ロドスでの日常
●
ロドスは広く、大きい。その中で暮らす人間が不自由なく暮らせるように、ロドス艦内という限られたスペースには効率良く配置されている。例えば、購買部とかは一つだけでは無くいくつかある。ただメインとなる店舗はやはりクロージャさんが管理している店舗だろう。
で、そのクロージャさんの店舗がいつも以上に賑わって居て店から出てくる人は皆小さな袋を下げていた。少し飲み物を買って帰ろうかと思ったけど、混んでるなら別の店舗に行こうかな。でも面倒くさい。
「あれ? 珍しい人いんじゃん」
振り返ると桃色の髪のサンクタの少女――アンブリエルさんが居た。彼女が声の主だろう。
「よっ。意外だなー、ルブルムもゲームやるんだね」
「ゲーム、ですか。昔はやってましたけど……」
「真面目君だから意外だわ。ゲームなんて無駄! とかまでは言わないんだろーけどさ」
「趣味は大事ですからねー。仕事に支障が無ければ楽しんだもん勝ちですよ」
趣味が生きるモチベーションという人もいるだろうしね。ゲームはやらなくなったが、映画鑑賞や読書の趣味は続いているし。
「ま、ほどほどよね。んでルブルムは今日の新作買わないの?」
あー、なるほどね。理解した。新作のゲーム出たからこんな人が集まっているのか。クロージャさん、ウハウハだろうなぁ。
「久しくやってないですから、面白そうではありますけど……どんなゲームが出たんですか?」
「マモカリ……魔物狩人の新作。やった事ない?」
学生時代にバイトして本体とソフトを買った記憶がある。まだシリーズが続いてたのか、あれ。
「何作前か分かりませんけどやった事ありますよ。2G……セカジーって皆呼んでたなぁ」
「めっちゃ古い奴じゃん……。あ、そうだ。無理強いはしないけどさ、ルブルムもやらない?」
「あ~……どうしようかな。本体とソフト買う訳ですよね」
「あ、財布的に厳しいカンジ? あんまり遊んでるイメージないけど?」
まあ実際にお金は結構溜まって居て、昔から光熱費以外ほとんど使わない。今はロドスにお世話になっているから光熱費も無いし……。映画鑑賞なんて昔は高いと言うか割高な感じはあったけど、今は月額で見放題だし、読書もそんな高いのは買わないから金が掛かると言う事も無い。
「金銭的な問題というか、在庫的な問題ですかね。僕の分だけ買うのもなんだし、どうせなら誘いたい人も居るので本体とソフトが二つずつ必要になるんですよね」
「購入制限の問題かー。ソフトは制限ありそうだねぇ。本体は多分買えるよ」
「ううむ……僕の分だけ買って帰るのもな……」
そう、どうせならチェンさんに一式プレゼントして一緒に遊びたいのだ。カップルで協力プレイとか超楽しそうだし。でもソフト買えない可能性があるのか……。しかし、僕の前に立つアンブリエルさんは満面の笑みで親指を立てた。
「本体さえ買えれば平気っしょ。今のご時世、ダウンロード版あるかんね!」
……確かに! 僕の時代ではまだダウンロード版という物はこれの出始めで物好きが買うイメージだったけど、売り切れがないというメリットは大きいな。パッケージが欲しいとか別に無いし。僕がダウンロード版でチェンさんにソフトと本体を渡そう。
「なら買って帰るかな。いやー、耳寄りな情報ありがとうございます」
「ならさっさと買って帰ろうよ。一緒にやった方が楽しいし。普段仲よくしてくれてる人らが今日仕事だったから一人でやるんかなーと思ってたけど、声のかけて見るモンだね~」
まだ僕もチェンさんも若いとは言え、ロドスの年齢層が広過ぎて僕らは少し上の年齢になる。なので、仕事を疎かにするほど夢中になる事は無いだろう。と言うかそうじゃないと示しが付かないからそうしないと。
「んで場所どうしよっかなー。そっちの部屋って大丈夫?」
