スカイを初めて見たのは、選抜レースの数日前だった。
「はぁ、どうしろって言うんだよ……」
放課後、校庭でトレーナーと練習しているウマ娘たちを見ながら、端っこにあるベンチに座りながらそうぼやく。手にはいつも飲んでいるのと同じ缶コーヒーを持っている。
当時の俺はかなり参っていた。理由は単純、担当するウマ娘がいないのだ。
正直に言うと、最初は担当ウマ娘くらい簡単に見つかるだろうと思っていた。自慢ではないが、これでもトレーナー養成所ではトップクラスの成績だったのだ。自分は周りの遊んでいたような奴らとは違うと慢心していた。だが現実は真逆で、すぐに担当ウマ娘を見つけていった彼らと違って、自分は今でも一人でコーヒーを飲むことしかできていない。
「ははっ、実家にはなんて言おうか……」
一人で自嘲気味に笑う。あの実家のことだ。今のこんな状況を知ったらすぐにでも連れ戻して、担当ウマ娘を見つけてくれるだろう。だが、それでは家を出てこんなところまで来た意味がないのだ。
そんなことを考えていると、校舎から一人のウマ娘が出てくる。名前は知っていた、グラスワンダーだ。この時間帯に一人でいると言うことはまだ担当も決まっていないのかもしれない。缶コーヒーを一気に飲み込みゴミ箱に捨てると、早歩きで近づいていった。
「なぁ!まだ担当トレーナー決まってないよな?」
「え、ええと……どなたでしょうか?」
「あぁ、自己紹介がまだだったな。御影蓮二だ。ここでトレーナーをやってる」
急に近づいてきた俺に嫌な顔一つしない。もしかしたらいけるんじゃないか、そんな甘い考えで話しを続ける。
「そうですか。それで……どのような要件でしょうか」
「それなんだがな……俺を君のトレーナーにして欲しいんだ」
「トレーナーって、今日初めて会ったのに、ですか?」
「……そうだが?」
「では、私の走りを見たことは?」
「それは……何回か……」
放課後、走ったいたことは覚えている。……朧げだが。
「じゃあ、私の走りのどこがいいと思いますか?」
「ええと……終盤とか……」
だんだん口が回らなくなってきた。ええと……
「――はぁ、あなたの担当ウマ娘が決まらない理由がわかった気がします」
「って、ちょっと待ってくれ!」
俺の返答にため息をつくと、グラスは歩き始めてしまった。慌てて追いかけようとするが、既に遠くに行ってしまい、彼女の背中は小さくなっていた。
「決まらない理由……どういうことだよ……」
俯きながら再びベンチへと戻ろうとする。どうしたらいいのか、分からないままだ。
「にゃはは、こっぴどく言われましたね〜」
肩を落としながら歩いていると、後ろから声が掛けられる。さっきグラスが出てきたところと同じ方向だ。そちらに視線を向けると、一人のウマ娘がこちらを見ていた。空色の髪と垂れ目が特徴的だ。
「君は……ええと……」
「ええ……、グラスちゃんの名前は覚えてるのに、私の名前は覚えてくれてないんですか。酷いなぁ……ぐすん」
彼女は顔を覆って泣くような仕草を始めた。どこかで見たことがある気がするんだが……。
「す、すぐに思い出すから、ええと……」
「別にいいですよ。グラスちゃん程活躍してるわけでもないですし」
「す、スマン……」
謝ると、彼女は泣くような仕草をやめた。
「はいはい、私はセイウンスカイです。気軽にセイちゃんって呼んでくださいね」
「セイウンスカイ……あっ!あの子か!」
「おっ!、もしかして知ってましたか?」
「ああ、やっと思い出した」
名前を言われて思い出した。この前グラスと一緒の模擬レースに出ていたウマ娘だ。その時はグラスが1着になってそちらに気を取られていたが、スカイは2着だったはず。
「で、ここからは相談なんですけど〜」
「――相談?」
俺が首を傾げると、スカイは咳払いをしてから口を開いた。
「どうか、私のトレーナーになってみませんか?」
――どうやら、幸運の女神が降りてきたのかもしれない。