とある日の休日、めかし込んだ俺の姿を見てアイスを加えた妹が言った。
「あれ? どこか行くのお兄ちゃん? もしかしてデート?」
「違うよ。前に告知してただろ。四期生で歌ってみたを出すって。今日はその収録だ」
「本当に今からとるんだ!? てっきりすでにとってるもんだと思ってたよ」
「普通はそうなんだよなぁ……」
何なら歌ってみたを出すことを知ったのすら視聴者と同時である。あいつら俺が意固地になったらどうする気だったんだ。
同期の見通しの甘さに呆れていると、妹は俺を覗き込んで。
「でも、お兄ちゃんの歌は楽しみ! 公開する時は一緒に聞こうね!」
「あたぼうよ!」
身内に聞かれることに恥ずかしい気持ちもあるが、妹と一緒にとなれば話は別だ。
気合を入れた俺は妹に見送られて家を出る。
正直気乗りはしていなかったが、妹に応援されたとなればやる気100倍である。
これは収録も余裕でこなして……
……なんて甘い話はない。
『はい、ストップ。白川君、もう一回行こうか』
「はい……」
男白川、人生最大の壁にぶつかってるNow。
状況を説明すると他3人すでに撮り終わり→最後俺の番→現在take20突破→くそ時間かかってるという感じである。
そもそも、つい最近まで普通の学生だった俺にとって人に聞かせる歌を歌ってみろって言うのはかなりの無茶振りだ。
しかも少し歌えるレベルなら加工という手法を使えば誤魔化せはするものの、俺は少し音痴気味のようだ。色々とアドバイスをしてくれるのだが、どれも効果はない。小手先では治らないらしい。
もう1take撮ってみたものの、監督的な人は頭をかきながら、どうしたもんかと困った様子だった。対する俺もきっかけすら掴めず手詰まりと言ったところだ。
『マネージャーさん。ちょっといい?』
監督的な人は、俺のマネージャーを呼ぶと何やら話し込んでいる様子だ。
話が終わると監督的な人はスタジオを出て、俺はマネージャーに手招きされた。いつもヘラヘラしてるマネージャーが、少し顔を引き攣らせてるからいい内容じゃないんだろうな。
「お疲れです裕也さん」
「お疲れです。それでどうかしましたか? 監督さん出て行っちゃいましたけど」
「監督じゃないんですけど……まあ、いいか。その、監督さんは別の現場の仕事があるらしいので、裕也さんの収録は後日にしてほしいって言われたんすよ。まあ、まったく終わらなさそうだったすからね」
「そう……ですね……」
変に気を遣われるのもくるが、はっきりとお前が下手すぎて時間足らんくなったわと言われるのもきつい。
あからさまに凹んだ俺を見てマネージャーは。
「そんなに気にしないでほしいっす! 歌未経験の初収録なんてみんな似たようなもんっすよ! 同期のお三方が偶然歌が上手い人の集まりだっただけっすから!」
「はぁ……」
どうにか励まそうとしてくれてるみたいだ。フォローになっているから微妙だけど。
……まあ、いつまでもくよくよしてられんか。次のチャンスも取り付けてもらっているのだし。
そう割り切った俺は、マネージャーに連れられて3人が待っている控室に戻った。
「終わったの?」
部屋に入ると、芝鶴が聞いてきた。
「いいや、終わってない。タイムオーバーで後日に持ち越しだ」
「マジ? はぁ、どうすんのよ? ……滝澤さん、時間間に合うの?」
滝澤さんとは俺のマネージャーのことだ。マネージャーはメモ帳を取り出す。
「予定日からは少し遅れるっすね。でも、想定内っす。問題ありません」
「すいません……」
「ああ、いや気にしないでほしいっす。それにあくまで内部で決めた期日であって、表に公表してるわけじゃないんで、いくらでも調整可能っすよ」
そう言ってくれた。それでも俺のせいで仕事か遅れてしまうのは責任を感じてしまうな。
「まあまあ、命ちゃんもそんなにピリピリせんといてな。裕也くんは歌が初めてなんやし、できないのも仕方ないやろ」
「そうかしら? 瑠奈だって初めてだし、私だって初めてだけど? 初めてだからできないは言い訳にしかならないと思うけど?」
