魔王の器 ~Phony Script~ 作:ヨグソ
今から何万年も前、人類が生物からの進化だけでは無く神々の厚意からも作り出された世界線…そこには人間以外にも地を歩く獣、空を自由に飛びまわる鳥、水中で生きる魚達に…我ら人間の祖先達、つまりはホモ属とは異なる姿、異なる価値観、異なる力を持つ生命体もまた神々の厚意によって作り出されていた。
人類の祖先と異なる姿を持つ生命体…後に魔物と呼ばれるソレらは時には争い、時には交流し、時には喰らい喰らわれ、時には共に狩りを行い、時には全くお互いに無干渉で別の歴史を歩んだ事もある。
そして長い長い、あまりにも長い月日と歴史が流れ、旧石器時代、新石器時代、鉄器時代、中世、近世、近代…そして現代。
人類と魔物は共にこの地球という星に住んでいた。
何百年と続いているほぼ全ての人類とほぼ全ての魔物を巻き込む紛争状態のまま…!
時は2020年代…人間達によって作られ、成り立っている社会には我々の知る世界と違い、1つ不思議な職業が存在する。
探索者、冒険者、ハンター、ランカー、探査官、魔掃者など色々呼び方が未だに定まっては居ないが…地球上に存在する人間社会に仇なす魔物を始末し、魔物が作った巣や建造物…いわゆるダンジョンを攻略し、破壊して、最後には魔物達の頂点…魔王達を倒すべく自然と作られた職業である。
そんな探索者やランカーは今の時代はとても人気な職業であり、小中ではなりたい職業ランキング男女共に1位。高校のアンケートでは3位と子供達にとっては非常に夢のある職業とされている…
子供達はいつか自分も…とテレビや動画配信サイト、そして目の前で活躍する彼らに憧れていた…
この少年もまたそんな探索者、ランカーに憧れている___いや、
「〇〇市内にて、一晩で街が何者かによって消滅。現在判明している死者は5000人にも登り、行方不明者を合わせると4万人にも及びます。現在も救助活動が続いていますが、街中から見つかった生存者は300人でその殆どが意識不明の重体や大きな後遺症を患う可能性があり____」
「警察、政府は今回の事件を魔王または同ランクの強さを持つ魔物による未宣戦布告の襲撃と表明しており____」
「2日後には日本最上位ランクのランカーも救助活動に加わると発表しています_____」
「〇〇市内には日本でも有数な上位ランカーが在住していたのにも関わらず、一晩で何もかもが滅んだ為、魔王の未宣戦布告攻撃であるのは確かと言う見方が強まっています。」
数々のニュース番組が、放送局が日本国内の決して都会では無いが、田舎という程でも無いそこそこの街が一晩で全てが破壊尽くされ、炎に包まれた悲しき事件を取り上げる。
事件が起きた夜が明けた頃には自衛隊やランカー、警察が見つけられた限りの生存者を保護して安全設備を即席ではあるが、設立して用意してくれた。
そんな即席の緊急安全設備、保護施設の一室に少年は居た。
名は鈴木湊。歳は14歳になったばかり。見た目は典型的な日本人らしく黒髪*1。体格は同い歳の中だったら一回り小さく、小学生と間違われるだろう。
生い立ちは平凡な一人っ子。祖父、祖母、父、母と湊の5人で住んでいた。
ただ…あの夜を得て平凡とは言えなくなった。
住んでいた街が、家族が一晩で何もかも失った。
目の前で…
燃える家の中、祖母と母は血を流し倒れ…祖父は
「素晴■■い…■れ■■剣ズァイロムの■■の■!これ■■れ■神■■斗も■く■■!■■てろ!絶■に■っこ■■てや■!」
鈴木湊の脳内に鮮明にあの光景が蘇り、湊は強い吐き気を覚えて近くにあったゴミ箱の中に嘔吐する。と言っても、殆ど何も食べていないので嘔吐するものが胃液程度なのだが…
湊は何回か嗚咽した後に、ベットに突っ伏す。
あの記憶の後…あまり思い出したくないが…隠れて怯えていた自分は殺されずに済んだ。自衛隊だったか探索者だったか忘れたが誰かが助けに来てくれるまで炎の中、ずっと家族の死体を見ていた。1秒足りとも視線を外さずに…
「………」
もう涙は出ない。あの炎の中人生で出しうる涙を全て流したのだろうか、涙腺が損傷して涙が流せないのか、もう心が壊れてしまって涙を流す事すら許されないのだろうか。
悲しみはもう乗り越えた。否、悲しみなんぞよりも大きな黒い何かが湊を覆っている。孤独では無い。確かに今は孤独ではあるが…自分と同じ境遇の子供が隣の部屋に居ると医療従事者が言っていた。そのおかげで…いや、その情報にしがみついて無理やり孤独感を紛らわせている。
「…なんで……」
湊から言葉が漏れる。
何の「なんで」何だろうか。
