※先天性女体化※卑劣様スレより 今日も木の葉は平和です   作:匿名希望@ななし

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いろいろ原作にないor矛盾している設定は書いた人の妄想ということでスルーしてください。


※先天性女体化※卑劣様スレより 千里の道も一歩から

 近頃めっきり火影塔近くに用意した仮住まいに泊まり込むことが多くなったマダラは、久しぶりに一族に割り当てられた所領内を歩いていた。

 木ノ葉創設の片翼であるうちはの所領はそれに見合った立地と広さを与えられている。

 うちは一族は気位の高い者が多い上に選民思想を拗らせている者までちらほらと見かける。それは血継限界を持つ一族にありがちな特徴であるが、特にうちは一族はその傾向が強い。おそらくはかつて千手と共に忍界の二大勢力として君臨していたことも原因の一つだろう。頭領として一族の意見を取りまとめているときなどに、こいつら面倒くさいな、と思ったことも割とある。

 それはそれとして扉間あたりがうちはの扱いに腐心しているのを見ると腹がたつのだが。自分が言うのはいいが他人が言うのはダメというやつだ。

 とにかくそうした千手兄妹らの無言の配慮であろう一等地だが、マダラは里の創設以来柱間の補佐として飛び回っていたために移住当初の配置計画や住居の建築後の新築祝い等が一通り済んだ後はめっきり足が遠のいていた。

 創設から一年が過ぎた現在、各家の庭は鉢植えの花やちょっとした畑、どこからか移したらしい柿の木や外飼いの犬などそれぞれの生活が感じられる光景を見せていた。

 買い物帰りの中年女にあら頭領お久しぶりです、たまにはこちらにも帰ってきてくださいねとまだマダラが幼かったときと変わらない調子で声を掛けられたり空き地で遊ぶ年端もいかぬ子供たちに頭領頭領、火遁の術を見せてくださいとせがまれたりにぎこちなく対応しながら歩を進める。こういうとき柱間ならもっと気の利いたことを言ったり子供たちにおどけてみせたりするのだろうが、どうにもマダラはその手のコミュニケーションが不得手だった。

 

「眉間に皺を寄せるのを止めて口角を少し上げるだけで全然印象は違うぞ。少なくとも子供から泣かれることはないだろう。せっかくの色男がもったいない」

「余計な世話だ、そういうのはお前の妹に言ってやれ。まあアイツは色女とは程遠いがな」

「ん、扉間か?いやいやあいつは結構笑うぞ?」

 

 以前柱間とそんなやり取りをしたことを思い出す。

 扉間とは同盟を組んで以降不本意ながらともに過ごす時間も増えたが、澄まし顔か怒りの形相くらいしか見た覚えがない。マダラが頑張って想像しようとしても戦闘中に相手を煽るクソムカつく嘲笑が限界だった。

 思い出してまた少し腹がたったところで目的の家まで辿り着いたので、マダラは眉間を揉み解してから玄関を叩いた。

「急な訪問申し訳ない、うちはマダラだ。家人はいるだろうか」

 声を掛けるとほどなくしてパタパタという足音の後に戸口が開いた。

「頭領様、いかがなさいましたか?…ああ、こんな格好で申し訳ありません」

 そう言って頭を下げたのはうちはミカゲという、マダラより幾つか年上の女だった。緩く波打った黒髪を後ろで一つにまとめ、前掛けを付けている。廊下の向こうから漂う煮物の匂いに、夕食の支度中だったかと思い至る。

 あらかじめ訪問を伝えては余計な気を遣わせると思ったのだが、これはこれで配慮のない行為だったかもしれない。つくづくオレは戦のこと以外は未熟だと、何事もスマートにこなしていた父の姿と比較してマダラは思う。

「いや、そう大した用じゃないと思って唐突に訪ねたオレが悪い。…カガミはもう帰っているか?」

「カガミですか。ええ、さきほど帰ったところです。お話があるのでしたらよかったら中へどうぞ。…散らかっていてすみません」

 