「嫌味な言い方やな。京都人のうちでも真っ青やで」
「何ですって?」
「ふ、2人とも喧嘩はやめてください〜!」
売り買い言葉でヒートアップしていた言い合いを丸山が止めに入った。
しかし、芝鶴はメンチをきり、山家はニコニコしながらも目は笑っていない。鼻っ柱の強い2人だ。どちらも引かないだろう。
証拠に丸山の仲裁はまるで意味を成してない。
「いいよ、山家。芝鶴の言う通りだ。初めてだからできませんは言い訳にならん。今回の件は俺が悪い」
実際そう思ってる。学生の部活じゃないんだ、仕事なのだ。やるべきことを成せなくてどうするのか。
そう考えれば、今回は完全に俺の落ち度だ。
「と、とりあえず今日は解散ってことで! 裕也さんは後日予定を確認しましょうっす!」
マネージャーはそう言って部屋を出た。
芝鶴は荷物を持ってすぐ出て行く。それに少し遅れて山家は「また今度」と言って出て行った。
険悪だった2人がいなくなると、丸山は緊張の糸が切れたようにヘナヘナと椅子にもたれ掛かる。
「うう……怖かったです……」
「災難だったなお前も」
マジで丸山はとばっちり以外の何者でもないからな。ただただ可哀想だ。
俺は妹をあやすように頭を撫でるのだった。
□
家に到着すると俺は作り置きしておいた夕飯も食べずに自室に入った。そしてこれからどうするかを考える。
あれだけ回数を重ねても駄目だったのだ、このままでは次も同じことを繰り返して終わりだ。
「練習すべきなんだろうけど、歌の練習なんてどうすれば」
カラオケに行く? 闇雲に歌っても素人に毛が生えた程度だ。意味があるとは思えない。
しかし、現状それぐらいしか手がないんだよな……。
マネージャーに相談してみるか? いやあそこで具体案出してこない時点でいい案が聞けるとは思えないしなぁ。
先輩に相談? 中二病と腹ペコモンスターが浮かんだあたりで俺は考えることをやめた。
なかなか打開案が浮かばず頭を抱えていると、ディスコードにメッセージが入っていることに気が付いた。
名前は三笠となっていた。
何の用だと俺は首をかしげながらメッセージを開くと。
三笠『付き合ってくんない?』
「ふぁ!?」
突然すぎる告白に俺は目を疑ったが、確認してみても文字に誤りはない。俺は一通り混乱した後、なんか前も同じようなことあったなと思い直す。
そして以前と同じような文を送る。
ホワイト『どこにだ?』
三笠『カラオケ』
三笠『歌の練習だからね? 変な勘違いしないでよ?』
ホワイト『しねえよ!』
しましたけど何か(半ギレ)!?
三笠『あんた平日はダメなんだっけ?』
ホワイト『一日くらいなら何とか』
晩飯は朝作り置きすればいいし。都合がつけられないわけではない。
三笠『じゃあ、明日。午後5時頃。ここにきて』
ホワイト『了解』
明日とは随分急だな。まあ、三笠は動画を出す時間を気にしていたし、実際告知してから時間が空きすぎてしまうと視聴者も冷めてしまう。そのあたりを危惧してるんだろうな。
その後立て続けに2件の通知が来た。
まるめろ『あの……もし困っていたら付き合いますけど。歌の練習……』
加志駒『裕也くん大丈夫か? うちでよかったら練習付き合うからな~』
なんだよお前らいいやつばかりかよ。
とはいえ、さすがに何日も時間を空けることはできないため、理由を話してお断りさせてもらうことにした。
まるめろ『そうですか……了解しました』
加志駒『やっぱりツンデレさんやな、命ちゃん』
そう返信された。
なんだかんだ他の同期も心配してくれていたのか。俺が不甲斐ないだけなのにな。それだけにしっかりと修正しなくてはな。
俺は褌を締め直した。
□
当日。俺は指定されたカラオケに到着した。
時間は集合時間10分前。いい時間だろう。少しして芝鶴がやってきた。
「待たせた?」
「いや、今来たところだ」
嘘ではない。
芝鶴は白っぽいニットに黒いジョグパンツ、そしておしゃれなメガネに肩からかけるバッグをもっていた。身長もそこそこあるため、素直にカッコいいという感想が浮かんだ。
視線を感じたのか、芝鶴は怪訝な顔をして。
