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文字通り色々有ったものの、ニアールさんの案内で無事に医療部へたどり着いた。たとえ着ている物が上下ジャージでも去り際の所作は騎士のそれでバッチリ決まっていた。ハッキリ言って抱かれたい。が、ニアールさんにもチェンさんにも失礼に当たるのでこの欲求は忘れる事にしよう。
一つドアを潜れば消毒液の匂いが充満していた。近くに居るオペレーターに声をかけてケルシー先生の所まで案内して貰おう。
文字通り割と何でもやっているのでロドスが製薬会社と言う事を忘れがちだ。製薬もこの部署でやっているそうだ。鉱石病の患者や任務で負傷した人、体調を崩した人達なんかもこちらに来るので内部はバタバタしているだろう。
入ってすぐ正面に受付カウンターがある。今日の担当は見覚えがある。フォリニックさんだ。
「こんにちは、フォリニックさん。連絡が通っていると思いますが、ケルシー先生にご挨拶に来ました」
「こんにちは。伺っていますよ。担当の者に案内させますので、担当が来るまでお待ちください。……それで、後でお時間ありますか?」
「いえ、ご挨拶をしましたらすぐに帰る予定です。何かありました?」
「子供達が寂しがっているので会ってあげて欲しかったのですが……仕方ありませんね」
「すみませんね。一人なら全然良かったのですが、連れが居るのもので……」
「休暇でシエスタに来ているみたいですね。日焼けに注意してくださいね。男性だからと言って甘く見ると後で大変な目にあいますよ」
「言われてみればそこまで考えてなかったですね……おススメの日焼け止めクリームみたいなのってあります?」
日焼け止めなんて人生で使った事あるだろうか。いや、無い。適当な物でも良いのだろうけど、こう言う場所ならば専門家の方々に聞くのが一番だ。
「宜しければこちらで処方致しますよ?」
「助かります。請求は近衛局に回して頂ければ」
「何を言ってるんですか、まだ貴方はロドスに籍がありますよ。つまり、次こちらに仕事でいらした時に頑張ってくだされば大丈夫です」
使っていた宿舎もそのままですよ、と彼女は付け加えた。ロドス優し過ぎない? 近衛局辞めたらロドス来るしか無いなー。辞める日が来ないと思うけどさ。と言うかチェンさんが辞めさせてくれないに違いない。
「すみません、何から何まで……」
「お連れの方は男性ですか? 必要なら一緒に用意させて頂きますが……」
「女性ですね。申し訳ないですが、連れの分もお願いします」
「分かりました。ふふ、ルブルムさんも意外と隅に置けませんね」
「縁に恵まれましてね。大切にして行きたいと思います」
この件で変に弄られなかったのは初めてじゃないか? なんか、大人って感じの話題だ……!
その後も世間話をしているとヴァルポの女性がやって来た。見た事が無い人なので、会う機会が無かったかのかな。彼女が案内してくれるとの事なので、彼女の後について行く。
カウンターを真ん中にして、その左右にはそれぞれ大きな通路があり、製薬と医療で別れているらしい。ケルシー先生は今日は医療側に居るとの事なので左側の医療部の方へ。
そのまま少し歩くと左手に診察室があり、ここに先生が居ると案内人の彼女が言った。案内に礼を言って頭を下げてからスライド式のドアを数回叩いてノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアを開けて中に入ると、ケルシー先生とススーロさんが居た。うーん、豪華なメンツだ。普通の診察室なので特筆する事はない。ススーロさんに着席を促され、先生の前の椅子に座る。
「君か。約束の時間には少々早いようだが」
「すみません、そういえばそうでした。夜って話でしたね」
「いや、君が問題無いならば構わない。今日予定していた患者はひと段落ついているし、ついでに健康診断でもして行くといい」
「有り難いですが、いいんですか?」
