の遠い目標でもあった。
だが、その願いは本来相容れない物であることを、彼女は後に気付くことになる。
最初アンバーは、祖父の跡を継いで偵察騎士となれば、きっと彼がモンドを離れた真相にたどり着けると信じていた。だが実際は、正式な偵察騎士となり、モンドの全てを飛翔しても、彼女は真相を明かすことができないでいる。
アンバーは混乱した。モンドの国土をいくら捜しても、何処を飛んでも、祖父に繋がる手がかり一つ掴めない。もしかしたら祖父はモンドを離れたのだろうか、彼女が次第にそう思うようになるのも致し方ないだろう。
否、もしかしたら見落としているだけかもしれない――迷う度にそう思い直すアンバーだが、非情にも祖父に繋がるものは現れ続けなかった。彼の徽章と剣以外、彼女の手元には何もない。次第に疑問は不安にとって代わり、任務の傍らで祖父を追う彼女を大いに苦しめるようになった。
そんなアンバーを救うのは、一見すれば何でもないような一冊の絵本。
だが、後に彼女の宝物となる一節の寓話だった。
――必要なのは、強き風ではなく勇気だ。それが君たちをこの世界で初めて飛ぶ鳥にした。
彼女は気付いた。
待つだけでは駄目なのだ。時には自分が勇気を出して翼を広げ、空へ羽ばたくことも必要なのだと。
『わたしにしか出来ないこと』『わたししかやらないこと』はきっと沢山ある。それを思った時、彼女の思いに神は呼応し、彼女に比類なき力を授けた。
祖父が失踪した後騎士団に引き取られたアンバーは、これまで周囲の団員達に囲まれて生きてきた。
嘗て傭兵だった祖父を受け入れたモンドには恩があるし、住む人々は自分を愛し、育んでくれた。故にこそ彼女にとって、モンドを守ることは何よりも優先すべき使命。であれば祖父のモンドへの想いも、彼女と同じか、それより遙かに強いものだっただろう。
では、何故祖父はこのモンドを離れたのか。
アンバーは生来直情的な人物だ。一度芽生えたそんな疑念は消えることなく、むしろ次第に膨れ上がっていく。
モンドはもう探し尽くした。ならば必然、祖父の手がかりを追うには外へ行くしかない。
しかしそれはつまりモンドを離れるということ。モンドに育てられた彼女にとってそれは軽々に決断できる事ではない。
悩んで、悩んで、悩み抜いて。
やがて、彼女は何より愛したモンドを飛び出した。
それは彼女の祖父が消えた時のように、それは一切の予兆もなく、突然のことだった。
・・・
「こんにちは。お久しぶりです!」
「おや、アンバーじゃないか。久しぶりだね」
「えへへ、貴方と会えるなんて、今日はとってもラッキーな日かも!」
「はは、今どきこんな浮浪者が珍しいからって、私は四つ葉みたいに縁起物じゃないよ」
「むー、そんなんじゃないですよぅ」
○月×日。
今日も視線を感じた。
久しぶりにアンバーと会った。相変わらず元気が良い。
話を聞けば今日は免停後初めての飛行だったそうで、張り切ってあちこち飛び回っていたところ、私を見つけたんだそうだ。
偵察騎士が飛行免許停止、というのはどうなのかと思ったが、アンバーの様子を見るにそう深刻なことでもないようで(単に彼女が楽観的なだけかも知れない)、一緒に風の翼で飛ぼうと誘われたが、断った。
風の翼は確かに便利だし、その作り手として幾らか飛行の心得もありはするが、どうも私には己の足で大地を巡る方が性に合っている。それに去り際の彼女の飛び方を見る限り、仮に私が彼女と同じ飛び方をすれば、五分と経たずに風の翼が空中分解してしまうだろう。滑空を主な使い方とする風の翼で、どうすればそれだけ早く飛ぶことができるのかと疑問だったが、まさかあんな力業だったとは。
ついでに彼女の翼の羽先が破れかけていたから、つい応急処置という形で半ば強引に拝借したのだが、怒っていないだろうか。騎士団の風の翼に触れるのは久しぶりで不安だったが、出来上がりを見て、自分の成長を感じられたので良しとしよう。