「何?」
「いや、すまん。カッコいいから見惚れてた」
「なぁ……べ、別にこのくらい普通だし。一丁前に女喜ばせようとしなくていいから! たくっ、マセガキめ」
芝鶴はそう言ってつかつかとカラオケの中に入っていった。
どうやら怒らせてしまったようだ。まあ、大して仲良くないやつが偉そうに評価するなってことかな。これは不用意だったな。反省反省。
そう自分に言い聞かせながら、芝鶴の後を追った。
中に入ると芝鶴はすでに店員と話していた。
少しして店員からマイクとコップが入ったかごを渡された。俺はそれをとると、芝鶴は驚いた様子だった。
「どうした?」
「……別に、黙ってとるから驚いただけだし」
「ああ、悪い。いつも妹の買い物の時は荷物を持ってるからその癖でな」
「ふーん、そ」
「あと、受付ありがとな」
「別にこのくらい大したことじゃないし」
そう言って部屋の方につかつかと歩いていく。まだ若干機嫌が悪そうだ。
部屋に入ると、大きな画面に最近のアーティストのインタビューが流れている。固めなソファーに少し暗めな電灯。広さとしては、二人部屋とだけあって少し狭めだ。
実はカラオケに来るのは初めてだ。行く友達もいなかった、時間もなかったからな。
こんな感じになっているのか。きょろきょろと観察するように部屋を見回す。
って、こんなことしてる場合じゃないか。
「それじゃあ、練習始めるか」
「そうね、時間もあまりないし。じゃあ、とりあえず一回歌ってみて。どこが悪いのか知りたいから」
「オッケー……ええっと、この機械に曲を打ち込めばいいのか」
なんとなく聞きかじったカラオケ知識を頼りに操作していく。そして件の曲をいれた。
そして歌い終えると、微妙な顔をした芝鶴の顔が目に入った。
「あまり聞きたくないがどうだった?」
「下手」
「ぐっ……」
理解はしていたが、改めて言われると心にくるな。
「音程もあってないし、声も震えたりかすれたり安定しないし、ちょっとうまい素人の方がましだと思う」
「そ、そこまで言うか!?」
泣くぞ? 高校生だけど幼稚園生みたいにわんわん泣くぞ?
「でも、声は出てるし地声は悪くないから修正不可能ってわけじゃないと思う」
そう言うと、芝鶴はバッグからスマフォを取り出した。
「多分あんたは運動性音痴ってやつ。いわゆる自分の声帯をうまくコントロールできてない状態ってこと。つまり正解の音を確認しながら修正すればマシになるはずよ。これ見て」
促されるまま画面を見ると、そこには歌詞一つ一つに抑揚や唄幅などを細かく記したものだった。簡単に言えば、歌の指示書と呼べるものだった。
素人の俺が見てもとても細かく作られているのが理解できる。
「これ芝鶴が作ったのか!?」
「まあ……そうだけど」
「すげえ! 俺正直歌に対してはからっきしだけど、これがすごいものってのは理解できたぞ!」
「大袈裟すぎるし。あたしの母親が歌の先生やってるからノウハウがあっただけ」
「それでもすげえよ! ありがとう、これがあればやっていけそうだ!」
「そ」
それからは芝鶴の指示書通りに歌い、ずれていたら芝鶴のアドバイス通りに直すというのを繰り返した。
そしてその時間は部屋に備え付けられた電話が鳴り響くまで続いた。
「っと、もうそんな時間か」
予約した時間は19時まで。つまり二時間もぶっ続けで歌っていたことになる。
正直もっと練習したいが、これ以上遅くなると家族が心配する。それに芝鶴の身も危なくなるかもしれないからな。
ここまでだ。
「物足りなさそうね。でも、あたしから見てもあんたの音痴はかなり改善されたと思うし。あくまで今回の曲に関してはね」
「まあ、そんな簡単に治ったら苦労しないしな」
あくまで今回行ったのは歌ってみたをうまく歌うための練習。俺の歌下手をどうにかする練習ではない。
要するに、突貫工事のようなものだ。しっかり基礎を固めなければまたいつか崩れ落ちる。
「ありがとな芝鶴。お前がいなかったら、多分俺は次も同じ失敗を繰り返してたと思う。お礼になるかわからないが、ここの部屋代は俺が……あた」