「えぇ、大丈夫ですよ。じゃあついでにジュースとか買って帰って思い切り楽しみますか」
なんだかんだで僕の部屋に居るチェンさんには連絡を入れておこう。浮気だーって思われる事は無いと思うけどオンオフ切り替えが激しいあの人が居るなら人を迎えていい格好をしていない可能性がある。
ちなみに張り切りまくったクロージャさんのおかげで在庫があったのか普通に売って貰えました。
●
久しぶりにビデオゲームを、しかも昔夢中になったシリーズを遊ぶのだと思うと結構ワクワクする。
自分の部屋の入り口傍にあるパネルを見ると鍵が開いている。つまり、僕が出掛けた後にチェンさんは部屋から出ていない、と言う事だ。ボタンを押すとスライド式のドアが動く。
チェンさんはソファーに座り、珍しくテレビを見ていたようであまり使わないテレビが久しぶりに役目を果たして居る。僕らが来た事に気付いたのだろう、チェンさんがテレビを切り、こちらに声をかけて来た。
「おかえり。随分な荷物だな。……そちらは確か……アンブリエル、だったか?」
「ちわーす。そっか、そういや二人付き合ってんだっけ? あたし邪魔しちゃっていいの?」
「……何の話だ?」
「それがですね、購買部で飲み物を買って帰るかなと思って行って見たら、凄く混んでてどうするか悩んでたんですが、アンブリエルさんが今日は新しいゲームが出るからって教えてくれまして。そのせいで混んでたらしいんですよ。そのゲームが昔やってたゲームの新しい物だから久しぶりにやろうと思いましてね」
「そゆコト。やるんなら一人より皆でやりたいじゃん?」
「あぁ、なるほど。私はそういう物に疎くてな……君がやるなら私も見てていいか?」
「何言ってんですか、チェンさんもやるんですよ」
チェンさんにラッピングされた袋を手渡す。クロージャさんが気を利かせてやってくれたものだ。
「皆で……だからね。チェンさんが嫌じゃないなら一緒にやろーよ。絡んだ事ないから仲良くなるいい機会じゃん?」
チェンさんがこれまた珍しく目を見開いてパチクリしている。以前より柔らかい雰囲気になったので変な誤解や対立を招く事は少なくなった。とは言え目立って、と言う意味であり、まだ厳しかったチェンさんのイメージが拭えず苦手意識のある人も割といる。それ故に変に口を挟まず見守るつもりだったのだろうなぁ。
「気持ちはありがたいが……私はこういうゲームをやった事がないぞ?」
「いいのいいの。うちらガチ勢じゃないんだからゆるーくやりゃいいんだよ」
「そうか。ありがとう。ルブルムもありがとう。安い買い物ではなかっただろうに」
「まあ、チェンさんとゲーム出来るなら安いモンですよ。プレゼントと言うと大袈裟ですが、気にせず受け取ってください」
「あぁ。その、恥ずかしい話だが私はこの手の機械は苦手なんだ。使い方を教えて貰っていいか?」
まあ実はヘビーゲーマーでしたとかでない限りはそう言うもんよな。
「んじゃあたしが教えるよ。……にしてもチェンさんって意外とズボラ?」
「うん? あっ」
ソファの前に置いてあるテーブルを見ると酎ハイの缶がいくつかあり、それらはどう見ても空き缶にしか見えず、その上酒のアテにしたと思わしき菓子類の袋が散乱していた。
「ルブルム……」
「……僕が片付けて置きますので、その間にアンブリエルさんに教えて貰って本体の準備しといてください」
「すまん……」
●
ゲーム機の進歩とは凄い物で、今日買ってきたゲーム機はテレビに繋いでプレイする事も出来るし、携帯機にもなるらしい。