怒りと言えば、千風の神殿で見かけた激怒したヒルチャールが――
・・・
「あー!また会いましたねー!」
「おやアンバー。昨日ぶりだね。今日はどうしたんだい?」
「任務に行く途中、貴方の姿を見かけたので来ました!運が良いです!」
「はは、運というのはそう続くものでもないのだがね」
「そんなことありませんよ。だってほら、こうして貴方と会えたんですから!」
「まあ、そうだね。こうしてアンバーと幾度も会えるのなら私の運もまだ捨てたものではないようだ」
「えっ……そ、その、嬉しいです!」
○月△日
今日も視線を感じた。
今日もアンバーに出会った。任務に行く道で見かけたから声を掛けてきたらしい。
昨日と同じく他愛も無い話を二、三交わし、別れた。それとなく確認してみたが、風の翼は問題なく機能してるようだ。一応私が施した応急処置は一時的なものだし、あれだけ使い込まれているものならいっそ買い換えてしまった方が良いと思う。
そういえば彼女が言っていたが、彼女のウサギ伯爵には幸運を呼ぶ効果があるらしい。
へえと感心していたら、だから旅のお守りにとサイズダウンしたウサギ伯爵のぬいぐるみを押しつけられた。
最初、いつか見せて貰った伯爵の破壊力を思い出して思わず強張ってしまったが、爆発機能や囮機能は外してあるとのことだったので、謝った後にありがたく頂戴した。
早速鞄の側面に括り付けてみたが、中々可愛い。男にしては少々可愛い趣味かもしれないが、友人からの贈り物を無碍にする位なら、その程度の評価喜んで被るべきだろう。
それはそうと、昼間は急凍樹なる生き物が居るとされる洞穴に――
・・・
「あ」
「あ!おはよーございまーす!」
「ああ。また会ったね」
「ええ!ホント偶然ってすごいですね!」
「そうだね。確かに凄い。思わず私も運命の悪戯というものを信じかけてしまったよ」
「わあ、それって凄くロマンチックなことじゃないですか!」
「はは、お相手がこんな浮浪者では君には釣り合わないな」
「そんなこと・・・」
「いいんだ。心配してくれてありがとう」
○月□日
今日も視線を感じた。
今日もまた、行った先でアンバーと会った。これで三日連続で彼女とは会ったことになる。
無論私が動いていないから毎回会う、というわけではない。私はこの三日変わらず旅をしていたし、彼女と会ったのも全て別々の場所だ。一瞬彼女が私に意図的に会いに来ているのではと考えたが、彼女に何も利がないので直ぐに考えを改めた。自惚れにしてももう少しマシな想像をした方が良い。じゃあ何故と言われても、過ぎた偶然と言う他ない。
もしかしたら彼女のウサギ伯爵が縁となったのかもしれない。そう思うことにしよう。
――そういえば、彼女と会話している時にずっと違和感があった。何かは解らないが、話していてたまに引っかかるような、そんな感覚を度々感じたのだ。
こうして日記として纏めている今でもハッキリとはしていない。気にはなるが、あまり深く考えるのも得策ではないだろう。
こんな不確かな違和感に気を取られすぎて、年頃の女の子を刺激するような真似だけはしたくないところだ。
……暗い話ばかりでは華がない。明るいことを書くとしよう。
今日の夕方、冒険者の一団から長らく探していた観測具を譲ってもらい――
・・・
「……む」
「あ!起きました?」
「ああうん、まだ完全には――ん、アンバー?」
「はい、貴方のモンドの偵察騎士、アンバーです!」
「え」
「あ、朝食なんですけど、わたしが作っておきました!貴方の鞄の鞄から少し使っちゃいましたけど・・・まずかったですか?」
「あー、いや、別にそれはいくらでも構わないのだけど」
「そうですか!正直自分で用意するにはどうしても限りがあって。そう言って頂けて安心しましたよ」