なんで自分がこんな目に。なんで家族が死ななければならないのだろうか。なんでこんな事が起こったのだろうか。様々ななんでが湊の頭の中をこだまし、頭痛を与えた。
だが、湊は思考を止めない。無意味である事は分かりきっている。だが、意識が自然と消えるまで湊は延々となんでを思考していた。
気づけば朝だった。
うつ伏せだったのに仰向けに寝ており、嘔吐したゴミ袋は無くなっている。きっと寝ている時に医療従事者の方が整備したのだろう。
部屋に置いてある安物の時計を見ると、朝の10時である。
朝ごはんを食べていない。かと言ってお腹は空いていない。だが、昨日から何も食べないのは不味いだろうか…
バナナ1本でも良い。湊はスリッパを履き、トボトボと食堂へと歩き始める。
「……」
耳をすませると、湊の部屋から数歩歩いた先の部屋を見つめる。扉の近くにはアリス・ハートナーと書かれている。前々から聞かされていた自分と同じく親を亡くして孤独となった子供だろう。会ったことも話した事も…何だったら姿すら見た事が無いが、前にこの部屋の前を通った時にすすり泣き声が聞こえていた。最近は聞こえないが…自分と同じく涙が出なくなったのだろうか…
(…どうでもいいか)
湊は無表情で歩みを再開する。
数時間後、既に遅めの朝食…というかほぼ昼飯を食べた湊は御手洗いを済ませた後に部屋に戻り、ずっとずっっとベットの突っ伏し、夜になるまで無意味な思考をしていた。
あの事件から既に1週間だ。親族から引き取りの話はまだ来ていない。というよりも中学2年生になったばかりの彼にそんな事は分からない。一応親族は居るには居るが、こんな大災害が起きて1週間では引き取りは来ないだろう。
きっと少年は親族が引き取りに来るまで…いや、親族の引き取りが来た後もずっとこうやって突っ伏して過ごすだろう……
『よくもまぁ、1週間も続けられるものだな』
湊は慌てて身体を上げて部屋を見渡す。
だが、誰も居ない。扉も開いては居ない。そもそも、今の声は何だろうか、聞いた事の無い声。少なくとも良く来る医療従事者の人達や隣の部屋に居る少女では無いのは確かだ。
『おい小僧。上だ。上を見ろ。』
声はもう一度話しかけてくる。湊は…止まる。
上から声が聞こえる。上を見ろと言われたが…中々上に向けない。
永遠とも思える数秒の時を得て、少年は意を決して上を見上げる。
『よう、初めまして小僧!』
そこに居たのは
背中からは片方は女神の使い、見るだけでも癒される天使の羽が生えており、もう片方はこの世の禍々しさを濃縮した様な悪魔の翼が生えていた。鋭い真っ黒すぎる黒い右手で軽く手を挙げてフランクに挨拶してくる…
テレビや本、遠くからだが実際に見かけた事のあるどの魔物よりも禍々しく、恐ろしく…最悪だった。
赤と青の瞳は確実に鈴木湊を捉えていた。
「…あ…あ、あ…」
恐怖…いや、諦めだろうか。こんなに恐ろしいのに悲鳴も声も何も出ない。
上を見上げたまま体は震え、目に涙をうかべ、もし先程トイレに言っていなかったら漏らしていただろう。
『圧も出してなければ魔物特有の気も出してねぇのにこんなにビビるか? …じゃあ、お近付きの印に
天井をすり抜ける化け物は胴体らしき部分から左手を生やして動けぬ湊にゆっくりと近づける。
『譲渡。完全恐怖耐性、精神瞬時安定』
すると、突然湊の体の震えがピタリと収まった。
何かが湊に入り込んだ。それが何なのか…少なくとも害がある訳では無いと湊は感覚で察したが…
「…なん…なに…」
変わらず目の前には化け物が居るのにも関わらず体の震えが止まってからか、目の前の化け物に対する恐怖心が全くと言って良い程無くなってしまった。
怖いのに怖くない、目の前の化け物はどう考えても怖いのに目の前の化け物にどうも恐怖を感じない。それはそれで不愉快というか不快感を感じるものであった。
「あ…え、あの…だ…」
もとより湊はだいぶ人見知りである為、ただでさえ人と会話するのが苦手であったが相手は完全なる人外。まともに話しかけるなんて無理である。
『さて、落ち着いた様だし…あ、ここ座って良いか?』
化け物が部屋の隅に置いてあるパイプ椅子を指差す。
「あ…え、…あはい……」
湊が小さく頷くと化け物は天井から完全にすり抜けて室内に入り込み、その雫の形をした身体でパイプ椅子を手にかけて引き寄せるとベットの近くに置き、座った。
『まずは自己紹介からだな。改めて初めまして小僧。俺はモラアズ。魔王の1人であり、道義を重んじて仁義を尽くす
魔王モラアズと名乗る化け物は手と翼を広げて自己主張を強める。
が、それと同時に湊に驚愕する。しかし、またもや恐怖は何故か感じない。
「ま…魔お…」
魔王。
人間で例えるなら大統領、国王と同じ立ち位置に立つ魔物の頂点。