キャラクタークリエイトもこう言うゲームの醍醐味だ。細かく調整する事で理想的なキャラクターを作り出す。と言うのは流石に面倒くさい。かと言ってデフォルトなのも味気ないなと思ったが現代のゲームらしく、内蔵されたカメラで自分を撮影する事で自分を再現する事が出来るのだ。なので僕とチェンさんはこの機能を使い、アンブリエルさんは今はサクっと作り後で調整するらしい。僕達はそのままだと面白くないと言う事でゲーム内ではお互いの髪色を交換した。つまり、ゲーム内のチェンさんは黒髪で、僕は青髪になる。ゲーム内の僕はいつも以上に弱そうに見える。
「なんだろう……僕、優男みたいじゃないですか?」
「黒髪でも君は充分に優男だろう。私なんかより堅物みたいになったぞ」
チェンさんがずい、と僕に画面を見せてくる。ゲーム内で完璧に再現されたチェンさんは本人らしく仏頂面であり、髪の色を変えた直後でアップで寄りの映像になってたせいで、更に仏頂面が目立っていた。髪色が黒になったおかげでより威圧感が増しており、確かにこれは堅物だ。
「チェンさん一応堅物なのは自覚あったんですね」
「……君はたまに容赦ないな。私もロドスの一員として若い世代の手本になる必要がある。それに君の恋人として、恥ずかしくない人間になる為、色々模索中だ」
「ふーん。チェンさんって大人の女って感じだったから意外だわ」
「まあ大人と言えば大人だが、人生の長さを考えるとまだ小娘さ」
「あーね。でも、堅物って所は全然変わったと思うよ」
「そうか?」
「マジのマジでね。うーん、いい男選んだからじゃない? 表情、めちゃくちゃ柔らかくなったよ。前なんて触っただけで切れる刀みたいな雰囲気だったし」
流石に言い過ぎじゃないだろうかと言いたいけど、フォロー出来ないのがなぁ。馴染みのない人ならそう感じるよね。チェンさん本人は多分極限まで集中してるだけだろうけど。精神的な余裕が出た、と言うのが一番の要因なんだろうな。
「ならまずはより良い方向へ変わって居ると言う事だな。……確かに、ルブルムと居ると頬が緩む事が多い気がするよ」
「チェンさん真面目だからねー。あたしみたいな性格の男だと合わないけど、ルブルムはそこら辺の匙加減が上手いよね、あたしみたいな人とも仲良くなってるし、チェンさんみたいな真面目な人とも仲良くなれてるし」
「そんな大層な事はしてないんですけどね」
相手に合わせて居るだけだからだ。真面目な人とは真面目にやるし、気楽にやりたいと言う人はあまり強く言わずにやんわり言う。後は愛想良く接するのは大事だがニコニコし過ぎるのは良くない。ヘラヘラしてるように見える。
「あたしが一番驚いたのはあのスカジさんと普通に会話出来てた事かな」
「それこそ普通に接してただけですよ。あの人、堅物と言うよりは超が付くぐらい不器用なだけで悪い人じゃないですし」
「……しかし、君はそういうタイプとの人間と打ち解けるのが上手い様に見える。ニアールやサリア、シルバーアッシュ達と仲が良いと聞いたが」
ニアールさんは堅物じゃないと思う。ただの天然さんだ。サリアさんは彼女なりにイフリータさんとの接し方に苦労しているみたいなので、子供や若い子達と接する機会が多い僕に相談してくれてるだけだ。シルバーアッシュさんに関しては何かのキッカケで気に入られたらしい。彼の話すビジネスの話は面白く為になる。オペレーターを引退しても資産運用で食って行けそうなレベルまで話してくれる。
「大物の人らと相性いいよね。あと、女性多め。チェンさん的には浮気しそうとかなんないの?」
「ルブルムが浮気できるような男だったら周りはもっと女性が多いに違いない」
「そうですかね、平々凡々な人間なつもりですが」
「若い世代は知らんが、少なくとも私は君の様な自然体で居てくれるタイプの方が好ましいよ」
「あー、分かる。うちらの世代の感覚だと優しい近所のお兄ちゃんみたいな感じ。たまーにガチ恋勢居るけど」
「ガチ恋勢?」