「うん、そうだね。――で、それよりアンバー」
「? はい、何でしょうか?」
「何故こんな早い時間に、私のテントの中にいるんだい?」
○月☆日
今日も視線を感じた。
野宿してたらアンバーに起こされた。
おまけに朝食を振る舞われた。目玉焼きにモンド名物の満足サラダ、そして鶏肉のスイートフラワー漬け焼き。無論全て食べたが、所々調理の荒さが表れた部分があったのは彼女らしさと言える。半分生焼け、半分焦げてる鶏肉など、中々個性的ではあったが。
いや、そんなことはこの際どうでも良い。それより彼女の倫理観が少々おかしになっている事に私は心配が絶えない。
彼女に話を聞けば、私の野営のテントを見かけたので寄ったとのこと。知らぬ仲ではないといえ、私のような懇意でもない男のテントに平然と入るのは流石に看過できない。とはいえ少し厳しめに叱ったので泣かせてしまい、最後は涙目のアンバーを宥め、謝り倒しただけだったような気がする。
やはり人との関わりが乏しかったせいか、コミュニケーションの距離感が解らない。出来る限り早急に改善せねば……
・・・
「――何? アンバーだと?」
「ええ、モンドに来てからというもの、妙に縁がありましてね。昨日は彼女に料理を」
「待て、彼女が居たのか!? しかもこのモンドで」
「? 偵察騎士の彼女がモンドにいる事が、不思議なこととは思えませんが」
「……ああ、そうか。君は知らないんだったな。アンバーだが――騎士団を辞めたんだ」
「は?」
○月◇日
今日は視線を感じなかった。
更なる技術の獲得のため世界中を旅して数年。長かったその旅もようやく終わり、こうして無事帰ってくることが出来た。
とにかく重かった荷物を下ろし、宿場で旅の汚れを落とした後、私は久しぶりに騎士団に顔を出した。そして遠征のため不在だったファルカ大団長に代わり、ジン団長代理と面会し、旅の成果や概略を話してきたのだが。
そこで私はとんでもない事実を彼女から聞いた。
曰く、私が先日から毎日顔を合わせていたアンバーは今は西風騎士団を辞め、どこかへと行方を眩ませているらしいのだ。理由は不明で、行き先も他の団員達は勿論、団長代理や先輩のガイア騎兵隊長、更には親友のエウルア氏すら知らない始末。なら、昨日まであれだけ楽しげに私と会話していた彼女は一体何だというのだ。
彼女の話では、自分はまだ騎士団の偵察騎士を続けているといった風だった。長らく交流が無かったとはいえ、私はアンバーが、あのよく翼を壊してはばつが悪そうに工房へ持ってくる彼女がどういう少女かくらい知っている。
更に言えば、彼女が壊した翼をその都度改良し、再び壊さぬよう監視という体で彼女の試験飛行に付き合ったりと色々交流を重ねていたら、一時期随分と懐かれてしまったこともあったか。思えばあの時から随分無茶な飛び方を――と、そんなことは今関係ない。
とりあえず、私の印象だけで言うなら、彼女は無意味に嘘をつくような性格ではない。
では何故アンバーは私の前に現れ、偵察騎士を名乗っていたのか。いや、それ以前に何故彼女はあれほど愛していた西風騎士団を辞めてしまったのか。
……分からない。
他人の意図の全てを知るのは、結局のところ当人しかあり得ない。外野があれこれと予想するのは勝手だが、本当のところを知りたいなら、彼女に直接尋ねるしかない。
とりあえず午後いっぱいを使って騎士団や街中で色々と聞き回ったが、今のところアンバーと会った人は私以外居ない。どうして私だけに彼女が声を掛けたのかは知らないが、現状彼女と会い、事情を聞ける悩みを聞ける可能性が最も高いのは多分私だ。
また会ったその時には、彼女に聞いてみることにする。
・・・
「――ふぅ」
筆を休め、私は足を組んで思索に耽る。
アンバーが騎士団を辞め、かつモンドからも居なくなっていたというのは流石に驚いた。