 客間に通されたマダラのもとへ程なくしてカガミが現れた。母親譲りの髪質と、うちはには珍しい垂れ目で大人しそうなその顔は、人見知りなのかあるいは緊張しているのか少し紅潮しているのが微笑ましかった。

「こんにちは、頭領様。うちはカガミです」

「ああ、こんにちは。そう固くならなくていいんだ、座ってくれ」

「はい、失礼します」

 そう言ってちょこんと正座をしたカガミに、マダラはなるべく威圧感を与えないように意識しながら尋ねた。

「先月から他の一族の子供たちと忍術の修行をしていると聞いた。調子はどうだ?」

 すると、カガミはぱぁっと顔を輝かせてマダラを見上げる。

「修行ですか?とても楽しいです!」

「楽しい、か」

「はい。ヒルゼンは教わった忍術をすぐに覚えてしまうし、ダンゾウは演習のときにいろんな情報から判断をするのが上手なんです。他の皆からも学ぶことがたくさんあって、僕ももっともっと頑張らなきゃって思います。あと……」

 そういうとカガミは少し恥ずかしそうに言い淀んでから続けた。

「今日は扉間先生から、火遁の術を褒めて頂いたんです。……もちろん一族の大人たちみたいなすごい術じゃあ全然ないんですけど」

 それはマダラにとって意外な言葉だった。

 扉間が人を褒めるなんて、いつもの無表情でよくやったでかしたくらいの語彙しかないものと思っていたが、こうして子供が嬉しがる褒め方ができるとは。

「ふぅん……先生は優しいか?」

「はい。僕や他の誰かが分からないっていうと、ちゃんと分かるまで教えてくれて、うまくできたら褒めてくださるんです」

「そうか、カガミは幾つになる?」

「七つになりました」

 

 里の創設に関する諸々が一先ずの落ち着きを見せ始めた頃合いから、柱間はかねてより重要視していた教育制度の整備に手を付け始めていた。

 一族の垣根を越えて里に帰属意識を持ってもらうため。一族それぞれの教えではなく共通の学びを得ることで子供たちの絆を育むため。教育の果たす役割は大きい。

 読み書きや算術等の一般教育についてはそこまで問題は起きなかった。火影塔と隣接して学問所を作り、そこに外部から教師経験のある人物たちを雇い入れて既に授業が始まっている。

 しかしこと忍術(この場合の忍術は体術幻術を含めた『忍が扱う技術全般』のことだ)については各一族が持論を譲らず未だに喧々諤々の議論が続いていた。

 それも無理からぬことで、つい数年前まで殺し殺されてきた一族たちが手の内を共有し合うことは本能的な忌避感や恐怖が伴うのだろう。

 柱間もそれについては理解を示し、時間をかけて授業内容の相談を行う方針でいる。

 しかし、本決まりになるまでただ無為に時間を過ごすのは惜しいという扉間の提案で試験的に何名かの忍を教師として取り立て、両親本人双方の希望がある者を弟子として募ることとなった。

 マダラにとって意外だったのは、発案者である扉間自身も教師として弟子をとったことだった。もとから兄と同様子供の教育については相当気にかけている様子だったが、まさか直接指導することにも興味があったとは。更にその弟子の中にうちは一族の子供がいることも驚きだった。

 あの鉄面皮が子供に物を教えられるのか気になったが授業を覗きに行くのはなんとなく癪だし、だったら一族に生徒がいるなら直で聞いてしまおう、うちはの今の世代の子供の実力を知るのも頭領として大事な役目だし…

 

 と、マダラがカガミを訪ねたのはこういった事情からだった。

 存外扉間はしっかり教師をやっているようだしカガミも素直な良い生徒のようだ。

 

 マダラ達の世代でいうと、七つというとそろそろ戦に出始めるくらいの年頃だった。

 マダラとて修行に楽しみを見出してはいたが、それはきっとこんな輝くような笑顔で言い表せる楽しさではなかっただろう。強くなったその先に、その手で屠られる敵の姿が現実のものとして確かにあった。

 純粋に己の技量を磨くことに喜びを見出す子供たちを、甘いという大人もいるかもしれない。忍たるものいずれはその手を血に染めるのだから自覚を持つのに早すぎるということはないと。千手とうちはの同盟が一つの転換点となり乱世は収束しつつあるが、小競り合いはそこかしこで起こっているし、戦争の火種も燻ぶっている。