「要するに異性としてマジにルブルムの事が好きって事よ。思春期の女子からしたら歳上でニコニコしてる男は刺激が強すぎるんだわ」
確かに接しやすい様に明るい表情で居ようとは努めては居たが。うーん、そんな気は無いからちょっと困るかも。
「確かに、ルブルムはジゴロの気があるな。こう、人の懐に入るのが上手いと言えばいいのか」
「気を付けないと刺されるよー。女子のパワーやばいから」
「とは言え、僕達は別に交際を隠してる訳じゃないんですけどね……」
「そう感じないもん。女っ気無いと言うかさ。外……えっとロドス艦内に一緒に居ても付き合ってる様には見えないよ。仲良いなーとは思うけど」
「交際してるとは言え、ロドス艦内は職務の為に行き来するオペレーターが多い。私達がこちらに来てそれなりの時間が経ったが、だとしても規律を乱していい理由にはならん」
詰まるところ、ロドス艦内ではベタベタとくっついてたら印象が悪くなるって事だろう。僕ならこっちは仕事してんのによォってなる。
「まあ仕事してる人の前でベタベタしてるのはちょっと感じ悪いかもねー。ロドス、極端に社内恋愛少ないし……」
近衛局も少なかったな。後輩に今時の子が居たが、モテそうな容姿なのに喋り方がチャラ男そのもので絶妙にうざかったなぁ。凄くいい子なんだけどね。チェンさんも職務に対して真面目な彼には怒るに怒れなかったし。ある意味でチェンさんに勝ったと言えなくは無いよな。元気なんだろうか、彼。
「禁止……なんて話は聞いた事ありませんが……皆さん、余裕が無いのかも知れませんね。色んな方々が色々な理由でここに来ますから」
恋に恋するとは言うが、若い子は行動予備隊として訓練と座学で忙しく、実戦経験ありで入って来た人やこちらに来てからある程度経験を積んだ人達なんかは任務に赴く事になる。つまり、行動に対して責任が生じる様になるし、何よりある程度同じ隊の人間と作戦に当たる事はあれど、それぞれのオペレーターとしての専門性を考えれば常に同じ人間と任務に当たる事はどうしても少なくなる。これはロドスと言う組織が多数の人間を抱える故の問題だ。なんなら基本的に同じ人間と出撃している僕はレアケースで、ロドスがエリートオペレーターとそれに準ずるオペレーター達を作戦に赴かせると言うのはつまり、そう言う事だ。
「とりまチェンさんが恋人には甘えるタイプなのはわかったね」
「ほう?」
「いや、睨まれても。彼氏の部屋に入り浸って酒飲んで散らかすって結構な事してるし」
「あー、確かに。せっかく宿舎あるのに僕の部屋に居る時間の方が長いと言うかほぼずっと居ますよね」
「この部屋で寝泊まりしてんの?」
「はい。少なくともここ最近はずっとそうですね」
「……仕方ないだろう。休日は一緒に居る時間は作れるが、そうでも無い平日はこうでもしないと一緒に居る時間が作れないんだ。ルブルムも嫌じゃないだろ?」
「もちろん。ですが、片付けは出来る様になりましょうね。女性だから家事をしろと言う話ではなく、人間としての問題です。服は洗濯までしても畳まない、下着も洗濯したらその辺に放置……女性では無く、人しての慎みを持つべきです」
思わぬ方向へ話が飛んだせいか、チェンさんが露骨に狼狽える。こればかりは同棲する以上は慣れて貰わねばならない。
「しかしだな、今更君に下着を見られてもと言う話もある」
そりゃ肌を重ねる事も多々あるので今更と言えば今更かも知れないんだけど、人としてどうよ、それ。
「後はシャワーを浴びたらさっさと服を着てください。万が一来客があったら死にます。僕が社会的に」
「ルブルムって苦労してんだねー」
「アンブリエル、そう言う君はどうだ。彼ほどキッチリしているのか?」
「まあ服ぐらいは片してるかな。あたしは流石に他の人に下着見られたらはずいし」
