私のサイドエフェクトがそう言っている。
侵攻直前の一週間前。ネオンは最後の仕上げをすると言って、部屋にこもった。
ヒュースと主君は仮眠を取らせたり、無理やりにでもきちんとした食事をさせたのだが、この日はヒュースは本部でトリガーの調整、主君も本部で遠征艇などの点検、従者達は暇を出されているので、今屋敷にいるのはネオンのみだ。
ヒュースが本部から出たのは夜の真っ只中だった。
「大丈夫ですか、ミラさん」
ヒュースと共に屋敷まで歩いているのは、上官のミラ。
「心配いらないわ、ありがとうね」
「本来アイツが届けないといけないので、来なくてもいいんですよ?」
「でも実際私よりあの子の方が階級は上だしね、たまにはこうやって、顔を観に行くのもいいでしょう」
屋敷に近づくにつれて、一つの部屋の明かりが、イヤに目に入ってくる。
むろん、ネオンの部屋の明かりだ。
「⋯⋯アイツは今何時だと思ってるんだ」
思わず口に出してしまったのを、ミラは軽く微笑んで、
「心配なのね」
「5日間もほぼ睡眠なしで働き続けてる奴がいたら、誰でも気になります」
「それがかつて敵国の兵士でも?」
ミラが意地悪な顔で質問する。
「おそらくは⋯⋯―待ってくださいっ、アイツはかつて敵国の兵士だったのですか?」
今度はヒュースが食い気味でミラに問う。
「ただの意地悪よ。第一、あの子が引き取られたのは八歳の頃だから、兵士として働けるはずないのよ」
屋敷の門をくぐって、ドアの前にたどり着く。
鍵を開けて、屋敷に入る。
「ネオン、ミラさんがお前に用があるから降りてこい」
声を聞きつけたのだろうか、階段の上からドタドタと、壊滅的な足音が聞こえた。
「おかえり⋯⋯ヒュース────ミラさん、もおはようご⋯⋯ざいます?」
ダメだこのバカ──とヒュースは一人思った。
「もう夜中だ。
おまえ、昼夜逆転してるぞ」
「頑張って栄養剤だけを頼りに、計画の見直しとか、してたんです」
ネオンはフラフラとおぼつかない足取りで、階段を下る。
ヒュースはそんなネオンに何を感じたか、階段を下るネオンを制止させて、その身体を抱えた。
「え? ちょっと、待て、ヒュースっ」
「こうでもしないと、転落してたのがわからないのか!?」
二人のやかましい声が、厳かな屋敷に響き渡る。
そんな二人をミラはくすりと笑って見ている。
ヒュースは階段を降りきると、ネオンを下ろした。
ネオンが文句を言うが、ヒュースはだからどうした、とその文句を跳ね除けている。
「そろそろいいかしら?」
言い合いが一段落して、ミラがネオン達に声をかけた。
「⋯⋯すみません、ミラさん──これが、新版です」
少し息切れしながら、書類を手渡す。
ミラがその書類を素早く、丁寧に、一枚一枚確認して、
「キチンとできてるわ、確かに受け取ったわよ」
その言葉を最後にネオンは倒れた。
その光景をヒュースは見たことがある。
故に、その後の行動に迷いはなかった。
「すみません、オレはコイツを──」
「全部言わなくても分かるわよ。見送らなくていいから、早く運んであげなさい」
ミラはそう言って屋敷から出た。
そうして、家まで歩いている時に、書類に書いてあったことを思い出した。
一つはエネドラの処分方法について。
一つはヒュースの対処方法について。
そして──自身の処分について、だ。
☆
「ミラさん、ラービット、お願いします」
送られてきたラービットを引き連れて、ネオンは歩き出した。
三分以内には終わったが、一人逃がしたのは、褒められたことではない。
──挽回しなくちゃ。
ネオンは電柱の上に登り、トリオン体の視力を上げて、見える範囲の兵士をあらかた見た。
「⋯⋯あの髭の兵士は厄介だけど、ボクが戦っても、そこまで得をしない。トリオン兵で遠くに引き離すか。
あと面倒くさそうなのは⋯⋯あのチームだね」
そう言ってネオンはラービットを動かし始めた。
◇
影浦隊と鈴鳴第一は基地南部の市民の避難援護に向かいながら、トリオン兵を掃討していた。
「──」
堅い守りと鋭い一撃を繰り出す村上と──
「死ねっ!」
荒れた竜巻の様なキレのある連続攻撃を繰り出す影浦は、手を組めば、それこそ、黒トリガー相手でも時間稼ぎができるだけの力がある。
────しかし、それでも、彼らにとって、ソレは天敵とも言えた。
影浦は強烈な殺意を感じ、その場から飛び退く。
