この世にはままならない事がある。例えばこうだ。
自分の直属の上司が美人。その上、凄く優秀。生真面目な人だがオフではノリも良く気遣いのできる、優しい女性。どうだろう、羨ましいだろうか? なるほど、羨ましいか。多分僕もここ『だけ』を聞けば羨ましいと思う。しかし、現実はさほど甘くない。
「どうしたァ、ルブルムゥ! ちゃんと呑んでるかァ!」
何故ならその美人上司は右隣の席で顔を真っ赤にしながら満面の笑みで自分に絡んで来るからだ。しかも暑いからか上着を脱いでるせいでより困る。色々と。
「チェン隊長、飲み過ぎです」
「お前が飲めば済む話だ!」
普段から真面目な女性で酒を飲んで絡み酒をされる事は多々あるが今回は特に酷い。何故これほどテンションが高いのかと言うと隊長が連休だからである。左隣の女性に、声をかける。
「ホシグマさん何とかしてください。僕の手には負えません」
「ふっ。隊長はお前の事がお気に入りのようだからなっ……」
そう言ってホシグマさんは顔を伏せた。言葉尻が妙に上がったと言う事は笑ったに違いない。
「嬉しいようで嬉しくないですよ。普段は無茶振りされるし、こうやって絡まれるし。おまけに職場では妙に尖ってるせいで僕までそんな風に見られる!」
そう、僕は内向的で臆病なのだ。近衛局と言う仕事を選んだのも崇高な目的があった訳ではなく、単純に体を動かすのが得意だったからだ。レユニオンなんて連中のせいで僕みたいなビビりが前線に送られるのだ。左右の無茶苦茶な人達と一緒にな。
「しかし、よく噂されているぞ。チェンとルブルムは付き合っていてズブズブの関係だと。お前が真っ青な顔でチェンの部屋から出てきた所を見た者がいる」
「いつものことですからね。顔が真っ青なのも今僕に絡み付いてる人がよく寝ゲロしてくれるからです。いくら美人でもゲロぶっかけられて喜ぶ男居ると思います? 少なくとも僕は嬉しくない」
ちなみに当の本人は酔いつぶれたのか、僕にしがみついたまんま寝ている。当たってんのよ、色々と。
「く……くっ……ふぅ……いや、すまん」
目の前で爆笑しないで我慢してくれるのはこの人が優しい人だからだろう。パッと見怖そうに見えるが、その実後輩を気に掛けてくれる、物凄く優しい人なのだ。
「ところでだな、素晴らしいことに私も連休なんだ。そしてお前も連休だな?」
「えぇ、そうです。あ、もしかしてツーリング行くんですか?」
「泊まりがけのツーリングか。悪くはない。しかし、残念ながら先約がある」
残念だ。ホシグマさんとツーリングに行けないと言うより、ホシグマさんがツーリング先で撮って来てくれる写真が凄く綺麗で好きだったからだ。
ホシグマさんが二枚のチケットを渡してくる。どうやら旅行チケットでシエスタ行きらしい。以前、ロドスも交えて行った事があるが、色々あって遊ぶどころじゃなかった。
「お二人で行くんですか? いいですね」
しかし、ホシグマさんは両手を上げて大袈裟に首を振る。
「先約は私の、じゃない」
「はい?」
「チケットの名前を見てくれ」
言われてチケットを見る。行き先に目が行ってしまったから気づかなかった。えっと一枚目はチェン・フェイゼ。まあそうだろう。二枚目は……アル・ルブルム。アル・ルブルム?!
「そう言う事だ」
「……色々言いたい事はあるんですけど」
「なんだ?」
「こんなんされたらまた誤解を招きますよ! て言うか実質仕事みたいなもんでしょ、これ! 合コンでまた残念扱いされたくない!」
「さて、何のことやら。しかし、不思議な話だ。顔は……まあ悪くはない。年齢も若い。少なくとも老け込む年齢じゃない。仕事も有名な隊長と激務をこなす能力はある。出世も年齢を考えれば充分過ぎる。将来性もある。人格はそうだな。非感染者からは評判が良い。感染者からも近衛局にしては珍しく差別的な態度を取らないと聞くな。ふむ、顔立ちは悪くなく、稼ぎもあって人格も申し分も無いはずなのだがな?」
「……名前を出すと隊長と付き合ってるって向こうがビビるんですよ! ただの上司にそこまで親身にならないでしょってね!」
実際はほぼ強制連行なだけと言うね。他の人を誘えばいいのに。え? 拒否すればいい? 長い物に巻かれて生きるのが公僕としての責務だろう。何より後が怖い。隊長自身は強制してるつもりは無いんだろうけど意思確認をされた事は多分無い。
「仕方ないさ。他の連中はチェンに怯えているみたいだしな」
僕も年中ビビり散らかしてますけど?