「私が可笑しいのか?」
「あんたが可笑しいに決まってんでしょ。私の弟の手間を増やさないでくれる?」
「姉さん」
何時の間にかやって来て部屋に入っていたスィーニーさん……僕の実姉が、部屋のドアにもたれながらチェンさんに容赦なく言葉を投げ掛けていた。
「お疲れさん。私の仕事が終わったから一緒に食事でも行こうと思ったけど、タイミング悪かったかしら」
「そうだな、非常にタイミングが悪かったな。私達はこれからゲームをするんだ」
「あんたねぇ、別に媚びろなんて言わないけどあんたらが結婚したら一応姉妹って事になるんだから、もうちょっと仲良くしてくれない?」
「まあ……そうだね。僕も姉さんとチェンさんが仲良くしてくれると嬉しいけど」
と言うのは僕のワガママだ。当人同士の反りが合わないなら無理して合わせる必要も無いだろう。彼女らも大人なので割り切って接する事も出来るだろうし。
「ふーん、スィーニーさんだっけ。何回か荷物持って来てくれた人だよね」
「えぇ、こちらでもトランスポーターの仕事はしているけれど……でもごめんなさい。まだロドスの人の顔は覚えてなくて」
「そっか。あたしはアンブリエル。さっきもチェンさんが言ってたけどゲームするんだよね。スィーニーさんもどう?」
「ゲームなんて子供の頃以来だけど……えっと、本体とゲームを買えばいいの? と言うか混ぜて貰っていいのかしら」
「うん。仲良くなるキッカケになるんじゃないかなと思うし」
「そうね……うん。考えてみれば、アルと遊ぶって子供以来だし、その上で職場の人と交友を広められるなら素敵な事ね」
良かった、姉さんは前向きらしい。チェンさんは……近衛局時代以上に難しい表情をしている。にしてもチェンさんはどうしてここまで姉さんに当たりがきついのだろう?
「ルブルムは私とスィーニーが仲良くしている方が好ましいのか?」
「はい。ですが、二人が合わないなら無理して合わせる必要も無いとは思いますが」
「いや……ここで我を通せば私の名前が廃ると言う物だ。いいだろう、お前と向き合ってやるとしようじゃないか、スィーニー」
「……と言う事で、とりあえず物は買ってくるわ。何を買ってくればいい?」
この後、人混みに揉まれて疲労困憊の姉さんを労いつつみんなでゲームを楽しんだ。
慣れないゲームで協力プレイをしているうちに二人の間で蟠りは無くなったらしい。
●
皆でゲームに興じた夜、僕たち同じベッドで向かい合って横になって居た。
「その、この際なんで聞いておこうと思うんですが、うちの姉がチェンさんに何かしました……? 妙に当たりがきついのがリンさん……ユーシャさん以外には初めてな気がして」
「あぁ……いやぁ、なんだ。その、気を悪くしたなら済まないな。大した事じゃないんだが……君の事情を知っていたとしてもやっぱり君との時間を取られていると思ってしまって……」
あぁ……なるほど。確かに僕と姉さんの間に確執があったのは確かだ。姉さんと母さんとの関係を修復する為にまずは改めて接して行く事を選択した。母さん自身は是非ともチェンさんを連れて来て欲しい、姉さんは来ても構わないけどと言うスタンスなのだったがチェンさんの態度がきつく、正直苦手だったらしい。当のチェンさんにも親子の邪魔をする気は無いと断られてしまっていた。
「すみません、僕の我儘で……」
「何を言っている、君はもう少し周りに我儘を言っていい。少なくとも、私にはな。私だって君に色んな事をして貰ったんだ。だからと理解していても、私は寂しく感じてしまう」
「チェンさんも来たらいいじゃないですか。姉さんとの蟠りも解けたみたいですし……それに、母さんがまた会いたいって言ってましたよ」
「そうなのか?」
「そりゃ自分の息子の彼女ですし、色々と便宜を図って貰いましたから。後は……」