「もちろんだ。何故なら君自身もまだロドスの一員だからだ。健康と言う者は人々のみでなくこの世で生きる生物にとって重要な物だ。君は龍門のみならず、ロドスにおいても重要な役割を受け持つに値する人間であり、君の健康が害される事で龍門やロドスにより大きく多くの害を持たされる可能性がある。それを考慮すれば、汚染区域でも積極的に出撃する君は可能ならば定期的な検診の回数を増やすべきだと私は判断する。そうする事で君はより多くを救えて、君はそうする能力を持ち、そうする思考を持つ人間であると私は思っている」
あー……要約すると、僕が健康である事がより多くの人を助ける事に繋がるって事ね。感染対策で終わらせないで検査もしろと。確かに、回数を重ねるにつれて多少雑になっていた感はある。慣れた時ほど怖いしね。
「そう言えば、君は恋人とこちらに来ているそうだな」
「はい、そうですが……」
「君なら差別しないから問題無いと思うが、その恋人が感染者であっても通常の性行為ならば粘膜接触しても感染はしない。安心したまえ」
「先生、もう少しデリケートな表現をですね……」
通常じゃない性行為ってなんやねんと問い詰めたい。突然そんな事を言われて面を喰らってしまった。ススーロさんもびっくりしたのか目を丸くしている。
「だが妊娠のリスクには気をつけるように。まだ若いのだから遊びたいだろう」
一体僕は何の辱めを受けさせられてるんだ。ここがプライベートな空間で良かった。これが別の場所なら公開処刑でしかない。良い歳して性教育を大衆の面前でやるとか死に等しい。
「……気をつけます。相手の方もまだ子供までは考えてないでしょうし」
「出産や妊娠などは男性である君だと知識に不安があるが……今回はそこは本題じゃないな。まあ、何か不安があれば連絡してくれ。では、本題に移ろう。最後の健康診断はいつだ?」
「近衛局で年一で受ける奴ですね。去年の夏前ぐらいかな……」
「今より少し後ぐらいか。龍門での健康診断は毎年同じ時期に?」
「はい。数日ズレはありますが大体同じですね」
「了解だ。その結果で何か気になる点はあったか?」
「いや、特には」
「ずっと健康そのもの、と……では、始めようか」
●
場所は打って変わり、ロドスに居た時に使わせて貰っていた自分の宿舎。フォリニックさんの言う通り、当時出た時そのまんまだった。
健康診断が終わって休んでいるが、なんだかんだであっちコッチ行ってバタバタしたので非常に疲れた、ベッドへ直行するぐらいには。結果は明日、端末に送って貰えるらしい。
シエスタに戻る手段だが悩ましい。徒歩で帰るには結構な距離だし、ロドスから休暇を使ってシエスタに向かう人達はもう既に向かっているらしく、少なくとも今日はあちらに向かう人が居ないらしい。かと言ってまた準備して貰うのもな。だけど僕としては戻りたい。
うんうんと頭を悩ませているとベッド脇のコンソールからブザーが鳴る。来客の報せだ。ボタンを押すとコンソールの小さな画面に、赤髪のサンクタの女性が映し出された。ペンギン急便のエクシアさんだ。鍵を開けるボタンを押してから通話ボタンを押す。
「鍵を開けましたので、どうぞ」
「ほーい、あんがと」
ドアがスライドし、エクシアさんが入室してきたのでこちらも軽く会釈し、ベッドの脇に備え付けられた簡易テーブルとセットの椅子に着席を促すと彼女は礼を言いながら着席した。
「で、どうしました? こっちで面倒事起こされてもフォロー出来ませんよ?」
「まあ、うん。あたし達が悪いから言い返せないんだけど容赦ないね。テキサスから君が来てるって聞いてね。なんでも恋人とバカンスに来てるんだって?」
「誰から聞きました?」
テキサスさんとは会話してないし、ベラベラ喋りそうなのはフェリーンのあの人ぐらいだけど。
「ブレイズから。それで今日はもうこっちからシエスタに向かう人居ないから足に困ってるんじゃないかなと」
「はい、まさに今悩んでましたね」
「あたしらまだ仕事あってもう一回往復するのにヘリ出すから乗って行く?」
「いいんですか?」
「龍門で散々世話になってるからねぇ。あたしはついでに乗せるぐらい別にいいと思うんだけど、ボスが少しでも借り作って恩を着せとけって煩くてねぇ〜」