人間の王や大統領と違うのは魔王は実績や血統、信頼では無く純粋たる強さで決まるというもの。
つまり目の前に居るのは人類と戦争している魔物の中でトップクラスに強い化け物中の化け物なのだ。
もちろん、こいつが魔王というのは真っ赤な嘘である可能性がある。しかし生まれて14年で下位小鬼や飼い慣らされた牙の無いレッサーワイバーンくらいしか生で魔物を見た事が無い鈴木湊からすればただの強い魔物と魔物の頂点である魔王との見分けなど付かない。
それにここで嘘だと声に出す事は出来ないしするわけも無い。
しかも…それよりも魔王は…
「街を…パパを…家族を!」
湊が平和に暮らしていた街。そこそこの手練ランカー、探索者も住んでいた街。それをたった一晩で滅ぼしたのは魔王と世間で言われている。この施設内でも魔王に対する恨み言は決して少なくなかった。
湊は何故か恐怖心を感じない事をいい事に目の前の魔王モラアズに少しずつ怒りが湧いてきた…が、そこで魔王モラアズは待てと言わんばかりに片手で湊を制する。
『…テメェは見てるはずだろ? 小僧…だから俺はお前に接触したんだ。あの痛ましい〜事件が、魔剣を手にした
「………」
モラアズの言葉に怒りが湧いていた湊をスンと怒りが消え、何か思い詰めた表情になる。
『図星だな』
そう、あの時…湊が見たアレ
アレは…素人目から見ても人間だったのだろう。今目の前に居るモラアズという化け物の様な気配や印象は無かった。だが、湊が異常だと思ったのは剣。男が持っていた剣だ。あれは…モラアズとは別の意味で異質であった、湊が感じるほどに…
少し思い返そうとすれば男は剣を振り回し、家族を殺した後に剣を眺めて叫んでいた。
思い返せば毎回トラウマで吐き気を催す筈が何故か今回は吐き気は来なかった。きっとモラアズから渡された何かが原因だろう。
『さて、小僧。魔剣によって狂った人間の手により家族も故郷も失った不幸な小僧よ。この魔王モラアズ様はそんなお前に取引があって来たんだ。これはお前じゃないとダメなんだ。』
モラアズが現れてから少し立って気持ちが落ち着いた湊は今思えば縫い付けられている口でどう会話しているか湊は不思議に感じ始めたが、魔王が取引という言葉を発した辺りで心臓が跳ね上がる。
悪魔の取引…童話や昔話でも良く聞く最初は甘い蜜を沢山吸えるが、後々に地獄すら生温い目に合ってしまうというのは子供でも知っているのだから勿論湊も知っている。しかし相手は悪魔などではなく、魔王という悪魔よりも格上過ぎる存在。
提示してくる取引の甘い蜜も地獄も悪魔の比では無いだろう。
「な…何を…取…嫌だ…」
有名な悪魔の童話だと、とある悪いおじさんが悪魔と取引をして大金持ちになって王様にも好かれて国のNo.2になるという話だ。悪魔は悪いおじさんにその立場をやる代わりに寿命を1年貰うとだけ取引を提示した。
悪いおじさんは1年程度どうって事無いと悪魔に取引を飲んでしまった。悪いおじさんは実はその時、寿命はわずか1年とちょっとしか無かったのだ。
その為、悪魔の取引ですぐに大金持ちになり、国のNo.2に成り上がった瞬間に悪いおじさんはもがき苦しみながら死んでしまった。有り余るお金と権力で豪遊する前に何も出来ずに呆気なく死んで地獄でも苦しんだ。それが悪魔の取引に関する昔話の一つである。
『俺まだ何も取引の内容を言ってねえだろ…まあ、そう警戒するな。さっきも言ったけど俺は道義を重んじて仁義を尽くす魔王だ。そんなお前が考えている様なしょうもない小賢しい底辺悪魔の様な事なんざしねえよ。』
手持ち無沙汰でベットの隣に設置されている空の小さな小棚を開けて覗き込みながらモラアズは湊の警戒を嘲笑う。
だが、湊は決してそれで警戒を解くことは無い。
『…お前の故郷を滅ぼした人間の名は「
何処からか取り出した紙束の資料をモラアズは読み上げると資料をひっくり返して湊に見せつける。資料には…間違いなく、あの日の夜に居たあの男の顔写真があった。
「…ッ!」
『よし、どうやら本当にこいつらしいな。で、取引ってのはだな小僧…』
モラアズが紙束の資料を後方に放り捨てると資料は突然青い炎に包まれ、床に落ちる頃には灰すらも塵すらも残らなかった。
『…魔剣ズァーロムを持ち、お前の家族を殺した西塔和なる男…
望むなら魔王の器としてお前に何一つとしてリスクも害も無い素晴らしい力をやろう。』
義魔王モラアズは痛々しく縫い付けられている口でニッコリと微笑んで取引を持ち掛けた。
ランカーや探索者の呼び名が安定しないのは、YouTuberが配信者、ゲーム実況者、ストリーマーなど様々な呼ばれ方、分類されるのと同じです。人によって呼び名が変わったり、分類が違うのです。