言っていいのかな、これ。悪い事じゃないんだけど、僕が言うと絶望的に気持ち悪い。
「なんだ、そこで言い淀むんじゃない」
「あー、いえ、母さんがですね、将来的に自分の娘になるかもって……だから仲良くなりたいと」
チェンさんが驚いて目を見開いた後、可笑しそうに笑った。
「なるほど、君の母上は気が早いな……」
「いやねぇ、姉さんは彼氏居ませんからね。弟としてはそこまで悪くはないと思うんですがね」
「ふむ、素材は悪くないのは間違いないな。基本的に人当たりも悪くない。トランスポーターとしては優秀で、ロドスのオペレーターとして見ても優秀な方だろう。容姿も最低限の身嗜みを整えるぐらいだが化粧を覚えれば化けるぞ。……しかし、本当に君達姉弟はそっくりだな」
「そんなに僕達似てます?」
髪の色も違うし、顔立ちも全然似ていない。……でも、たまーに目元が似てるって言われる事はあるかな。
「あぁ。容姿と言う意味では無く、人としてな。何をやらせてもソツなくこなす。君は周りに配慮するのが上手だし、スィーニーも人の要望を察して動くのが上手だった。客商売故の立ち回りだな」
僕が物事をソツなくこなせるほど優秀かはさておき、確かに人当たりに何かするのが好きと言うのは確かだ。姉さんもそれが嫌なら客商売であるトランスポーターを選ばないだろう。勿論、姉さんのアーツ的に向いていたと言うのもあるかも知れないけど。
「だとすると彼氏が居ないの不思議じゃないですか?」
「そればっかりは私達と同じで縁と言うものがあるからな……が、男性オペレーターがスィーニーについて言及しているのを聞いた事がある」
「マジですか?」
「あぁ。『マジ』な話だ。面倒見がいいのはもう姉弟で同じなんだろうな、君と同じでミスしたり怪我したオペレーターのケアを良くしているからスィーニーみたいな彼女が居れば幸せだろうって話を耳にした」
だとすると悪い印象はないって事だよな。うーん、でも僕と同じで弟や妹と接してる感覚なんだろうな、本人としては。要するに、姉さん自体がそう言った男性オペレーターを恋愛対象として見ていない。
「それを踏まえた上で原因を考慮するならば……君だな、ルブルム」
「えっ? 僕ですか? それは予想外だったな」
思い当たる節が無い。別に男女間の感情は無いし、今は普通に仲良くしている姉弟だと思うんだけどな。年がら年中、ずっと一緒に居る訳でも無いし。姉さんは僕とチェンさんが交際しているのを知っているから気を使ってくれるし。
考え込んだ所為で変な表情をしていたのか、チェンさんの右手が僕の左頬を優しく撫でた。
「はは、すまない。悪い意味じゃないんだ。私が言いたいのは君みたいに出来た弟が居るから男に対しての理想がどうしても高くなるって事を言いたいんだ。スィーニーの恋人になるなら、最低でも君と同じぐらいにはならなくてならない。だが、それを出来る人間はまずいない。君は自分に対しての評価が低いみたいだが、君は君が思ってる以上にいい男だよ。現にこの私を射止めたんだ」
「そうだといいんですが」
「私が君に嘘を付けるほど器用な人間だと思うか? しかしまあスィーニーを狙ってる男達は哀れだよ」
「哀れ、ですか」
「考えても見ろ、基準値が君なんだぞ。基準値が君ならそれを超える可能性がある男は……君しか考えられん」
チェンさんなりに僕の事を評価してくれているのはわかった。この人、真っ直ぐ過ぎて他人を褒める言葉に恥ずかしさがない。聴いている僕が恥ずかしくなるぐらいだ。
……まあ姉さんはチェンさんほどオンオフが激しいとかではなく、あの人はある一定の生活基準を満たす能力はある。要するに一人でも大丈夫。チェンさんは……仕事は絶対に大丈夫だが私生活は不安過ぎてこっちが落ち着かない。夜だって寝れない。まあ私生活は僕と一緒に居るのが殆どだけど。