「なるほどね。そのボスは、ご自身の部下が起こした問題の事務処理を誰がやってるかご存知ないようだ。……とエクシアさんに言っても仕方ないか」
「そ、だから恩なんて着せるつもり無いから気にしないで乗って行きなよ。仕事で向こうに行くにしても人が多い方が楽しいでしょ?」
「ですね。ではありがたくお言葉に甘えますね」
「うん! んじゃヘリまで案内するから着いて来て!」
助かるなぁ。疲れ切った体に鞭を打ち、歩き出したエクシアさんの後を追うごと。
トランスポーター全体で見てもペンギン急便の最大の特徴と売りはフットワークの軽さだろう。メインとなるスタッフは女性オンリーだけど荒事に慣れているから、地方への配達も問題ない。なんならボーナスボーナスと騒いで行くんじゃなかろうか。
ペンギン急便は龍門を根城にしており、龍門で暮らす人々は多分何度もお世話になっているだろう。龍門のトランスポーター業で一番幅を利かせて居るのは彼女らだ。通販などを使えば結構な割合でペンギン急便が荷物を運んでくれる。
荒事に慣れていると言えば聞こえはいいけど、現実はかなりのトラブルメーカーの気があり、多方面に恨みを買っていて、実際に金で雇われたマフィアに襲われる事が頻繁にあり、ペンギン急便サイドが戦う気が無くてもマフィアサイドは殺す気満々でアーツや火器を使うので被害が出るし、彼女らが応戦すれば更に被害が拡大する。
何を隠そう、僕が近衛局で最初に教わった仕事はこう言うトラブルの事後処理だった。元々ホシグマさんが受け持っていた仕事なのだけど、件数が多すぎてホシグマさん一人ではどうにもならなくなってしまった。あの人がどれだけ優秀でも、体は一つだからね。今、ペンギン急便関連のトラブルは僕が受け持っているから幾分かマシになったが、受け持った連中が一番のトラブルメーカーと言うオチだ。
さて、当然だが被害状況を知るには現場に行かなくてはならず、そして現場に行ったら仕事が終わるのかと言うとそんな事は無く、警察としての役割を持つ近衛局がすべき事が多い。それはどうしても現場へ行かなければ出来ない事がほとんどなので、余計に手間がかかる。
ずっとトラブルを起こしがちなペンギン急便も頭痛の種だが、マフィアサイドも実に頭が痛くなる。何せ彼らを捕まえてもトカゲの尻尾みたいな連中が多く、次から次へと新しい人員が確保される。まるでゴキブリの如く現れる。
彼らのいざこざはペンギン急便が割りのいい案件を独占した事が切っ掛けだ。それでもしっかり仕事を確保する手腕は本物なのだろうが、利益しか考えていないエンペラーのやり方はヘイトを買いやすい。そして今の龍門ではペンギン急便のトランスポーターが何かと戦っているのは誠に遺憾ながら日常となってしまった。
体良く仕事を押し付けられた――もとい、担当する事になった……なってしまった僕は彼女達と顔を合わせる機会が多くなってしまった。
ピンで見ればトラブルを基本的に起こさないのはソラさんだ。彼女は単独で戦う力を持たないと言うのもあるが、血の気が少ない。たまーに過激なファンに付き纏われるが、それを対処するのは僕ら近衛局の仕事だろう。次に少ないのはテキサスさんだ。クールビューティな彼女はそもそも面倒事を嫌うので積極的には戦いに行かない。獲物も剣と言う事もあり、彼女がアーツを使わない限りは被害が拡大する事はないし、それを理解しているからあまりアーツを使わない。ただそれでも止むを得ず応戦して被害が拡大した時、この二人は素直に謝る。自分のミスをしっかり受け止めてくれる。こちらとしては仕事がしやすい。ただ悲しいかな、ソラさんは僕の事を覚えてくれたがテキサスさんはあまり印象に残らないのかよく名前を間違えられる。
次に問題を起こさないのはモスティマさんだろう。彼女は神出鬼没でアーツか本人の才能かは知らないが激戦区でも誰に発見されず、飄々と配達して見せる。配達員としては理想的だ。連絡が付かないらしいけど。彼女が問題を起こすと言うよりはトラブルになりそうな場所の情報をくれる、と言うのが正しい。掴み所は分からないが、ビジネスの関係としては非常にやりやすい。