 だからそういった者の意見にも理はあるが、それでもマダラはいましばらく、この子供には綺麗なままでいてほしいと思った。

 そもそも子供が戦に駆り出されて死ぬ世の中を変えようというのが柱間との夢の始まりだったのだ。戦の残酷さを知るのはもう少し先でいいだろう。

 マダラはカガミの癖っ毛に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でた。見た目通り柔らかい感触が返ってくる。

「その調子で励むんだな。将来何をやるにしても、強くて困ることはない」

「はい。早く強くなって、先生や頭領様のお役に立てるように頑張ります」

 

 

 ──それが半月ほど前の話である。

 現在マダラは小料理屋の個室で何故か扉間と二人きりでテーブルをはさんで向かい合っている。

 内々の話がしたいからまとめて出してくれという扉間の要望に心得た様子でうなずいた女将によって、テーブルの上には浅漬けや煮魚や串焼きや温野菜や厚焼き玉子なんかが所狭しと並べられ、酒も二種類の瓶が盆に載せられて鎮座している。

 どうしてこうなった。

 振り返ること30分ほど前。本日の仕事を終えたマダラはまっすぐ帰るか夕食を済ませてから帰るか思案しながら火影塔を出た。それを追いかけるように背後から聞こえた扉間の声。

「マダラ、この後私に付き合え」

 咄嗟に周囲を見回すが、生憎この周囲にマダラという名の持ち主はうちはマダラ以外にいないようだった。観念して振り返る。

「……柱間は」

「兄者はこの前の賭場での負けが義姉上にバレて一か月は寄り道禁止令が出されている」

「イ」

「イズナは今日は抜きだ。お前と二人で話がしたい」

 そして現在に至る。回想終わり。

 

 現状に困惑しているマダラをよそに扉間はさっさと二人の杯に酒を満たし、煮魚に箸を進めている。よく味の染みていそうな白身がホロホロと崩れ、生姜の香りと温かい湯気がふわりと広がる。

「どうした、食べないのか?」

 冷めるぞ、と言う扉間にいやいやとマダラは呆れつつ杯に口を付けた。

「話があるんじゃねえのかよ」

「……せっかちな奴だ」

 言って、扉間が動きを止めた。

 その様子から周囲のチャクラを探っていると察し、マダラはそれを阻害しないよう極力己のチャクラを抑えながら待った。

 数秒の沈黙の後、扉間が静かに口を開く。

「私のところにうちはカガミが弟子として来ているのは知っているか?」

「まぁな」

「カガミが、弟子入りを取り消すと言っているらしい」

「……カガミがそう言ったのか?」

「いや、本人ではない。今日の修行の時間に本人が現れず、代わりに祖父のアキツ殿が来てそう言われた」

 扉間はそこで一口酒を飲み下し、杯をこつりとテーブルに戻す。

「私の目から見て奴が修行を止めるほど思い悩んでいるようには見えなかった。他の弟子たちには風邪で休んだということにしてそれとなく最近の様子を聞いてみたが、やはり悩んでいる様子はないらしい。このままでは納得いかないから家を訪ねようとも思ったんだが……」

 はぁ、と溜息を一つ落とす。

「恐らく私が行っても穏やかにはいくまい」

「……なるほどな」

 うちはの中には未だに千手に対して敵意を持つ者も少なくない。同盟を組んだからそれで人の心の中まで一挙に問題解決、という訳にはいかないことは皆百も承知である。

 己の一族の子供がかつて敵対していた一族の人間から教育を受けるというのを面白くないと思う人間もいるだろう。

「明日、アキツと話をつけてくる」

「すまない、面倒をかける」

「発端はオレの身内だ。んなこと言われたらオレもお前に詫びなきゃいけなくなるから止めろ」

 いくら頭領とはいえ人の心の内まで強制する手段も権利もないわけで、内心で思っていたり身内相手に愚痴る分には放っておくが、こうして余計な軋轢を生むような手段に出るなら話は別だ。