「後はあれだ、姉さんが彼氏を作る気あるか、ですよね」
「あぁ……確かに。実際問題、彼女なら良い男を捕まえるのも簡単な気はするが……恐らくはそれ以上に、君と姉弟として過ごしている方が幸せで楽しいんじゃないか? 色々あったからな」
「なるほど……」
苛烈を極める環境でトランスポーターてして活動してきているんだから、悪い男に捕まらないかと変に僕が心配する事じゃないか。
「このままピロートークを楽しみたいが、明日もゲームの続きをやるんだろう?」
「そうですね。そろそろ寝ましょうか。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
今日は実に充実した一日だった。アンブリエルさんとも仲良くなれたし、姉さんとの仲も深まった気がする。何より、チェンさんと姉さんが仲良くなってくれたのが一番嬉しかった。心地よい疲労感に身を委ねると直ぐに眠気が襲って来た。ああ、明日もいい一日になるといいな。
●
人物紹介
→アル・ルブルム
姉との関係は大幅に改善されており、今ではすっかり仲良しな姉弟に。チェンとの交際も順調。
恋人もおり、家族との関係も良く、職場の人間関係も多岐に渡って良い物を築いているのでかなり充実している。
→チェン・フェイゼ
もはや私生活がルブルム無しでは成り立たない程にはルブルムに甘えている。本人は申し訳ないと思いつつもあまり改善する気は無い。
→スィーニー・アスール
ルブルムとの関係が改善されてからは何かとルブルムを気に掛けているがそれは罪悪感と言うより姉としての責任感だがルブルムも大人なので世話を焼く必要はあまり無い。彼の恋人であるチェンとも何とか関係を改善したかったが、当のチェンからの当たりがキツく苦手意識があったがすっかり改善された。
→アンブリエル
ある意味今回の重要人物。ルブルムとは仲の良い同僚と言った感じで作中で言った通り、兄みたいな感覚で接している。緩い雰囲気だが仕事には真面目。ルブルムの悩みだったチェン達の関係をサクっと解決した。
●以下おまけの人物紹介
→サリア
サイレンスからはイフリータとの接触を禁じられているが、なんとか合間を縫ってイフリータとの時間を作っている。
人間関係と言う部分では不器用な方と本人も自覚があり、子供が相手では尚更それが顕著となり、頭を悩ませていた。
そんな彼女がルブルムと接触すると決心したのはイフリータの口から良く彼の名前が出てくるからだった。気難しいイフリータがすっかり懐いている様子を見るに彼に相談する事を決意した。
食事時、考え込むが故に険しい表情をしている彼女と真剣な表情のルブルムのペアは名物になりつつある。そして殆どの人がイフリータとの接し方に悩んでいる事を知っている。
→イフリータ
やたら子供受けのいいルブルムにイフリータを任せたら問題無いだろうと言うケルシーにしては割と雑な考え方の元、ルブルムの元に預けられる。最初こそどうせ仕事なんだろと強い拒否感を示したものの、ルブルムのイフリータさんとお友達になりたいんですと言われてからは彼女なりに頑張って接して行く内に普通に仲良くなった。
ロドス内では割と問題児として有名で、色んな大人が手を焼いていたがルブルムといる時は歳相応の少女であり、ルブルムとゲームに興じている時はまさに歳の離れた兄妹そのもの。
チェンさんが取り上げた作品をいくつか拝見したんですがやっぱり皆さんチェンさんは「恋愛についてはクソザコナメクジ」みたいな印象があるのが共通していて普通に笑ってしまいました。
個人的にはオンオフが凄く激しいイメージなので本作品ではそうしていますが、皆さん的にはどういう印象でしょうか?