残る二人は問題児だ。今、僕の目の前を歩くエクシアさんはエンペラーから許可が降りれば所構わず銃をぶっ放し、被害を拡大させる。それでも誤射で怪我人を出した事が無いのは彼女の技術が凄まじいからなのだろうが、反面物への被害が酷くなる。まあ、銃弾の雨に晒されたらそりゃ蜂の巣にもなる訳だ。そしてクロワッサンさん……言いにくいのでワッサンでいいか。彼女は銃を使いはしないが、あの美少女らしい体躯からは想像出来ない膂力で敵を殴り飛ばす。敵もそんな人に殴られたらたまったものでは無いので上手く物を使ったりして避けるのだがそうすると身代わりにされた物は粉々に砕け散る。殴られた相手が吹き飛んだ先に物があればそれでも砕け散る。有り余るパワーは全てを破壊していく。この二人も一応謝りはするが、改善する気はあまり見受けられない。
このバカンスが終われば、またおんなじ仕事に戻るのだと思うと頭が痛くなる気がした。頭痛が痛い。
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そんなこんなでペンギン急便のヘリで昨日のヘリポートに戻る事が出来た。時間はすっかり夕食どきの時間だった。
チェンさんに連絡を入れて食事に行くのもいいな。そうしよう。普段なら乗り物酔いで苦しんでいるが、今日はペンギン急便の人達が酔い止めを用意してくれていた。まさにVIP待遇だ。
携帯を取り出してチェンさんにコールすると、数度の呼び出し音の後に通話が繋がった。
「お疲れ様です。シエスタに戻って来ました。時間も時間ですし、良ければこれから食事でもどうですか?」
『お疲れ様。そうしよう、と言いたいんだが君に伝えたい事がある。直接会って話がしたいから戻って来て貰えるか?』
「了解です」
『済まないな。では、またホテルで』
ぶつり、と通話が切れる。伝えたい事? 何かあったなら別行動する前に言うから、別行動してる時に何かあったって事だよな。……嫌な予感がする。僕の足取りは自然と早くなり、ホテルへと向かうのだった。
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そこはホテルの一室。二人の男女が窓辺の席で向かい合って座り、女が一枚の紙を取り出した。名刺だ。
「今日、君の姉を名乗る人物と出会った。名前はスィーニー。スィーニー・アスールと名乗った」
女……チェンは名刺に書かれた名前のところを、整った指先で数度軽く叩く。そこには確かにチェンが言った名前が書かれていた。
「そして君の事をニーロンと言った。この二つの名前に聞き覚えは?」
チェンの真剣な面持ちに男……ルブルムは困った顔で笑いながら、まるで尋問ですねと返した。
「すっ、すまない。そんなつもりは無かったんだ」
「いえ、気にはしてないので。スィーニーは僕の実姉の名前ですし、僕の以前の名前はニーロンですよ。今の名前はお世話になった孤児院で頂きました」
「……どうして名前を変えたのか聞いていいか?」
「はい。と言っても大した理由は無くて、孤児院に入った時は僕の人生の分岐点だったので新しいスタートと捉えようとして、だったら今までの名前は捨てようかなと思って孤児院の先生に相談したら今の名前を付けて貰いました。名前に関してはそれだけですね」
「なるほど。その、君にとって決していい事ではなかっただろう、思い出させてすまなかった」
「そんなに悪いことばかりじゃなかったですよ。スラムと普通のちょうど間みたいな場所でしたけど、色んな経験出来ましたから。以前、驚かれてましたが、リンさんとの関係はそこら辺からありますよ。スワイヤーさんと同じで、その時から弟分みたいな感じで可愛がってもらってました」
「あのネズミ……私より先に……ではなくて。以前君はお姉さんが亡くなったと言っていたよな?」
「状況的にそうなんだろうな、とは。でも生きていた、と」
「あぁ。目元は君に良く似ていたよ。姉弟と言われたら納得はできるが……」