「私の連休はたまたま同じになっただけ。これは本当だ。だがお前達二人の連休はチェンが仕組んだ」
「でしょうね。僕の記憶にない僕の有給申請が出てました」
「だろうなぁ。お前に事前に連絡しなかったのは驚かせたかったからだろう」
……いや、サプライズじゃねーよ。連休使って旅行に行くのに事前に連絡して貰わないと準備出来ないでしょ。
「いい話風に言ってますがやってる事が畜生過ぎて社会人のやる事じゃなくないですか?」
「お前にしては言葉が珍しくきついな。……しかし、確かにお前の優しさに甘え過ぎている」
まあでもね、これで隊長が小汚いおじさんだったら間違いなくぶっ飛ばしてるから僕も似たようなモンなんだな、これが。美人って得しますね。
「……お前が嫌なら私の方から断っておくぞ?」
優しい。優し過ぎるよ。でもね、断ると連休明けに絶対地獄みたいな空気になるの目に見えてるんです。
「……せっかくセッティングしてくれたんだから行きますよ」
「そしてお前もお前で他人に甘いな……」
だって後が怖いし……。そりゃ隊長も大人なので表立って怒りはしないだろう。厳しい人だが理不尽な人じゃない。
「今、隊長って厳しい人だけど理不尽な人では無いよなって考えたんですが、本人の意図は兎も角、僕って隊長の所為で割と理不尽な目にあってません?」
「……さて、どうだろうな」
……やれやれだぜ。手渡されたチケットを改めて見ると、出発日は明日の夕方。いい加減に帰って準備をしなければ到底間に合わないだろう。
「そろそろ帰りますか」
「そうしよう、準備の時間も必要だしな。マスター、お勘定を」
「もう既にルブルム様から頂いております」
「ほう、中々スマートじゃないか。これはポイント高いぞ?」
「ま、一応僕も男なんでね。お世話になってる先輩の前では格好つけとかないと」
「ふ、若造が何を言うんだ」
ホシグマさんと別れた後、隊長を隊長の家まで担いで行った。手渡されたチケットだけ置いてると本人には何があったか分からないので、持ち歩いてる手帳のページを破り、『シエスタへの旅行の件、ホシグマさんよりお聞きしました。僕で良ければ是非ご一緒させて下さい』と残しておく。
まあ、隊長的には男の旅行なんて最悪身一つでもみたいな感じなんだろう。事実、女性に比べれば楽だろうし。色々と思う事はあるが、早く帰って寝て起きてから準備しよう。
テーブルの下に物があるなぁと思って確認したら新品未使用の避妊具があった。……見なかった事にしておこう。
本来ならば結局他に男いるんじゃねぇかと憤る所なのだが本能的な感覚からか分からないが、凄まじい寒気を感じた。貞操の危機なのでは?
考えても仕方ないな。隊長に襲われるなら悪くない。なんだかんだで、身近な女性では一番好ましい人だし。当人は腹出して大口開けて鼾をかいて寝てるけど。今更ではあるが、女性の寝顔をずっと見るのも失礼だし帰ろう。
●
ちょっと前の話だ。
基本的に出動しない日は執務があるのだけど、何を思ったのか隊長が僕を補佐に任命したせいで隊長個人に充てがわれた執務室に詰め込まれて書類仕事をするけどこれがまた地獄なんだな。僕も隊長もそうだが、無口と言う訳じゃないけど、かと言ってベラベラと喋るタイプでもない。たまーにスワイヤーさんが顔を出して隊長と言い合いしてるのを見ると妙にホッとする。二人の言い合い? がひと段落して隊長が、
「すまない、見苦しい物を見せた」
と、申し訳なさそうに謝って来た事がある。正直言って日常的な出来事で、なんなら僕はラジオ感覚で聞いていたので全く気にしていなかった。しかし、ここで気にしていませんと言うだけではいけない。上手くフォローする必要がある。大事なのは隊長だけでなく、スワイヤーさんもフォローしなくてはならない。
「いえ、気にしていませんよ。寧ろ、安心しました」
「……どう言う事だ?」
「隊長達も同じ人なのだな、と。普段隊長が*龍門スラング*なんて使うなんてイメージありませんでした。なんて言うんですかね、他の隊員も同じ事を言うと思いますが、雲の上みたいな人、って感じありましたから。褒められた事では無いんですが、そんな言葉も使うだなぁと」
「買い被り過ぎだ。自分を高める事に余念は無いつもりだが、日々の悩みは沢山ある。……例えばそうだな、口数の少ない補佐官とどう上手くコミュニケーションを取るかとかな」
「それよ、それ!」
「え?」
スワイヤーさんがビシッと右手の人差し指を僕に向ける。
「あんた達、真面目だけど暗いのよ!
