『異世界召喚術アカデミー』、通称『ガチャアカ』にようこそ! 作:あきしょう
さてここで一旦、あなたが召喚された世界について簡単に説明しよう。
あなたが今いるのは、ルヴィス大陸南西に位置するとある学園。
その学園の名は『異世界召喚術アカデミー』という。
あなたが呼ばれたのは、街灯に群がる虫のごとく、年がら年中世界を滅ぼしうる危機が迫ってくるような世界。中にはこの世界にいる人間だけでは対処のしようがない存在もいたりする、そんなどうしようもない世界なのだ。
しかしこの『異世界召喚術アカデミー』は、そんな世界の危機に対抗するため、様々な異世界から強力な助っ人を存在を呼び出し使役する召喚術師を育成する、という建前のもと設立された人類最後の砦である。
呼び掛けに応じ召喚された者たちは『スレイブ』と呼ばれ、その『スレイブ』は召喚される際、強さや潜在能力に準じて自動的に『R』『SR』『SSR』に分類される。
もちろん『R』が一番弱く、『SSR』が一番強いが、ランクが高ければ高いほど数が少なくなかなか召喚できないのが実情だ。
高レアな『スレイブ』を召喚するには、屈強な肉体も、あふれ出る教養も、才能も、努力すら必要ない。
必要なのは……運だ。
召喚術師自身の肉体がどんなに脆弱でも、だらしがなくても、やる気がなくても、才能がなかったとしても、運さえあれば、強い『スレイブ』を召喚することができる。
そして強い『スレイブ』を召喚できれば、人生はもう約束されたも同然だ。そう言い切れるだけの価値が、高ランクの『スレイブ』にはある。
ゆえに今いる召喚術師たちはこぞって『SSR』を召喚することを望むのだ。
より強力な『スレイブ』を!
誰も持っていないような『スレイブ』を!
彼らはそんな『スレイブ』を熱望する。
それは、『世界を救う』という召喚術師の本来の本分を忘れるという本末転倒な事態を招くほどの熱量だった。
かつての、世界を救う志を持ち、低レアの『スレイブ』でも一緒に鍛え成長するような向上心あふれる召喚術師を世に送り出すための学び舎の姿はもはや面影もない。
今やそこは、大陸中のやる気も能力もない、しかしプライドだけは無秩序に肥大化した若者たちが、楽に人生の一発逆転をするためのギャンブル場になり果てている。
そんなあまりに見苦しい姿から、いつからか人々は揶揄と皮肉をたっぷりと込め、このアカデミーのことをこう呼ぶようになったという。
『召喚術アカデミー』ならぬ、大陸中の廃人たちが人生を賭けてガチャをする場所、通称、『ガチャアカ』…………と。
※
久しぶりにこの世界に呼びだされてそうそうあなたの目に映るものは、地獄のような光景だった。
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! よりにもよってRかよおおおおおおおおおおおおおうおおおおおおお!! ふざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 金返せえええええええええええええええええええ!!」
まだ年若い少年少女たちが、神秘的なはずの祭壇の前で膝から崩れ落ち慟哭していた。
あなたはその光景を少し離れた場所から立ち見している。
あなたの視界はすこぶる良好だ。周囲に遮るようなものもない。
あなたは今はそれが、恨めしい。
あなたは思った。
一体自分は何を見せられているのだろうかと。
「あいつらは今年入学した新入生だ」
あなたの気持ちを知ってか知らずか、あなたのすぐそばに立っている黒髪の少女が口を開く。
「まあ簡単に説明するとだな、新入生には入学時に召喚石が一回分配られる。そしてこうして我々上級生が見守る中、ここ召喚の間で1人ずつ召喚の儀式をするのが慣例だ。優しい先輩たちが何も知らないルーキーたちが間違って何か大きな怪我でもしないように、しっかり最初はしっかり見守ってやろうということだよ! しかも無償で! 素晴らしいとは思わないか? ああ、なんてボクたちは優しい先輩なんだろう!」
なるほど、それは素晴らしい配慮であった。
『スレイブ』は一人の召喚術師としか契約することはできないというシステム上、いうなればこれは早いもの勝ちのガチャだ。ゲームと違い、召喚術師たち全員に強い『スレイブ』を手に入れられるとは限らない。この学園に新たに入学してきた新入生は、世界を救うための仲間というより、自分が手に入れるはずの『SSR』を奪う可能性がある競争相手という側面が強い。
にもかかわらず、そんな彼らが間違わないよう見守ってあげる。
本当に、素晴らしい精神だ。
……それが本当の話なら。
「ばれたか」
あなたは大きくうなずく。
あなたは騙されない。
あなたの主人は、そのような奉仕精神に富んだ人物では決してない。あなたと彼女はそこまで長い付き合いではないが、それだけは断言できた。
