勇者創世記ハジマリオン 作:ブレイブパーティ広報
光と闇の創世記。
現代において誰もが知るおとぎ話だ。
ごく普通の村の出身である青年、勇者ジェネシスが聖剣と聖盾を持ち、世界を無へと還そうとした、終末の魔女とも呼ばれる魔王リンカと戦う物語。
魔王が繰り出す数多の試練を勇者は乗り越えた。幾度となく二人はぶつかり合い、時に利害の一致による共闘さえあって。
戦いの中で勇者は魔王の真意を知る。
荒廃した世界のその先を、終末という名の無を、魔王は憂いていただけなのだと。
同じ“無”ならば、その先が存在しない終点よりも、そこからすべてが生まれる始点の方が良いと思ったのだと。
勇者は魔王の心を知った。
この世界に抱いていた深い愛情を知った。
その優しさを、自らの眷属である魔族のみならず人間にさえ向けていたことを知った。
それでもなお、今まで積み上げたものを壊すことは認められないと、勇者は魔王を討つことを選んだ。
魔王の優しさに惹かれつつも、今を生きる命をこそ尊ぶべきなのだと信念を貫いた。
最後の戦いの際、勇者は魔王に想いを打ち明け、魔王もまた受け入れた――それゆえに、戦いは止まらず、昼と夜は何度も繰り返された。
死闘の果てに魔王は討たれ、勇者に己の力を託し、終末の無を打ち払うことを願った。
そして勇者は聖剣に魔王の力を刻み込むと旅を再開し、やがて世界の果てに迫っていた終末に辿り着いた。
聖剣で終末を切り裂き、魔王の願望を叶えると――勇者はその場で聖剣を大地に突き立て、聖盾を寄り添わせるように置いて、この世を去った。
聖剣と聖盾は二人が愛し合っていることを証明するように、決して離れることなく、二つは今も世界を見守っているという。
その物語がいつ起きたかは定かではない。
三千年前とも、一万年前とも。近代に発生したが、聖剣と聖盾は過去に飛び、世界の記録が一部書き換わったなどという珍説も存在する。
どうあれこの伝説が実在したことは確かだ。凄まじい力を持った聖剣と聖盾の存在は確認されているのだから。
とはいえ、伝説には幾らか誤りがあったことも明らかになっている。
――聖剣と聖盾は二千年以上も昔、特に世界の果てでもない、割と浅い森の中で見つかっているのだから。
でもって、聖剣が抜けないように森全体に魔法が掛けられているようだったが、普通に聖盾は持ち出せたため、速攻で盗難の憂き目にあった。
その後は取り戻されては盗まれ、百年単位で歴史から消失することもあったりと散々な片割れであったが、それはそれとして聖剣の方は変わらずその場に在り続けた。
聖地となったその森には、世界の覇者とならんとする者からほんの僅かな勇気がほしい小心者、後ろめたい事情しかない悪人までもが訪れるようになった。
身分に関わらず、稀にその聖剣から声が聞こえることがある。そしてその声に従った者は、良し悪しはあれど必ず歴史に名を残す。
これが魔王の声であることは、ほぼ確信されている。
声を聞いた者に大国を作り上げた偉大な王まで存在するのは、魔王が実際にはこの世界を愛していたことの証左だろう。
そしていつしか、この聖剣を引き抜かんとする者があらわれ始めた。
声を聞けば伝説に名を残す。剣を引き抜けば、伝説そのものとなる。酔っ払いの戯言から始まったというその話は瞬く間に世界に広まり、挑戦する者が世界中から集まった。
それでも聖剣を引き抜ける者は誰一人おらず現代に至る。
周辺は文明の発達により背の高い建造物の立ち並ぶ都会になっているが、森は健在。
今ではその聖剣への挑戦は、一種の運試しや記念行事にも等しくなっている。聖地も最早観光地扱いで森の上に道を舗装する形で整備している始末である。
確かに伝説は健在。
現代においてごく少なくなったものの、魔族が人間と同じ権利を持てている要因だ。
とはいえ信仰も宗教観も薄れた現代だ。聖剣の扱いも俗っぽくなるのは当然の帰結だった。魔族の間では魔王の存在そのものは絶大な崇敬を向けられているが。
今では勇者ジェネシスと魔王リンカといえば、その手のソーシャルゲームでやたらとキャラクター化されて「こいつらいつもイチャついてんな」という感じでお約束扱いされている始末である。
いつからか二人の隠された子供という形で『勇魔リオン』なる存在まで捏造されているのだから世も末だ。
伝説は完全に
――穢れずの森。
そう名付けられた森の中。少しだけ開けた場所に、聖剣は突き刺さっていた。
一帯は強力な保護の魔法が掛けられており、魔法技術がマイナーなものになりつつある現代ではこれを解除できる者はいない。
ゆえに掘り返すことも出来ず、持ち出すには引き抜くほかない。
そして、それは不可能であるとされている。