「……生きてたんですね。なら良かった。恨み辛みが無い訳ではありませんが、生きてるに越した事はありませんからね」
「そして君に会いたいと。家族皆でまた暮らそうと言っていた。しかし――」
「僕の両親は既に死んだはず。実際に死亡届が出て、受理されている。しかし、実際には遺体は確認されなかった」
「当時の近衛局はさっさと事件を処理したかった。子供一人残るが対応さえ誤らなければ問題ないと判断したんだろう。死亡届も近衛局の自作自演だってありえる」
大変嘆かわしい事だとチェンが吐き捨てる。
「裕福ではありませんでしたが不自由はしませんでしたからね。その一件で近衛局を恨んでたりとかはありませんね」
「なら良かった。私は君の気持ちが一番大事だと思っている。ご両親も生きているのかも知れない」
「だとすれば積もる話がありますね」
「スィーニーはまだシエスタに居るはずだ。彼女には私が仲介役をすると言ってある。必要ならば話し合いの席を設けて貰うが」
「気持ちは嬉しいのですが、せっかくのバカンスでチェンさんを巻き込んだり手を煩わせるのは……」
「何を言っている? 君の問題は私の問題でもある。上司だからではなく、恋人だからな。それで君の抱えている物が降ろせるならば、それこそこのバカンスに意味があると言うものじゃないか」
「ありがとうございます。チェンさんが居れば心強いです。では、姉に連絡をお願い出来ますか?」
「了解。大丈夫だ。今まで私達が組んでうまく行かなかった事なんか一度もなかっただろう?」
「……そうですね」
「よし、なら今日はさっさと寝て明日に備えるか。シャワー、先に使わせて貰うぞ」
「どうぞ」
チェンはそのやる気を表すかのように少し大股歩きでシャワー室へと向かって行った。彼女が入って、数分もしない内にシャワーの音が聞こえて来る。それを確認したルブルムはいつもと違う表情でポツリと呟いた。
「でも、貴女の背負っている物は僕に背負わせてくれないんですね」
その言葉は彼女に届くことは無く、彼の表情はただただ痛々しかった。
●
次の日、チェンはスィーニーと会ったフードコートにルブルムを連れて行った。勿論、スィーニーも呼び出している。大事な話をするのにフードコートとルブルムは抵抗を感じたが相手の都合が良く無かったらしく、結局ここになってしまった。二人は四人用の席で並んで座っている。
「面接の時並に緊張してます」
「死んだと思っていた相手に会う訳だからな……緊張もするだろう。手でも繋いでやろうか?」
「流石にそこまで若く無いですよ……でも何年振りなんだろう……七年か八年振りぐらいなのかな」
「そうか……すまない、気の利いた言葉があればいいんだが、中々思い浮かばないな」
「行動で示すタイプですもんね」
「今言われると考え無しみたいに聞こえて複雑だな」
「そりゃチェンさんなりに考えはあるでしょうけど、あまり言語化するの得意じゃないでしょう?」
「まあ、君ほどではないな」
ルブルムの緊張をほぐすためにチェンは敢えて軽口を叩く。彼もそれを理解しているので遠慮なく乗っかる。軽口を叩き合うこと数分間、ルブルムの表情はいつもと同じく柔和な表情に戻っていた。
「ごめんなさい、待たせたわね」
ルブルム達の前に二人の女性が座る。ルブルムの前はスィーニーが、チェンの前には妙齢の女性がそれぞれ着席した。
「ニーロン、大きくなったわね」
「今の僕はニーロンではありません。アル・ルブルムです。アルともルブルムでも好きなように呼んでください」
「……分かったわ、アル。母さんもそれでいい?」
「えぇ」
久しぶりに再会し嬉しそうなスィーニーに対して母と呼ばれた女性の表情は暗い。
「それでは単刀直入に伺いますが、僕に何の御用でしょうか? スィーニーさんは兎も角、そちらの女性は僕に何か言うべき事があるはずですが」
「ごめんなさいね……お母さんの口から言いたいんだけど、体調悪くてね……」
「……分かりました。では、スィーニーさんからお願い出来ますか?」
「ニー……アル、もうお姉ちゃんって呼んでくれないのね」