「言っておくがそういう意味がないわけではないぞ? 『スレイブ』はこちらに害意を持たないものに限られるが、何せ相手は基本異世界の勇者たちだ。何がきっかけで暴れるかわからん。実際に過去にそういったことがないわけでもないし。そういった事態に迅速に対処できるようにこうしてボクたちが控えている。お前を呼んだのもそのためだ。仮に『SSR』が暴走してもボクが逃げるまでの盾役ぐらいにはなるだろう」
長く黒い髪をたなびかせながらひどいことをのたまう悪魔があなたのとなりに立っている。
どうやらあなたの主人はルーキーたちを守るどころか、何かあればあなたを囮に自分が率先して逃げる気でいるらしい。いつも通りで逆に安心する。
しかし今度はなぜ彼女がこんな危険地帯にわざわざ来るのかがあなたは気になった。
あなたの主人は基本ものぐさな人間だ。意味もないのにわざわざ外に出歩いたりしない。
「決まっているだろう! 笑うためだ! あいつらを見ろ!」
指さした方向を見てみると、そこにはまた別の召喚術師が自身が召喚した『スレイブ』を前にみっともなく嘆いているところであった。時間が経っているはずなのにさっきとほとんど光景が変わっていない。
「あいつらも人生一発逆だの、強い『スレイブ』を引けば将来安泰だの、そんな口車に乗せられくっそ高い金を払って入学した口だろう。だがここのガチャはそんな甘いもんじゃない。あんなにいても『SSR』なんて1人引ければいい方だ。そいつ以外の他の奴らはみっともなく嘆き苦労することになる……。最高だな! 飯がうまい! ざまーみろ! ……お前たちもボクと同じ苦しみを味わるがいいさ! ムハハハハハハハハ!」
どうやらあなたの主人は手遅れらしい。主に人間性が。
あなたが何度注意しても彼女が靴下を裏返して脱いだまま洗濯に出してくるくせに、こういうところは本当にまめだ。感心する。感動すら覚えた。
自分たちと同じように『スレイブ』を連れた上級生の召喚術師たちがちらほらと近くにいるが、つまり彼らはあなたの主人と同類というわけだ。
そうこうしているうちにまた祭壇に新たな召喚術師が上ってくる。
今度は純朴そうな男の子だ。緊張しがら大して高くないはずの階段をゆっくりゆっくり時間をかけて踏みしめながら上がってきている。あなたの主と違い、なかなか将来有望そうで好感がもてる少年である。しかしあの少年の目もあと数十秒後には黒く濁ることになると思うと悲しくなる。
ちなみに隣にいるあなたの主人はにやにやと悪い顔をしながら少年を見ている。
叩き落としてやろうかとあなたは一瞬、しかし本気で考えてしまった。
階段を登り切った少年は、祭壇に召喚石を捧げ祈り、すると光が部屋で埋め尽くし、異世界からこの世界の神とあらかじめ契約していた『スレイブ』が招かれる。
これまで幾度のなく見てきた光景。
しかし今回は一つ、違う点があった。
「召喚に応じ参上しました。この世界でなら強者と命を懸けて戦えると伺い契約しました。あなたにはその機会を作ってくれることを期待します」
「わ、わわわわわわわ! ま、まさか…」
祭壇に現れたのはスレンダーな女性であった。
適当な紐で後ろに雑にまとめられた髪。
柄も装飾も一切なく動きやすさだけを追求したとしか思えない服。
しかしそんな無頓着な恰好にも拘わらず、彼女にはどこか隠し切れない気品があった。一つ一つの動作は無駄がなく流麗で華があり、完成された舞踊を見ている気分になる。
その場にいる誰もが、彼女が今までのような『R』だとは思わなかった。文字通り彼女はほかの『スレイブ』とは格が違った。
大きくはない、しかし力強く部屋全体に届く声で彼女が言う。
「おや『スレイブ』を召喚するのは初めてですか? 奇遇ですね。私も今回が初めての召喚です。新米同士、よろしくお願いしますね」
「は、はい! よろしくお願いします!」
「そう緊張しないでください。私はどうやら『SSR』? というものらしい。腕には自信があります。期待してくれて問題ありません」
可能性あふれる少年と、まじめで礼儀正しそうに思われる女性が握手が握手しあう。
爽やかで、今までの陰鬱とした思いが洗われる光景である。
「……ま、まあ、こういうこともある。言っただろ。『SSR』は1人引けばいい方だって。裏を返せば1人は引けるということだ」
しかし期待していたのと真逆の結果だったことに面白くないあなたの主は苦々しく言い放つ。
「だが次はもうない! ここのガチャの洗礼を思い知れ!」
単なる確率の偏りか、あるいはその言葉がフラグになったのか。
虹色の光が現れる。
後で聞くと、それは『SSR』召喚確定の演出を意味するらしい。
※
それからしばらくして今年の新入生全員の召喚が終わり、儀式はお開きとなった。
最終的に、『SSR』は合計3人も召喚されるという結果となった。
それだけでなく『SR』もちらほらと召喚され、今年はかなり豊作な年となったらしい。
もしかしたら彼らが同世代を引っ張っていく存在になるのかもしれない。あなたはそう思った。
その一方でこの結果に面白くないあなたの主人は負け惜しみを言ってどこかにいってしまった。おそらく部屋に戻ってふて寝をするつもりなのだろう。その後ろ姿はとても情けないものであった。
あなたは教訓を学んだ。
――人の不幸は笑うべきではない。