この執務室は特別暗いわよ!」
「まあ……僕も隊長も口数多い方じゃないですからね。だからスワイヤーさんがたまに様子見に来てくれるんでしょう?」
「人はそれを余計なお世話だと言うのだがな」
「あんたは素直で可愛い部下を見習うべきね」
いかん。このまんまじゃ収集が付かなくなる。爆破反応装甲みたいな人達だから気をつけないと僕が爆発で吹き飛ぶ。
「まあ……なんでしょうね。僕はなんだかんだで今の仕事は気に入っていますよ。ほら、だって美人な上司と二人きりで仕事出来る訳じゃないですか。男冥利に尽きますよ」
嘘です。気に入って居ませんし、冥利に尽きると思った事もありません。無言で仕事してても刺す様な隊長の目が頻繁に感じて物凄く怖いです。唯一事実なのは隊長を美人と思ってる事ぐらいです。元のデスクに戻りたくて仕方ないよ。だって、僕は根本的に小心者ですもの。
「まあ、巻き込まれた君が気にしていないのならそれでいい。嫌と思ったら気軽に言ってくれ。スワイヤー嬢の口を封じよう。ふふ、私のことを美人と思ってるのか」
最後の方は聞き取りづらくてわからなかったが、笑ってるし問題ないだろう。
「その上、違う部署の美人な先輩に気にかけて貰えてる訳ですしね」
まあヘッドハントですけどね。あまり自覚は無いが僕は優秀らしいし。どの部署でも戦闘が避けれない以上は人手が必要になる。部署間での人のやり取りはそう珍しい話じゃない。
「ま、私もルブルムが気にしてないならそれでいいわ。可愛い後輩に免じて今日はチェンお嬢様の減らず口を見逃してあげる」
そう言いながらスワイヤーさんは手をヒラヒラ振りながら執務室を出て行った。……悪い人じゃないんだけど、嵐みたいな人よな。もっと上手くフォロー出来たはずだよな、多分。
●
人物紹介①
→アル・ルブルム
男性である事、家族が既に居ない事以外特に設定が決まって居ない。チェンさんより少しだけ若い。
ホシグマさんやチェンさんと肩を並べて戦っても遜色無いので普通強い。しかし、本作はコメディ寄りなのでそれはあんまり関係ない。
顔も悪く無く、住民や同僚からも信頼が厚く、物腰が柔らかく人当たりが良いが、チェンさんと付き合ってると言う誤解があるので、女性とは縁が無く、よしんば縁が続いても所謂良い人で終わる。残念ながら本作はチェンさんがメインヒロイン故に彼のハーレムは有り得ない。状況的にはハーレムと言えばハーレムだが。(周りの人が女性ばかり)
ロドスにも頻繁に訪れており、ロドスの面々とも面識がある。
基本的にロドス側からは龍門関係者の中では非常に接しやすいと言う認識で、両者の橋渡しとなる事も。
→チェン・フェイゼ
ルブルムの直属の上司。そしてヒロイン。
ルブルムに対しては元々異常なレベルで優秀な部下程度だったが、これまた異常なレベルで面倒見の良いルブルムに仕事でフォローされたり、呑みなどで介抱されてる内に自分の内面を見せてもよい相手だと理解してからは彼に強く惹かれる様になる。それからは仕事でもプライベートでも割と頼りにしており、公私共に結構な無茶振りも良くする。
ルブルム本人に連絡無しで旅行に連れて行こうとする鬼畜ムーブを作品の初回から披露。その真意とは? なお、チェン本人はルブルムに断られると1ミリも思ってない。
→ホシグマ
ルブルムの上司と言うより先輩。チェンどころか厳つい風貌の自分、そして何に対しても物怖じしないルブルムを気に入っており(実際にはチェンにビビり散らかしているし、戦闘でも内心はビビりまくっている。ホシグマだけ誤解は解けた)、後輩として可愛がっている。プライベートで食事に行ったり、ツーリングに行ったり仲がよい。が、お互いがお互いに異性としての恋愛感情は全く無い。
二人のチケットを彼女が持っていたのはチェンが恥ずかしがって渡せるか不安だった為。酔い潰れてではあるが実際に渡せなかった。
二人の関係性を一歩退いて見守っており、見ていて飽きないがどうにも煮え切らない二人の為にさり気なくフォローしている。
→スワイヤー
割と超人に囲まれて仕事をしているルブルムを何かと気にかけている優しい人。彼の能力や人格を高く評価しており、ちょくちょく声をかけるが成果は出ていない。多分ルブルムを弟みたいな感じで見てる。
ルブルムからはホシグマとは違うベクトルで面倒見のいい先輩として見られており、慕われている。
流石にロドス程では無いが曲者が多い近衛局で素直な性格のルブルムは彼女にとって癒し系キャラである。
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おまけ:チェンさんの無茶振り①
チェン「レユニオンのアホが暴れてるらしいわ、書類溜まってるし一人で始末しといてやで」
ルブルム「ん、おかのした」
――数時間後
ルブルム「全員始末したやで」
チェン「被害どうなん?」
ルブルム「ワイは擦り傷も無いし、周辺の住民は勿論、建物にも被害はないやで」
チェン「サンガッツ」
と言う感じ。大規模作戦なら原作通り部隊規模で動くが、書類仕事が多いので人員の問題から暴動の鎮圧程度ならルブルム、チェン、ホシグマなら単独で問題無く済むので単独で出動する。事後処理すら自分で完結させている。そりゃ他の人には真似出来ない。ちなみに火の始末は流石に出来ないのでショウを呼ぶ。