「今の僕にとって姉と呼べる人は孤児院時代にお世話になった人と職場の人先輩二人、計三人居ますが、逆に言えばその人達だけですね。今の貴女達は元が付く、それだけの人です」
「そう……そうね。アルの怒りは尤もよ」
元母親が咳き込み、スィーニーがその背中を優しく摩る。
「アル。私達、やり直しましょう。父さんは亡くなったけれど、母さんは生きていたのよ」
「僕がその判断をするにはまだ大事な事を聞いていません。なぜ貴方達は僕を捨てる様な真似を?」
「……そうしなければ、家族みんなが行き倒れてしまうから……そうするしかなかった。複雑な事情があったのよ」
「だから僕に死ねと?」
「……そんな事ないわ」
「でも事実として死ぬ可能性があった。近衛局が勝手に処理して死亡届が受理されたから孤児院に入れたけれどされなかったら僕は死ぬか犯罪者になるしか無かった! 貴方達は自分達が助かる為に僕を犠牲にしたんだ!」
ルブルムの言葉に二人の女性は黙り込む。スィーニーは言葉を紡ごうと口を開くが上手く言葉が出てこず、そのまま閉口してしまった。
「なあ! 違うなら僕の目を見て違うって言ってくれよ! 否定して見ろよ!」
ルブルムの隣に座り、沈黙を貫いていたチェンは平静を装いつつも内心驚いていた。彼と共に過ごした期間は三年ほどだが、彼が言葉を荒げた事も無ければ敬語を崩した事も無かったからだ。
「落ち着け、ルブルム。近衛局の警官ともあろう男が市民を威圧してどうする」
「……ッ、確かに言葉が過ぎました。謝罪させて頂きます。申し訳ありません」
「フェイゼ、アルは私達を罵る権利があるわ。一番の被害者はこの子よ」
「だとしても、だ。お前は自分の彼氏がそこら辺の女に声を荒げて接しているのを見て何とも思わないのか? 少なくとも、私が好きなルブルムはそう言う人間であって欲しくない」
「チェンさんにそう言われると怒るに怒れないじゃないですか……」
「そう言うな。君の怒りは理解出来るが、話がややこしくなるだけだ」
ルブルムは大袈裟に数回深呼吸をする。その後、自分の両頬を軽く両掌で叩いた。
「……すみません。貴女達を責めても仕方ないと分かっていたのに、怒鳴ってしまって。貴女達を恨んでいないのかと言うと正直難しいです。孤児院での暮らしは悪いものではありませんでした。しかし、それは運が良かっただけで、一歩間違えれば僕はどうなっていたか分からないのも事実です。ですから、どうしてそんな事をしたのかを詳しく説明して貰えますか?」
「……父さんがリストラされたのよ。小さなトランスポーターの会社に勤めてたけど、マフィアと揉めてね。その時、別の事がきっかけでスラム街の人達が暴徒になって暴動を起こして多数の死傷者が出たわ。そのタイミングで人が居なくなれば自然と暴動で死んだ事になる。そうすれば、簡単に身分を偽る事が出来る。私は別のトランスポーターの会社に勤めてたから人の異動も大した問題にならなかった」
「マフィアとのトラブルも自然と立ち消える事になって一石二鳥と。当時、僕は暴動が原因となり学校から出られませんでした。だからその瞬間に僕に連絡が取れなかった。そこまでは分かります。ですが、直接来れずとも手紙などは送れたはずでしょう」
その言葉に、チェンが咄嗟に横槍を入れた。
「いや、それはどうかな。君は名前を変えただろう。その際にはどうしても法的な処理が必要になる。勿論、その記録は近衛局にも共有され、ニーロン・アスール宛に手紙を送れば近衛局経由で君に手紙が行く事になる。そうすれば中身は検閲されるし、当時ゴタついていた近衛局は自分達に不都合のある内容ならなかった事にする可能性もある」
「確かに、可能性はゼロとは言えませんね……」
「でも、リスクばかり考えてアルを長年蔑ろにしてしまったのは事実よ。まずそれを謝らせて」
「いえ、結構ですよ。僕にも色々あった様にそちらも色々あったはずです。移動都市から降りての生活は決して楽じゃなかったでしょう」
「それは……楽ではなかったけれど……」