何千年とこの森にあり続ける聖剣を引き抜けた者はいない。これからもいないだろう。
それは何より、聖剣自身が確信していた。
――正確には、聖剣に刻み込まれた存在が、である。
何者かなど明白。
終末の魔女。無を認めぬゆえに無を目指した者。勇者の嫁。
この世界の誰もが知る存在――即ち、魔王リンカである。
絶対的な魂は数千年を経てなお健在。
かつて、勇者ジェネシスは彼女を聖剣に刻み、世界の果てへと辿り着くまでの間、魔王の真実と己の選択を知己に話して聞かせたという。
それが主となって編纂され、現代にまで記録として伝わったものが光と闇の創世記。
この話をもって、勇者は魔王の誤った認識を正したのだ。
ところで――先述したように、伝説とは史実とは異なる実態を持つもの。
それがどこで捻じ曲がったのか。
長い年月を経て失われた部分を補完した際。もちろんそれもある。
そもそも、勇者ジェネシスが伝えた話を知己が整理した際。もちろんそれもある。
一番原点に近いとされている物語の不明な部分や矛盾点はそうして生まれたものだと考えるのが当然だろう。
だが――そもそも、勇者ジェネシスが伝えた話そのものが私欲に満ち、出鱈目が多分に混じったものだとは誰も思うまい。
『――毎日毎日、よくもまあ。人間どもも飽きぬのう』
ここに聖剣が突き立てられてからそんなことを軽く十万回は考えている魔王リンカ。
自身を引き抜かんとする――というか最近は別に引き抜くつもりすらないけど挑戦しにくるよく分からん輩ばかりであるが――人間たちを眺め、心底つまらなさそうにぼやく彼女のみが、真実を知っている。
勇者が語った己の伝説。
その内最も有名な、今ではエンターテインメントと化した部分がほぼほぼ丸ごと勇者の捏造であることを。
“――愛している。力を合わせよう、リンカ! お前と俺なら、終末の無など敵ではないぞ!”
“ええい寄るな! 貴様の愛なぞ知らぬし我は貴様と力を合わせる気など毛頭ない!”
“異界からの侵略者が来た時は共に戦ったじゃないか!”
“例外も例外であろうが! ちょ、やだ! こっちに手を伸ばすな!”
“そんなお前の強きなところが――ああっ!”
“気色悪い声を出すな変態! 消えろ! この世から! せめて我の前から!”
勇者の愛を魔王が受け入れたなどという事実はない。
単なる勇者からの一方通行であり、魔王は全力で拒否していた。
そも、魔王にとって勇者は己の計画を散々邪魔してきた宿敵である。
いきなり愛を向けられたところでまるで理解出来ないし、己が放った魔弾の当たり所が悪かったのかと不安になった。
二人の最終決戦は正に、互いの想いがぶつかり合ったものだと言えよう。色々な意味で。
そして、その結末は必然のものだった。
その時の魔王の教訓と言えば、愛とは恐ろしい。この一点に尽きる。
いや、その時の心情はもっと率直だった。愛、怖い。このくらいに。
“共にあってくれ、リンカ。俺はお前無しではいられないんだ。今は拒んでいたとしても、いつか、受け入れてくれ!”
“やめろ正気か勇者!? それ禁呪だぞ! 我でも流石に躊躇うぞ!”
“躊躇などない! 全てが終わったあと、二人で永遠になろう!
“アホか! おい人間もう少し己の身を大事にしろ! あと我の拒絶も受け入れろ!”
“やだ!”
“ガキか貴様!? ――ちょ――”
そんな感じで魔王は聖剣に封印された。
別に勇者に託した訳でも、魔王の残る力を勇者が利用しようとした訳でもない。
魔王を手放したくなかった勇者による聖剣への監禁である。
――その後、どうあれ勇者は魔王の悲願を受け継ぎ、終末の無を打ち払った。
全てが終わり、この森に聖剣を突き立て、自分もまた聖剣に封印され魔王と共に永遠の存在になろうとした勇者は、力を溜め込んでいた魔王渾身の反射魔法によって弾き飛ばされそのまま何処かに消えたというのが勇者の最期の真相である。
力を振り絞り勇者との同化だけは全力で阻止した魔王はその後こうして、穢れずの森にやってくる者たちを眺めている。
聖盾が誰とも知れぬ輩に持ち出されたのはたまらなく面白かったが、その後は退屈な日々が続くのみ。
時たま、世界を動かすに足る器を持つ人間に暇潰しで言葉を掛けてやることが数少ない娯楽となり、それが彼女の知らないところで才を芽吹かせ時代を動かす。
そうしている内に、大して長くも感じない数千年が流れた。
外の世界で自分と勇者の関係がどうなっているかは知らないまま、魔王はここにあり続ける。
「あれ? トキワ、ここ来るの初めてだっけ?」
「ん。別に興味なかったし……」
――その日々に終わりが来るとは本人も思っていなかった。
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