それも居なくなるその時まで誰も彼女の変化に気付かなかったようで、彼女と親しかったエウルア氏など、失踪して暫くは相当に傷心したらしい。
数日も続けて出くわした手前にわかには信じがたいが、騎士団員やモンドの街の人々全員が口を揃えて言うのだ。信じざるを得ないだろう。
「とにかく、気に掛けておかないとな」
適当にペン入れに筆を突っ込むと、日記を閉じる。此処であれこれと思案を巡らせたところで、事態が進展する訳ではない。
窓の外には完全に夜の帳が落ち、見える灯りは星と月だけしかない。旅の疲れと街の中を駆けずり回ったのも相まって、いい加減疲れもピークに達していた。
とりあえず今日のところは休んで、また明日、今後の計画は立てていくとしよう。
「……そういえば」
はたと思う、今日は例の視線を感じなかったな、と。
旅の最中、私は四六時中誰かに見られているような不快感に苛まれていた。
最初は気味が悪く、正体は何者か、もしや監視でもされているのかとしきりに気にしていたのだが、いくら用心しても一向にその正体が分からないので、最後には捜索を諦めていた。初めはあれ程落ち着かなかったのに最終的には入浴中だろうと気にならなくなったのだから、人間というのは随分慣れる生き物らしい。
結局日記の冒頭にその有無を記すのみに留まり、以降はその視線と共に各地を巡っていたのだが。
今日は屋外であってもその視線を感じなかった。――いや、最初は感じていたのに、モンドに入ってからその視線がなくなったと言えば良いか。
良いことであるのには変わりないとはいえ、やはり長きにわたり晒されてきたその視線の消失は、正直とても気になった。
トントン
突然、宿の扉が叩かれる。
夜間サービスなんて頼んでいないし、そもそもこんな夜遅くに何だろうと思いながら立ち上がると、何の気なしに錠を開ける。
扉を開けると、そこには。
「……アンバー」
「こんばんは。――えへへ、来ちゃいました」
赤い兎耳のカチューシャにゴーグル、騎士団の中では珍しい赤を基調とした飛行服。若干癖の付いた焦茶色の髪に、街灯の薄明かりでも分かるほどに強く輝く瞳。
モンドから姿を消したはずの迷い兎が、一人ぽつんと立っていた。
宿の扉を叩いて現れたアンバーを、私は部屋に招き入れていた。
「まさか、アンバーが騎士団を辞めていたなんてね。驚いたよ」
「……はい」
ホットミルクの入ったマグを両手に持ち、暗く陰を落とした彼女を見る。その格好は昨日と変わらない。だがジン団長の話を聞いた後に観察すると、成る程、幾らかその装いに少々くたびれた印象が見て取れた。
どんなものでも摩耗し、朽ちていく。彼女の服もその例に漏れなかったのだろう。だがそれでもわずかにくすんでいる程度で、ぱっと見では気付かなかい程に些細な劣化だ。それほど大事に扱われていた、という証だろう。
今なお団服をそれ程大事にしているのだ。彼女の騎士団への想いは、きっと昔と毛ほども変わっていない。
――であるなら、やはり私は聞くべきなんだろう。
それ程騎士団を、モンドを大事に思っている彼女が、何故この地を黙って離れたのか。
騎士団から離れ、今までどこにいたのか。
そして今、何故皆の前ではなく、私の目の前に現れたのか。
寝台に腰掛け、アンバーと向き合う形を取る。
こんなに早くその機会が巡ってくるとは思っていなかったが、それでも次に彼女と会った時は、何時か聞かなければならないと解ってはいた。彼女から訪ねてきたこのチャンスをみすみす逃すわけにもいかない。
喋る前に唇を湿らす。心の何処かで、唯の杞憂であることを祈りながら。
「君が私を訪ねてきた理由、尋ねてもいいかい?」
「……はい」
――私もそのつもりで、来ましたから。
アンバーがそう言った時、目に宿る光が僅かに強まった気がした。