「とにかく、僕が置いて行かれる事になってしまった理由も、連絡が出来なかった理由も分かりました。許すかと聞かれるとはい、とは言えませんが、もう責めるつもりももうありません。謝罪がしたいだけならば、以上で僕は大丈夫ですが……」
「さっきも言ったけど私も、母さんもまた貴方と一緒に暮らしたいのよ。虫のいい話なのはわかってる。でも、ようやく落ち着いたから……母さんの療養を兼ねて気晴らしにここへ来たけど、アルとフェイゼがホテルに入って行くのが見えたから、このタイミングしか無いと思って、ね」
「まあ、旅行に来れるぐらいですから落ち着いたのは事実なんでしょうけど……」
「ルブルム、今それを言うと皮肉でしかないぞ」
「す、すみません。そんなつもりはありませんよ。迎えに来てくれた事は複雑ですが、嬉しくはあります。ですが、申し訳ありませんが謹んでお断りします」
「どうして……?」
スィーニーの顔が絶望に染まり、ルブルムが慌てて言葉を付け足す。
「あ、勘違いしないでくださいね。貴女達が嫌だから、と言う訳じゃなくて今の生活を気に入ってるからですよ。仕事は大変ですが、やり甲斐がありますし、可愛い後輩も居れば頼りになる先輩もいます。本当に色々ありましたが、今の生活が大好きなんです。龍門でも同じ生活を送れるなら龍門でなくてもいいんですが、龍門ならではの生活なので……」
「そっか……そうよね。わかったわ」
スィーニーなりに納得したのだろう。表情こそ寂しげだったが、同時に満足そうでもあった。
「……これから先は、僕の我儘です。だから、気に入らないのであれば聞き流してください。確かに許せないけれど、だからと言って拒絶して終わりだと、僕達の溝は埋まらないし、何も変わらない。二人の気持ちが無かった事になってしまう。きっと僕も沢山の誤解をしていると思うんです。だから、僕は改めて二人と関係を構築したいんです。二人が、母と姉として。……チェンさん?」
「なんだ?」
「二人を僕の客として龍門に招聘出来ないでしょうか? 厳しいですかね?」
「いや、なんの問題もないだろう。お母様の方は既に書類上は別人だ。龍門に乗るのに手続きは必要あるだろうが、今の戸籍なら問題ないだろう。スィーニーの方は死亡届が出ていないが行方不明扱いだから多少面倒な手続きはあるかも知れないが、法的な問題は無い。二人の都合さえ付くなら大丈夫だ」
「ほ、本当ですか?」
パァっとルブルムの表情が明るくなる。
「ただ、ある意味で言えばお母様は脱法行為と言えなくもないな。私が不正を見逃す訳には行かないだろう」
チェンが両手を上げて首を横に振る。予想こそしていたものの、取り付く島も無い様子にルブルムは動揺を隠しきれなかった。
「そりゃそうですけど……」
「もういいわ。アルに迷惑かけてまで一緒に暮らしたいとは思わないもの。ね、母さん」
「そうだねぇ……。定期的に連絡を取るのも厳しいのかしら」
「電話ぐらいなら問題無い。手紙は厳しいだろうな。ルブルムは近衛局の人間だから検閲されてしまうはずだ」
「なら充分よ。お話する時間作ればいいんだから」
「まあ待て。君達はルブルムに贖罪をすべきだろう。それをするには彼の近くに居る必要があるはず。私の言いたい事、分かるな?」
「いいんですか?」
「良いも悪いも法的な問題は無い。所定の手続きが終わるまで不便はあるだろうが、龍門に住む事も出来なくは無い」
「チェンさん……ありがとうございます!」
「いいんだ。それに将来的な問題もある」
「将来的な問題?」
「あぁ。将来的には義理の家族になるだろう?」
チェンの言葉に一同が固まる。先程までのシリアスな空気は一瞬にして消え去るほどの破壊力だったのは言うまでもない。
「あらあら……娘が増えるのは嬉しいわね」
ずっと暗い表情をしていた母親が初めて表情を崩して笑顔を見せたが、
「マジで付き合ってたの……?」
スィーニーは逆に怪訝な表情でチェンを睨んだ。
「嘘をついてどうする?」
「チェンさん、気が早すぎませんか」
「なんだ、君はいずれ別れるつもりで私と付き合っているのか?」
「そう言う事じゃなくてですね! あーもう、面倒くさいな!」
ガシガシと頭をかき、ルブルムはどう言えばいいのか考えたが、よい言葉は出てこなかった。