 今は仮にも里を運営する同志なのだ。

「なら素直に詫びればいいだろう」

「うるせぇな。オレだって苦労してんだよ、身内に気難しい奴が多くて」

「私の気持ちが分かるだろう」

「本当にうるせぇなお前はよ!」

 そう、たとえいくら生意気で口が減らなくて可愛げのない扉間だろうと。

 

 酒の力というのは偉大なもので、酔いが回るうちに今後の里の展望だとか仕事の苦労話なんかに花が咲き、なかなか充実した時間を過ごしてしまった。

 今までは間に柱間を挟まない限り同じ卓につくこともなかったが、こうして話してみると案外と扉間は喧嘩を売る以外の語彙も持ち合わせているのだと分かった。

 会計を済ませて店を出ると深夜に近い頃合いで、同じように飲み屋帰りの人影がちらほらとあるだけで閑散としている。

 はて、扉間を家まで送ってやった方がいいのだろうか。そうマダラは悩んだ。

 一応女なのだし恨みは無数に買っているような奴だし。でもこいつがたかがほろ酔いで隙を見せるだろうか。むしろここが好機と襲ったが最後かかったな馬鹿めと相手のほうが血を見ることになるだろう……。

 そんなことを考えていたものだから扉間が隣でマダラを見上げる視線に、声を掛けられるまで気付くことはなかった。

 

 

 カガミの父は次男なので、ミカゲとの結婚をきっかけに実家から出て別で居を構えている。うちは一族の所領の端にあったカガミ達の家からアキツの家は少しばかり距離があった。

 戦乱の時代を過ごした忍の常として、無事に老齢を迎える男は少ない。そのためうちはでは老齢の男たちを長老衆と呼び、代々頭領の補佐やご意見番としての役割を果たしてきた。

 マダラにとっては一族の独断で動くことは減り木ノ葉という共同体の一員となった今でも体面に固執する厄介な老人たちだが、面倒な儀式や祭事は進んで仕切ってくれるので要は使いようだと、彼らをうまく転がしてきた父の姿を思い描く。

 座布団の上で正座をするアキツは現役だったころに負った傷が原因で右腕がやや不自由であると聞いたが、まっすぐ伸ばされた背筋と顔に深く刻まれた皺から厳格な印象を放っている。

「それで頭領。話とは」

「カガミが弟子入りを取り消したいと言っているとか」

 アキツはそのことか、と言いたげに湯呑を手に取る。それで暖をとるように両手で持ちながら答えた。

「火影殿から、うちはからも弟子をとらせてくれないかという相談があった際にカガミを推しました。──あれは半端者ですから」

 その言葉にマダラの柳眉が無意識にひそめられる。

 ”半端者”。

 血継限界を持つ一族は大なり小なり血の濃さに重きを置く。うちはも例外ではなかった。

 婚姻はある程度血縁を離すとはいえ親族婚であることがほとんどで、血族外との婚姻の場合は大抵嫁入りあるいは婿入りをしてうちはの名からは除外される。

 血が濃すぎる故の疾患等を避けるために時折敢えて血族外から伴侶を迎えるが、その相手は長老衆を中心に慎重に選ばれる。変に能力が混じらないように特殊能力を持つ者は除外し、しかし基礎能力は高く、更に言うならできるだけうちはと見た目の特徴が近いものが好まれた。

 ミカゲは、そうして選ばれてうちはに嫁いできた女だった。

「余所の人間に弟子入りさせるならカガミが適任だろうと思いましたが、まさかよりによって師に千手をあてがうとは。火影殿も人が悪い」

 そう言って忌々しそうに湯呑を持つ手に力がこもる。

「数多の同胞の命を奪ってきた千手が今度は子供を取り込んでうちはの誇りを踏みにじろうとするとは。確かに同盟を結びはしたが、けして我らは千手に隷属したわけではない!」

 マダラは出かかった溜息を飲み下す。長年千手と敵対し、まして老人となって思考の凝り固まった頭では、千手に対して抱く恨みつらみは自分の比ではないのだろう。だが。

 

 

