Muv-Luv Alternative ~Free sky~ 作:WH_Sino
俺が幼い頃、周りの大人達は口を揃えて「昔の空は自由だった」と言った。
その言葉を聞いて幼いながらも俺は嘘だと思っていた。何故ならば、空とは人類共通の敵であるBETAの支配権であり決して自由などありはしないと知っていたからだ。
一度でも空に飛んだならば安全圏以外では確実に撃ち落とされる。果たして、安全圏でしか飛べない空を自由と言えるだろうか?
「そんなの嘘だよ。親父が言ってたもん」
「そうか……坊主の親父さんは軍人だったな……だがな、確かに昔の空は自由だったんだ。人々が自由気ままにあの大きな空を飛ぶことが出来たんだ」
近所に住む爺さんはそう言って懐かしむように空を見上げた。その横顔がどこか寂しそうだったのがとても印象的だった。
だからだろう。俺は16歳になったその日に訓練学校へと入隊した。
――1995年11月4日 イタリア半島 エトナ山前線基地――
一年間の早熟訓練を終えた俺は、アメリカ派遣部隊としてイタリア半島南端における大規模作戦“ブートストラップ作戦”に参加していた。
本来であれば本土防衛などに配置される予定だったが、空が本当に自由なのかという事をこの目で見るために自ら志願し、多くのテストをパスしてこの場に立っている。
所属はアメリカ海軍派遣第187戦術機甲中隊。支給された機体はF-18だ。
そんな新品同然のF-18が並んでいる少し肌寒い格納庫に俺達中隊は集合した。様々な国は日夜BETAと戦っている都合上、男性衛士が少ないがアメリカは前線に晒されていない事からこの中隊にも俺を含めて男性が多い。それでも女性衛士が居るのはアメリカの市民権が欲しかったり国籍を得るために志願した移民を使っているからと座学で習った。
俺はアメリカ生まれアメリカ育ちである生粋のアメリカ人だが、そういう移民を使って極力生粋のアメリカ人が前線で戦わないというスタンスは好きではない。以前、訓練学校でそのことを教官に言ったら物凄い剣幕で怒られたから二度と誰かの前で言う事はないが。
「総員傾注」
「「「――」」」
俺達の目の前に立つ鍛えられた筋肉を持つ中年の男性が低い声を発するのと同時に自然と背筋が伸びる。
無意識に本能的な行動だったが、男性の声にはそれだけの力があり間違いなく“歴戦の衛士”という貫禄が備わっていた。
「……よし。我々は本国より派遣された部隊――謂わば、アメリカ代表だ。故に、それ相応の働きを期待される事を覚悟しておけ」
男性は俺達の顔をぐるりと見回してからそう切り出した。
「まず、お前たちには大事な事を伝えなければならない。我々は海兵隊だ。いつ如何なる時にでも最前線に立ち、後続の味方を無事に送り届ける義務がある。それ故に、俺達は誰よりも死ぬリスクが高い」
「「「……」」」
「お前たちが様々な理由でこの作戦に志願し、希望する部隊ではない海兵隊に配属されてしまった事はとても不幸だと思うが、諦めろ」
それが言いたかった事だろうか?
死ぬ確率が高い海兵隊に配属されたのは、己の目的を達成するためだから諦めろと?
「さて、ここからが本題だ。お前たちは様々な国出身の人間だが同じ海兵隊となった以上、守ってもらう事がある」
男性はそこで言葉を切ってから大きく息を吸い込んだ。
「いいか! 我々は海兵隊員である! 海兵隊員は許可なく死ぬ事を許されない! 海兵隊員は仲間を決して見捨てない!」
「「「―――ッ!」」」
「復唱!」
「「「我々は海兵隊員である! 海兵隊員は許可なく死ぬ事を許されない! 海兵隊員は仲間を決して見捨てない!」」」
「そうだ! 生まれ故郷なんて関係ない! 死亡率が高い前線だろうとも関係ない! 今、復唱した事を胸に刻みBETA共を血祭に上げろ!」
「「「了解!」」」
空気が震えた。寒いと思った肌に熱が灯った。何よりも、心を打たれた。
死亡率が高いと聞いた時は、正直自分の選択を間違ったと思ったがそんな事はなかった。俺は……この部隊に配属された事を心から誇りに思った。
「さて、一番重要な事は伝えたな。次は自己紹介といこうか……俺はこのアメリカ海軍派遣第187戦術機甲中隊を預かるロベルト・ホーキンスだ。階級は大尉だ」
男性――ホーキンス隊長の自己紹介が終わると、隊員達が順番に自己紹介をしていく。その自己紹介を聞きながらしっかりと名前を胸に刻む。
昔、俺が幼かった頃に父親が戦死した。その際に母親は「絶対に忘れないであげようね。人が本当に死ぬ時は全ての人から忘れられた時だから」と言った。
その言葉は俺の胸に今でも残っており、訓練兵の同期を始めとして関わって来た人間の名前は全て覚えるようにしてきた。他の人が忘れたとしても、俺さえ覚えておけばソイツは本当の意味で死なないと信じて。
「次、そこのお前」
そうこうしている内に、気付けば俺の番になっていた。
今は亡き母親の言葉を胸に、せめて俺もこの中隊の誰かに覚えていてもらえるように声を張る。
「ブラッド・エーカー少尉です! 新任ですが、よろしくお願いします!」
「ブラッド・エーカー……なるほど、訓練学校ではかなりいい成績を残したようだな。だが、実戦と訓練は全然違う。決して慢心するなよ」
「了解!」
手元のファイルを見てから言われたホーキンス隊長の言葉に敬礼をする。
実戦と訓練は全然違う。頭ではわかっていても、実際に前線で戦うベテランの衛士に言われると重みが違った。
そう、この時確かに俺はその“違い”の認識を新たにしたはずだったが本当の意味ではわかっていなかった。
――1995年11月8日 イタリア半島 エトナ山前線――
『スミスが喰われたッ! ベリー、カバーしろ!』
『あぁ……畜生ッ! アイツはこの間結婚したばかりだぞ!?』
『今は目の前に集中しろッ! テメェは俺を殺す気か!?』
ノイズ交じりに管制ユニットへそんな通信が届く。
あぁ……クソッ、一体何が起こったんだ……? 身体の節々が痛い。視界はぼやけ、右目は赤く染まっててよく見えない。
「だ……じょう……ですか!?」
「ぁ……」
ぼやける視界には何かの工具が管制ユニットの亀裂へと差し込まれているのが見えた。その先にあるはずの姿は見えないが、声からして同じ中隊のレリア少尉だとわかった。
一体、何が起こったのかと声を出そうとしても俺の口から出るのは空気が漏れ出すような音と微かな呻き声だけだった。
『レリア、急げ! 第四波がそこまで来てるぞ! コッチも粘るが、弾薬も推進剤も残り少ない!!」
「了解! もうすぐ開くと思います!」
若干回復してきた視界にはレリア少尉の姿が映る。
額に汗を浮かべ、必死の形相で工具を動かす姿。その後ろにはボロボロになったF-18が立っている。鼓膜には工具の音と共に36mmの重い発砲音も聞こえてくる。
鼻はイカれたのか鉄臭い匂いしか入ってこない。
「大丈夫、絶対に助かります!」
怖いだろうにそんな事を言って励ましてくれるレリア少尉に対して俺は何て言ったのか覚えていない。もしかしたら弱音を吐いて情けなく泣いていたのかもしれない。
ただ、最後に見た光景だけはやけに鮮明に覚えていた。
レリア少尉の胴体を背後から赤い大きな手が掴んだその瞬間だけ、くっきりと鮮明に。