デコピンされた。
「子供におごられるわけないでしょ。自分の分は自分で払うし。……たくマセガキめ」
「だって俺今のところもらいっぱなしだし……」
不満げに言うと、芝鶴は呆れたように溜息を吐き。
「あのさぁ、あたしがただ親切心であんたを助けたと思ってるわけ? 今回の動画はあたしにとっても、伸び悩むかどうかの分岐点なの。だから、あんたにはしっかりしてもらわないといけないの。つまりあんたのためなんかじゃなくて、あたしのためにあんたを助けたの」
なぜか山家の『ツンデレやなあ~』という声が再生された。
なるほど、これがツンデレか。なんとなく理解できた。
その後、会計を済ませ、外にでた。外はすっかり暗くなっていた。
「駅まで送ろうか?」
「だから一丁前に女喜ばそうとしなくていいし。あんたは子供なんだから、早く家帰りな」
「そうか。今日はありがとう。俺頑張るわ」
「そ。頑張って」
そう言って芝鶴はつかつかと駅の方に歩いて行った。
「はあ、緊張した」
女性、しかも自分よりも年上のさらに美人とカラオケなんて、彼女いない歴=年齢の俺には刺激が強すぎる。
しかし、さすがというか芝鶴はまったく意識した様子はなかったな。
まあ、あんな経験豊富そうなギャルが俺みたいな高校生を意識するはずないか。
そう嘲笑して、俺は帰路に立った。
□
と、裕也は考えていたが。
「はあ、はあ、緊張した……」
芝鶴は熱くなる顔を両手で覆いながらそうつぶやく。
実は芝鶴は今ではギャルのような装いだが、中学高校と女子だけの空間で育ち、大学でも女子だけのグループで生きてきたため、男とかかわることがほとんどなかった。
そのため、異性と二人きりで会うということも初めてであり、実は裕也よりも緊張していたのだが、それはまた別の話。
□
それから数週間後。
「ほらお兄ちゃん、はやくはやく!」
「待て待て、そんなにせかさんでもいつでも聞けるぞ?」
「わかってないなぁお兄ちゃんは。こう言うのはプレミア公開でリアタイするのが楽しいんじゃん!」
「そんなもんかねぇ」
ちなみに妹が何を聞こうとしているかと言うと、俺たちレインボー4期生のデビュー一月記念の歌ってみただ。そう例の動画が今日公開されるのだ。
俺はすでに完成品を聞いているため問題ないのだが、人に聞かれると言うのはやはりまた別の緊張があるな。
そわそわと落ち着かない気持ちになっていると、プレミア公開が開始された。
軽快な音楽が流れる。
まずは歌い出し4人の合唱からだ。
『『『『ニッコリ調査隊!』』』』
『『おはこんちわ』』『How are you?』
『『今日も今日とても最高です!』』『うぉー』
『『『『わんだーほー!』』』』
また軽快な間奏に合いの手が入る。
そう俺たちが歌ったのは【ニッコリ調査隊のテーマ】だ。リズムゲーム発の曲らしく、ポップなリズムと軽快な雰囲気が特徴的な曲だ。
まだ序盤だが曲を聴いた妹は目を輝かせながら。
「すごいよお兄ちゃん! 歌手の人みたい!」
「はは、ありがとうな」
褒められるのは嬉しいが、他の3人が上手いのと加工でうまく誤魔化せるだけだろうな。
実際落第寸前だったし。
そして曲が進み2章に入ったところで。
「そろそろ俺のソロ部分だぞ」
「本当!」
『こっちの世界もまだまだ捨てたんもんじゃない……なんてね』
『にっこりこりこりこりおりこうさん! 隠キャも陽キャも!』
『『『『ウェルカム! ウェルカム!』』』』
『君の笑顔が調査対象さ〜!』
『『『『イェーイ、イェイェイ』』』』
俺のソロパートが終わると妹はさらに目を輝かせる。
「すごいよお兄ちゃん! もう歌手さんだよ! すごいかっこいい!」
「はは、そうかなぁ」
「そうだよ! ほらコメント欄の人たちもみんなかっこいいって言ってるよ!」
その言葉に誘導されコメント欄を見てみると、確かにコメント欄は俺の声をかっこいいと言ってくれる人がたくさんいた。
これを見ると頑張った甲斐が少しはあったのかな?
むず痒さと高揚感を感じながら、俺の歌ってみた初挑戦は幕を閉じたのだった。