「カガミの話な」

 扉間を送るべきかここで別れるかと悩むマダラに、斜め下から声がかかった。

 視線を向けると扉間が見上げていた。

 甲冑に身を包んで戦場に立つ姿や執務室で偉そうに腕組みしている姿を見慣れているものだから、近くに立たれると予想外に開いた身長差や華奢に見える肩幅に、なんとなく落ち着かない気持ちになった。

「うん?」

「もし、もし本当にカガミ本人が修行を止めたいと言っているなら、そのときは本人の意思を尊重してやってくれ」

 そう言ってから、首が疲れたのか俯いた。そうして露になった白い首筋からマダラは目をそらす。扉間の右足が、内心の不安を表すようにぐり、とつま先で地面に円を描いた。

「教育課程に大きな問題はないと思うんだ。実際弟子たちはきちんと上達していっている。実戦経験がないことを鑑みると十分な実力だと思う。だが授業内容ではなく私の人格の話を出されると……どうもな」

 確かに戦闘や仕事の評価ではなく己の人格が人からどう捉えられているかというのは自分で判断するのは難しいものだ。

 特に過去、戦場で辣腕を振るってきた扉間ともなると尚更だろう。

 非道、卑劣、冷酷、奴の傷口から流れ出すのは血ではなく赤い機械油だ、うちはを滅ぼすために人生二週目してる女。etc,etc.正直なところ、マダラだって扉間が弟子をとると聞いて心配になったものだ。

 しかし、修行が楽しい、先生から褒められて嬉しいと答えたカガミの笑顔に嘘偽りは感じられなかった。

 

 

「カガミを半端者と軽んじる貴方より、扉間のほうがよほどうちはに誠実に向き合っていますよ」

 マダラの反論が予想外だったのか、アキツは虚を突かれたように固まった。

「他族を恐れ拒み、内にこもることでしか守れない誇りなら早々に捨ててしまったほうが宜しいかと」

「頭領!」

「里の中に在って尚、一族だけで身を寄せ合って生きる大人を見て子供たちが誇りを持てると思いますか」

「貴方には血継限界の重みが分からないのか」

「血継限界に頼らずとも」

 マダラは腰を上げた。平行線の議論をいつまでも続けるのも億劫だった。

「誇りを持つ一族はたくさんいます。少しは外に目を向けてみてはどうでしょう」

 

 

 天井近くに設えられた小さな窓から差し込む光が朝を告げた。

 お腹が空いたなぁ、とカガミは体育座りで足を抱えていた手にぎゅっと力を込めた。

 昨日、修行からの帰り道に祖父に会い、もう修行は止めなさいと言われた。カガミは前からこの厳しい祖父が怖くて苦手だったが、修行ができなくなるのは嫌だったから勇気を出して嫌ですと言ったら、首根っこを掴まれて蔵の中に放り込まれてしまったのだ。

「お母さん、心配してるかなぁ」

 もしかしたらお母さんもお祖父ちゃんに怒られているかも知れない。

 祖父は母に対しても厳しくて、だから季節の節目に父の実家に挨拶に行くときカガミはいつも緊張していた。

 それでも挨拶の声が小さいとか行儀がなっていないと言われることがあっても、今回のように理由も分からず怒られたのは初めてで、だからどうして良いか分からずに蔵の中で一人途方に暮れていた。

 言うことを聞くまで出してやらんと言われたのでどうして修行を止めないといけないのですかと尋ねると、師が千手の女だからだと返答された。分厚い戸板越しに一生懸命扉間先生は良い先生ですと説明しても、祖父は怒るばかりでついには返事もなくなってしまった。きっと聞き分けの悪い自分に呆れて家の中に入ってしまったのだろう。

 ──どうしよう。

 窓は小さいし高いところにあるけれど、出られないことはなさそうだ。でもそんなことをしても根本的な解決にはならないだろう。

 泣きたい気持ちになったけど、先生が忍になりたいなら感情に振り回されてはいけないと言っていたのを思い出してぐっとこらえた。

 そのとき、何の前触れもなく出口が開いてカガミは飛び上がった。

 一向に言うことを聞かない祖父が叱りに来たか、あるいは母がどうにか祖父を説得して迎えに来てくれたのだろうか。期待と不安が半々で顔を向けたが、入ってきた人物はそのどちらでもなかった。