「どうし──」
どうした、と言い終わる前に、村上鋼は理解した。
先程まで影浦がいた場所は抉れている。
影浦のスコーピオンの嵐よりも荒々しい、言い表すとならば、巨人が地面を手で抉った様な傷跡ができていた。
両部隊の全員が上空を見るとそこには、今までのとは違ったラービットがいた。
「チッ⋯⋯メンドーなのにあたったな」
影浦が恨みがましく口にする。
そのラービットは送られてきた情報と全く違う、異形の姿をしていた。
情報とは違い、足はない。代わりに鞭のような2本の剣が足になって、自重を支えている。
腕よ鞭のような剣。
弱点のように見えるコアは剣に巻き付かれていて、壊すのに時間がかかりそうだ。
影浦はそんな姿よりも、さっきの自信に当てられた殺気に気が向いていた。
感情受信体質──影浦が持つサイドエフェクトにして、感情を持つ生物との戦闘において、無類の強さを誇る能力だ。
本来トリオン兵から感情を受信することはない。
だが、この新型は感情を当ててきた。
つまるところ──────。
「──チッ」
ラービットが彼らに向かって剣を振るう。
スコーピオンよりも荒々しい殺意を持った竜巻が彼らに放たれる。
「避けろッ!!」
影浦が直感的にそう感じ、全員伝えた。
────ソレはもう見た。
どこからかそんな声が聞こえたように思えた。
回避した彼らを待っていたのは、待ち伏せをしていた細い蛇腹剣だった。
「──旋空弧月ッ!」
村上は自身と、来馬に向けられた剣を旋空弧月で払い除ける。
そして、
「スラスターオン!!」
太一を生かすためにレイガストを投げ、無理矢理蛇腹剣の軌道をそらす。
影浦は身体をひねらせて避けたが、それでも僅かに当たった。
ゾエはシールドを使って一瞬剣の速度を下ろし、その隙を使って回避した。
『ユズル!』
『分かってる』
ラービットのコアにイーグレットの狙撃が突き刺さる、が──。
「クソかてぇな⋯⋯」
イーグレットは剣を貫くことはなく、弾かれた。
『アイビスで吹っ飛ばせるか?』
『近づかないと無理。距離詰めるから、それまで耐えて』
無茶言うぜ──と内心つぶやく影浦。
だが、同時にその台詞はお互いの信頼関係があってこそ、言葉だ。
「カゲ、
「オレより弱いくせに聞いてんじゃねえよ」
村上と影浦は笑ってみせた。
「来馬先輩──ここは俺達が足止めするので、先に行ってください!」
「ゾエ、おまえもいけ!
コイツはユズルとオレらで殺す!」
そう言って彼らは目の前の新型に向かって行った。
「⋯⋯行こう、太一、北添くん!」
来馬は苦虫を噛み潰したような顔をして、そう言った。
『俺が
『出来た隙に殺せばいいんだろ? コイツにはマンティス──お見舞いしてやるよ』
√
「隊長、盤面は整えました」
同時刻、ネオンは先程より戦況を見渡せる所で俯瞰しながら、連絡を取っていた。
『分かった。今からヴィザとヒュース、エネドラ、ランバネインを投入する』
「了解です⋯⋯今、ランバネインと話せますか?」
『分かった⋯⋯ランバネイン、ネオンから連絡だ』
『珍しいな、お前が俺に連絡をするとは!』
「いやいや、今までは伝えなくてもいい仕事をしてくれてたから、連絡しなかっただけだよ」
一瞬だけ、ネオンの雰囲気が柔らかくなる。
「ランバネイン」
ネオンはすぐに冷たい空気を纏う。
『なんだ?』
「今から君の天敵の映像を送る。彼らにあったら、無理はしないで欲しい」
『ハッハッハ! お前がそう言うとは、正に予言通りだな!
つまり、俺は楽しく飛べるってことなんだろう?』
「今世紀で最も美しく飛べるよ」
そう言ってネオンは連絡を切った。
「正直、さっきの二人は予想以上の手練だったな⋯⋯私のラービットなら全員を止めれると思ったのに。ちゃんとケシキ見ないといけないか⋯⋯。
さて、このラービットはどこに使おうかな?」
今ラービットと戦っているのは、ヒュースと交戦中のチームと髭だけ。
ボクが髭と戦ってもいいけど、一人だけに時間を使うのはなんだかなぁ⋯⋯。それでも、ラービットの邪魔されるのは困るから、いかないとダメだなぁ⋯⋯。
「はーぁ⋯⋯なんでこんなにやること多いんだろ」
横から降り注いできた弾丸を防ぎながら、ネオンは言う。
ボクがサイドエフェクトを持ってるのがバレてると仮定して、ケシキのこともバレてる可能性は?