「アル……ありがとう、ありがとね……」
「泣かないでください。僕の我儘ですから。つまる所、お二人の所には行けないけどお二人が来るなら問題ないって事なんですから」
「母さんは家で家事をしてくれてたし、今の私は自営業みたいな物だから大して問題ないと思う」
「……ありがとうございます」
「アルが寄り添おうとしてくれたから当然よ。それぐらいはさせて」
そう言いながらスィーニーは目を伏せて目尻の涙を指で拭った。
「問題無いなら私達の帰りのヘリに乗るといい。今の家に一度帰りたいなら無理強いはしないが」
「父さんの墓参りに行きたいけど……」
「それは三人で行こうよ、母さん。父さんも喜ぶわ」
「そうねぇ……そうしましょう」
「問題無いと言う認識でいいんだな?」
「えぇ。有り難く乗らせて頂くわ」
「スィーニーさ……姉さん。今泊まってるホテルの住所を教えてもらっていいですか?」
「いいけれど……どうして?」
「母さん……母さんの容態が気になるんです。今、近くに停車している移動都市に僕が信頼できる医療関係の方々が居ます。そうすればきっと良くなるはずだから……」
躊躇いがちに彼は二人の事を本当の関係で呼んだ。彼にとって、それは勇気の必要な第一歩だった。
「うん……わかった。フェイゼの方に送っておく」
「ありがとうございます。その恥ずかしながらこのバカンスだけはチェンさんを優先して良いですか?」
「そもそも恋人とバカンスに来てるんだから私達に干渉する権利は無いわね。私達なんかに気を使わないで。帰る時に連絡くれればいいから」
「私が妥協すると思うか? 私達が今後も付き合って行くなら二人との関係も深めて行くべきだ。そうだな、手っ取り早く食事を共にするのはどうだろうか」
「……でも、いいんですか?」
「構わないさ。今の君の嬉しそうな表情がずっと見られるんだろう? 二人きりの時間も確保すればいいさ」
「……はい!」
時間にすればほんの数時間の事だったが、しかし、その数時間が今後に与える影響は決して小さくはない。人の人生とは意思の在り方で簡単に変わる物だからだ。
●
人物紹介⑤
→アル・ルブルム⑤
今回はロドスに行ったかと思ったらシエスタに即座にトンボ返りしててバタバタ。精神的にも一山あってバタバタしたが自分なりに向き合って行く事を選んだ。
→チェン・フェイゼ⑤
ルブルムが言葉を荒げてあらびっくり。ただ彼女が好きなルブルムはそんな人間であって欲しくないと自分の価値観を押し付けてしまった事を後悔している。
→スィーニー・アスール②
色々事情があったとは言えどルブルムを長年放置したのは事実で、なんなら彼に殺されてもいいとまで思っていたが、彼の向き合って行こうと言う姿勢に思わず涙を流す。
余談だが、チェンよりスィーニーの方が歳上(あくまで地球人換算)なのでチェン達が結婚したら義姉になる。
→エクシア
ご存知ペンギン急便のトランスポーター。彼女の武器的に被害が大きくなりやすく、事後処理に向かうルブルムとは顔馴染み。
言葉は丁寧だが余計な仕事を増やすなと言わんばかりの態度を取るホシグマ、言葉も態度も遠慮しないチェンは少し苦手。一応自分が悪い自覚はある。
→テキサス
別にルブルムの事を覚えていない訳ではない。基本的に他人や物事に関心を示さないというだけで、自分の仕事での後処理をしてくれているルブルムには素直に感謝している。名前の件は彼女なりの弄り。関心が無い相手にはそんな事をするタイプではないが残念ながら伝わっていない。
書きたい事をまとめて一つの話にしたいと思って書いたら約13000文字になってました。区切った方が良かったかも知れない。会話メインのシーンで第三者視点になって読みにくかったと思いますが、しばらくはルブルム君の視点のみになると思います。
これで、ルブルム君のお話はひとまず終わりです。無駄に尺を取ってしまってすみませんでした。
次回以降にようやくバカンスを楽しむカップルを書く事になりますので、気長にお待ちください。ちなみに遊龍チェンさんは無事出ました。