「頭領様……?」

 カガミの父より更に体格の良い頭領は、表情が少なくてなんとなく近寄りがたい雰囲気がある。父にそういうと、それは”威厳がある”って言うんだよと教わった。

 今日も威厳のある頭領は、戸惑うカガミの横にしゃがんで目線の高さを合わせると竹筒を差し出した。

「水だ、飲むか?」

 ちゃぽん、と中から音が聞こえる。礼を言ってありがたく口を付けると、自分で思っていたより喉が渇いていたようで、カガミは半分ほどを一息に飲み干した。

 それを見守ってから頭領が口を開いた。

「…しっかり掴まってろよ」

 カガミが疑問に思うより早く頭領はカガミの体をひょいと背負い、そのまま一気に駆けだした。

 時に屋根や木の上に飛び乗り里を駆けるスピードは本当に速く、カガミは頭領の大きな背中にしっかり掴まりながらわぁと感嘆の声を上げた。

 あっという間に里の高台、火影様の顔岩を建設中の崖の上に辿り着き、そこでカガミは下ろされた。なんだかまだ地面がふわふわした心地がする。

「いい眺めだろう?」

 頭領はそう言って眼下に広がる光景を示す。柔らかい陽の光を浴びて晴れやかに笑う頭領はとても格好よくて、一瞬見惚れたカガミは慌てて示された眺めに視線を移す。

 初めて高い位置から見下ろす木ノ葉の里はとても広かった。火影塔があり、森があり、人が暮らす家や建設中の家や。

「……すごい」

「そうだろう。これからもっと人が増えて立派になっていくぞ」

 カガミの幼い語彙ではそれしか言えずにもどかしく感じたが、頭領は満足そうな顔でどかりと地べたに腰を下ろした。カガミにも横に座るよう手振りで促したので恐る恐る隣に腰を下ろしてその横顔を見上げた。

「あの、頭領様はとても足が速いんですね」

「ん、……まぁな。だがお前の先生はもっと速いぞ」

「そうなんですか?」

 扉間先生は生徒が六人まとめても敵わないくらい強いのは知っていたが、女の人だから頭領よりも体が小さい。それで頭領より速いというのはなんだかうまく想像できなかった。自分はとてもすごい人に師事しているんだと、周囲から聞かされてはいたけどそれの一つの証拠を手に入れた気がした。

 目を丸くしているカガミに頭領がくすっと笑いを漏らす。ちょっとだけ怖そうな人だと思っていたけれど、実は見た目より優しい人なのかな、とカガミは思った。

「前に修行が楽しいと言ったな。今はどうだ?」

「…!楽しいです」

 そこで自分がさっきまで蔵に閉じ込められていた理由を思い出し、必死で言葉を紡いだ。

「まだ大人のようには強くないけど、できることがどんどん増えていくのが嬉しくて、今まで知らなかったことを先生からたくさん教えてもらえて…。生徒たちで協力したり競争したりするのも楽しいんです。修行が終わった後に皆でその日の授業の話をしながら帰ったり…だから、」

 そこでこらえきれずにカガミの目から涙が零れた。

「…僕、先生のことも、ヒルゼン達のことも大好きなんです。これからも一緒に修行したいです…!」

 祖父に理由も分からず修行を止めろと言われた不安が溢れ出す。師が扉間だから駄目なんだと言われたのも、どんなにカガミが言っても扉間が良い先生だと分かってもらえなかったことも悲しい。

 今までカガミは祖父の言いつけに反抗したことはなかったし、両親が祖父に逆らう姿も見たことがなかった。だからカガミにとって祖父は絶対の存在で、そんな祖父が駄目だと言うのだから自分がどれだけ嫌だと言っても最後には修行を止めさせられてしまうのではないかとずっと不安だったのだ。