──おそらく無いだろう。この防御も迎撃機能って言われてそうだし。
「まあ、売られた喧嘩は買わなくちゃね」
◇
ネオンの黒トリガーの名は『
普通の蛇腹剣ではなく、最長で740メートルにも及ぶ、巨人の鞭と言っても過言ではない蛇腹剣。
そして、もう一つ──使用者が見た攻撃を、伸ばした剣の腹で防ぐ効果がある。
この黒トリガーは使用者が少ない上に、蛇腹剣としての扱いも難しい。
ただでさえ扱いずらいが故に、防御に手が回らない。
しかも、その他の細かい機能なども多くあるので、この黒トリガーは熟練した兵士にしか扱えないとされてきた。
────そう。ネオンが使うまでは。
ネオンは自身の槍術を
また、未来視による、数秒や数分後の攻撃をも防御する。
ネオンは防御において、調子が良い時は、他の追随を許さない程になった。
√
嵐山隊は目の前の人型ネイバー──ネオンと対峙していた。
「少しお聞きしたいんですが! ここら辺のラービットって、全部倒しましたか!?」
ネオンは屋根の上にいる彼らに聞こえるように、大きな声で質問する。
「俺からは言えないな! 知りたいなら──俺たちを倒してから確認してくれ!」
馬鹿正直な、しかし当然の
『充、俺たちはクロスファイアで攻撃し続けて、援護を待つぞ。
賢、狙撃で援護を頼む』
『了解』
『了解!』
嵐山達はネオンに向かって、弾幕を展開する。
ネオンは既に見ていたケシキに剣を伸ばし、その腹を幾度となく交差するように編み、バリケードのような自身を守る盾に展開する。
だが、守りだけで収まるはずがなく、剣先が嵐山に向かって放たれる。
間一髪で躱した嵐山に目もくれず、剣先は時枝に直進する。
「充!」
「ここは戦場です。仲間の心配よりも、まず自分の心配をしましょう」
淡々と説教をしながら、ネオンはついでに嵐山は殺そうと、剣⋯⋯いつの間にか元の大きさに戻っていた⋯⋯を振り下ろす。
「クッ──!」
スコーピオンと集中シールドで咄嗟に防御をして、被害を最小限に抑える。
『嵐山さん』
『大丈夫、かすっただけだ』
目の前のネイバーを見据える嵐山たち。
一方、ネオンは彼らにある思いを抱いていた。
「すみません、もう一つ質問──というか、確認なんですけど」
今度は小さな声で話しかける。
「あなたの味方に──予言者的な人、いますよね?」
唐突に言われたその言葉に、嵐山たちは一瞬、動きが固まってしまった。
「やっぱりそうですか。ですよね、そうでなければこんなに早くランバネインが攻撃を──それも『天敵』の攻撃を受けるはずがない」
微笑をするネオン。
同時にネオンを纏っていた雰囲気が、美しく、しかし冷酷なものに塗り替えられていく。
「私の仕事が多いなぁ⋯⋯こんなに働くなんて、いつぶりだろ」
ネオンは誰にも聞こえない程小さな声で呟いた。
そして、その顔は────今にも目に映る敵を全て、皆殺しにしようと語っている。
『よっしゃ今──!!』
佐鳥が固まっているネオンの頭部にツインスナイプを放つ。
しかし、ソレは隙ではなかった。
「「「──ッ!?」」」
驚きは3人のもので、ネオンは高らかに笑い始めた。
「もういいや。さっさと全員倒して帰ろう」
もはや神速とも言える速さで振られる
「
蛇は新たな弾幕によって叩きつけられた。
「空閑くん!」
「どもども、迅さんに言われて援護に来ました」
目の前の白髪の彼をじっと観察するネオン。
⋯⋯この出力はおそらく黒トリガー。ということはヴィザさんには別の黒トリガーが相手をするってことか。
ケシキを見てそう判断をする。
「アンタが迅さんの言ってたヤバいやつか?」
「ソレはわからない。私より強いのはゴロゴロいるからね」
先程とはもはや別人となったネオンが、ぶっきらぼうにそう言う。
「申し訳ないが、君は私に勝てない」
⋯⋯ウソはついてない。ってことは、そう言い切れるだけの『何か』があるってことか。
──私のサイドエフェクトがそう言っている。
ネオンは残虐な笑みを覗かせた。
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