 頭領も祖父と同じ考えだったらどうしよう。小さい子が駄々を捏ねるように嫌だ嫌だとしか言えない自分がもどかしい。

 そんなカガミの頭を、頭領はいつかのようにわしゃわしゃと撫でた。

「わ、」

「お前のじいさんにはオレから言っといたから心配するな」

「……本当ですか!?」

「本当だ。他の生徒たちにはお前が風邪で休みだって伝えてるらしいから、安心して明日からまた修行に行ってこい」

「はい!」

 一晩中胸を苛んでいた不安が晴れたカガミは、頭領の言葉に心底安堵して大きく頷いた。

 頭領は腰に下げた荷物から手ぬぐいを取り出し、カガミの顔をぬぐう。

「ったく、忍になるなら人前で簡単に泣くな」

「す、すみません」

 思わず赤面して俯くカガミに、頭領は人差し指を立てて自らの口元に寄せ悪戯めいた笑みを見せた。

「まぁ、まだ忍じゃないからセーフだな。扉間センセイには内緒にしといてやるよ」

 

 

「──扉間先生!」

 翌日、一番乗りで演習場に来たカガミは扉間の姿を見かけるや小走りで抱きついた。

 いつも大人しいカガミの珍しい感情表現に、事情をある程度察していた扉間は嗜めることもなくポンポンと背中に手を当てる。

「おはようカガミ。元気そうで良かった」

「はい…おはようございます」

 自分が常にない行動をしてしまったことに気が付いたカガミが気恥ずかしそうに身を離してぺこりと頭を下げる。

「ご心配おかけしてすみませんでした」

「いや、お前がまた元気に修行に来てくれて嬉しいよ。また今日からよろしくな」

「はい!こちらこそよろしくお願いします」

 それと、と扉間は顔を上げる。

「世話をかけたな、マダラ」

 念のためと演習場に向かうカガミに付き添ってきたマダラは、扉間から声を掛けられて決まり悪そうに頭をかいた。

「いや。……頭領の務めを果たしたまでだ、気にすんな」

「昨日、頭領様から顔岩の崖の上に連れて行ってもらったんです。里が一望できてとても良い眺めでした」

「そうか。あそこは頭領の気に入りの場所なんだ。良かったなカガミ」

「はい!あ、そうだ!頭領様が扉間先生は頭領様より脚がお速いって言っていました」

 そのカガミの言葉に扉間はきょとんとし、マダラはおい、と焦ったような声をあげた。

 違いましたか?と首を傾げるカガミに扉間はなぜか笑いのツボに入ったらしく笑いをこらえながら説明した。

「いや、なんだ。別に競争して比べたわけではないが兄者がそう言っていた。こいつは頑なにそれを認めようとしなかったが……なんだお前、実は認めていたか」

 マダラの舌打ちせんばかりの苦々しい顔を見てついに限界を迎えたらしい扉間がははははと声をあげて笑う。

「お前なぁ!脚が速いからなんだ、実際に戦ったら勝つのはオレだからな!?」

「そうだな、分かってるさ…ッ…くくっ…」

 なぜマダラが怒っていて扉間が笑っているのかカガミにはよく分からなかったが、頭領より脚が早い先生も、先生より強い頭領もどちらも凄い人なんだと改めて思った。

 それから、頭領と先生は仲が悪いと一族の大人が噂していたが、案外そうでもないらい。

 そのとき、演習場の入り口が開く音が聞こえた。

「おはようございまーす。……あ、カガミ!風邪はもう大丈夫なの!?」

「コハル、おはよう!心配かけてごめんね」

「お、カガミじゃん!お前が休んでる間に新しい術覚えたんだぜ!あとで教えてやるよ」

「先生から教わったほうがいいに決まってるでしょ、ヒルゼン」

「ちぇー」

 続々と集まって二日ぶりに会ったカガミを囲むように声を掛ける生徒たちを、やっと笑いの波が引いた扉間が穏やかな顔で見守っていた。

「……なんつーか、本当に先生やってるんだな、お前」

「ふふ、お前もやってみるか?」

 思い思いにはしゃぐ六人の子供たちを見やってマダラは苦笑する。

「いや。……俺の手には余る」

 

 木ノ葉の新しい芽は、今日も健やかに里を彩っていた。


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